2人のブリュンヒルド
結局、シンドリがドワーフの街中を駆けずりまわっても、欠けた記憶を元に戻す薬なんてものは誰も作れないことが分かった。
「どう落とし前をつけるんだ」とスキールニルが脅したりしていたが、できないものはできないらしい。
最終的に俺たちの武器防具を鍛え直してくれるということで話がついた。別にその必要性は感じなかったけれど、「何かしらきっちりやらせた方がいい」とスキールニルが言うので、お願いすることにしたのだ。
俺たち一向はシンドリたちの仕事が終わるのを宿屋で待つことになった。仕事は2,3日ほどかかるらしい。今まで働かされていた時間を考えればそのくらい幾らでも待てるってもんだ。
「まったくドワーフの連中も役に立たないな」
椅子にだらしなくもたれているスキールニルが興味無さそうに言う。
「元々は装備を作るのが得意なんだろ? 仕方ないんじゃないか」
「だったら、そう言っておけばいいんだよ。なまじ、この世のモノはドワーフが全て作った。なんて誇らしげにしてるから腹が立つんだ」
スキールニルの言う通り誇大広告もいいとこだ。でもまぁ、モノ作りという意味においてドワーフよりも秀でている種族はいないのだから、仕方がない。
「それにしても、またアテが外れちゃったよ。
これからどうすればいいんだか……」
俺は当初から考えていたアイデアが一つあった。それは、アースガルドに戻ってみることだ。アースガルドの近辺でロキの従者たちにやられた後、ヒルドはアースガルドに助けを求めに戻った。
今のヒルドがどういう立場に置かれているのか分からないが(ヒルド自身は神に逆らった為、あの山脈の館に捕えられていたと言っている。残念なことに、その理由も含めて忘れてしまっているらしい)、アースガルドに行けば何かしら有益な情報を得られるだろう。
だが、のこのこアースガルドに戻っていいのか分からない。
ヒルドの言う、「神に逆らった」がどういうことを意味しているのか不明だからだ。戻った瞬間に王族に捕えられる可能性だってないわけじゃない。
「……カ、アリカ、聞いているのか?」
ぼんやりと物事を考えていると、スキールニルの大声が舞い込んできた。
「え? ああ、ごめん。物思いにふけってたよ」
「おいおい、お前がパーティーのリーダーなんだろ?
しっかりしろよ。この旅では、フノスだってお前に預けてるんだぞ」
「ああ、気を付けるよ。それで、何て言ったんだ?」
「正解に繋がるかどうかは分からんが、アテなら1つだけあるって言ったんだよ」
「どういうこと?」
「お前たちが中々帰って来ないんで俺は大変だったんだ。フレイのやつがこの状況をどうにかしろってあれこれ俺に命令してな。
それでお前たちの目的、つまりヒルドさんのことについて色々調べてみたんだよ」
スキールニルが訥々と語った内容を要約するとこうだ。
俺たちのパーティーにいるブリュンヒルドとは異なる、もう一人のブリュンヒルドがいるらしい。
その女性は2ケ月ほど前にアースガルドで召喚された勇者と共に旅に出たとされている。
そして、その女性は新たな街に辿りつく度に、とある勇者の名前をだし、心当たりはないかと街中を駆けまわるとのことだった。
「それって、まんまヒルドじゃないの?」
俺たち二人の会話を聞いていたスカジが割って入ってきた。
俺も同じように思っていたところだ。
「お前たちの話を聞く限りだと、そうとしか考えられないな。
今はアースガルド近辺の街を順番に回っているところらしい」
「ヒルドが俺たちを探してるってことか」
「単なる噂だがな。しかし、無視できない情報であることは確かだろう?」
「そうなると……」イズンがおずおずと尋ねてくる。
「そのヒルドさんがアースガルドで一緒にいたヒルドさんってことになりますよね?
そうなると、このヒルドさんはどなたなんでしょうか?」
全員の視線がヒルドに集まる。当の本人は、自分自身に一番興味がないようで集まった視線を受けて、首を傾げた。
膝の上で眠っているシギュンの頭を撫でる手を止めない。
「同姓同名……ってことはないよな……」
元はと言えば、ここはゲームの世界なので同じ名前を持つキャラクターはいない。そういうゲームも中にはあるだろうけれど、わざわざプレイヤーを混乱させるようなゲームも珍しいだろう。
もしゲーム内で同性同名のキャラクターを用意するのであれば、何か特別な意味を用意するはずだ。この考え方が正しいのなら、2人のヒルドにも何か意味があるんだろうか?
