【セシリアSIDE】不穏な空気
【鉄血の戦姫】の4人は、A級ダンジョン【エクスハラティオ炎洞殿】で、デーモンバトラーと対峙していた。
溶岩に囲まれた禍々しい空間に怒声が行き交う。
「早く切り込めって!」
「分かってるわよ! その前にデュカ! あんた偉そうなこと言う前に、付与魔法で私の攻撃力上げてよ!」
「んなこと言っても、もうMPがないんだよ!」
「はぁ? ちょっとケルヴィン! あんたがアイテム担当でしょ! 早くデュカにマジックポッド使って!」
「むちゃ言わないでください! ボク、今盾で相手の攻撃防ぐのに精一杯なんですから!」
仲間内でそう言い争いをしているうちに
「グゴオオオオオオオーーーッ!」
デーモンバトラーが釜のように巨大な手を大きく振り上げてくる。
真っ先にそれに気付いたのはダコタだった。
「おいマズいぞ! 《ツインアルティメットクロー》の構えだ! 全体攻撃が来ちまうッ……!」
「セシリアさん! もう撤退しましょう! あれヤバいですって!」
「チッ、あとちょっとでコイツ倒せそうなのに……」
「んなこと言ってる場合かよ! あれ食らったらオレたちは全滅だ!」
「くっ……」
デュカのその言葉に、セシリアは槍を持つ手をギュッときつく握り締める。
彼の言う通り、次に強力な全体攻撃を受ければ、パーティーの全滅は免れなかった。
「おいどうすんだ、セシリアッ!」
判断を求めるダコタの声が上がる。
「……わ、分かったわ!」
デーモンバトラーが攻撃のモーションに入ろうとした瞬間、セシリアは《瞬間移動》を唱えて、間一髪のところでパーティーを帰還させることに成功した。
◇
その後、一同は酒場を借り切って反省会を開いていた。
「ダコタ、これはどういうことだよ! A級ダンジョンは楽勝だったんじゃなかったのか? 話が違うじゃないか!」
グラスに注がれたエールを飲み干しながら、デュカが鋭い声を上げる。
「こんなことなら、もっと他のタイクーンと組むべきだったんじゃないですか?」
加勢してきたケルヴィンの言葉にも、ダコタは何も答えない。
ただグラスを傾けたまま、静かに黙っているだけだ。
「あの女と組めば一流冒険者の証が手に入るって言うから、オレは賛成したんだ。なのに、結局クリアできなかったじゃないか!」
「セシリアさん。ボクたちにあれこれ命令するだけしておいて、自分は好き勝手行動しますし。そのくせ、ボス魔獣がいるフロアまで辿りつけなかったなんて……いい笑い話ですよ」
【鉄血の戦姫】がA級ダンジョンのクエストに失敗したという噂は、すでに冒険者ギルドで広まっていた。
自信たっぷりとクリアの宣言をセシリアが行っていたため、噂のほとんどは嘲笑の含まれるものとなっていた。
あれだけの強力なステータスを授与されたにもかかわらず、結局A級ダンジョンを踏破できなかったのか、と。
手のひらを返すように、周りの視線はこれまでと違い、非常に冷めたものとなっていた。
「ダコタ! 黙ってないで何か言ったらどうだ!」
席から立ち上がると、デュカはダコタをまっすぐに睨みつける。
酒もある程度入っているのだろう。モヒカンを揺らしながら、威圧するように低い声で続けた。
「とっくに気付いてんだよ! お前、セシリアが自分の女だから、このパーティーに加わろうって言ったんだろ? オレとケルヴィンはおまけに過ぎなかったんだ」
「……」
「オレたちにだって、冒険者のプライドってもんがある」
デュカは、カウンターに立てかけるようにして置いていた大きな斧を手に取る。
「親父から受け継いだこのウロボロスアクスも、使う場面がないんじゃ宝の持ち腐れだ。オレはべつに、回復術師でもエンチャンターでもない。【エクスハラティオ炎洞殿】をクリアできるって言うから、これまであの女に従っていただけだ!」
「そうですよ。だから、ボクも両親から貰ったこの上帝の盾を使って、前衛でタンクを頑張ってきたんです。この盾に何度も救われてきたはずなのに、あの人感謝の言葉すらないですし……」
セシリアに対する2人の不満は、爆発寸前まで溜まっていた。
ダコタはグラスをはじくと、ようやく一言口にする。
「……そう言うなよ。アイツがいたから、B級ダンジョンだってクリアできたんだ。お前らもちゃんと分け前は貰っただろーが」
「天空のティアラはあの女の取り分だったじゃないか! 全然足りないんだよ! 10日もかけて結局何も成果が出ないなら、C級ダンジョンでも周回してた方がマシだったぞ!」
「おい待てよ、デュカ。セシリアと組んだおかげで【エクスハラティオ炎洞殿】にだって挑戦できたんだろ? 本来なら、俺たちだけじゃ入ることもできねーんだよ」
「話をすり替えるな! オレたちの目標はA級ダンジョンに入ることじゃなかったはずだ! 一流冒険者の証の入手だろ!」
「ダコタさん、最初に言いましたよね? セシリアさんと組めば、一流冒険者の証を必ず手に入れられるって。この結果、どう説明されるんですか?」
「だから、次こそ手に入れられるように……」
「ふざけるな! 次はもうない!」
ガシャンッ!
