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前世聖女のかけだし悪女  作者: たちばな立花


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18.追悼式典

 針のむしろとはこのことか。チクチクと刺さる視線が痛い。それを感じさせないルーカスの人形のような顔と、少し不快そうに眉根を寄せるエリオットが並ぶ。


 その隣にリリアナは立った。


 式典が始まる前に、エリオットとリリアナはルーカスの元に合流することができた。ルーカスは心配する風でもなく、リリアナを一瞥したあと、すぐに別のところに気をやる。


 リリアナも最初こそ二人のことを真剣に考えていたのだが、それを考える余裕もないものが現れた。――聖女の像だ。


(なにあれ……!?)


 リリアナの心の叫びとほぼ同時に、周りもざわめいた。リリアナとは違い、どこか感嘆としたものではあったが。


 右手を高く上げ、スカートを翻す女性の像。癖の強い髪を後ろの高い位置で一束にまとめた姿は、聖女で間違いはない。


(恥ずかしい……!)


 生きていたとき、何度か打診されたことがある。功績を称え像を建てたいと。多くの民が望んでいることだと王族だけではなく、宰相なども言っていた。


 それを全力で断り続けていたというのに。


(死んでから実行されるなんて……)


 一生の不覚である。頑丈そうな像だ。少なくともリリアナの生きているあいだは壊れないだろう。どうにか壊す手立てはないだろうか。


 王族が入場し、会場が静かになってなお、リリアナは像の破壊方法を模索していた。これから先、あの像を見るたびに羞恥心にさいなまれることになる。まだ、絵が配られるのは百歩譲って我慢できたのだが、これから数百年は残る像になるのは恥ずかしい。


 たしか、王宮の噴水の中央に飾られた像は五百年前の彫刻の巨匠が作ったものだ。五百年経ってもピンピンしている。ならば千年はもつのではないか。


 頭を抱えそうになりながらリリアナは百面相した。


 そんなリリアナの気持ちなど誰も知らない。聖女の像に近づいた宰相が、像に一礼すると式典の参加者に目を向ける。


「聖女様は魔王を討伐し我々を救い、世界を平和へとお導きくださいました」


 宰相がいい慣れた様子で語る。聖女が一人魔王と対峙したこと。街をめぐり、癒やしの力で平和がもたらされたこと。


 これは、聖女が生きているときから、宰相は耳にタコができそうなくらいよく語っていた。


 式典に参加する貴族たちは、時折ハンカチで涙を拭いうなずき聞いている。


 とにかくこの話は長い。聖女の十年分の歴史を語るのだ。リリアナはあくびを噛み殺すのに必死だった。


 聖女の功績が語られるあいだ、ルーカスの表情は動かない。エリオットは常に不機嫌そうだ。


 魔王を討伐し、国に戻ってくるまでの聖女の武勇伝をまるで自分のことのように語った宰相は、ふうと満足げに息をついた。


 ここまでは、聖女が生きていた半年のあいだと同じ繰り返しだ。


(長かった。ようやく終わっ――)


「しかし、魔族は魔王を倒した聖女を許すことができませんでした」


(ん……?)


 目の前に机があったならば、宰相はそれを叩いていただろう。強い声が会場に響く。彼の声はよく通った。声の通りだけで宰相になったのではないかというほどに。


 ここから先はリリアナの知らない物語だ。生きていたとき、この話は耳にしたことがない。


 宰相は大きく息を吸った。


「魔族は聖女を恨み、魔女を遣わせました。魔女は恐ろしい力を持って聖女の命を奪ったのです」


 迫真の演技だ。苦しいような悔しいような震える声。彼は昔から話が大袈裟だった。


(そんな記憶はないわ)


 魔族が近くにいたならば、気づくはずだ。曲がりなりにも聖女である。あのとき近くにいたのは義姉だけ。その力を隠しながら聖女に近づくことができる魔族など、魔王以外にいない。


「しかし、その魔女はもうおりません! 王の聖なる剣で地へと還りました! 我々は王の力で真の平和を勝ち取ったのです」


 わっと歓声が起こった。そして、宰相は胸に手を当てる。


「聖女の御霊みたまが安らかに眠ることを皆で祈りましょう」


 静かだけれど、力のある声で言った。全員が宰相に真似て、手を胸に当てる。ルーカスは顔色一つ変えず、エリオットはやはり苦々しげな顔つきで同じように手を当てた。


 リリアナも周囲を見回したあと、真似をする。安らかに眠るどころか、自分の追悼式典に参加していると宰相が知ったら、気絶してしまうのではなかろうか。呆然とそんなことを考えながら、大袈裟に顔を歪めて佇む宰相を見上げた。


(それにしても魔女ってどういうこと?)


 そんなものは会ったことも見たこともない。聖女の死因は恐らく毒殺だ。魔の力によるものではないことは明らかだった。


 それとも本当に魔女は存在していて、聖女に毒を盛ったか。


(わからないことがまた増えた。普通の令嬢生活にして問題が山積みよ)


 ふう、と息を吐き出すと、微かに声が聞こえ、リリアナは思わず見上げた。


「母上は魔女なんかじゃない」


 隣に立つエリオットの小さな呟きが、耳をかすめたのだ。歯が折れてしまいそうなくらい、顎に力が入っている。


(どういうこと? 義姉様が聖女を殺した魔女になっているってこと……?)


 ドロリとしたものが身体を掛け巡った。エリオットの手は僅かに震えている。


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