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チョコレート?大丈夫、バッチコイ!

大好きな友人のたわさ様にネタを提供していただきました。ありがとうございます!

「うぁ~、いい風呂だった!」


濡れた頭をタオルで拭いながら勝手口から室内に入る。世界の創造神が溺愛する『愛し子』に与えた家は、雰囲気的にはサーヴェルの建築物とどこか似ている。全体が木で出来ていて、どこか素朴で暖かい。

室内は土足禁止で、基本的に靴は玄関か勝手口で必ず脱ぐ。これはサーヴェル以外には浸透していない文化で、たまに忘れると異世界出身の三人や、サーヴェル出身のリュールに『土足厳禁』と叱られる。仕事なら気を張ってるのでそんな間抜けはしないのだが、プライベートでは気を抜くと長年の癖が出てしまう。だがそれでも最近は大分慣れて、叱られる回数は減っていた。

露天風呂から上がったばかりのラルゴは、玄関ではなく、勝手口と呼ばれる台所に作られたドアを開けて室内に入るのが常だ。室内風呂は家の中に在るのでこんな手間は要らないのだが、基本的に開放的な空気を好むラルゴは雨風が酷くない限り露天風呂を使う。そうすると距離的に玄関よりも台所にあるドアから出るのが近道で、家に住む住人はみんな露天風呂を使うときはそうしていた。


「おはよう、ラルゴ」

「おう!おはよう、お嬢!」


聞こえてきた鈴の音を転がしたような可愛らしい声に、反射でぴくりと尻尾が持ち上がる。視線を向ければ料理をしている最中らしい華奢な少女が、顔だけをこちらに向けて僅かに口元を綻ばせた。

性格的にはかなりユニークな部類に入るし、黙っている間も色々考えているらしいのだが、凪は基本的に喜怒哀楽の表現に乏しい。むしろ標準は無表情に近く、庇護欲をそそる外見と反して割とクールだ。しかしだからこそ少しの表情の変化で随分と印象が変わる。どんな顔をしていても凪は可愛いし綺麗だが、惚れた欲目を差し引いてもやっぱり笑顔が一番好きだった。

朝稽古の後に露天風呂に入り、すっきりしたところで好いた女の笑顔を見れる。なんとも朝から運がいいと履いていたつっかけを勝手口で脱ぎ捨てると、モスグリーンのエプロンをした凪へと近づいた。


「今日の朝飯はお嬢の当番だっけ?」

「ううん、今日はガーヴ。朝からバーベキューだって言ってた。今は表の庭のほうで火を起こして準備してるみたい」

「またかよ?あいつが料理当番だと毎度バーベキューな気がするんだが俺の気のせいか?」

「多分ラルゴの気のせいじゃないよ。ガーヴは基本的に料理って言うか捌くだけだから。肉も野菜も捌いて焼いて食べるだけだから」

「だよな。つーか、もうそろそろ進歩を見せてもいい頃合だと思うんだけどよ、一向に兆しがねえな」

「私は下手に手が込んでる料理より、シンプルなものの方が好きだけどね。うん。色々スパイス混ぜ込まれて結果なんだかわからない味になるくらいなら、塩コショウで美味しくいただくよ。素材の味、万歳」

「あー・・・ゼントの料理か。まぁ、お嬢もその内慣れるさ」

「あれに慣れるとき、それ即ち私の味覚の破壊が確認される瞬間だから」


視線を前に向けた凪は、げんなりとした表情で深くて重いため息を吐き出した。あまりに落ち込んだ様子に下手な慰めの言葉も掛け辛く、余計なことを言ってしまったと泡を食う。

この家に来てから料理が趣味らしいゼントの、一種兵器とも呼べる料理(?)を一番多く食べさせられそうになってるのは凪だ。ゼントからしたら本気で悪気のない、むしろ彼にしては珍しく純粋な好意の塊は、拒絶し辛いものでありながら、拒絶せねば少女の繊細な味覚に多大な被害を与えるものだった。

基本的に凪は小食であるものの食べることが大好きだ。特に自分の味覚に合う美味しいものを探すのが好きで、昆虫類はダメだが爬虫類までは原型を留めてなければいける。しかしそんな凪でも受け付けない『料理』こそ、ゼントの手作り品だった。

