5-10 試験参加者名簿
さて、幸助達四人がそれぞれの場で試験に向けた準備をして数日が経過する中、缶詰め状態になり、用意された病室内で入間に押しつけられた書類仕事を暇つぶしに処理しているラン。
見舞いとして共に同じ部屋で寝泊まりしているユリも、彼の作業を隣で手伝っていた。何故か黒いレディーススーツに伊達メガネをかけた姿になってだが。
「何だその格好」
「『ユリちゃん 美人秘書隊スタイル』よ。忙しい隊長様を献身的に支える為に着替えたの。ホント私ったら、何を着ても似合うから困っちゃうわね」
「自画自賛で言うな」
ランが指摘しながら二人で作業を進めていると、続いて真っ昼間から酒瓶を片手に軽く酔いが回った姿の入間が病室に入ってきた。
「ヤッホー、元気してる?」
「どの口が言ってんだ」
自分の仕事を勝手に押しつけてきたとは思えないあっけらかんとした入間の態度に腹を立てたラン。入間は睨まれた視線を気にすることもなくユリの隣にあったイスに座って脚を組み、酒瓶の酒を飲みながら調子よく話を続ける。
「なんや機嫌を悪くして。急患で入って来たところをわざわざ事情をくんで病室を貸し切りに出来るよう通したのは誰やと思ってんねや」
「相も変わらず貸しを作るのが強いな、入間の姉さん」
入間はまたしても酒瓶の酒を飲みつつ、自身の元で現在鍛えている幸助と南の現状を二人に伝えた。
「あの二人、良い調子よ。アンタほど器用には運ばないけど、試験に受かるために一生懸命鍛えているで。
にしても面白い子達やな。お人好しの優しさでここまで努力が出来るなんて、普通に考えてそうそういないで。あんな良い子ちゃんとどういう縁で繋がったん?」
「ただの成り行きだ。それもほとんど勝手についてきたようなもんだしな」
距離を取った言い方をするランに入間は軽く笑いながら思い浮かんだ台詞を吐いた。
「カッカッカ! そんなこと言って、これまでも助けられたんじゃないの?」
ランは作業の手を止めることなく無反応を貫いていたが、彼の代わりのつもりになってか入間の隣にいるユリが幸助と南について自分の視点から話し出した。
「そうなのよ。二人とも優しくて、勇気があって……」
「後先を考えない無謀な奴らだ」
台詞の途中でランが割って入った罵倒にユリは顔をしかめて彼を見る。入間もヘラヘラした表情を真面目な戻した。
「本当、どう合っても拒絶したいみたいやな」
「だからなんだ? 次警隊にアイツらを入れるのは別に否定しないと言ってるだろ。ただ三番隊には入れる気はないだけだ」
「意地っ張りやなぁ。そんなにまた仲間を失うんが怖いんか」
入間の最後の台詞が耳に入った途端ランの手が止まった。入間が酒瓶を降ろすと、彼は顔の向きはそのまま目を細めて入間を睨み付けた。
「わざわざ人の逆鱗に触れるためにここに来たのか?」
「ラン!!」
いつもよりワントーン低い声を発するラン。ユリの指摘を受けて喧嘩を売る台詞は抑えたが、とにかく今の話題から切り替えたいようだ。いやなことでも思い出したようだった。
入間も彼の態度の変化を見て、彼の望み通り話の話題を変えることにしたようで、髪飾りに軽く指を触れるとそこから紙の束を取り出した。
「本題ね。今度行なわれる次警隊入隊試験の受験参加者名簿、何も言わないと見ないと思って印刷しておいたんや。アンタやって隊長なんだから、アンタも確認しておきなさい」
ランは鋭い顔のままで入間から手渡された資料を受け取り、パラパラとめくりながらどんな人物がいるのか確認する。
「これはこれで典型的な理由だかりだな。毎度毎度宇宙も守りたいだとか、正義のヒーローになりたいとかばっかだ。そんなものを安く抱えただけで請け負える仕事じゃないってのに」
「カッカッカ! 中には若くして隊長になったお前を勝手に妬んでる奴もいるみたいやで」
「何だそれ」
ランが入間の声を聞きながら一人書類を流し見していると、ユリが段々機嫌を悪くして声を上げた。
「アンタばっかずるいわよ! 私にも見せて!!」
イスから立ち上がったユリはその勢いのままにベッドにのし掛かり、ランの側に顔を寄せて資料を見た。
ランも彼女の行動には特に文句を言うことなく無言のまま資料をめくっていると、ふとユリが指示を出してきた。
「ちょっと! 前のページ戻って!!」
ランは言われるがままに一枚めくったページを戻すと、ユリはそのページに載っていた写真の人物に指を差して目を輝かせた。
「この子可愛くない!? なんかお人形さんみたい!!」
ユリが差した人物は、彼女の言うとおりお洋風の人形のような輪郭に青い瞳。金髪のロングヘアの一部を左右でお団子状にまとめた特徴的な髪型をした少女だ。
名簿に記載された名前は『メリー』と書かれてある。
「メリー? おいおい、これまさかよく怪談に聞くメリーさん人形って奴じゃないのか?」
「そうなことある方が驚きよ。メリーなんて名前、そう珍しくもないでしょ。
可愛い子に悪い子はいないわ! 可愛いは正義よ!! 知らないの!?」
「どんな理屈だそれ」
ユリと話をしていると、さっきまでの暗い表情が少し和らいだラン。第三者として見ていた入間にだけ分かる情報だ。
(彼女に対してだけは警戒も配慮も無しに接してる。ランも相変わらずのようやな。悪い方に)
