5-22 金魚すくい
金魚すくいという名目で連れ込まれた先にいる巨大な魚。店員の大悟は一人楽しそうな表情で始めるように進めてくる。
「さあラン、さっそくキング金魚すくいにレッツトライや!!」
「じゃねえだろ」
次の瞬間に鋭い空手チョップを頭部に受けて唾を勢い良く吐きながら身体をくの字に曲げてしまう大悟。
当然すぐに痛めた頭を両手で押さえながらランに怒鳴りだした。
「何すんねやいきなり!!」
「それはこっちの台詞だ。こっちは縁日で金魚すくいするために来たんだよ。あれのどこが金魚だ? 明らかに怪魚の間違いだろ!!」
以前魚人の世界で見た怪魚に似た特性からこう突っ込むラン。大悟はとぼけて屁理屈を吐いてきた。
「何を言ってんねん、金魚は金魚やろ。ほら、あそこでもカップルが頑張っとるやろうが」
大悟が指す先には、いかにもな風貌の分かりやすいカップルが一人、いざ金魚すくいを始めようとしているところだった。
「見ていてくれ! 僕があの金色の金魚をすくったときには、君に伝えたいことがあるんだ!!」
「えっ! それって……」
「金魚すくいでプロポーズの前置きする奴初めて見た」
「分かりやすい死亡フラグを見た気がする」
ランとユリがコメントを呟いてすぐに、彼氏の男は大悟から受け取ったらしき身の丈ほどの大きさがある巨大なポイを両手で持って巨大金魚が巣作っているプールに向かって飛び込んでいった。
「ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!! 行くぞオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」
迫力と気合いの籠もった飛び込みに注目する残り全員。そして飛び出してきたキング金魚が彼と対面し、一体どうなるのかと息を呑むかと思われたそのとき。
ガブッ!!……
彼氏の上半身がキング金魚の大きな口によって丸呑みにされてしまい、そのままプールの中にへと連れて行かれてしまった。
「ダ~リ~ン!!!!……ダサっ……」
「瞬で終った上追い打ちかけられたぞ」
「でも確かにあれは冷めるわよね」
自分達の手前のカップルの無惨な失敗を見物し終えると、大悟が何処かからさっきのお琴が持っていたものと同じ巨大ポイを両手に持って運んできた。
「ほら、お前用。んじゃさっそく楽しんでみよっか」
「今の何を見たら楽しめると思うんだ?」
「ええから受け取れや。それとも何か? 可愛い嫁さんを前にして尻尾巻いて逃げるんか?」
いちいち鼻につく言い回し。いつものランならばこの程度の挑発など意に介さないのだろうが、後ろにユリがいる前ではかっこつけたいからか、同期である大悟からの挑発だからなのか、今回は引こうとはしなかった。
「しょうもない挑発かけやがって、んなことしなくてもやってやるよ」
大悟からポイを受け取るラン。軽く振り回して扱いを確認すると、顔だけ後ろに向けてユリに確認を取る。
「で? お前はどうして欲しい?」
ユリも軽く口元をにやつかせながらすぐに返答した。
「当然、欲しいものを取ってきて! 危険なら行って欲しくないけど、この程度アンタなら余裕でしょ?」
「ハァ……ワガママな奴と所帯を持つと苦労する」
ランはやれやれといった感じで大股に前へ歩いて行き、床のなくなる位置までそのまま進んで直立の姿勢のままに落下していった。
当然餌がやって来たのばかりにプールから飛び上がり、無抵抗に見えるランに襲いかかろうとするキング金魚だが、ランはここから動いた。
至近距離にまで近付いて来たキング金魚に対し、ランはまずポイの丸い方の上先端を右手に持ち、相手の広げた口の中に内から当たるように突いた。
いきなり異物を突っ込まれて当然嗚咽を覚えるキング金魚。すぐにランはポイを引っ込めつつ共に落下し、上から更に飛び跳ねてくる別の銀色の金魚の顔を踏み台にして前方向にジャンプする。
キング金魚に至近距離まで接近し、ポイの縁を振り上げてキング金魚の下顎に直撃させ、その巨体を軽々と上へ上らせた。
「少し足りないか。なら」
ランは再び重力に逆らわずに落下していき今度は銅の金魚の頭をポイの縁で弾きつつプールの四隅に一度立つ。
動きを止めたのを好機とばかりに複数体で襲いかかって来る金魚たち。
ランかこれを逆に利用し、いつものように優れた耳でそれぞれの金魚との距離感を確認。
アトラクションの台の上に飛び移る感覚でタイミングよく、次々と金魚の背中を足場にしていきながら移動していき、一番後ろの位置にいた銀の金魚をキング金魚のとき以上の力で下顎を攻撃して弾き上げた。
更に器用なことに弾かれた銀の金魚は速度が失いかけていたキング金魚に激突し、キング金魚を更に上昇、観客席に置かれていた大型カップの中に吸い込まれるかのように入っていった。
あまりにはやい展開に見物に意識を向けてカップから離れていなかった大悟は、キング金魚が降ってきたことによって発生した水しぶきをもろに被ってしまった。
「アガアァァァァ!!!!」
「わあ、水浸し」
二人が反応をしていると、ランは再び自身を餌にして金魚たちを誘い出し、隊列の変わった金魚たちをも即座に距離感を把握。足場にして行きながら最後に大きくジャンプし、二人が見ている位置に手をかけて戻ってきてみせた。
「よっと」
「あ、戻ってきた」
「人間の動きやないやろ、あんなん」
