20話
二人が抱き合っていると、部屋の扉が『コン、コン』と二回ノックされた。
二人は抱き合っていた手を緩め、体を離す。マールはキースと少し距離を取ってから返事をする。
「はい」
「私だ。入ってもいいかい?」
ドアをノックしたのはモーリスだった。
キースとマールが二人で話しだしてから子供達と庭にいたモーリスだが、話も落ち着いたころだと思って様子を見に来てくれたのだろう。
マールがキースに目配せをすると、キースも頷いた。
「はい、大丈夫です」
「失礼するよ」
モーリスが部屋に入ってくる際に一礼したので、キース達も一礼を返す。
キースとマールが隣同士で座っているのを見てモーリスは二人の対面の位置に腰を降ろす。
「モーリスさん、コーヒーでいいですか?」
「いや、気にしなくていいよ」
「モーリスさん…」
マールが立ち上がって口に出した言葉をモーリスが笑顔で断りを入れる。
そのモーリスにキースは少し緊張気味に声をかける。マールが元の位置に腰を降ろすとモーリスに見えないように手をそっと握る。
それだけで、マールはキースが何をモーリスに伝えたいのかが分かった。そして、キースの手を握り返す。
一拍間をおいてキースは言葉の続きを告げる。
「マールを私の妻として迎え入れたいのです。いきなりのことで申し訳ありません。お願いします、一緒に連れて帰らせてください」
「…マール、君も同じ気持ちなのかい?」
「はい…。私はずっとキースのことを想っていました。キースと一緒に…、キースの傍にいたいんです」
「だが、あなたはマーリッヒ家の次期当主ではないのですか?キース様」
「え…」
「モーリスさん、御存じだったのですか?」
ここに来て、モーリスの前ではキースは意識的にマーリッヒ家の嫡男であることを隠して名乗っていた。それに気付いたマールも敢えてそのことに触れなかった。
だから、キースがマーリッヒ家の次期当主であることをモーリスが知っていることにキースとマール、二人揃って驚いたのだ。
「ここまであなたの噂は届いてますから。現当主様である、オータム様に引けを取らない能力があると」
マールの言葉にモーリスは頷く。
そして、その噂の内容を聞いたキースはゆっくりと首を振る。
「いえ、そんなことはありません。まだまだ父の足元にも及ばないです」
「もし、そうだとしたらマールではあなたをサポートできないのではないですか?」
「…それはどういうことですか?」
「公務のことを考えれば、他の領家からどなたかをもらったほうがいいのではないですか?」
「確かにそうかもしれません」
モーリスの言葉にキースは同意する。
キースと握っているマールの手がピクッと反応するが、キースはもう一度優しく握り直す。
「確かに『公私』の『公』、公務のことを考えると、モーリスさんがおっしゃる通りに他の領家から見合いでもして妻を娶ったほうがいいのかもしれません。ですが、『公私』の『私』である私生活ではマール以上に私を支えれる方はいないでしょう」
「ほぉ…、キース様は『公私』では『私』を取るのですか?」
何故かモーリスはキースの言葉の揚げ足を取るかのように言葉を返す。
今まで見たことのないモーリスの姿にマールは驚きを隠せない。こんな風に人の揚げ足を取って、追及するモーリスではないはずだ。
キースも心の中では驚いている。マールと話していた時、いやもっと言えば、マールを妻として連れて帰りたいと言う前はこんな風に話しては無かった。
逆に言えば、マールを妻として連れて帰りたいと言ったからこんな風に言ってきているのかもしれない。
それだけ、モーリスはマールを気にいってくれているのかもしれない。だが、ここで諦めて帰ることはキースに出来るわけない。
キースは、モーリスに自分が動揺していることを悟られないように気を付ける。
「そういうわけではありません。ですが、私は『私』が充実すること、それが『公』にもいい影響が出ると思っています。『公』ができるかどうかは、『私』にかかっていると私は思っています。そして、その『私』はマールが隣にいることが一番充実すると考えています」
「そうですか…」
キースの言葉にモーリスの表情がさっきまでと違う穏やかな表情が戻った。
「失礼なことを言ってしまい、申し訳ありません」
そして、キースに頭を深々と下げ謝罪の言葉を口にした。
キースはモーリスに頭を上げるように言うと、笑顔になる。
「いえ、マールのことを思って言ってくださっているのだと分かっていますので」
「…マールと過ごした期間は短かったですが、気になってしまいまして…。ですが、キース様のお気持ちを聞き安心いたしました。マールのことを、お願いします」
モーリスがもう一度頭を下げるのでキースも頷いて頭を下げる。
「はい…」
「マール…」
頭を上げ、モーリスは今度はマールに向けて声をかける。
「お前が思うようにすればいい。…幸せになりなさい」
「はい」
マールは、涙を浮かべながら頷く。
マールがこの孤児院で生活していたのは、三ヶ月ほどだ。
期間としては短い期間だが、モーリスはマールを心配し、マールはモーリスとの別れに涙を流すほどの関係を築いたようだ。
それにしても…先ほどのやり取りを見てもモーリスのマールに対する思いやりが強い気がする。
どうやら、オータムやメイのようにマールのことを娘のように思っているようだ。
だが、三ヶ月の間にそこまで思えるものなのだろうか…。キースのことを次期領主と知りながら、マールのためにとキースに向かって色々な質問をしてきた。
いや、キースとしてもマールのことを大事に思ってくれていたのであれば嬉しいことには変わりないのだが。
「さぁ、マール、行きなさい。キース様、よろしくお願いいたします」
「はい」
モーリスはマールに声をかけると先にドアの方に歩き出す。マールはモーリスの言葉に従い、顔を上げる。
キースもモーリスの言葉に当然との如く頷き、マールの横に立つ。二人は顔を見合わせてからモーリスの後ろを歩く。
先を歩くモーリスがドアを開けると、そこには孤児達が一列に並んで立っていた。




