66.駆け出し悪女の人助け
「前世のけじめをつけたいの。『聖女の雫』を作って多くの人に与えたのは私だもん。知らぬ存ぜぬはできない。善意で助けるのはこれでおしまい」
「わかりました。では、お嬢様の願いを叶えさせていただきましょう。ですが、お嬢様にもやってもらいたいことがあります」
「なに?」
「街中に癒やしの光を」
リリアナは目を丸くした。
そんなことをすれば、今元気な人も聖女の力によって苦しむことになる。
リリアナの言いたいことがわかったのか、ロフは口角を上げた。
「一つ一つ『聖女の雫』の痕跡を探していては夜が明けてしまいますから」
「つまり、街中聖女の力で漬け込んで、ロフの闇の力で打ち消すってこと?」
「さすがお嬢様です」
ロフは嬉しそうに目を細め、手を叩く。
大袈裟に褒められ、少しだけ恥ずかしさを覚えた。
「そういうことなら、任せて!」
リリアナは右手を空にかざした。
「癒やしの光よ、降り注げ」
闇の中、空が煌めく。
「あれ~? 流れ星だ~!」
「まあ! 綺麗ね!」
「こんなの初めて見たわ!」
窓から空を見上げていた少年が、声を上げる。
闇夜の中に星がきらめき、そして街中に降り注いだ。
その不思議な光景に驚いた人々は家から出てくると、両手を空に掲げる。
命を脅かす光だとも知らずに、彼らは全身にそれを浴びた。
「素晴らしい! さすがお嬢様です」
「これくらい朝飯前よ!」
「朝食には早すぎるかと思いますよ。お嬢様」
「ほら! そんな冗談言ってないで、次はロフの番!」
再び静かな夜に戻った。癒やしの光は街中の人々の身体の中に入り込んだだろう。
「では。……闇よ、星々を喰らい尽くせ」
ロフの低い声が響く。リリアナは思わず身を震わせた。
暗闇の中だから目立たないが、霧のような闇が街を覆う。
そして、静かにすべての聖女の力を食らい尽くした。
「成功しているか確認しよう」
「どうやって確認しましょうか?」
「あの女の人の家はわかる?」
「ああ、あの不躾な女のですか?」
「そう。あの人の子どもが元気になっていたら、成功ってことでしょう?」
この目で確かめなければ、信じることはできない。失敗していたら、街に暮らすすべての人を苦しめる結果になるのだ。
「お連れしましょう」
ロフはリリアナを再び抱き上げると、教会の屋根を蹴り上げる。
彼は街の外れにある小さな家の前でリリアナを下ろした。
家の中の様子はカーテンの隙間から中を覗くことができた。
女がベッドに眠る子どもを抱きしめている。しかし、子どもの顔は青白く、とても健康的には見えない。
「失敗したってこと?」
「いえ。『聖女の雫』の力が消滅して目を覚ましたのでしょう。ですが、元々彼女を巣くっていた病が治るわけではありません」
「そっか」
身体の中にあった光の力を消しても、元々あった病が消えるわけではない。ただ、『聖女の雫』を飲む前に戻っただけだ。
リリアナが今日助けたのは、『聖女の雫』に頼るしか方法は残っていない、病に侵された人々だ。
聖女の力ではその病から救うことはできない。
「聖女の力って無力ね」
リリアナはぽつりと呟いた。
聖女とはなんとちっぽけな存在だろうか。
「ですが、『聖女の雫』の効果を消さなければ、あの子どもは親と話すこともできず、数日のうちに命を失っていたでしょう」
「……もしかして、慰めてくれてるの?」
「私は事実を申し上げたまでのこと」
「そう。ありがとう。ロフ、これをあの親子に渡してちょうだい」
リリアナはポケットから金貨を一枚取り出すと、ロフに預けた。
これだけあれば、街一番の医者に診せることができるだろう。
「お嬢様は悪女になるとおっしゃっておりましたが……。まさか、人助けまでするとは」
「違う。これは情報料よ」
そう、情報に対する対価であって人助けではない。
リリアナにとって大切なのは家族だけ。そう、決めたのだ。
「悪とはもっとずるくて汚いものかと思っておりました」
「いいじゃない。まだ私は悪女としては駆け出しだもの。これからもっとずるくて汚い悪女になるわ」
「そうでございました。悪女としては新米でしたね。では、今後のお嬢様の成長を期待しましょう」
リリアナは街を見回した。
暖かな光が窓からもれる。光の奥で影が笑い会っている。
(今日はお父様の布団に潜り込もうっ)
リリアナはまっすぐグランツ家の屋敷を目指して駆けだした。
第一部 完
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
第一部はここで終了です。
まだ回収していない伏線とか書きたいストーリーとかもあるので、第二部のプロットを時間を見つけては書いています。
ある程度まとまったら第二部として連載させていただこうと思います。
☆や感想で応援していただけたら、嬉しいです^^