「ただの人間の動きしてる奴が隊長なんて出来ないからな」
引っかけた片手から軽々と全身を持ち上げて観客席に足を付けるラン。彼はポイを放りつつ大悟に近付き彼女に話しかけた。
「ほら、言われたとおり金魚は救ってきたぞ。はやく景品よこせ」
「問い詰めんなや。チンピラかお前」
「別室に客連れ込んで詐欺まがいの行為してる奴に言われたくねえよ」
大悟は舌打ちをしつつ元の出店に戻り、ちゃんと用意していた指輪の箱をユリに手渡した。
「ほらどうぞ。ランに余裕で取られたんは腹立つけど、ユリちゃんみたいな美少女が使うんなら良しとするかぁ」
ユリは指輪の箱を受け取ると、明けて中身を確認して喜んだ。
「やっぱりいいダイヤ! これなら何かの大領にもってこいね!!」
「「材料?」」
男二人が首を傾げると、ユリは箱を閉じて二人の方に振り返った。
「そうよ、ダイヤは色んな世界でも中々手に入らないからねえ」
「鉱石の世界出身が何言ってんだ。アクセサリーで使うんじゃないのかよ」
ユリはペンダントに触れて指輪をしまいつつランの目を見ながら髪を結んでいた黒いリボンに触れた。
「アクセサリーなら、アンタから貰ったこれで十分よ」
ランはユリがふと口にした台詞に不意打ちを疲れた気分になり、少しだけ頬を赤くして視線を彼女から逸らしてしまった。
「お、おう……そうか……」
第三者としてこの会話を見ていた大悟。今の気分はかなり虫の居所が悪くなっていた。
(腹立つわぁ……カップルの男共にちょっと痛い目見て貰おうと出店を出したのに、こ~うも簡単にクリアされてイチャつきを見せられるなんて……)
しかし大悟はこれを口にすることはなかった。多少なりともランの境遇を知っている彼にとっては、下手にこの間に入ることが出来なかったのだ。
「ま、ええか。ほらほらお二人さん! 景品もあげたんやから別の店にでも行ってきい」
熱々の夫婦のやりとりをもう見たくないとばかりに出店から追い出そうとしてランとユリも雰囲気を壊されてなんだか中途半端にむず痒くなりながら出店から出て行った。
「何か追い出されてしまったわね」
「大方鬱憤晴らしが出来なくて腹が立ったんだろ」
出店から離れていくランとユリを見送り、一人になったところで思考の中で文句を浮かばせる大悟。
(全く毎度毎度息が詰まるわランの奴。まあええ、次に来たカップルにでも鬱憤晴らしに使って……)
「あの、この金の金魚って奴挑戦してもいいか?」
(ほら来た、カモが)
口を一瞬にやつかせて客の元に行く大悟。作った笑顔で店員として話しかける。
「はいはい! ええでっせどうぞどうぞ。それでは別室に案内して……」
「「アッ」」
大悟がそこで会ったのは、かつて自分が次警隊に案内したフジヤマとアキだった。フジヤマは水生生物の力を持った存在。故に結果は……
「ありがとう! ヒデキ君!!」
「俺にはこんなことしかしてられないが、喜んでもらえてよかった」
見事に連発で取られちゃいました。
「チクショー!! ぶっ飛び人間共が!!!」
連続して軽々と理不尽ゲームをクリアされたことについつい心の中で思ったことが声になって飛び出してしまう。
「ええい次や次!! 次こそはやって来たカップルをけちょんけちょんにして鬱憤を晴らしてやるわ!!
そう! 文字通り三度目の!!……三度目の……えっと何やったか?」
「正直」
「ああ、そうそう正直、それやそ……」
アシストを入れてくれた声の方角に首を向けた途端に固まる大悟。視線の先にいたのは、ジト目をして呆れたような態度の零名だった。
出店で何かが起こっているであろう頃、ダイヤを手に入れてご満悦なユリと、そんな彼女を見ているラン。進んでいく内に祭りに行き交う人混みに飲まれていってしまう。
「ごちゃついてきたな。これじゃ音の判別もしづらい。もっと近くによって一緒に……」
ランがこのままでははぐれかねないと思って提案しようとユリに顔を向けると、ここまでのたった数瞬の合間に彼女の姿が人混みの中で消えてしまっていた。
「もう遅かったか。より目を離さないようにしないと、本当にどっかに消えちまいそうだ」
悪態をつきながらも心配からユリを探し始めるラン。一方の探されているユリは、ランよりも少し遅れて自分が彼とはぐれたことに気が付いた。
「あら? ラン、どこいっちゃったのかしら? もしかして、はぐれちゃった?」
ランがいなくなったことに喜んでいた態度が少しばかり不安げになるユリ。
以前勇者の世界にて料理を運んだときと同じようにぬいぐるみに変身して足下をすり抜けながら移動しランを捜そうかと思案していると、意識が緩んでいた背後から突然肩を掴まれた。
反射的に身震いして手を話しながら振り返るユリ。アロハシャツに似たシャツと短パンを着こなし、日焼けによる褐色の肌を自慢気に露出した若い男。金髪の髪にサングラスをかけていかにもなチャラ男といった感じだ。
「ねえ君、さっきから寂しそうにしてるけど一人?」
「え? いや私連れがいるんで」
面倒に巻き込まれたくないとばかりに逃げ出そうとするユリだが、男は彼女の右腕を掴んで無理矢理止めてきた。
「まあ待てって! お連れさんこの人混みで場所分かんなくなっているみたいだし、女の子一人じゃ不安だろう、俺がそれまで一緒にいて上げるから」
人通りのないくらい場所、ユリは祭り囃子の中で危機に陥ってしまった。




