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5-3 殺す迷い

 入間からのいきなりの頼み。二人はそれぞれ反応してを声をこぼすも、その声は何処か元気がなかった。


「俺達が……」

「次警隊に……」


 以前ならまだしも、今の二人はこれを受けて即答することは出来なかった。

 その大きな要因は、前回の吸血鬼の世界にてブルーメとコクに手も足も出ずにやられてしまったことにある。またランの足を引っ張ってしまわないかと、どうしても頭をよぎってしまう。


 幸助はゴンドラとの戦闘の合間にも、ランから直情的になって動いたことを咎められていた。

 南は一人でゴンドラの一因を倒すことには成功していたが、その事に何か引っかかっているところがあった。


 シリアスに曇った顔をしている二人だが、第三者として見ている入間は


(空中に浮きながら考え込んでいる光景、見ていてシュールやわ)


 と思っていた。一通り空中散歩で町を回ったこともある為、話を切り上げることにした。


「まあ、すぐに決めて欲しい話やない。ちょっとの間考え時。そろそろ戻ろう。空中散歩でしんみりされてちゃたまらんからなぁ」


 二人は入間に気を使わせてしまったことを恥じつつ彼女の力で移動し、彼等が寝ていた病室にまで辿り着きました。


「お、帰ってきた」


 部屋の中に残っていた大悟と零名が持ち込んでいたお菓子を食べている中、戻ってきた三人の浮かない表情に頰に詰めていたお菓子を一気に飲み込んでしまう。


「なんや揃って落ち込んだ顔して? 二人とも高所恐怖症やったか?」


 反応のない二人に大悟は表情を真剣なものに変えると、隣にいる零名に顔は向けず声をかけた。


「お邪魔なようや。部屋出るで」


 大悟と零名、そして入間は病室の患者二人を残してこの場を去って行った。移動中、大悟は入間に気になって聞いてみた。


「何を言ったんや? 姉ちゃん」

「別に、次警隊に誘っただけ。後どうするかは彼等次第」

「投げやりやな」


 自分の姉の勝手な言い分に目を細めた微妙な顔になる大悟と零名。とはいえ彼等の問題を見つめ直すのは他でもない彼等自身。

 手助けをするわけにもいかずにもどかしい重いが何処かに残る大悟と零名を余所に、入間は先頭に出て早々と廊下を歩き去って行き、振り回されながらも残り二人もついて行った。


 一方、病室に戻ってベッドに寝転んでいる幸助と南。少しの間沈黙が続いていたが、幸助が口を開いたことで会話が始まる。


「南ちゃん」

「……何?」


 聞き返す南に、幸助は問いかけてみた。


「さっきの話、どう思う?」

「さっきの話って、次警隊に入るかって事?」


 幸助は無言で頷く。南は視線を天井に向けたまま、なんとも言えない顔をして返答した。


「正直。迷ってる」

「やっぱり……俺も」


 幸助はすぐに同意の言葉を漏らすが、南は彼の言い分を否定した。


「いや……多分、幸助君の迷っている理由とは、違う理由だと思う」

「エッ?」


 幸助はてっきり、南が次警隊に入るのを渋っている理由は自分と同じく、これから先にコクのような強敵に対して自分達が通用するのか、ランの迷惑にならないかだと思っていた。


 しかし、次に南が口にした理由は、幸助が考えをしていない事だった。


「怖くなったんだ。自分が」

「怖くなった?」


 南は自身の右手を目線の先まで持ってきて開いて見る。


「ゴンドラと戦ったとき、気付いてしまったんだ。僕のこの手は、人を殺せてしまうって」


 南が思い返していたのは、吸血鬼の世界でのマックとの戦闘のときのことだ。

 南は何度も何度もマックからの攻撃を受け続け、溜めに溜めたダメージを射手ノ矢で押し返すことに成功した。


 しかし反撃で押し飛ばした技は彼女にとっても相当な威力となり、マックの片腕を軽々と吹き飛ばしてみせたのだ。

 自分の技で明確に人を殺しかけた。この事実が、南にとって重く心に押しかかっている。


「あのとき始めて気が付いたんだ。僕は、人を殺せてしまうって……

 それで怖くなっちゃって、兵器獣の女の人と戦っている二人を見ても、足がすくんで動くことが出来なかった。馬鹿だよね。戦わなきゃ殺されているのに」


 幸助が南の言い分を否定することはなかった。


 南が元々出身地で相手をしていたジャークも、これまで戦ってきた兵器獣も、言ってしまえば人間のそれではない。

 もっと言えばジャークは倒すことで元の人に戻り、大型の兵器獣はそもそも生物とも言いにくいものだった。

 それがために南にとって、明確に人と戦って殺害しかけるという経験は、あれが初めてだった。


 ランはもちろん、幸助も、元々の異世界での魔物と戦う生活の都合上、誰かの命を奪う行為は既に経験済みだあり、言われるまで慣れている自分がいた。


 改めて殺しというものに実感を湧かされた幸助。


(そうか……俺は、知らず知らずの内にやばい奴になってたのか)


