23話
アークの後を追って、キースは孤児院の中を歩き回っていた。
アークが部屋を外を出て、すぐに部屋を出たのに見失ってしまった…。
そんなに遠くに行っているはずはないのだが…、そう考えながら歩いていると近くで物音が聞こえた。
キースが物音が聞こえたほうに進むと、部屋がいくつも並んでいた。孤児達に割り当てられている部屋だろうか…。
その中に一つだけドアが開いている部屋があったので、部屋の中を覗くとアークが窓の近くに立っていた。
キースはドアを開けて、中にゆっくりと入る。
「入るぞ」
「…何か用…?」
キースの問いかけにアークが素っ気なく答える。
無視されないだけでもマシかと思い、ゆっくりと近づく。
「そんなに俺が嫌いか?」
「…あんたが、そう思うんならそうなんじゃない?」
こんなに嫌われているとは正直キースは思ってなかった…。
だが、理由に心当たりはあるので強い事は言えない。
「お前が俺を嫌いになる理由はなんとなくわかる。だが、俺の話も聞いてくれないか?」
アークはキースの言葉に少しイラついた様子を見せる。そして、キッとキースの姿を睨みつける。
だが、キースはアークの態度に何も文句は言わずただ笑顔を見せるだけだ。そのキースの姿にアークはさらにイライラを募らせる。
「あんたに…あんたに何が分かるっていうんだ!」
「お前は…マールの事が好きなんだろ?」
キースの思いがけない言葉にアークはグッと詰まる。
そして、そのアークの態度こそキースの言葉が正しいことを表している。
キースは『やっぱり』と呟く。
「お前が俺のことを嫌うのは…マールをここから連れ出そうとしてるからだろ?」
「あぁ、あんたの言うとおりだよ…。俺はマール姉さんのことをが好きだよ。俺が…もっと大きくなったら、大人になったら…俺がマール姉さんを幸せにする!」
アークは自信満々にキースに宣戦布告をしてきた。
だが、キースはその宣戦布告に対して正面から対抗する。
「そうか…。だけど、お前には悪いがマールは渡さない。そして、マールは俺が幸せにする…」
「あんたにそんなことできるもんか!あんたは知らないだろう!マール姉さんは泣いていたんだぞ!」
アークの反論にキースはつい唖然となってしまった。
マールが泣くところをキースは最近見ていなかった…。なのに、そのマールが泣いたとは。
だが、すぐにキースはニヤつきだした。アークは何故キースがそんな表情になるのか全く分からない。
「な…何がそんなに面白いんだよ!」
「いや、そんなに俺マールに想われてたんだなぁって思ってな。つい…」
「なっ…」
「だって、そうだろ?お前の言う通りなら俺のことでマールが泣いてるってことは俺の事を想って泣いてたんだろ」
「違う!あんたのことを嫌って泣いてるかもしれないじゃないか!」
「それはないな。もし嫌ってたら俺のことを好きなんて言わないだろ」
キースの言葉にアークは反論することができなかった。
マールが泣いたことを告げればキースも少し迷うかと思っていた。
だが、よくよく考えればキースの言うとおりマールがずっとキースのことを想っていたと教えることになるだけだった…。
「黙るってことはそういうことだよな?」
「…さぁな」
これ以上続けるとボロが出ると思ったのか、アークは口を噤んだ。
大人のようでまだ子供っぽさが残るアークを見て、少し吹き出しそうになったがこれ以上機嫌を損ねると今からの話しに支障が出るかもしれないので我慢する。
近くに合った椅子を引き寄せ腰掛けると、アークが訝しげにキースに視線を向けて来た。
「まだ何か用?」
「そ。お前にお願いがあるんだ」
「…は?俺に?…なんだよ、お願いって」
キースの言葉を想像していなかったのだろう、アークの顔に驚きが浮かび上がる。
反対にキースの顔は先ほどまでと変わり、真面目な表情となっている。
「今回、俺はマールを置いて一人で帰ることになっている。理由としては、マールを連れて帰る準備ができてないからだ」
「…だったら、何で迎えに来てんだよ」
「俺だって、こんなにマールが子供達から慕われてるって思ってなかったさ。だから、今回は子供達に免じて一人で帰る。だけど、また迎えに来るさ」
