5-14 ランがどう見えるか
再び立ち上がった幸助。何度も攻撃を受け、ダウンしていたとは思えない、むしろさっきまでよりより戦意の入った様子に、フルーは少し戦慄した。
そんなこととは自分でも分かっていない幸助。今の彼の頭の中には、とある場面を思い出していた。
吸血鬼の世界にて使用人として働かされていた日々の夜中の時間。ふと眠りから覚めた幸助が目を開けると、同室で寝ていたはずのランの姿が消えていた。
「あれ? アイツ何処に」
ふと気になったことと、喉が渇いたこともあって部屋を出た幸助。屋敷の中を徘徊して水を飲むと、戻る道の途中にて小さな音を耳に拾った。
何かのかけ声に思えたその声をたどって屋敷の庭に出てみると、そこには部屋から出て行っていたランの姿があった。一人くらい空間の中で、いつものブレスレットを変形させた者とは違う銀色の剣を振るって舞っている。
「ラン? アイツこんなところに、鍛錬でもしているのか?」
「覗き見するんなら堂々と出てこい。気が散る」
即座に気付かれたことに幸助は方が上がってしまいつつ、素直にランの近くにまで歩いた。
「悪い、覗く気はなかったんだ」
「別にいい。隠していることじゃない」
幸助は見ていたことがバレたついでに質問をした。
「それで、何してんだお前? こんな時間に、鍛錬?」
「ただの日課だ。ユリを見ながらの日中では出来ないんでな」
「その武器は?」
「訓練用。もらい物だ。興味があるなら持ってみるか?」
幸助は言われるままに手を伸ばしてランが持っていた剣を受け取ると、直後に襲った重さに腰を曲げて両腕を落としてしまった。
「重っ!!」
受け取った剣の重さは幸助の想像を超えており、同時にこれを軽々と扱っているランに対して驚きを隠せなかった。
「お前、こんなの毎日振り回しているのかよ!」
「こんなものまだ序の口だ。俺の知っている奴の中では、この二倍、三倍の重さを軽々と使えるのもいる。俺もまだまだ、鍛えたりない」
ランは幸助から剣を取り上げると、少し振り回しながら話を続けた。
「俺はお前らと違って使い勝手の良い能力を持っていない。情けないが、抗してコソコソ鍛えるしかないのが泣き所なんだよな」
ある程度距離を取ると、おもむろにランは幸助の方に振り返って続きの先端を向けた。
「せっかく来たんだ。ちょっと訓練に付き合え」
「……上等!」
幸助も誘いに乗り、二人は何度か組み手に興じた。結果はランの全勝。幸助は何度も地面に頭を付けて息が上がってしまった。
「おまっ! ホント強いな!!」
「よく言う。組み手じゃ魔術使えないってだけだろ。くだらない縛り付けやがって」
「魔術でお前に勝ったって、俺がお前を越えたことにはならないだろ!!」
「律儀な奴。殺し合いの場でそんな戯言通じないぞ」
「……わかってるよ」
後に入間からも言われたとおり、幸助はポテンシャルだけで言えばランよりも高い。魔術も合わさって闘えば、一度会ったように勝負には勝てる事は出来る。
だが、それではダメなのだ。ランはこの段階に至るまで、人の見えない長い時間の鍛練を重ねてきた。たまたま手に入れただけの能力で逸れに勝つなど、反則としか思えなかった。
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幸助のこの考えは今になっても変わらない。フルーの言うとおり、ランにはそういう意味での才覚はないのだろう。
だが彼には、幸助にも見えていない途方もない苦労がある。そこを知りもせず、世間からの評価だけでランの事を一方的に見下しているフルーの言い分には、とても怒りが湧いていたのだ。
「お前は、ここで俺が倒す。アイツのことをそこまで言うのなら、まずそれを越えようとする俺を倒してからにしろ!!」
「大きく出たな。この不利な状況で勝つ気とは」
フルーは逆に感心しつつ左腕を軽く上げると、また幸助は身体に切られたような感触を覚えた。
(まずは相手の攻撃の種を見破らないと……そのためには……)
相手が腕を動かせば切断攻撃が起こるのではないかと予想した幸助は、再びフルーが腕を振りかけたときに動き出した。
しかしフルーが真正面に走り出すかと思いきや、幸助は彼の思惑と反対に部屋を出て逃げ始めたのだ。
「逃げた!? 虚勢を張った上にみっともない」
けなす言葉を出しつつも、せっかく見つけた受験者を見逃すわけにはいかないとすぐに追いかける。
幸助は部屋を右往左往と移動し、追っ手の行く道を惑わせる。
「くだらない撹乱だ。この程度で撒けるとでも思っているのか?」
フルーは幸助が進んでいった道を綺麗に追いかけていきながら、徐々に足を速めて距離を詰めていったかに思われた。
ところが追いかける道中に入った部屋にて、突然幸助の姿は消えていた。フルーもすぐに足を止めるが、周辺を見ても誰の姿も見当たらない。
「馬鹿な! 本当に今ので撒いたというのか? いやまさか……上か!」
フルーの予感は当たり、上を向いた先には天井近くにまで飛び上がっている幸助がいた。
普通空中にいれば身動きが取れず隙だらけになるはずと攻撃を仕掛けようとしたフルーだったが、幸助はそこで雷矢を発生させて降り注がせた。
空中からの素早い攻撃をかわす方向に一瞬迷ったフルー。瞬時に至近距離まで近付いて来た攻撃ハ彼の前で爆発を起こし、煙に包まれた内に幸助は床に着地した。