彼の料理は意外と素材に拘っていいものを使ってるのだが、いいものといいものを組み合わせればいいものが出来るかと言えばそうではなく、結果いつも何がなんだかわからない変化を起こしたゲテモノ料理へと成り下がる。

冒険者をしていて食べれるものは口にするのが日常だったラビウスやラルゴならともかく、凪にはハードルが高い代物だった。傍にいるときはさり気無く庇ったり出来るのだが、以前誰も居ないところで断りきれずゼントの料理を完食させられて寝込んだのはさして古い記憶でもない。

寝込んだ凪に看病と称して更なる料理を振る舞おうとしたのを、ゼントは文字通り毛を逆立てた秀介や桜子に暴力的に阻止されていた。

今では彼だけ食事当番から外され、料理に関しては同じものを作り続けるガーヴ以上に厄介な存在として認識されていた。


「ははは・・・大丈夫だ。俺がお嬢を守るから」

「うん。この件に関してはラルゴ以上に頼りになる獣人ひとはいないよ。お願いします」

「おう!任せとけ!」


ドンと勢いよく胸を叩き、華奢な少女にウィンクする。そのまま何かを掻き混ぜている手元を覗き込み、初めて見るこげ茶色の物体に首を傾げた。

香りは甘く、どこか生クリームの匂いも混じっている気がする。お湯を張ったボールの上に更にボールを浮かべ、ヘラでマイペースに掻き混ぜていた。ところどころ塊が見えるので、最初はおそらく固形のものだったのだろう。

初めて見る色合いのものだが、台所で作業しているならこれは食べても大丈夫なものなのだろうか。


「気になる?」

「ああ。結構色んなとこで色々くったけどそれは初めて見るからな。色はまずそうだけど匂いはいけてる」

「チョコレートって言うの。私たちの世界では割と一般的だったけど、こっちには普及してないんだって」

「へぇ、お嬢の世界の・・・って、お嬢の世界の?どうやって手に入れたんだ、それ」

「ウィルがさっき持ってきてくれたの。バレンタインのチョコが欲しいんだって」

「『ばれんたいん』?なんだ、それ?」

「私がいた世界のイベント。私の故郷では一般的に女の子が男の子に告白する日みたいになってたかな。勿論、他にも意味があるけど」

「女が男に告白・・・つまり、お嬢はあいつに告白するのか?いや、チョコが欲しいって強請られたなら違うか」

「うん」


ラルゴの確認するための言葉に頷いた凪に、迷いや躊躇は見受けられない。つまり本当に全然裏表ない、単なるプレゼントなのだろう。

それだけでも羨ましいが、今は別に気になることがある。


「その・・・俺にもあるのか?」

「うん」


こくり。今度もすぐに反応した凪に、嬉しくて思わず尻尾に力が入った。

嬉しい。思春期の乙女のように頬に一気に熱が集まる。隠すことすら考えられず、赤面した状態のまま熱に浮かされた眼差しを一心に注いだ。

さっき凪は『女の子が男の子に告白する日』と言っていた。つまりその前提を踏むなら、チョコをくれる凪はラルゴに対して告白してくれるということだ。

ぶわりと尻尾を持ち上げ、興奮のまま床に叩きつける寸前で堪えた。もし床を破壊して作りかけのチョコレートに木片でも入ったら大事だ。


「ここで待っててもいいか?」

「いいけど・・・まだ時間がかかるよ。お風呂上りならちゃんと服着ないと風邪引くんじゃない?」

「大丈夫だ!」


タオルを放り投げ、魔法を使って身体を乾かす。一応これも繊細な魔法で使うと力加減が面倒で、タオルがあるときはタオルを使うようにしてるのだが、今日はそんなことも気にならない。

ずっと隣で見てると邪魔かと思い、少し離れた場所で床の上に胡坐を掻いた。

やっぱり今日は朝からついてる。機嫌よく鼻歌を歌いながらちょこちょこ動く背中を見詰め、ラルゴはゆったり尻尾を振った。

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