「でも、このヒルドだってあの時のヒルドとまったく同じ顔だよね」
スカジは言う。ただ、ゲームが元になっているこの世界でそれは余り意味ないようにも思う。
ゲームの場合は、キャラクターなんてコピペで作れるだろうし、実際に色違いのキャラクターが出てくることなんていくらでもある。
そういえば、魔王城でロキが『この世界のキャラは死ぬと、数年を経て再生成する。勇者などの固有キャラは理性を失って王族の奴隷になる』とか言っていたな。
いや……ヒルドは死んだ訳でもないし、むしろ2人のヒルドが存在する訳だからその理屈はあてはまらないか。
「姉妹とか、双子とかはいないよね? ヒルド」
俺はダメ元で聞いてみた。姉妹や双子という設定なら同じ顔や声でも通用すると思ったからだ。
「はい、いません」
すぐに返答が来て、俺はそりゃそうだよな、と納得せざるを得ない。そもそも、同じ顔や声ならまだしも名前まで一緒なのかおかしい。
「アースガルドのヒルドさんに会いに行けばいいだけの話じゃない?」
ずっと話を聞いていたフノスが当たり前だ、と言わんばかりに提案してくる。それはそうなのだが……。
俺はスカジとイズンを見る。二人とも煮え切らないような表情をしている。俺もそんな表情を浮かべているだろう。
俺たちは、魔族たちに協力しているという負い目がある。状況的に仕方がなかったとはいえ、俺なんか【裏切りの勇者】という不名誉な称号も貰ってるくらいだし……。
それに、ロキからもアースガルド地域には近づかないようにと釘をさされている。
魔族と一番対立しているのは、神族たちが住まうアースガルドだからだ。万が一、シギュンのことがばれると俺たちパーティーを襲ってくるかもしれない。
アースガルドでは、俺たちのことがどのように伝わっているのだろうか?
魔族に加担している、ということまでは分からないだろうけれど。でも、アースガルドでお世話になった人々に見つかったら、魔族に連れて行かれた後の話を説明しなければならないだろう。
今まで通りシギュンの立場などは隠すにしても、嘘をつくにしても、何かしら筋の通る言い訳を考える必要がある。
「浮かない顔だな? 何か事情があるんだろうが……。
他にアテもないんだろ? この情報に頼ってみるしかないと思うぞ」
スキールニルが念を押すように言った。確かにその通りだ。他に一切手がかりがないんだから、藁にもすがる想いで飛びつくしかないだろう。
あれこれ考えても選択肢はない。
「そうだな。それしかない」
「じゃぁ、次の目標はアースガルドだね! シンドリさんたちの鍛冶仕事が終わったら、すぐにでもアースガルドに行こう!!」
フノスがテーブルの上に身を乗り出す。
「駄目に決まっているだろう。フレイが許すはずがない。
色々と話が違ているからフノスには説教をかますって言ってたぞ。お前手紙には、毎回『もうそろそろ帰れる』って書いていただろ? フレイが調べていたが、『もうそろそろ』って言葉が出てから1か月以上も経ってるからな。はっはっは。
ああそうだ、こんな情報を出しておいて悪いが、アリカたちにも一度俺たちの街に戻ってもらうぞ? フレイがお前たちにも色々と話をしたいとも言っているからな」
「えーなんでー!! 帰りたくないよー」
と喚くフノスをしり目に俺は眉根を寄せる。
「俺もお説教されるの?」
「さぁ? あいつの考えてることなんて俺には分からんよ。
けどまぁ、想定よりも旅が長くなり過ぎているからな。まぁ、お説教なんじゃないか。それに旅は行って帰って来るまでが旅だと言うだろ?」
楽しそうににやにやと笑うスキールニル。本当に意地の悪いやつだ。
「フノスを俺に預けて自分たちだけアースガルドに向かおうなんて考えるなよ? ちゃんと見張ってるからな」
「えー、そんなのって酷いよ!!
アリカにぃはボクのこと見捨てないよね?」
「そりゃ見捨てはしないけど……」
だからと言って、あのフレイにお説教されるというのもなぁ……。あいつ怒ると何をしでかすか分からないタイプだし、正直怖い。
旅ではフノスのさせたいようにしていたけど、それがいけなかったんだろうか? もっと俺がリーダーシップを発揮して、旅をまとめ上げる必要があったのかもしれない。
今回の件だって、スキールニルが来てくれなかったらいつまでシンドリの雑用をさせられていたか分からない。
スキールニルが一喝しただけで丸く(?)収まるくらいなんだから、フレイから見れば怒り心頭なのも分からないでもない。
俺は今まで受け身になり過ぎていたのかも知れない。もう少し自分の意見を持って主体的に動く必要があるだろう。スキールニルのように……というのは、やり過ぎだとは思うけれど。
「スキールニルって交渉とかうまいけど、コツとかってあるの?」
性格に難はあるが、学べることはありそうなので思い切って聞いてみることにする。
「コツ? コツねぇ。……目的を見失わないことじゃないか?
お前、シンドリとの交渉の時に俺に『やりすぎだ』とか、あれ? 『一方的過ぎる』だっけ? まぁ、なんかそんな事を言ってたが、自分の目的を通すためならあれでいいんだよ。
種族だって違うんだ。考え方がまるで違う。相手のことを考え過ぎても話が進まない。そんな中、自分の意見を通すためには目的をちゃんと持ってることが重要なんじゃないか」
「そうか。うん、勉強になるよ」
「相手の弱みを握るのも重要なんだよね?」
フノスが笑いながら付け加えた。
「よく分かってるじゃないか」
真剣な表情から一転して、スキールニルはいつもの人を小馬鹿にしたようなニヤケ顔に戻る。
こういう所が信用できないんだよな……。
俺はスキールニルの表情を見ながら、ため息をついた。