「よし、とりあえず攻撃成功。これで当たっていれば儲けものだけど……」
自信のない言い分。幸助の察していたような台詞が当たったのか、煙が晴れた先には五体満足で怪我一つ無いフルーの姿が見えた。
とはいっても幸助に落胆の様子はない。彼のここまでの行動の目的は、謎であったフルーの能力を露見させるためにあったからだ。そしてその目論見は上手くいき、謎の能力正体は目に見えていた。
だが残念なことに、幸助は目に見えたものが何なのかが理解できなかった。
フルーが幸助の攻撃を防御するために上方向を囲むように発生させていたのは、ガラスのような透明な分厚い膜だ。しかしガラスのように固い印象はなく、むしろクッションに似た柔らかい印象をもてる。
「何だあれ!? 見えても結局全然分かんない」
「なるほど、こちらの能力の正体を探るために揺動したのか。してやられた。君を舐めていた事を認めるよ。お詫びとして説明してやろう」
フルーが振り上げた腕を下げると、広がっていた謎の膜が吸収されるかのように手元に戻って行く。掌で球状にまとまったそれを幸助に見せつけつつ、フルーは自分の能力の説明を始めた。
「『プラスチック』。君はこれを知っているかな?」
「プラスチック? ああ、消しゴムとか百均製品とか、色々な物に使われているあの……」
元々現代日本で生活していた幸助にとって、プラスチックとはごく当たり前に知っている物体だ。フルーからすれば知っているか質問を飛ばしたのは、プラスチックを知らない世界から人への配慮なのだろう。
フルーは幸助が理解していると知ると、概要説明は飛ばして能力の説明に入った。
「そう、様々な用途に使われ、多くの世界の人の生活に欠かせないプラスチック。僕はそのプラスチックを体内から生成、変形させることが出来る。
広げれば壁に、鋭くすれば刃に。分厚くすれば固い盾となる汎用性の高い能力。それがこれまで君を苦戦させていたものの正体だ」
解説を終えてすぐにフルーは球を握り絞めた右腕を一度降ろしてから幸助に向かって振り上げた。途端に飛んできた攻撃に剣を構えていた幸助はどうにか剣の刃で受け流して何とか回避する。
受け止めながら見てみると、確かにそこには透明ながら実態のある刃があった。
(プラスチックで出来た透明の斬撃! そりゃ高速で来られたら見えないわけだ!! だけど!!)
「<P カッター>」
続けてフルーが両腕を何度か振り回し、連続で斬撃を飛ばしてきた。しかし幸助は剣を持つ右手を後ろに引いて左手を前に出し、魔術を行使して斬撃を吹き飛ばした。
「<風波>」
「何!?」
斬撃が攻略された事態にフルーが驚いていると、幸助は味を占めたような顔になった。
(やっぱりだ。鋭いとはいえ生成元はプラスチック。突風に軽く吹き飛ばされるほど軽い)
種が分かれば攻略は容易いと踏み、幸助は再び距離を詰めて剣を振るった。だがフルーとてただやられるわけがない。
彼は近付いてくる幸助と自分との間にプラスチックの壁を生成し、剣を防御して身を守った。
「固っ! プラスチックなのに!?」
「安物の原料とばかり思うな。生成によってプラスチックは展望台の床にも使われて安全を保っている。柔くも固くも変幻自在。それがプラスチックの長所だ」
フルーは板に空間を空けて残っていた左腕を幸助の腹に向かって殴りかかってきた。
気付いて後ろに下がる幸助だが、直後に先程と同じ衝撃に襲われる。腹の周りに目を向けると、斬撃と同じく透明な鈍器が自分にぶつかっている様子が見えた。
(透明な鈍器!?)
「<P ハンマー>」
鈍器の形も相まって、さっきの斬撃と違い剣で受け流すことも出来ない。二度目の直撃は取り強力にしていたようで、幸助は真後ろに吹っ飛んだ上、いくつかの襖を突き抜けて畳に激突した。
肘を曲げて掌を床に付けて立ち上がろうとする幸助に、フルーはゆっくり歩いて近付きながらまたしても彼の頑丈さに感心していた。
「驚いた。『P ハンマー』を二度も直撃で受けてまだ立ち上がろうとするとは。ここまで頑丈な身体をしている人間は初めて見る」
そこから幸助が起き上がり切れていないところに同じ部屋にまで当直したフルーは歩いていた足を止め、上から目線な姿勢で今度は打って変わってけなす発言を口にし始めた。
「だが耐久力があるだけでは勝負に勝てるわけではない。それにその状態。後一撃でも入れればダウンして終わりだろう。
さっきも言ったとおり、こちらに相手を無理にいたぶる趣味はない。この一撃で気絶させて終了だ」
フルーは前方に広げた右掌から噴出させたプラスチックを、丁度幸助の胸の真上の位置でPハンマーを生成する。
身体の起き上がらないままの幸助に、フルーは容赦無く鈍器を振り降ろす。
しかし鈍器が激突するかに見えたそのとき、突然振り降ろしていた鈍器の方が何かに衝突して力負けしたかのように変形し、粉砕された。
「ッン!?」
何が起こったのか分からないフルー。すぐに下方向を確認すると、さっきまで力を出し切れずに倒れていたはずの幸助が起き上がり、しゃがんだ状態から立ち上がろうとしていた。
「ほ、本当に起き上がって……」
幸助は立ち上がると、蒸気を噴き出すように息を吐いて前を見た。
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