5-18 私の推しカプ
ファイア・タックは、次警隊五番隊隊長『グレン・タック』の娘として生を受けた。
五番隊は次警隊の組織の中でも特殊な部隊であり、正式な管轄を持たず、未開拓の世界の調査、犯罪の防止を主な生業としている部隊だった。
隊長の娘たるファイアも、父親に連れられる形で幼少期から宇宙の様々な世界を巡っていた。
その日は、隊長が別の仕事で不在ながら隊員達の動向の元、とある世界の調査に来て、市場で買い物をしていた。
「この世界、いいものが多いわね。どれもこれも欲しくなっちゃうわぁ~」
「ファイアお嬢。楽しむのも良いですけど、仕事できていることをお忘れずに」
「もう、分かってるわよ! お仕事の邪魔はしないから安心してよ!」
冒険好きな父の元に育ち、子供ながらして様々な経験をしていたファイア。今にして思えばこの時、彼女は調子に乗っていた部分があったのだろう。
だからしてやられた。そのとき市場にいた店員達の中には、次警隊の隊長の首を奪って尚上げようとしていた輩がいたらしく、隊員達との会話から素性が割れたファイアが、人気の無い所で一人になったタイミングに囲まれてしまった。
「ケケケケ……飛んだ儲け話だぜ。こんなところに次警隊隊長の娘がいるなんてなぁ!!」
「何よアンタら、やる気?」
ファイアだってただの弱い子供ではない。多少の戦いの手ほどきを受けていた。しかし相手の数は多く、ファイアはあまり戦闘することを見越してなかったために、キャンディも持ってきていなかった。
襲いかかる相手の数の多さに対処が追い付かなくなってしまったファイアは段々と追い詰められていき、敵の思惑のままに拉致されてしまった。
しばらく時間が経過した後、ファイアはゆっくりと目を覚ました。敵に捕らわれてしまい、両手両足を縛られた状態で部屋の隅に捕まっていた。
彼女を捕まえてテンションの上がっていた男達は、既に勝ち誇った気になって祝杯を挙げている。
「ヒャッハッハ!! 儲けたぜ!! 次警隊の隊長を潰したら、俺達の名は宇宙中に轟くぞぉ!!」
「身代金もごっそり貰おうぜ!! 贅沢三昧だ!!」
ファイアは恐怖して身を震わせると、これに気付いた誘拐犯の一人は、抵抗が出来ないファイアに迫った。
「おい、こいつ目を覚ましたぞ」
「騒がれたら面倒だ、少し絞めておくか」
恐怖しながらも何も出来ないファイアが絶望しかけたとき、突然部屋の外から何か大きな音が聞こえてきた。
「何だ!?」
「外が騒がしいな。何やっている?」
廊下が騒がしく思って男の一人が眉間にしわを寄せて部屋の扉付近にまで近付き、怒鳴り声を上げた。
「オイ! 何してやがる!?」
扉の先にいる男の部下は怒鳴り声を聞いたからか、あるいは大きな音の原因の方に恐怖したからなのか震えた声で返事をしてきた。
「か、カチコミです!!」
「カチコミ? 数は?」
「それが……ガキが一人で!!」
「ガキ!?」
「ワッ! ワアアアァァァァァァァ!!!!」
会話をしている中で突然叫びだし、次の瞬間に鈍い音が響いて声が途切れた。男がこれに再び声をかけようとすると、その直前に目の前の扉が突然飛び出し、男に直撃して丸ごと吹っ飛ばした。
部屋の備品が壊されたことと仲間が一人倒されたことに驚いていると、全員が外された扉のあった場所に注目していた隙に、別の構成員が殴られたように壁にぶつけられ、気絶した。
「な、何だ!? 何が起こっている!!?」
「敵はガキ一人なんだろ!? 多少すばしっこくてもその程度で!!」
話をしている最中、突然口を開いていた一人の腹回りが爆発し、その場に倒れて気を失った。
「オイ! オイ!!」
残り一人になった部屋の中、速度を遅くしたのか男やファイアに見えた襲撃犯の姿は、聞いていたとおりの子供、しかしそんな年齢には思えない程に返り血を浴び、汚れ塗れの身体を動かし、拳からは出血した血が流れている。
何より恐ろしかったのは、その少年の目付きを見た途端、まさに蛇に睨まれた蛙のような恐怖を覚えたことだった。
震えながらも何とか応戦しようとする男。だが少年の前には通じず、一方的に返り討ちを受けてこちらも気絶してしまった。
残されたのはファイアのみ。彼女も一方的な凄惨な現場には声を失ってしまい恐怖が収まらなかった。そんなファイアに少年は手の血を払って近付いてくる。
ファイアは血が滴る状態で平気な少年に身を蟇目を閉じたけたファイアだったが、その直前、その少年の方が後ろからの空手チョップを直撃し、前のめりに倒れていった。
「何してんのよアンタアァァァ!!!」
「ウブガッ!!?」
思わぬ攻撃にを受けてギャグのような反応そうする少年と、その後ろに可愛らしい怒り顔で腕を組んで立っている少女。
『ぷんすか』とひらがなで浮かび上がりそうな顔をしている少女に、さっきまでと違って何処か普通になったような怒り顔に変化した少年が怒鳴りつける。
「何すんだお前!」
「説教するのはこっちよ!! 話を聞いた途端に勝手に飛び出して一人で暴れて!! 後でおじ様からえらい目見るわよ」
「ケッ! そんときは返り討ちにしてやるだけさ」
