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脅しとすかし

 朝、全員でシンドリの工房に向かうと激しい口論が聞こえてくる。

 何事かと慌てて部屋の中に入ると、そこにはスキールニルがいた。


「さっさとフノスたちの願いを聞き入れろ、この薄汚いドワーフ風情が。

 エルフの王族にこんな小間使いのようなことをさせやがって。どれだけふざけたことをしているか、分かっているんだろうな?」

「いきなり来てぶしつけな奴じゃ。わしはそんな事は知らん。

 それに、奴らの願い事はちゃんと聞くつもりだし、お前の願いであるロボットの高度化もこれだけ真面目に進めておろう」

「誰が俺の願い事に彼女らを巻き込めと言った?

 貴様らドワーフ共が協力してやればいいだけの話だ。そもそもロボットだって、依頼をしてからどれだけ時間が経っていると思ってるんだ。1年以上もかけてこの様か?」


 スキールニルが指し示した先には、壊れたロボットが白煙をあげている。彼が壊したのだろうか。

 確かにロボットは、まだ単純な行動しか行えない。ある程度腕の立つ人間が相手ならば、大して効果を発揮できないだろう。

 だが、毎日少しずつではあるが強くなっているのも事実だ。今後、開発を続けていけば強大な力になる、……可能性を秘めている、……と思う。


「いきなり訪れて言いたいことはそれだけか?

 ワシの大事なロボットを壊しやがって。ここまで作るのに大層な時間がかかった。これがエルフのやり方か?」

「俺はエルフじゃない」

「ワシにとってはどっちでも同じじゃ。お前らのやり方は間違っておる。ワシだって真面目にやっとるんじゃ。それを馬鹿にされたら黙ってはおらんぞ」

「だったらどうする?

 分かっていないようだが、貴様らが我が王族に働いた蛮行を考えれば首がまだついているだけで幸せなことなんだぞ? フレイヤ様をお優しいお方だ。その好意を無駄にするな」


「それはあの女が望んだ……」

 スキールニルが腰に下げた剣を一瞬で引き抜き、シンドリの首にあてがった。

「滅多なことを言うんじゃないぞ? ドワーフ風情が。

 お前が何と言おうとも"事実"は変わらない。

 戦争でも引き起こしたいのか?」


 スキールニルの気迫に、シンドリは悔しそうに口を噤んだ。

 お茶らけた表情のスキールニルしか見ていなかった俺は、彼の豹変に驚きを隠せない。が、隣に立っているスノフの表情を盗み見ると、彼女は特にショックを受けた風でも無かった。

