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1-10 兵器獣

 半壊した建造物の上に立つラン。彼を拘束したはずの幸助は目に見るものが信じられなかった。


「どう……して……」


 痛みの影響からか細い声しか出てこない幸助。ランはこれをしっかり聞き取り彼に返事をした。


「拘束は解いた。方法は秘密って事で……」


 ランは説明を放棄して回収した結晶を手に持ち、鞭を剣に変形させる。

 一方で当然クーラがこの隙を見逃すはずはない。ランが意識を逸らしている合間、すかさずクーラは兵器獣に指示した。


「奴を殺せ!」


 兵器獣は指示に従い、何発ものミサイルをランに向かって発射した。


「いきなり大盤振る舞いだな。だが……」


 ランは前回の戦いと同じく、自身に向かってくるミサイルの順番を見抜き、剣の側面で叩いて全弾弾き返した。

 ランは跳ね返したミサイルを兵器獣の関節部に当てようとする。上手くいけばまた兵器獣の機動力を落とせるかと思ったランだったが、それはクーラも対策済みだった。


 ミサイルが兵器獣に当たる直前、突然兵器獣とミサイルとの間に巨大な光の壁が生成された。

 打ち返された攻撃は光の壁に防がれ、兵器獣は無傷のままだ。


「何だあの壁?」


 前にはなかった兵器獣の能力に警戒を強めるラン。一方で幸助は光の壁の模様に見覚えがあった。


「今のは、ココラの」

「それだけではない! 兵器獣、見せてやれ、お前の得た力を!」


 兵器獣は両腕を前に出してX字に組み、うなり声を出し始めた。


(あの構え、まさか!)


 技の正体に予想が付いた幸助は叫び出そうとするが、回復が間に合わずに声が詰まってしまう。


「逃げっ!……」


 兵器獣は巨大な空気圧の斬撃を飛ばした。ミサイルより明らかに速いこの攻撃に、ランは反応こそ出来ても動きが間に合わず、乗っていた廃虚ごと切り裂かれた。


「風来坊!」


 ショックからか身体が動くようになった幸助が走り出すも、崩れた廃虚が起こす風圧の砂埃に防がれてしまう。


「ウガッ!」


 幸助はランへの心配と共に、この時まさしく悪い予感が的中していた。


(間違いない。さっきのはソコデイの風爪だ! どうしてか分からないけど、あの兵器獣は皆の技を使えるようになっている。あの男でも対策が間に合うか!?)


 普通に考えれば人間の身体など簡単に切り裂かれる攻撃。

 ランは廃虚の下に押し潰されたかに思われたが、直後にその瓦礫は瓦礫を弾き飛ばされ、這い上がるようにランが五体満足で出て来た。


「危ねえな、ったく」

「嘘ぉ……」


 幸助は驚きに顎が外れた間抜けな顔になってしまう。しかしクーラはランのこの状態にさして驚いてはいなかった。


「チッ、やはり奴の装備もネオニウム製。これしきではどうにもならんか」

()()()()()?」


 聞き慣れない単語に幸助が反応する。ランはすぐに付近の瓦礫を吹き飛ばす勢いで飛び出した。

 しかし攻撃を仕掛けようと兵器獣は光の壁で防いでしまう。弾かれたランはまた距離を取らされてしまった。


「面倒な壁だな。こんなもん即席でどうやって」

「俺の仲間のものだ」

「あ?」


 たまたま近くにいた幸助の声にランが首を回して反応する。


「どういうことだ?」

「<聖壁>、<風刃>、どっちも俺の仲間の使う技だ」 

「お前の仲間?」


 そこにクーラが意気揚々とした態度で種明かしをした。


「その通り。我々は手に入れた実験材料を粗末にしない性分なんだ。攫った女共は、兵器獣の強化に使わせて貰った!」

「強化に使った。それって……」


 幸助はクーラが言っていることの意味を理解し、青ざめた顔をして膝から崩れ落ちた。


「皆は……」


 傷心しきった幸助にランは一切気をかけることはなく、彼より前に出て冷たく言い放った。


「落ち込むんなら余所でやれ、邪魔だ」


 ランは走り出し、クーラと兵器獣に突撃しにかかった。兵器獣はこれを撃退しようとミサイルを何発も撃ち出す。

 この攻撃自体はランに通じはしないが、かといって弾き返すと光の壁に防がれる。このままでは膠着状態が続くだけだ。


 だったらとランは剣を持った手を上に上げ、手の平に琥珀色に輝く小さな石を取り出した。前回の流れと同じ技を使う気だ。


(恐竜の世界の結晶、コイツなら!)


 ランが結晶を剣に触れさせると、刀身は琥珀色に輝き出す。次に剣を振り降ろし、巨大恐竜の斬撃を兵器獣に放った。

 だが光の壁はそれすらも防ぎ切り、無力化してしまった。


「馬鹿固いなあの壁」

「ほお、結晶の力すら防いでしまうとは。どうやら良いサンプルを手に入れたようだ」


 そして壁が消滅したその瞬間に兵器獣は大量のミサイルを撃ち出し、一斉にランに向けた。


「おいおい、これは冗談にならない量だぞ!」


 どうにか防ごうと身構えるランだが、彼に当たる寸前、受けるはずだった彼の構えが何故か緩んだ。


「まさか!」


 ミサイルの一部はランに当たると見せかけて急な方向転換をし、仲間がやられたことに絶望して動かない幸助の方に飛んでいった。


「あの馬鹿! 落ち込むなら場所選べってんだ!」


 しかし後ろを向く彼はそのまま後ろ蹴りをし、自分に降ってきたミサイルを弾き飛ばした。


「邪魔だ!」


 彼は器用に弾いたミサイルを他のミサイルに当てて相殺したが、幸助に向かった部分には届かない。かといって今からブレスレットを変形させても、飛ばしても彼の元には間に合いそうにない。

