1-9 勇者からの交渉
つい先程の幸助との戦闘に敗北し、彼によって拘束されたラン。何度か身体をもがいてみるも全く効果はなかった。
「ダメか。どうするか……」
幸助の態度から見て時間経過で拘束は解けるようになっている予測は立つ。だがかといってこのまま幸助を放っておく訳にはいかない。
ランがどうにか拘束を解けないか試み続けていると、彼の近くに何者かが現れ、ランに上からものを言い出した。
「随分な様ね。見事に反撃されて」
「なんだよ、拘束状態の俺を目にして開幕早々に罵倒か? 酷いことだ」
ため息をついて落胆するランの姿を見たい人物は、少し間を置いてからふとこんなことを言い出す。
「このまま持って帰っちゃおうかしら?」
「怖いこと言うな、冗談を言ってる時じゃないんだぞ」
軽く気の抜ける話をすると、ランは表情を真面目なものに戻してその人物に頼み込んだ。
「悪いが外してくれ。この拘束、思っていたより強い。解くのに時間がかかりそうだ」
「いいけど、私のやり方分かって言ってるの?」
「構わん。猶予がない」
「そう」
一応承諾を得た人物はランの前にしゃがみ、自身の右手を彼の顔に触れさせた。すると彼の体が突然光り出し、身体の形に変化が起こった。
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一方の幸助。ランから奪い取った結晶を手に持ち、回復しきっていない身体を動かして昨日サイクロプスと戦闘した場所に向かっていた。
バランスの取り切れていない動きをする彼の頭には、仲間達との経緯が流れてくる。
当時異世界に来てすぐの彼は、餓死寸前になったところをココラに発見された。そのとき彼女は自分の鞄にしまっていた美しく輝く水を渡してきた。
「これを! 先程見つけた泉で水をくんできたものです。私も先程少し飲んだので、問題はないはずです!」
水道水とは明らかに違うその水。しかし意識を失いかけている幸助は迷うことなくこれを受け取り器の中の水を丸ごと飲んだ。
すると瀕死だったはずの幸助の体は力がみなぎっていき、息も軽くなって立ち上がることが出来た。
「何だこれ? なんだか力がみなぎるような」
「よかった。でもさっきまで倒れてたようですし、まずは病院に」
「いや、いいってそんな」
そのときだった。幸助が謙遜して軽く手を払った途端、彼の腕から発生した風圧は軽々と地面を抉り、離れた場所の大きな木を粉砕した。
「「え?」
「今の、何?」
「何って、魔術では?」
「魔術?」
「知らないんですか?」
幸助の初の魔術使用、及びチート能力の発現だった。何も知らなかった幸助はココラからこの世界の概要を聞いた。
この世界の生物にはみな身体に一属性の魔力が流れ、それを使うことで様々な魔術が使えるらしい。しかし幸助の場合は勝手が違った。
彼はこの時から七つある全ての属性の魔術を使うことが出来たのだ。
後から知った話だと、ココラはこの水を先程たまたま入った神秘的な泉から採取した『伝説の聖水』だそうで、飲んだものを著しく強化するマジックアイテムだったのだ。
大量に飲んだ幸助は攻撃において全属性の魔術が使えるようになり、ココラは回復魔法において秀でるようになった。
幸助は以降、自分を助けてくれたココラの力になろうと彼女と共に行動するようになった。
道中に仲間が増えていき、賑やかになったパーティー。とある夜にたき火を囲って一つの話題に盛り上がった。
「アタシはぁ! もおっと強くなってぇ! 獣人界一の戦士になるんだから!」
「私はあまり変わりはしないな。王国を守るためにこの身を捧げるのみだ」
彼等が話し合っていたのは、魔王を倒した先における自分達のこれからについてだ。我先にと発表するソコデイに多少困惑しながらも話を合わせたアーコが続く。
次にココラは手に持った杖を優しく摩りながら話し出した。
「私は、これからも皆と一緒にいれたらいいですね」
チラリと幸助を見るココラ。それに気付いた彼が少し頬を赤らめてしまう。
「コウスケは?」
「俺か? お、俺は……」
どうにも戸惑ってしまう幸助にココラが炎で赤らんだ顔で優しく見てくる。目線を逸らしながらも彼は小さな声で答えた。
「俺は……」
何か肝心な事を思い出しかけたそのとき、現実の幸助は目的地に到着したことで我に返った。ココラ達を攫った男に言われた場所。つい先日改造されたサイクロプスが暴れた元パーティー会場だ。
襲撃から時間が経っていないこともあって修繕すらまともに執り行われていない。今は被害者の救援や事件の解明が先なんだろう。
現在のこの場には人がいない。おそらくあの赤い服の男の準備だ。これは罠だということは、幸助も分かっている。
かといって仲間を見捨てることなんて出来ない彼は、到着してすぐ近くに隠れているであろう相手に聞こえるように大きく叫んだ。
「言われて石は持ってきたぞ! 出てこい!」
声が響き静まる周囲。その中で微かに聞こえる足音。幸助が首を向けると、例の男、『クーラ』が堂々と姿を現した。
しかし警戒しているからか距離を取ったまま軍手をはめた右手を伸ばしてくる。