「一方的にやられて終わりでしょうに」
「うるさいな! 俺だって前より強くなってんだよ!!」
つい数分前に血みどろになって暴れていたとは思えない、ただの少年少女によるたわいない口喧嘩の風景。
ファイアは温度差に風邪を引きそうな思いになって反応に困っていたが、彼女の様子に気が付いた少女の方が話しかけてきた。
「ファイアちゃん、大丈夫? 怖くなかった!?」
少女に名前を呼ばれてようやくファイアは目の前にいる二人が、自分が知っている人物であることに気が付いた。
「ユリ? ラン?」
目の前にいたのは、以前親の伝で知り合った少年『将星 ラン』と『ユリ』だった。会ったといってもちょっと顔合わせをした程度で別に仲が良いわけではなかったのだが、だからこそ何故こんな場所に二人がいるのかが気になった。
ファイアはユリに拘束されていた縄をほどかれてすぐに聞いてみる。
「なんで二人がここに?」
「アンタが攫われたって聞いて、助けに来たの。本当は色々考えてから来るつもりだったんだけど、この馬鹿が勝手に先走ってこの様よ」
「どうして、アタシ、アンタ達と知り合ってそんなに経ってないのに」
疑問が次の疑問を浮かばせ、また質問を飛ばしてしまうファイア。次に質問に答えたのはランの方だ。
「何でって、深い意味はねえよ。俺は人攫いだとか、理不尽に人を苦しめる奴が大っ嫌いなだけだ。殺してやりたくなるほどにな」
血のついたからだから出る台詞に重さに、ファイアは再び目の前の相手に戦慄した。しかしそこでもユリによる二度目の手刀が入り、彼の醸し出していたシリアスな雰囲気がまた崩された。
「助けに来た奴が怖がらせてどうすんの!! もっと笑顔になりなさいよ!!」
「いちいち頭をしばくな!!」
ランがしばいていたユリの腕を振り払うと、ユリは彼の血に汚れた手を見た。
「アンタ! また無茶して」
ユリはツンケンしていた顔の眉を下げ、自身の手をかざす。すると二人の手の間が光り輝き、瞬く間にランの傷を回復させた。
ランが治った自分の身体を目の当たりにしている間にユリはファイアの側にまで移動し、彼女のを刺激しないように優しく接してくれた。
「大丈夫、ファイアちゃん? あ、怪我してる! 待ってて、今治すから!」
「え、あ……はい……」
二人の活躍とその後にやって来た大人達のおかげで事なきを得たファイア。彼女はこの事件を通し、二人のとんでもない人のことについて知れた。
どこか怖い部分があるも、その根幹には人に対する優しさがあるラン。
ツンケンした話し方をするも、その心の奥に突っ走るランを心配しているユリ。
歪な部分はあるものの、同世代の子供でありながら戦地でお互いを信頼し合っている二人の、自分にはないものに、ファイアは惹かれていった。
この二人の関係、ファイアは救出され、帰路についたときに強く思った。
(あの二人……推せる!!!)
……っと
_______________________
そして現在、ファイアは過去に自分を助けてもあった二人の恩を返すため、そして推しカプである二人の関係性をすぐ側で見この試験で失格するわけにはいかないのだ。
ファイアは南の攻撃を受けた腕はそのままに、もう一方の手で持っていたキャンディを放り、口を開いてナイスキャッチした。
「キャンディ!? こんなピンポイントで何度も入るの!?」
「当然普通は無理よ。でも出来るように特訓したの! 最悪両腕が使えなくても咥えられるけどね!!」
ファイアはキャンディを噛み砕いて飲み込むと、突然と全身が血のように赤く輝きだし、何かマズいと思った南はすぐに攻撃を止めて後ろに下がった。
直後、ファイアの全身はハリネズミのように丸まりながらトゲを生やした。トゲの固さは生物のそれとは比べものにならない強靱さがあり、伸びた先になった周囲の壁や床を軽々と貫いた。
南の動きが一歩遅ければ、確実にトゲによって身体が蜂の巣にされていたことだろう。
「これも避けるの? あんまりこの生物の欠損部持ってないから、奥の手だったんだけどねえ」
効果時間が切れて元の姿に戻るファイア。しかし元に戻ったとは言っても着ている服は無事では済まなかったらしく、特に背中の部分は丸々欠損して素肌が露出していた。
「あ~あ、勝負服着てたんだけどなぁ……まあいいわ。外に出てから着替えれば良いし」
腰の部分に手を伸ばすファイア。南は警戒して戦闘態勢を再び取る。
この場での激戦が再開するかに思われたが、次にファイアがしてきた行動は南にとって驚きの行為だった。
何と彼女は腰に携えていた剣を抜かず、その近くのポケットから番号札を取り出して、南に放り投げてきたのだ。
「ほら」
「ホエッ!? アッ! ちょっ……」
意外すぎる行動に一気に気が抜けた南は動きがおぼつかなくなり、手に持てた番号札をルーカが開けた穴の中に落としかけてしまったが、ギリギリのところで伸ばした右手が間に合い、つかみ取れた。
どういう心境の変化かは分からないが、南は試験の合格条件である番号札を二つ手に入れることをクリアした。