 結果幸助は抵抗する気力もなく正面から、ランは捌ききれなかったミサイルがそれぞれ爆発した。


「これで、二匹ともやれたか」


 満足げに笑いかけたクーラだったが、煙が晴れて見えたのはローブの一部を破損させながらも耐えきるランの姿だった。

 クーラは舌打ちをするが、瓦礫に埋もれた件もあってこれは予想済み。本命である幸助の事に意識を移した。


「最低でも一匹は減ったか……ん?」


 幸助のいた付近。爆炎が晴れたその先を見たクーラは余裕にしていた表情が崩れた。

 木っ端微塵になったかと思われた幸助の姿は、突如彼の前方に出現した大盾に阻まれて見えなくなっていた。


 その大盾は、ランがブレスレットを変形させたものとは形が違っていた。


(あれは、男のものではない)


 大盾の反対側では、幸助が声も出ない程に驚いていた。

 彼の目の前には、今まで誰もいなかったはずの位置に兵器獣を睨みつける少女が現れていた。


 黒いリボンでツーサイドアップに束ねた、エメラルドのグリーンの長い髪が目を引く少女。容姿はココラ達とも引けを取らないほどに可愛らしい。緊急時でなければ幸助も見惚れていたかもしれない。


 少女は兵器獣に向けていた厳しい表情を優しいものに変え、幸助の方に振り返り声をかけてきた。


「大丈夫?」

「君は、一体?」


 するとランはすぐに剣をブレスレットに戻し、彼女の隣にまで移動した。

 次にランはブレスレットの装飾を起動して彼女の後ろに扉を開き、三人でそこに飛び込んだ。


「もう一匹いたのか」


 クーラは結晶を逃してしまったことに機嫌を悪くした。



______________________



 扉をくぐり、別の場所に出て来た三人。ランは少ししかめた顔になり後ろの少女に詰め寄った。


「いつの間に降りてた?」


 ランの怒りの混じった声に少女も負けじと返答する。


「アンタが彼の近くに寄ったとき。多分こうなるだろうって予想して……」

「どうも。確かに今回は助かった」


 痛いところを突かれたランは目を細め、彼女から目をそらしながら一度話を切る。次に彼は今の会話を誤魔化すように幸助に話しかけた。


「確か幸助だっけか? 助けて貰ったんだぞ、礼ぐらい言ったらどうだ?」


 ランからの問いかけに幸助は一切反応しない。ただ呆然と下を向き、電池の抜けた機械のように突っ立っている。

 そんな幸助にランはとりあえず指示を出してきた。


「まあいい。今度はお前も手伝え。あのバリアは相当厄介だ。火力が少しでもあった方がいい」


 幸助は顔を上げることもなく、少ししてようやく気力のない小さな声で返事をした。


「俺は、戦えない……」

「何?」


 ランが聞き間違いかと疑うも、幸助は姿勢をそのままに続けた。


「俺は今まで、仲間を助けるために、仲間の願いを叶えるために、彼女達に喜んで欲しくて戦ってきたんだ。でも、もう皆は……」

「なんだよ、仲間の死体でも見たってのか?」

「ッン!」


 幸助はランが軽く口にした想像もしたくない状況に恐怖の表情を浮かべた。

 ランはこの態度を見ると、表情を戻し特に理由を聞かずに承諾した。


「そうか、お前が諦めるのは勝手だ。じゃあここで泣いてればいい。俺は戻る」


 ランは元いた場所に戻る直前に少女に近付き、右手を握った状態で出した。少女の方も何かを察して自身の右手を広げて差し出すと、ランは握っていたものを渡した。彼女は実物を見て声を出して反応した。


「これ、この世界の!」


 ランが渡したのは、クーラも狙っているこの世界の結晶だった。少女は何かを渡されるとは思っても、結晶を渡されるのは想定外だったらしい。


「お前は残って結晶を預かっといてくれ。取られたら意味無いからな」

「分かったわ。でも攻撃が通じない相手に結晶(これ)を使わずにどうやって戦うの?」

「さあな。思い付く手を試してみる」


 彼女にそう告げてランは自身の目の前に扉を作り、その空間の中に入っていこうとする。すると空間に入る直前、幸助がランに顔を向けないまま聞いて来た。


「なんで戻るんだよ……」

「ん?」


 質問に反応したランは足を止め、首を曲げて彼に視線を向ける。幸助は目元に陰がかかったまま話を補足した。


「もう、お前の目的の結晶ってのも手に入れたじゃないか! ならもう、お前があのサイクロプス達と戦う意味もないだろ?」


 幸助の言い分を一通り聞いたランは一度瞬きをしてから子供が悪だくみをするようにニッと白い歯を見せたニヤけづらになりながら明るく答えて見せた。


「あそこにまだ欲しいものが残っているんでな。俺は全部手に入れないと気が済まない性分(しょうぶん)なんだよ」


 ランは再び前を向くと、二人に向かって軽く手を振りながら白い空間の中に入ろうとしかけたそのとき……


「……もうバレたか」

「エッ?」


 次の瞬間、上空から兵器獣のミサイルが降ってきた。



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