1-11 諦めの悪い男
ランはすぐに剣を大盾に変形させて二人の前に出ると、攻撃を防ぎつつ後ろに声をかけた。
「速く逃げろ!」
少女は軽く頷くと、幸助の腕を取って攻撃の反対側に逃げ出した。その直前、少女は走りながら後ろを向いてランに声をかける。
「ラン!」
彼女は話しかけながら手に持っていたハンドガンをホルダーごとランに投げ渡した。ランもこれを受け取った。
「気休めのレーザーガンよ。上手いこと使って!」
「やれるだけやってみる」
ランはホルダーを腰に付け、煙が消えるのを見計らい大盾を剣に戻す。死角が消えた正面には、いくつかの廃虚を破壊したクーラと兵器獣の姿があった。
幸いにも既に少女と幸助は視界から消えていたが、クーラは口を開けて彼女達の存在を言及した。
「もう一匹群れていたのか。お前、そいつに結晶を渡したな?」
「何だもうバレてんのか。これじゃ隠した意味ねえな……」
クーラの台詞に誤魔化しても意味がないと判断したランは、ふてくされたような表情をしつつ左手で後頭部を軽くかき、クーラは変な物を見る目になる。
「妙なことをする奴だ。目的である結晶を手に入れたのなら、別の世界に逃げればよかったものを」
「お前が持っている結晶がまだあるかもしれないだろ。それも根こそぎいただきたいんだよ」
「フンッ! 強欲な虫だ」
ランは余裕な顔を取り繕い、右手の剣を右肩に当てつつ左手四本指を振って挑発の姿勢をとる。クーラと兵器獣の注意を引くためだ。
「ここら辺でもう御託は終わりだ。いいからさっさと来いよ」
「ほお、随分と強気なことを言ってくれる。ならばその楽観的な考え、この場ですぐにへし折ってくれる!」
クーラが腕を上げるのを合図に兵器獣は全身に生やした砲門をランに向け、大量の砲撃を放ってきた。
「やけに多いなオイッ!」
ランは取り繕っていた余裕の表情を崩し、何を思ったのか避けるようなことはせず、降りかかる砲弾に自分から飛び込んでいった。
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戦線から離れようと走り続ける少女と、彼女に腕を掴まれ抵抗することもなく引っ張られ続ける幸助。
しばらく走り続けた後にようやく足を止めると、彼女は息を上げて膝に両手をそわせた。
「ハァ、ハァ……ここまで来れば大丈夫かしら」
彼女が表情豊かに動く中、後ろの幸助は無表情のまま微かな声で口を開いた。
「なんで?」
「ん?」
少女の耳に彼の声が入り、振り返る。
「なんでラン……さんは」
「呼び捨てでいいわよ」
「ランは、あんなに自信満々に戦えるんだ?」
「エッ?」
「俺が戦うはずだった魔王を倒して、改造されたサイクロプスも倒して……今も、俺に捕まったことをめげずに前のめりに戦っている。何が、アイツをそこまで強くするんだ?」
幸助からの真剣な質問。少女は次々に変わっていた表情を真剣なものに固め、まず簡単な言葉で彼を表わした。
「強くなんてないわよ、ただ人より諦めが悪いだけ」
こんな返しをされて幸助は当然ながらより顔をしかめてしまう。そこに少女から追加で説明が入った。
「諦めが悪い?」
「そ、手がかりがなくても、どれだけ悪い噂が広がっていても、周りからさじを投げられても、アイツは確かな証拠を自分で見ないことには絶対に諦めない。それがアイツの特徴よ」
少女はどこか物思いにふけるような顔で話を続ける。
「素直じゃない上に意地も悪くて、勝手に人のことにも首を突っ込んじゃう。端から見ていると危なっかしくて仕方ないけどね」
少女が受け取った結晶を悲しそうに見つめる。幸助は彼女の言い分を受けて、さっきランが自分に聞いて来た質問を思い出した。
『なんだよ、仲間の死体でも見たってのか?』
一見するとデリカシーのない酷い言葉に思えてしまうこの台詞。しかし少女から説明を受けた幸助は、ランが言葉に込めた真意を知れたような気がした。
(まさか彼は、まだココラ達が生きていることを信じて?)
沈みきった今までとは明らかに違う、力のこもった手を強く握る幸助。
(なんだよそれ……皆のことを全然知らないアイツが信じているのに……仲間である俺が! 皆の無事を信じられていないって、なんなんだよ……!!)
