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前世聖女のかけだし悪女  作者: たちばな立花


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65.ロフのお願い

 リリアナの知らぬ間に、ルーカスとエリオットは『聖女の雫』を売りさばいていた者たちを全員捕らえ、罰を与えた。

 それどころか、偽物の『聖女の雫』を売っていた組織も壊滅させたということだ。

 その間、わずか三日。

 リリアナが新作スイーツに舌鼓をうっているあいだに。


「また、仲間外れにされたわ!」


 リリアナはすべての報告をロフから聞きながら頬を膨らませる。

 昨日も一昨日も、ルーカスやエリオットはいつもどおりの生活をしていた。

 リリアナはみんなにすっかり騙されていたのだ。


「旦那様はお嬢様のことを大切思っておいでなのです。大人の汚い部分は見せたくないのでしょう」

「だからって、秘密なんてひどい! ロフだって知ってて黙ってたんでしょ!?」

「仕方ありません。旦那様から『何も言うな』と固く口止めされておりましたので」


 ロフは笑みを浮かべ、リリアナの頬についたクリームを拭った。


(みんな、寄ってたかって子ども扱いするんだから!)


 このまま甘やかされていると、本当に子どもになってしまいそうだ。


「ねえ、ロフ。体内に入った『聖女の雫』を取り除く方法ってないの?」

「そうですね……。ないことはございません」

「どんな方法?」


 ロフはなんでも知っている。

 彼の長い人生で得た知識は多いだろう。加えて読書が趣味のため、本から得た知識はすべて彼の頭の中に納まっている。


「『聖女の雫』は何に対して有効だったか覚えておりますか?」

「そんなの『穢れ』しかないでしょ? って……まさか」


 ロフの口角がゆっくりと上がった。

 彼の表情から想像するに、リリアナの察したとおりのようだ。

 リリアナはシュークリームの残りを口に放り込むと、腕を組む。

 小さな口いっぱいにクリームの甘味が広がった。五歳の子供の手は小さくて不器用だ。

 手についたクリームをロフが丁寧に拭う。


「ロフは私の手伝いをする気はある?」

「もちろん、お嬢様がお望みならばなんだっていたしましょう」


 ロフは胸に手を当て背筋を伸ばした。そして、仰々しく腰を曲げ、深々と頭を下げる。

 本に書かれている手本のような礼にリリアナは苦笑した。


(ほんっとう、その忠誠心はどこからきているのよ?)


 まったく不思議だ。

 聖女と魔王は相反する存在だというのに、ここまで固執する意味がわからなかった。

 リリアナとしては、事情をよく知る便利な執事を一人手に入れたことは好都合ではあるのだが。いつ彼が裏切るとも限らない。


「その代わりお願いがあるのですが」


 ロフは少し言いづらそうに切り出した。

 ふだんからは考えられないしおらしさである。


(対価があったほうが、あとから面倒なことを言われなくて済むからいっか)


「なに? あんまり無茶なことは聞けないけど……」

「それほど難しいお願いではございません」


 ロフはリリアナの前に跪く。


「どうか、私をずっとリリアナお嬢様の側に置いてほしいのです」


 ロフの白い頬がわずかに朱に染まる。

 乙女のように恥じらう姿に、リリアナは頬を引きつらせた。


「置いてほしいって……。何を今更」


 魔王の力を駆使してこの屋敷の、しかもリリアナの執事の地位を手に入れたのだ。

 リリアナの許可など必要ないのではないか。


「ダメって言ってもどうせ居つくんでしょ?」

「そんなことはございませんよ。しっかりお嬢様の許可はいただくつもりです。……少し強引な手を使うかもしれませんが」

「同じことじゃない。……まあ、いいわ。願いを叶えてくれたら、とりあえず、一年は居てもいいわよ」

「……一年ですか」

「期間延長は働き次第ということで」

「わかりました。必ずや、私なしでは生きられない身体にしてみせましょう」


 ロフは再び頭を下げた。

 物騒なことを言う。

 リリアナは「ま、いっか」と呟くと、椅子から飛び降り立ち上がった。


「じゃあ、行こうか」

「今から、ですか? 夜も更けて参りましたが……」


 晩餐が終わった時間。子どもはそろそろ布団に入る時間だ。


「だからいいんじゃない! 昼間は監視の目がたくさんあるんだもん」


 ルーカスとエリオットのことである。

 彼らはリリアナが無茶をしないように目を光らせていた。


「ロフなら外に連れてってくれるでしょ?」

「それがお嬢様の望みならば」


 ロフは目を三日月のように細め、満面の笑みを浮かべるとリリアナを抱き上げた。


 ◇


 ロフとリリアナはグランツ家の屋敷を抜け出し、空を舞う。

 風を受けてリリアナの髪の毛は踊り出した。屋根をいくつも飛び越え、辿り着いたのは平民たちが暮らす家が建ち並ぶ地区だ。

 二人は大きな教会の屋根の上に着地した。


「『聖女の雫』を飲んで苦しんでいる人を救ってあげて」


 リリアナは眼下に広がる街を見回した。


「リリアナお嬢様。今、グランツ家が人々からなんと呼ばれているか知っておりますか?」

「さあ?」

「悪逆貴族、と。皆の希望である『聖女の雫』を独占し、癒やしの力にすら金を取る守銭奴とのことです」

「言いたい放題ね!」

「それでも助けたいですか?」


 ロフの言葉にリリアナは笑みを浮かべた。


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