「しつこい奴…。で、俺に頼みたいことって何だよ」
「俺がいない間、マールの事を守ってほしいんだ。俺が隣に入れない代わりに、な」
キースの顔は先ほどと変わらず、固い。それは、今言ったことを本気でアークに頼んでいる事を示している。
こんな頼みごとを出来るほど、キースはアークの事を信頼しているのだろう。だが、アークはまだその信頼を受け止めることはできない。
「…俺がマール姉さんのことを好きだっていうことを知っててそれを頼むのか?」
「あぁ。お前がマールを好きだって分かってて、頼むのは酷だと俺も思う。けど、お前だからこそ頼めるんだ」
「何で出会ってまだ一日の俺をそこまで信用できるんだ…」
今のアークに取って、キースの信頼は重い…。
だが、何故そこまでの信頼を自分に寄せてくれるのだろうか。会ってまもなく、自分はキースに取って失礼な態度しか取ってないのにだ。
「そうだな…。マールがお前の事を信頼してるから、かな」
「…それだけ?」
「それだけ。もちろん、モーリスさんもお前の事を信頼していると思うがな。だから、俺もお前を信用してるわけ」
「…俺がマール姉さんのことを強引に物にしたら…どうすんの」
アークの言葉にキースを貫くように目を細くして睨む。
その睨みを受けたアークはビクッと少し気後れしたように肩を震わせる。
今まで、とはいっても今日一日だけだが、こんな冷たい視線を向けられたのは初めてだ…。
アークが冷や汗をかいたところで、キースはふっと視線を緩めた。
「そうなったら、俺もマールも見る目がなかっただけだよ…。ま、お前はそんなことしないって思ってるけどな」
「…まぁ、な」
本当に今の視線がアークは怖かった。刺さるような視線と言うのは、今の事を言うのかもしれない。
今のキースには先ほどのような怖さは一つも感じられない。先ほどアークが恐怖を感じた顔とはまるで正反対だ。
どちらがキースの本当の顔なのだろう…。いや、マールのこととなると先ほどのような顔になるのかもしれない。
「で、どうなんだ。やってくれるか?」
「…マール姉さんが俺の事好きになったら俺遠慮しないけどいい?」
「あぁ、そんな心配は俺一つもしてない」
「何でさ…」
アークの疑問にキースはニヤっと笑い答えた。
「マールは俺の事が好きだからさ」
アークはキースの答えを聞いて数秒呆然としてしまった。
そして、つい吹き出してしまった。キースの顔には笑みが広がっているが、自信満々という感情も読みとれた。
「…分かったよ。あんたがいない間、俺がマール姉さんを守ってやるよ」
「いきなり聞きわけがよくなったな…」
もう少し反対してくるかと思ったが、アークはすんなりと約束してくれた。
それがキースにとっては意外だった。
アークは、窓に寄り掛かると腕を組んで諦めたような表情になった。
「だって、マール姉さんの顔見たら諦めるしかないって」
「マールの顔?」
「マール姉さんが自分で気づいてるかどうか知らないけど、俺達に見せる笑顔とあんたに見せる笑顔が違うんだよな。多分、あんたに見せる笑顔が本当の笑顔だと思う。俺にはそんな笑顔を見せてくれたことがなかったから、もう諦めるしかないって今日悟った。あんたが来なかったら…まだ分からなかったけど」
「そうかそうか…俺とお前らに見せる笑顔は違うのかぁ」
キースは本当に嬉しそうに笑う。
その顔を見てアークは悔しそうに、それでもすっきりしたような表情をキースに見せる。
「そういう顔をするだろうなって思ったから、言いたくなかったんだけど」
「まぁ、そういうなって」
キースは立ち上がるとアークの方に近寄り、ゆっくりと肩に手を乗せる。
「悪いけど、頼むな」
「…あぁ。あんたがいない間、俺が守るよ」
「うん、お前にそう言ってもらえると俺も安心だ。…でだ、いつまでそこで聞いてるつもり?」
キースは、ゆっくりと入口に振り返るとそこに誰かいることが分かっているかのように話しかける。
当然、アークはそんなことを知る由もなく同じように入口に呼び掛ける。
「そこに誰かいるのか?」
キースとアークの呼びかけに気まずそうに入口から人が入ってきた。
アークはその人物の名前を驚いたような声で呼ぶ。
「…マール姉さん」