ランの状況も鑑み得た入間。しかし彼女は何も言うことはなく、ベッドにいる二人はそのまま二人でページをめくって話を進めていた。
「ふうむ、さっきの奴からいくらかめくったがめぼしい奴は……ん?」
「どうしたのよ、急に止まって……ゲッ!」
突如ページをめくるのをやめたランに、気になって覗いてきたユリが彼に並んで硬直した。
そのページに書かれていた人物のプロフィール、及び写真に写っていた人物に驚いたようだった。
「あれ? 二人ともどうかしたか?」
酒を飲みつつ固まった二人に質問を飛ばす入間に、揃って引きつった顔を微動だにさせずに全く同じ速さと動きで入間の方に顔を向け、ランは手に持った資料の人物に指を差した。
「おい! 何でコイツが試験の名簿の中にいるんだ?」
「なんでって、当然その子も受験者だからやからに決まってるやろ。なんや知り合いか?」
ランとユリが顔に作ったしわがより深くなる。どうやらたった今見つけた人物は二人にとって以前から知り合いのようだが、あまり快くはない相手のようだ。
ランは再び資料を自分に向けて写真を見ながらため息交じりの台詞をこぼした。
「ハァ……コイツが次警隊に出張ってくるとはな。確かに入ったなら頼りになる戦力だが」
「考えただけでも軽く一悶着ありそうね」
「一悶着で済まないだろ」
「そうね。幸助君や南ちゃんと出会ったなら、それこそ大事になりかねないわね……」
二人が近い未来に嫌な予感を感じていると、病室内に更に一人入って来た。
入られたことでついさっきまでより数段熱気が立ち込んだために三人は誰が入って来たのか予想がつくと、予想通りの人物が二人に挨拶をかけてきた。
「やあ、調子はどうかなラン。貴方も、お元気そうで何よりだ」
「貴方の暑苦しい熱気で気分悪くなりそうっすジーアス隊長」
「汗臭いです」
「ハハハハハ! 久々なのに酷くないか、泣くぞ」
見舞いにやって来たのは現在フジヤマとアキを指導しているジーアスだ。筋トレが終ってすぐだからか、着替えて綺麗な服装ながらも身体に汗が流れ、独特な熱気が身体から溢れ出している。
ジーアスは椅子が一つ空いていたにもかかわらず、筋トレの続きなのか立ったままベッドの近くにまで歩いてくると、入間と同じくランからの紹介で引き受けた教育の成果について彼に報告しに来たようだ。
「お前が斡旋した二人、想像以上だった。元星間帝国科学者。それも相当優秀だったのだろうな」
「ああ、アイツらの研究は、事実端から見りゃ魔法と同じような産物だからな。だいからこそ悪用されたのが相当ショックだったようだが」
集めていた資料を下ろし、ジーアスに顔を向けるランとユリ。ジーアスもランの言うことを深く理解し、無言で頷いた。
ランはフジヤマとアキが自分の立場をどう思っているのかを理解しているがために、彼等の痛いところを話し続けるべきではないと判断して話題を切り替えようと、ユリにひとつたのんだ。
「ユリ、扉を閉めてくれ」
「うん、わかった」
ユリは素直にランの頼みを聞いてそそくさと足を運んで扉を閉めた。
「それで、次警隊の隊長さんが二人もわざわざこんなところに来るなんて何事だ? 単なる見舞いや確認ごとって訳じゃないよな」
「相も変わらず察しが良いな」
「可愛くないままの違いと思いますけど。まあ、おかげで話が早いけど」
扉を閉めてきたユリがまたランの側に戻りベッドの端に座る。ランは自身の優れた聴覚で部屋を出てすぐに人がいないことを確認する。
そこからランは体勢を変えてベッドの上にあぐらをかくと、色々変な方に変わっていた表情を顎を引きながら真面目なものに戻した。
「改めてお久しぶりだ。隊長方々。じゃ、簡易的な会議を始めようか」
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隊長三人による秘密の会議が行なわれから二週間後。ランの入院生活もようやく終了し、同時に幸助達の次警隊入隊試験を受ける日となった。
当然受験者はこの世界にいる人だけではない。次から次へと異世界から転移していき、受験者や試験官となる隊員が集まってきた。
一人は険しく力のこもった足取りで歩きつつ独り言を口にした。
「ようやくこの日が……ラン様。ようやくアタシが三番隊になる日が来た!!」
一人は誰かに話しかけたようで、相手が声を返そうとすると何故か謝ってきた。
「アァ、ゴメンナサイ。ワタ~シ、ウシロノカタニハナシカケマシテ」
話しかけられた相手の後ろには、柱しか存在しない。まるでものに話しかけているようで不思議に思っていた。
更に一人の少年はふと不可抗力で別の人に触れると、突然相手の服が外れるように飛んでいって下着姿にされた。
「うわぁ! 何だ!?」
「アアァ! すいません!! また勝手に能力が」
また一人は、ボソボソと謎の単語を呟いて周りから距離を取られていた。
「クックック……狂乱の宴の中、我が真実の闇を見せつけられる。喜びが満ちてならない!!」
そして試験会場正面口。準備を整えた幸助と南は合流して気合いを入れていた。
「いよいよだね。南ちゃん、準備は良い?」
「もちろん。幸助君は?」
「俺も気合い十分。よし! この試験、絶対合格するぞ!!」
次警隊入隊試験、いよいよ開幕が来た。
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