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そして一日が終わる

大好きな友人のたわさ様にネタを提供していただきました。ありがとうございます!

今日も今日とて面倒な仕事が片付いた。別に規制が掛けられてるわけじゃないが、基本的に神が自分の守護する世界に降りれるのは一日に一回。

自分の愛し子は毎度暇神ひまじんを見るような目を向けてくるけど、神様業はそんなに暇なわけじゃない。

世界のどこぞで次元の綻びが出来れば移動して綻びを直し、やれどこぞの国がわけのわからない召喚術を使おうとすれば慌ててその邪魔をする。生態系が崩れないように見張ってなければいけないし、ほどよく世界が発展するようたまに加護などを与えたりする。眠らなくても大丈夫だが、疲れを覚えないわけじゃない。

一つ一つは神の身からすれば小さいことでも、積み重なれば塵も山となる。

常に力を放出して、世界中に眼を置いて見張っているようなものだ。神経を使うし、気が休まる暇もない。


それでも凪に会いに行くのは、彼女が自分の『愛し子』だからだ。

今までのウイトィラリルは自分から『愛し子』を作ったことがなかった。異世界に連れて行った人間が勝手に自称するか、あるいは周囲がそう呼ぶことはあっても、凪のように自分から関わりに行って構ったりしたことがない。

何故、凪なのかと問われても答えはない。ただ、一目見て気に入って、こいつしかいないと想いこんで、気がついたら突っ走っていた。


同僚には呆れられたり、笑われたりする。これはもう、今までの行いが悪かったから仕方ない。

生まれてから一度も『愛し子』を持ったことがなかったウイトィラリルは、彼らが『愛し子』を可愛がってきたのを笑ってきた。

曰く、自分たちとは格も存在が違う生き物に気を使うなんて変だとか、曰く、弱小な存在におもねるなど神として馬鹿らしいとか。

あの頃笑って流してくれる相手もいたし、激怒して殴りかかってくる奴もいた。後者はなんて気が短いんだと考えていたものの、今の自分なら間違いなく彼らと同じ行為をする自信がある。

今更ながらに謝罪に行ったら許してくれたが、自分なら許さないだろうから、まだまだ若輩者だと自嘲する限りだ。


空間を渡りながら、顔見知りと挨拶を交わす間も心はずっと急いている。

実は遠いと思っている世界は互いが隣接して干渉しあっているので、結構な数の神と知り合いだった。

神の中にはウイトィラリルのような唯一神として世界を治めるものもいれば、自らの下に眷属を作り出して治世するものもいる。

色々な形を取る世界の一つで凪を見つけれたウイトィラリルはとても幸運であり、かの世界の神には感謝してもしきれない。

凪の世界はウイトィラリルの世界より少し遠いところにあるのだが、今日は彼の世界の維持の手伝いで一日のほとんどが潰えてしまった。

代わりにとバレンタインに関する情報や材料をただでもらえたのはありがたいし文句もないけれど、凪に会うまで少し時間が掛かっているので、眠っていないか心配だ。


「っ、凪!」


最後の空間渡りをして、目的の場所に姿を現す。

薄暗い室内に一瞬眉根を寄せ、それでも神としての視界は邪魔されないので迷うことなく凪がいる場所に降りた。


「!!?」


実体化して遠慮なくベッドの片隅に落ちる。適度な体重を持って勢いを付けたので、柔らかすぎないが、硬いわけでもないベッドは結構バウンドした。

びょいんびょいんと揺れる寝床に驚いた凪が、慌てて飛び起きてきょろきょろと視線を彷徨わせる。おそらく状況を把握しようと必死になっているのだろうが、その姿は寝起きのハムスターがうろちょろしてるのと大差なかった。

少しの間見物し、どうにも辛抱ならなくなって腕の中に囲い込む。加減はしたが苦しかったようで小さく呻き声が聞こえたものの、放す気にはなれなかった。


「・・・ウィル?」

「おう、おはよう!チョコレートくれ!」

「・・・・・・」


寝ぼけ眼を必死に凝らす凪に向かって、上から覗き込むようにして強請る。

暫く動きを止めてから、何やら疲れたようにため息を吐くと指先を机の上に向けた。


「チョコブラウニーを焼きました。お口に合うかわかりませんが、どうぞ」

「おう!」


凪を抱きしめたまま力を使い、机の上に置いてあった皿をこちらに引き寄せる。掛けてあったハンカチは邪魔だったので、そのまま机に置いておいた。

四角くカットされたこげ茶色のお菓子には、チョコレート以外にナッツも入っていた。初めて見るものだが、近づけて匂いを嗅ぐとなんとも芳醇な香りがする。

一つ手にとって大口を空けてかぶりつくと、しっとりとして滑らかな口触りに少し驚く。香り付けにか酒が少量入っているらしい。甘いだけじゃない奥深い味わいにもう一口と手が伸びて、気がつけば二つ食べ終わっていた。


「美味いな、これ」

「それは良かったです。じゃあ、私は寝るので」

「折角だから付き合え。まだバレンタインは終わりじゃないだろ?好きな相手が目の前に居るのに寝るのは野暮だ」

「いえ、私は睡眠を取るのが好きなので」

「いやいやいや、お前は俺の『愛し子』だから俺が一番好きなはずだ。遠慮することはない。さあ、喰え。ほれ、あーん」


新しく取ったブラウニーを口元に差し出せば、しばらく頑固に一文字に結ばれていた唇が、嘆息と共にゆっくりと解かれた。

ウイトィラリルと比べると随分小さくてささやかな一口は、それでも自分と同じものを共有したのだと満足感を与えてくる。


「美味いか?」

「・・・そうですね。私の好みの味です」


ぺろりと口を舐めた凪は、一つ頷いて小さく笑った。

その仕草に頷くと、もう一度口を開けてぱくりと食らいつく。じんわりと広がる甘さと、僅かに混じるほのかな苦さ。

全てをひっくるめて今までで一番気に入った味わいは、きっと『愛し子』の愛情と言う名のスパイスが投入されているからに違いない。

来年ももらえるだろうブラウニーに想いを馳せながら、次はもう少し材料を多くしてみようと心に決めた。

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