5-6 山羊乱
突然仲間であるはずの幸助にはたかれた事態に、表情が驚いた状態で固まってしまう。
「なんだ突然、仲間割れか?」
フラクは幸助と南のやりとりを仲間割れと見て、イエティ達に二人を優先して倒すようにハンドサインを送った。
イエティ達はこれを受けてすぐに二人に襲いかかるが、幸助がこれに気付いて間合いに入ったイエティから次々と電撃を浴びせていき倒していく。
その作業の流れの中、幸助は南に怒鳴り始めた。
「さっきから何をしているんだ南ちゃん!!」
「……え?」
背後にいるイエティを回し蹴りで蹴り飛ばしつつ、怒鳴り声を続ける。
「君は! さっきから戦っている相手を殺すことしか考えてない!! 他にもっと大切なことがあるのに!!」
「大切な……事?」
幸助はまたしても男性陣に襲いかかるイエティを雷輪で拘束しつつ南に問いかける。
「君がこの旅についてきたのは、何のためだ!!」
「僕がこの旅についてきた理由……」
幸助に指摘され、南の頭の中に浮かんできたのは、以前ランに話していた台詞を思い出した。
「ただ目の前にいる人を助けたくって……自分でも気付かないうちに身体が動いちゃってたから……
単純な話だったんだ……皆の日々を守りたかった!!」
「僕は……」
幸助はイエティが南に吹きかけた吹雪を炎で受け止め、攻撃を南に自分なりの意見を説く。
「確かに戦い続けるって事は、いつか人殺しをしてしまうかもしれない。それをせずに人を守るなんて、平和ボケした綺麗事かもしれない。それでも!!」
攻撃を受け止めつつ電撃を流してまたしてもイエティを一体撃破しつつ、南に向かって顔を振り返ってから叫んだ。
「それでもまずは動かないと! 何も始まらない!! 何も守れない!! やって後悔するよりも、やらないで後悔する方が! ずっと長くて苦しいんだ」
芯から気持ちのこもった叫び。まるで自分も何かそれに関する経験をしたことがあるかのような力強い発言に、南はもやついた頭の中の霧が振り払われた感覚を感じた。
ランに自分の口で言ったもう一つの台詞を思い出したのだ。
「これまで僕はそうして自分を縛って、勝手に落ち込んでいた……でもだからって、こんな大変なときに何もやらないで後悔したくない!!」
(僕はまた……自分の勝手な思い込みで落ち込んで……)
南は視線が下がっていた顔を上げ、自身の両手で両頬を思いっ切り音が響くほどの勢いで叩いた。
この場にいる全員が驚いて視線を南に集中させると、彼女は大きくたまっていたガスを抜くかのように深呼吸を吐き、両拳を握り絞めて肘を直角に曲げた状態で下まで降ろした。
叩かれた頬は赤く腫れているが、彼女の目付きはさっきまでの震えていたものとは違う、真っ直ぐ突き刺すような鋭さがある。
「よしっ!!」
次々と襲いかかって来るイエティに手が回りきらなくなっていき、徐々に他の男性陣達と共に追い込まれていく幸助。
「クッソ……数が……」
電撃もここまで後先考えずに使い続けてきた幸助は、ここに来て自身の魔力の消耗に悩まされていた。
(連続で使いすぎた。消耗が……)
だが敵は彼の状況を見て手を緩めたりなど当然しない。一体一体で向かってやられるのならばと、イエティ達は十体揃って一斉に飛びかかった。
幸助はどうにか周りの人だけでも助けようと単身で突撃しにかかるが、お互いが接触するかに見えた直前、突然イエティ達がバラバラの方向に吹っ飛んでいった。
動揺しかけた幸助だったが、目の前に映った光景に頭の中の整理がついて口角が微かに揺るんだ。
「南ちゃん」
幸助の見る先には、右腕を突き上げてもう一度息を吐いている南の姿が見えた。そこに迷っている揺らいだ様子はなく、代わりに固まった意識を表わしたかのような熱い空気を感じた。
「幸助君、ありがとう」
幸助に顔を向ける南。迷いが吹っ切れた彼女の引き締まった表情に、幸助は頷いて肯定した。
軽々と複数体のイエティが吹き飛ばされた事態にフラクは再び目を飛び出させて驚いていた。
(い、今のは何だ!? 我々の世界でも屈強なイエティが、軽々とパワー負けしたのか!!? いやありえん! そんなことは!!)