 続けて南は、そんな自分の現状と次警隊に入ることがどういうことなのかを話す。


「次警隊に入るって事は、ただ異世界の人達を守るって綺麗事では済まされない。時に誰かを守るために、誰かを殺すことだってある。

 でも戦うってなったとき、僕は殺すという行為に、とても耐えられる気がしないんだ……」


 話している最中も震えている彼女の手。ゴンドラとの戦いで起こった事が相当堪えているようだ。


 ここまでの戦いで殺害の選択も出来てしまえる幸助としては、今の彼女になんて言葉をかけるべきかがわからず、気まずい空気が流れるままに療養期間が過ぎていった。



______________________



 そうして数日後。二人は重傷の身体が完治して退院の日を迎えた。


「いや、おかしいおかしい」


 出迎えに来た大悟が反応に困る表情をして率直な感想を口にした。

 まだ軽症だった南はまだしも、ゴンドラやコクとの戦闘によってかなりの重傷を受けていた幸助はあまりにも全治するのがはやすぎたからだ。


「何がどうなってんねや。医者の見立てだともっとかかるはずやろ」

「ああ……俺、諸事情で普通の人より身体が強くなってるから」

「ランから簡単には聞いてたけど、本当にとんでもないなぁ。本気で戦ったらあのコク(あの男)にも勝てたんとちゃうか?」


 そう言われてしまうとグサッとくる幸助。南は表情を戻すとまずは一番気になっている事を質問する。


「まずはラン君のところに行かないと。彼はまだ退院してないって聞くし」

「おう、まあとりあえず案内するわ。全くぶっ飛んだ身体やで」


 大悟の案内により寝ていた病室を離れ、ランの入院している病室に移動した二人。

 先に入った大悟が声をかけつつ中に入牢とすると、部屋の中から漏れているらしき騒ぎ声が聞こえて来た。


「おう、回復したお二人連れてきたで」

「ん? 何この声?」

「複数人人がいるような」


 なんとなく嫌な予感がしながら病室に入ると、ベッドに寝転んでいるランを余所にユリを始めとした五人が少しスペースのある部屋の床に双六を広げて盛り上がっていた。


「よっしゃあ!! 出した曲が次々と売れてトップアイドルになる!! 勝った!! これ私の勝ちでしょ絶対!!」

「おぉおぉ、相当飛ばしてるな」

「巻き上げ厳しそう」

「貴方……強すぎ……」

「まあええやんか。一方的な勝負やってたまには」

「しれっと政治家に就職している人に言われても説得力が……」


 遊んでいるのはユリと零名に入間。そして魚人の世界にて出会ったフジヤマとアキだった。


「フジヤマさん。アキさん」

「二人もここに来ていたんですね」


 まず別れていた二人とこんなところで再会したことに言及する二人に、フジヤマとアキは顔を向けて挨拶した。


「久しぶりって程ではないか。また会ったな」

「皆がここに来たって聞いて、飛んできたの。それで病室にやって来たら、なんやかんやで『半生ゲーム』をやることになって」

「何がどうなったら病室内でボードゲームやる流れになるわけ?」

「私が誘ったのよ。看病ばっかしていてもつまらないし」


 格好から入ったのか、何処からか調達したらしきナース服姿になっているユリ。当のランは首だけ回して声をかけてきた。


「よう、身体治ったか」

「そっちは大丈夫なの? ラン君」

「そこまで心配されなくとも大丈夫だ。俺の身体はやわじゃない」


 いつも通りの態度で喋っているラン。しかしこれを聞いて近付いて来たユリが軽く彼の身体を叩くと、彼は全身に何が流れるように震わせて声を抑えながらも痛いことが漏れていた。


「ツッ!!……」


 ユリはジト目をしながら息をつき、彼に説教じみた台詞をかける。


「やせ我慢しても身体は正直。あれ程使わないよう釘を刺していたのに、短期間の間に二度も輝身(グリッター)を使えば、こうなるのも当然ね。おかげで全治三週間で入院よ」

「あの時はこうでもしないと間に合わなかっただろ」

「だからってアンタがそれで無茶して潰れちゃそれこそやばいでしょ!!」


 二人の言い分のぶつかり合いが起こりかけるが、幸助がここに割っては言って質問を飛ばす。


「あの……数日気になっていたんだけど、短期間に二度使ったって、一回目はいつ?」

「その聞き方するって事は、そこの惚気忍者が口を緩ませたか」


 大悟がしれっとランから視線を向きを逸らす。


 ユリは彼の質問に少し返答に戸惑っているようだったが、ランの方は特に迷いもなく返答した。


「丁度お前と出会う直前だな」

「俺と出会う直前って、まさか!!」

「おう、魔王退治のときだ」


 幸助の目が丸くなり、拳を血が出かねない強さで握り絞めた。


「勇者と勘違いされた挙げ句かなり腕が立つ奴だったんでな。小細工も上手くいきそうになかったからゴリ押しの手を使った。それでも苦戦させられたが」


 幸助が頭の中の記憶を整理させるも、繋がっていく事実に自分を呪いたい気分になる。


 つまりランは幸助と出会ったあの時からここまでずっと、輝身の後遺症を残したままの状態で旅を続け、あれだけの敵と戦い、直情で焦った自分とも戦っていたことになる。


 幸助は自分がランの旅に同行するとなったとき、理由として『ランを越える』という目標があった。


(これは……大き過ぎるだろ)


 幸助はこれまで知らなかった、『将星 ラン』という男の大きさを突き付けられる形になった。


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