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前世聖女のかけだし悪女  作者: たちばな立花


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45.リリアナの苦手なもの

 リリアナはミミックを抱きしめながら、肩を落とした。


「またやってしまったわ……」


 小さくなるエリオットの背中を見つめながら、リリアナはミミックの体に顔を押しつける。ミミックは居心地悪そうに体を動かしリリアナの腕から抜けだした。そして、肩にのぼり、首に巻きつく。聖女よりも小さなリリアナにも遠慮はないようだ。


「おまえのせいで、お兄様にもっと嫌われたかも」


 リリアナはミミックの頭を撫でながら、愚痴をこぼした。


 兄のエリオットに嫌われているのは事実だ。これ以上は嫌われないようにと努めているのに、いつもタイミングが悪い。


 リリアナはため息を小さく吐くと、自室の扉をあけた。


 中ではロフが部屋を片付けている。ミミックが暴れ回ってありとあらゆる物を薙ぎ倒したようだ。リリアナは、ミミックの行動が怒りというよりも、喜びを表現しているのだと知っている。


 五年ぶりの再会に、ミミックは周りのことなど考えられないほど興奮しているのだ。


「おや、おとなしくなりましたか?」

「うん。お兄様の顔面に貼り付いたけどね」

「元気でよろしいことです」


 ロフは聖女の庭園に行ったときからなんだかおかしい。リリアナは眉をひそめた。


 どこかふわふわとしているというか、いつもの倍ニコニコとしているのだ。侍女たちにも優しく笑いかけ、みんなの頬を桃色に染め上げるほどに。


「たぶん、お兄様はもう私の力のこと、知ってるみたい」

「おそらく、首都中の人間が知っておりますよ。明日には国中が知ることとなるでしょう」

「もう、平和なのに」


 リリアナはミミックを撫で回す。この柔らかな手触りが最高だ。この毛並みを堪能しているときは嫌なことも忘れられるはずだった。


「人間は弱い生き物ですから。何かに縋らなければ立っていられないものです」

「それも本の受け売り?」


 ロフはニコリと笑みを深める。


「しかし、久しぶりに感じるあなたの温もりは、身体を溶かされるかと思うほどに素晴らしいものでした」


 ロフはうっとりと微笑んだ。笑にもこんなに違いがあるものかと思うほど、コロコロと変わる。


 恍惚とした笑みに、リリアナはついミミックの身体を抱き寄せてしまった。


「魔王には少し刺激が強かったんじゃない?」

「ええ、これ以上近づけないと思うほどに」

「喜ぶ意味がわからない」

「痛みとは生きている証拠。あなたの力が私に生を自覚させてくれるのですよ」


 リリアナはロフの主張の一割もわからなかった。痛いよりは痛くないほうがいいし、自分が魔王ならば聖女には絶対に近づかないだろう。


 世界一美味しいスイーツでも食べた後のようにうっとりする姿は理解し難い。おそれを知らない魔王にしか分からない感覚なのかもしれない。


「しかし、近づくことができなかったせいで、お嬢様を危険な目に合わせてしまいました。旦那様からもお叱りのお言葉をいただきました」

「ロフが庇ったところで噂は広まったと思うけど」

「ええ、ですから噂が広まらないように全員、闇の中へと引きづり込み……」

「だめだめ! 絶対だめだから! しかも相手は第一王子だよ!? いや、王子じゃなくてもだめ!」

「そう仰るかと思い、旦那様からのお叱りは右から左へと流しておきました」


 リリアナは呆れ顔で笑った。自分のせいでロフは叱られたようなものだ。少しばかり罪悪感というものがあった。しかし、彼は大したことではないと思っているようだ。


 雇い主からの言葉を右から左へと流せる執事は、世界中探してもロフ以外にはいないのではないかと思う。


 リリアナは、魔王の力を使って説き伏せたのではないのであれば、何でもいいと考えた。


「きっと、何回人生をやり直しても、ミミックを助けるために力を使ったと思うから、噂が広がるのは仕方ないわ」


 リリアナはミミックをベッドに置くと、その隣に座った。聖女の力を隠すために、大切な相棒を死に追いやることなどできない。


 今日、聖女の庭園を訪れていなければ、ミミックは死んでいたかもしれないのだ。それを阻止できただけでもよしとしようと思った。


「あんな辺鄙なところに人が来るなんて、私もついてない」

「確かに庭園の端ではありましたが。あの辺りは昔から、あまり人が来ないのでしょうか」

「うん、そう聞いているよ。人が来ない場所だから選んだんだし」


 庭園でごろごろして過ごすことだけを考えて、聖女はあの場所を選んだ。隣からお茶会の笑い声など聞きたくはなかったし、庭園を歩く貴婦人たちの陰口を耳にいれたくはない。ゆえに、誰も来ないような端にした。


「まさか、ユリウス殿下がいるとは思わなかった……」

「第一王子、でしたか?」

「そう」

「おや、苦手な方でしょうか?」


 ロフはめざとい。リリアナのわずかな変化を見逃さなかった。


「まぁ、婚約させられそうになったしね」

「婚約? それはお嬢様が?」

「違うわよ。聖女が。さすがに五才の子どもと婚約はないでしょう?」


 前世では聖女が二十五才で、ユリウスが十八才だったか。聖女の名声を王室のものにしたい王が模索した婚約だった。


 聖女に一番年齢が近いのがユリウスであり、彼だけが婚約者がいなかったからだろうと考えられる。


 しかし、リリアナがユリウスに苦手意識を持つのは別の理由だった。婚約の話は断ればいい話だったのだ。しかし、ユリウスは聖女を慕っていた。それはまるで、崇拝するかのごとく。


 リリアナは少年から青年へと成長したユリウスを思い出しながら、小さくため息を吐き出した。


「ご安心ください。もし、そのような話が出たら、私がその男の息の根を止めてみせましょう」

「……そんなことにならないことを願うよ」



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