とはいえ敵の動きが変わったことに違いはない。フラクはハンドサインを送り、動きの変わった南のコンディションが整う前に仕留めてしまおうと向かわせた。
女性陣の前に出て襲いかかって来るイエティ達に立ち向かう南。正面や上、真横からも攻撃が来る中でも、今の彼女には一切焦りはない。
静かに南は頭を下げて目を閉じる。息を吸い、後ろに引いた両拳を強く握って構えを整えると、周囲を囲んでいるイエティ達に技を出した。
「<夕空流格闘術 十二式 山羊乱>」
繰り出される攻撃は、相手にとっていくつもの拳が同時に迫ってくるかのような幻覚が一瞬見えたと思えば、次の瞬間には揃って拳に殴られ吹っ飛ばされていた。
「文字通り、辺り一帯に素早く拳を繰り出す乱射技。危ない技だと思っていくつかと共にあんまり使ってなかったけど……今なら」
イエティ達はあっという間に大量の仲間が撃退されて困惑し、そこに南から鋭い視線を向けられたことで揃って戦慄した。
フラクは彼等の怯えた姿に腹を立て、はやく攻撃するよう催促する。
「何をしているお前達! はやくその女を!!」
フラクが指示を出している最中、突然部屋の壁が何かの衝撃を受けて破壊された。
次から次へと発生するアクシデントに顔がギクシャクするほど歪んでいると、破壊された壁の先から日の光が入り込む。
しかしその中で、一ヶ所だけ日光を背に受けて影になっている箇所がある。おそらくこの壁を破壊したらしき人物のシルエットが見える。
「カッカッカ! 助けに来たけど、間に合っていた感じか?」
聞き覚えのある笑い声に反応する幸助と南。シルエットはそのまま部屋の中に入り込むと、逆光で見えなかった姿がハッキリした。
「入間さん! アッ!」
実際、二人が手分けして戦っていても手に余る頭数。入間に気を向けた一瞬の隙にイエティの一体が二人の防衛戦を抜け出て男性陣に向かって行く。
「アアァ! こっちに来た!!」
しかし攻撃が届く前、明らかにまだ距離があったはずの入間が一瞬で間に入り、イエティのパンチを左手一つで軽々と受け止めた。
「まだまだ隙があるな。まあ、初手としては御の字か」
そこから入間は一切動作をすることなくイエティを弾き飛ばし、フラクのすぐ隣を通過して奥の壁に激突させた。
この場の全員が一番異常な動きをした彼女の存在に目を飛び出させる。
「予備動作もなく!?」
「拳を突き上げることすらせずに!?」
普通ならば何が何だか分からないだろうが、幸助と南の頭の中に彼女による空中散歩を思い出していた。
(あのときといい、この人、空気を操作しているのか?)
(その上、音も立てずに一瞬で距離を詰める素早さ。相当鍛えていないと出来ない動き)
入間は軽い準備運動としてか少し伸びをしつつ、余裕な態度を取って台詞を吐く。
「せっかく少年少女が頑張っているんや。ここは大人として、ちょっとかっこつけさせてもらおうかいな」
閉じていた目を開ける入間。イエティが動くよりも先に一瞬で姿を消し、残像すら見せない速度で次々とイエティ達が倒されていった。
「ハァ!? エェッ!!?」
「目で……追えない!?」
普段から並の人間の比ではない力を持っている幸助と南からして見ても、入間の動きは自分達よりもかけ離れて素早く見えた。
「全く目で追えない」
「これ、全部入間さんが!?」
一瞬における素早い移動。そこから繰り出す強力な攻撃。全員が何が何だか考えの整理がつかないままな中、姿を現した入間。一度軽く息を吐き、二人がいる方に振り返る。
「そういえば言ってなかったなぁ。丁度ええ。この場を借りて……」
しかし余裕な態度のままの彼女に、残っていたイエティ達がフラクのハンドサインに従って動き出した。姿を現した入間に、また高速で動かれる前に集団で襲うことで倒せると踏んだのだ。
入間は幸助達の方に顔を向けている上、相手も彼女ほどではないが素早い動き。
全体の景色が見えている幸助と南はすぐに気が付き、入間に危機を伝えようとするが今からではとても間に合わない。
「入間さん!! 後ろ!!」
それでも声を上げる幸助。だが至近距離にまで近付いて来たイエティの大群は、入間一人に対して容赦無く吹雪を吹きかけようとする。
ところがまたしても次の瞬間、全員が大きく驚くことになった。吹きかけられていくはずの吹雪は入間との間に透明な壁が出来ているかのように防がれ、彼女に接触することは全くなかったのだ。
自然現象では明らかに説明が付かない事態。幸助も南も訳の分からない事で頭の回転が追い付かなくなっていき、声を失ってしまう。
そんな状況の中、当の入間本人はイエティの大群のいる方向にゆっくりと振り返り、その数を肉眼で確認する。
「こんなにいたんか。バラバラに撃退するのも面倒やし、一気に片すか」
入間は両掌を少し丸めた状態で右手を上にまっすぐ前に出すと、両手の隙間に掃除機を軽く越える吸引力で空気が圧縮されていく。
「ま、安心しろ。命までは奪わへん。威力は緩めるわ」
集められた空気はシャボン玉のように視認できるほどになるまでになり、小さいながらも相当な量がため込まれているのが予想できた。入間はここに技の名前を呟き手を動かす。
「<秘伝 四鬼術 破流 乱刃>」
入間が手を叩いてシャボン玉を潰すと、シャボン玉状に圧縮されていた空気が大量の細かい斬撃にへと変形して飛び出し、壁に阻まれて吹雪を一切当てる事が出来ないていたイエティの大群に浴びせた。
入間曰く威力を緩めていたこともあってか真っ二つになることはなかったが、それでも襲いかかったイエティ全員に細かい切り傷が切り刻まれ、揃いも揃ってその場に倒してしまった。
フラクは自身の使役する大量のイエティがあっさり撃退されてしまった事実に何と言って良いのか台詞が浮かばないでいると、またしても瞬きの内に彼の間合いに入間の姿があった。
「ンナッ!!……いつの間……」
「アンタが黒幕やな」
入間はフラクの台詞が言い終わるまでに彼の首筋に鋭いチョップで攻撃し、たった数秒で気絶させてしまった。
圧倒的。その一言に尽きる活躍だ。入間はもう一度二人の方に視線だけ振り返ると、今度こそ改めて自己紹介をし始めた。
「改めて自己紹介や……
次警隊 二番隊隊長 『疾風 入間』。以後、よろしゅうな」
数日にして二度目。幸助と南が、次警隊の隊長という存在に圧倒された瞬間だった。
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