テーブルのグラスを払いのけ、ついにデュカがダコタに掴みかかる。
酒場は、修羅場の空気が流れ始めていた。
◇
一方、セシリアはというと、冒険者ギルドの受付に顔を出して、【エクスハラティオ炎洞殿】登録解除の手続きをしていた。
「お疲れさまです、セシリア様! これにて手続きは終了となります。またのクエスト挑戦、心からお待ちしております~♪」
「え、ええ……」
受付嬢との温度差を感じつつ、冒険者ギルドを後にする。
心なしか周りの視線も冷たい気がする、とセシリアは思った。
あれだけA級ダンジョンをクリアすると豪語してきたのだ。
間違いなく自分の評価は下がったと、城下町の通りを歩きながらセシリアは考える。
(それもこれも、<豪傑>の調子がおかしいことが原因よ。たしか、あのクズをパーティーから追い出した日からヘンなのよね。なにか関係があるの?)
だが、セシリアはすぐに首を振ってそれを否定する。
(……いえ、関係なんてあるわけがないわ。あんな役立たず、パーティーに置いておくだけでデメリットでしかなかった。お父様とお母様の言いつけがなかったら、あんな軟弱な男と関わることもなかったもの。むしろ、縁が切れて清々してるわ)
そんなことを考えながら、セシリアは予定通り酒場の前に到着する。
今日はメンバー全員で話し合いを持つことになっていた。
少しだけ気分が重くなりつつも、セシリアは酒場のドアを開ける。
すると――真っ先に罵声が飛んできた。
「ダコタ! お前、あの女にそそのかされすぎだぞ!」
「あんッ?」
「これじゃオレらまで笑いのタネだ! あんな女、そもそもタイクーンとしての素質がないんだよ!」
「てめー言い過ぎだぞ、デュカッ!」
「ま、まぁまぁ……2人ともここは落ちついて……」
ケルヴィンが仲裁に入ろうとするも、2人とも大柄な体格をしているため、まったく効果がない。
そこに、セシリアの鋭い一声が割って入る。
「デュカ!」
「っ!?」
「あんた、私のいないところで悪口とはいい度胸ね? 言いたいことがあるなら、直接私に言いなさい」
真っ赤なストレートヘアを払いのけ、セシリアがデュカをきつく睨みつける。
だが、デュカもこれで怯むような男ではなかった。
「なら、言わせてもらうけどな。このパーティーに入ったのは失敗だったよ!」
「そう。文句があるなら、出て行ってもらって構わないわよ」
「待てよセシリア。コイツも悪気があって言ってるわけじゃねぇんだ。成果が出なかったから、ちょっとイライラしてるだけで……」
「ダコタ、あなたは誰の味方なの?」
「いや、俺は……」
引き止めに入ってきたダコタを振り払うと、セシリアは強気に続ける。
自分のプライドを守るためにも、セシリアもまた一歩も引けなくなっていた。
「私に不満があるなら、今すぐに出て行きなさい!」
「ああ、もちろんだ! そんな態度ならこっちから願い下げだ。行くぞケルヴィン!」
「ですね。まったく話のできない人たちです。もう会うこともないでしょう」
椅子をガシャン!と蹴りつけると、デュカはケルヴィンと一緒に酒場から出て行ってしまう。
「おい……いいのか。2人がいねぇとこの先大変だぞ」
「あんな奴ら、べつにいなくても問題ないわ」
「たしかに、デュカとケルヴィンの態度はムカつくが……。アイツらに助けられてきたのも事実だろ?」
「なに? なんでそんなこと言うの?」
「……」
「大丈夫よ。この先は絶対に上手くいくわ。ダコタは付いてきてくれるんでしょ? 私たち2人が揃っていれば最強よ。ね? お願いダコタ……」
「……ったく、分かったよ」
もたれかかってきたセシリアの頭を、ダコタは強く抱きしめる。
ちょっとした安心感を抱きながら、セシリアは思った。
(そうよ……。この先は上手くいく。私はこんなところで躓いていられないの。お父様やお母様のように、世界で活躍する一流の冒険者になるんだから……)