少女は彼の目付きが変わったのを見た。断片的な情報だけで戦意を失っていた弱い青年の目ではなく、一筋の可能性を信じ切る勇者の目だ。
「ごめん! 助けて貰っている身だけど、もう一つ頼み事をしていいかな?」
「言ってご覧なさい」
少女はニッとどんと構えるような体勢で幸助からの頼みに耳を向けた。
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二人の話が終わりそうな間際、ランは一人残って敵の猛攻をなんとか押さえ込んでいた。
前回よりも数の増えた砲弾に、それを避けての反撃を防ぐ光の壁。挙げ句隙を見せればクーラの光線によるアシストが入ってくる。
ランはクーラの攻撃を避けると、そのまま走って高く跳び、兵器獣に近付いた彼はブレスレットを変形させた小型ハンマーを振り下ろす。
しかしこれも光の壁に易々と防がれ、弾かれた反動で地面に落とされる。彼は次にホルダーのハンドガンを右手に持ち上げ、兵器獣に銃口を向ける。
慌ただしい状況も相まってランは照準を合わせる間もなく引き金を引き、撃ち出した。
銃口から飛び出した緑色の細いレーザーはまたしても光の壁が出現して防ぎにかかる。
すると壁に当たる直前、レーザーが空中で独りでに二度屈折し、兵器獣の左腕の中央関節に命中した。
「おおぉ、使えるなこれ」
ランは少女から渡されたハンドガンを見て感心するが、兵器獣自身は特に苦もなさそうに動き続けている。どうやら命中率が高い分レーザー自体の威力は低いようだ。
「チッ、威力はお粗末か。本当に気休めだなこれ」
ハンドガンをしまいかけたそのとき、一瞬の隙を突かれて兵器獣の砲弾がランに命中してしまった。
どうにか耐えたのも束の間、煙の中に隠すように仕込んでいたもう一発の砲弾が飛び出し、かわす暇もなく連撃を喰らってしまった。
衝撃に耐えきれず吹き飛ばされ、地面に激突し転がるラン。もう一度立ち上がろうとする彼だが、中々いい算段が思い付かずに反射で愚痴をこぼしてしまう。
「クッソ、つけいる隙がねえ!」
苛立って愚痴をこぼすランを見下すクーラ。挑発してきたランに返すとばかりに彼は罵声を浴びせてきた。
「どうやら無駄な威勢も限界のようだな。予想以上に耐えて驚くところもあったが、興味も尽きた。そろそろ終わりだ」
クーラが右手を上に上げるのを合図に、彼の後ろの兵器獣はまたしても全身の砲口を輝かせた。一斉放火でランにトドメを刺すつもりのようだ。
「どれだけあがいても、お前達虫に出来ることなどたかがしれている。潔く諦めて、結晶を渡した奴の情報を言え。そうすれば命だけは助けてやってもいいぞ」
「お優しいことで。こんだけやり合った俺を見逃してくれるのか?」
「返答次第ではな」
兵器獣という虎の威を借りて上からものを言い続けるクーラ。そんな彼を見てランはなんと「ククク……」と小さく笑い出した。
「何がおかしい?」
「潔く諦めろか。生憎俺は、非常に諦めが悪くてな」
立ち上がったランはローブに付いた土埃を軽く払い、再び前を向いて啖呵を切った。
「お情けなんて結構だ、俺は勝つ気満々なんでな!」
空元気なのか余裕を装うラン。クーラは一度ため息を吐くと、視線をランから逸らして右手を下げた。
発砲の合図を受けた兵器獣は光らせていた砲口から大量の砲弾を一気に発射した。
「やば!」
集約してラン一人に飛んでいく攻撃に、受ける本人は口角を少し震わせて対処しに構える。
攻撃が当たるかに思われたそのとき、ランの耳に勢いのある電子音が入り込んできた。
この世界では異常ながらもランには聞き覚えのある音。彼が反応して姿勢が少し崩れると、彼は後ろからローブごと身体を引っ張られた。
状況の理解が追い付けないまま連れて行かれる彼だが、おかげで砲弾群から離れることが出来た。
「これは!」
尚も追尾してくる攻撃。しかし彼を掴んでいる人物が一言呟いただけでそれは一変した。
「<雷矢 五月雨>」
彼が呟いた瞬間、複数本の細い雷の矢が雨のように発射された。
光の矢は次々と砲弾が貫通して爆発させ、後ろにつかえていた残りの砲弾もこれに巻き込んだ。
ランは後ろを振り返り、瞬きをして思わず聞いてしまう。
「お前!」
爆煙が晴れたことでクーラが目の前を確認すると、ランの姿が影も形もないことに驚いた。
「肉片の一つもないだと! 何処に行った?」
クーラは首を振って辺りを見回しランを捜すと、彼の耳にも響くエンジン音が聞こえて来た。
「エンジン音? どこから!」
クーラは完全には壊れていない廃虚の屋根上に目を向けた。
そこにはバイクのような機械にまたがる太陽に照らされる男と、その人物に引っ張られて伸びているランの姿が確認出来た。
「誰だ!」
その単純な質問にその人物は大きな声で名乗りを叫んだ。
「俺は、勇者だ!」
逆光に照らされた男、幸助は決意のこもった目でクーラと兵器獣を睨んだ。
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