「よく来たな。だがまずは証拠確認が先。現物を見せていただこうか」
幸助はクーラを睨みながらも右手に持った結晶を彼に見せる。確認したクーラは続けて指示を飛ばす。
「では、こちらに投げて貰おうか」
「俺の仲間を解放するのが先だ!」
幸助が交渉を有利に運ぼうと強気に攻める。クーラは一度手を下ろし、呆れたようなため息をついて反論する。
「勘違いするな虫が。その石はお前の力では壊せない。逆にこっちはいつでも人質を殺せる。選択権はこっちにあるんだよ。分かったら大人しく渡せ」
引けない状況に持ち込まれた幸助が悔しそうな表情を浮かべる。ならば仕方ないと幸助は結晶を拳に包んで右腕を引き、放り投げる準備をした。
しかし幸助に大人しく結晶を渡す気はない。むしろそれを防ぐための策があった。
(あの赤服は、俺が結晶の正体を知っていることに気付いていない。投げ渡す振りをして、アイツの周囲の地面を動かす。捕まえてしまえば、後はこっちに有利なように話を付ける)
「三つ数えて投げる。一、二の……」
幸助は結晶を投げる振りをして強く握り、次のかけ声と同時に攻撃を仕掛けようとした。だがその直前、突然彼の後ろから何かが割れるような音が響いた。
「何だ?」
幸助が後ろを向くと、空間を割って巨大な生物の右腕が出現。彼を攻撃して瓦礫に叩きつけた。
防御が間に合わなかった幸助は体に走る激痛に耐え兼ね、手に持った結晶を落としてしまう。
「ガハッ!」
クーラは余裕な態度で結晶を拾おうと歩いた。初めから幸助の計略は読まれていたようだ。
「くだらない罠を張っていることなどお見通しだ。大方あの男から石の正体を聞いたのだろうが、使わせなければ意味のないこと」
クーラは結晶を拾い上げると、倒れて動かない幸助に更に罵倒を浴びせた。
「おっと、既に死体になっている虫に言っても仕方なかったな」
しかしクーラは目線を前に向けたことで表情が固まってしまう。
死亡しているかと思っていた幸助がその場に立ち上がり、荒い息を吐きながら睨み付けてきたのだ。
「ガァ……ハァ……」
「驚いた、まだ動けるのか。この世界には妙に身体の頑丈な奴がいるものだな」
幸助が目線を上げると、クーラの後ろの空間が大きくヒビ割れ、幸助を襲った右腕の正体である兵器獣が出現した。
「あれは!」
出現した相手の姿に幸助は目を丸くする。兵器獣の正体は、以前に二度彼と戦闘したあのサイクロプスだった。
ランに破壊された左腕は巨大なナイフに代わり、腹回りの箇所は鉄のようなもので補填され、以前より更に機械的なサイボーグになっている。
「まだ、生きていたのか!」
「ほお、耐えはしたが息も絶え絶えか。ならばこれで……」
クーラは幸助から奪い取った石を見せびらかす。
「勇者の世界のコア、試してみようか」
幸助はマズいと剣から斬撃を飛ばしにかかった。しかしクーラは彼が剣を鞘から抜いたタイミングを見計らって兵器獣にミサイルを撃たせ、剣の刃に直撃させた。
「グアッ!」
衝撃に吹き飛ばされ、またしてもがれきに激突する幸助。どうにか再度立ち上がる事が出来たものの、次に彼は剣の違和感にいち早く気が付き、目の前に刃を持ってくる。
幸助の目に移ったのは、刃が折れてしまった彼の剣だった。
「そんな!」
魔王城での連戦に続き、前回の騒動でもろくに手入れもせずに酷使してきた剣が負荷に耐え切れなかったのだろう。
こうなっては剣撃はほとんど使い物にならない。これを見たクーラは幸助を鼻で笑う。
「愛用の武器も使い物にならなくなったか。まあ、ネオニウム製のミサイルにこの世界の物質が敵うわけがないが」
幸助は尚も立ち上がろうとするが、ここまで来るともう力が出ず、瓦礫に付いた尻が上がらなかった。クーラは幸助の姿を確認すると、もう一度結晶に触れる。
「トドメだ。虫は虫らしく潰れろ。」
クーラが最後に一言付け加え、結晶を強く握り締めようとした。
だがクーラが動く寸前、突然の地響きが彼等を襲い、よろめいたクーラは力を緩めてしまった。
「何だ?」
直後にクーラは自身の上に兵器獣のものとは違う大きな影が重なったことに気づく。まさかと後ろを振り返ると、突然現れた巨大な恐竜がクーラに向かい大きく口を開けて迫っていた。
「兵器獣!」
主人の命令を受けた兵器獣はすぐに動き、恐竜にミサイルを当てて吹き飛ばした。恐竜は地面に激突する前に緑色の光に変わり、細かい粒子となって消えた。
「今のは」
動揺するクーラ。すると彼の右腕が突然痺れ、持っていた結晶を離してしまう。
「しまった!」
クーラは奪われまいとすぐに右手をまた伸ばすももう遅く、痺れさせた原因である電磁鞭が結晶を包み込み、原型の残っている廃虚の屋根の上にまで戻って行った。
「何者だ!」
幸助とクーラが鞭の戻った先の場所に注目する。そこには堂々とした態度の男が一人足を肩幅に広げて立っていた。
「俺は、風来坊だ」
「「!!?」
二人、特に幸助は声の正体に驚いた。現れた人物とは幸助が戦闘し、しばらくの間動けないよう拘束していたはずの男、『将星 ラン』だったからだ。
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