 俺の視線に気づいたフノスは、あっけらかんと言う。

「スキにぃって交渉とか上手なんだよね。うまく行かないとすぐああやって脅して逃げ道を塞ぐの」

 ……スキールニルのそういう側面を知っていて、よく慕っていられるなと少し引いてしまう。

 ただの一般人と王族の考え方の違いなんだろうか。


「とにかく、アリカたちの願いを叶えろ。そして、俺の以前からの願いはお前たちドワーフだけでやれ」

 叩き付けるように言う。シンドリは言い返せないようで、スキールニルに激しい視線をぶつけるが、口を開くことはない。

 少したって「分かった」とだけ呟いた。


「下らないことで時間を取らせるな」とスキールニルは言い放ち、俺たちの方に振り返った。

「どこから聞いてたか分からないが、そういう事になった。

 君たちの小間使い生活も、もう終わりだ」

 声が一瞬であのお茶らけたスキールニルに戻っている。

「あ、ああ。ありがとう。俺もいつ終わるのかと困っていたんだ。助かるよ」

「お礼ならフレイに言うんだな。終にキレちまって、俺を遣わせたんだ。

 俺はこう見えても忙しい身なんだがな、他の依頼を断ってわざわざ来たんだよ。おい、シンドリ、お前のせいでな」

 作業台にすごすごと戻っているシンドリは、ちらりとこちらを見たが何も言わずにまた作業台に視線を戻した。

「だったら、あらかじめ手紙にそう書いてくれればいいのに。急なことだったから驚いたよ」

「あいつらドワーフに俺が来るって知られると、逃げられる可能性もあったんでな。ははは」

 さっきの一方的な口論を思い出して、俺は苦笑いで答えるしかない。


「あーあ。ボク、最近の生活気に入ってたのになー。スキにぃのせいで終わっちゃったよ」

「随分楽しんだだろうフノス。フレイのことも考えてやれよ。意味もなく城内を歩き回ったり、落ち着かないみたいなんだ。

 そうそう、アリカが陰謀をたくらんでるんじゃないか? なんて話もしてたぞ」

 笑って俺の肩を叩きながら妙なことを言う。

「俺が陰謀を?」

「そうそう。アリカがフレイたちを騙して、王族であるフノスを誘拐したんじゃないか? とか。そんな下らないことを延々と俺に相談してくるんだ。フノスを旅に連れて行く依頼をしたのは、こっちなのにな。

 いい加減うざったくなっちまって、フレイの命令を聞いてこうやって来た訳だよ」

「はぁ……」


「でもアリカもアリカだぜ? ドワーフたちは、すぐつけあがるからな。有無を言わせず叩き付けないと、今回みたいな事になる。

 あいつらは自分たちの都合ばっかり考えるからな」

 それはお前も同じなのでは? と思ったが、もちろん口には出さない。

 スキールニルと口論をしても勝てそうもない。


 スキールニルの冗談や愚痴を聞いていると、シンドリが「できたぞ」と言いながら、とぼとぼとこちらにやってきた。

 歩くのが遅いのが、せめてもの彼の抵抗だろうか。

 俺はシンドリからビーカーを受け取る。中には紫色の液体が入っており、危険な感じがする。


「これをヒルドに飲ませれば、記憶を取り戻せるんですね?」

 俺は一応確認のつもりで聞いてみるが、「は? 逆じゃろ」とシンドリに反応されて、驚く。

「え、だって。思い出し薬を作ってくれたんですよね?」

「なんじゃそれは。知らんぞ。ワシが作ったのは忘れ薬じゃ。お前ら、それが欲しいと言っておったろう」

 あれ、俺はきちんと説明してなかったんだろうか?

「忘れ薬は作れますか? って聞きはしたけど、欲しいのは思いだし薬ですよ。忘れる薬が作れるんだから、その逆も作れるんじゃないかと思って」


「そんなもんは作れん」

「え?」

「いいか? 忘れ薬ってもんは、飲んだやつにショックを与えて、その影響で記憶を失わせる薬なんじゃ。忘れさせる為に薬を飲ますんじゃない。結果的に忘れるだけじゃ。

 思いだし薬なんてそもそも存在せんし、忘れたことをどうやったら思い出すかなんてワシは知らんぞ」

「おいおい、ちゃんと説明してなかったのか、アリカ? 今までの茶番はなんだったんだよ……。シンドリ、他のドワーフで作れそうなやつとかいないのか?」

「ワシが知らんのだからおらんだろうな」

「だろうな、じゃなくて、今すぐ確認してこい」

「……まったく人使いの荒いやつじゃて」


 恨みがましい目をしながら、シンドリは工房から出て行く。

「ショックねぇ……。その忘れ薬を飲ませたら、記憶を思いだしたりしないのか?」

「いや、それはちょっと……。そんなことはヒルドにさせられないよ。それに俺たちと出会ってからのことを忘れられても困るし……」

「でも、シンドリのあの言い方だとどうにも方法はなさそうだぞ?

 ドワーフに作れないとなると、他の種族にも無理だろう。恐らく」

 だったら俺たちのこのここ数週間はなんだったんだ……という徒労感が襲ってくる。

 シンドリには、俺の欲しいものは伝わってなかったみたいだし、きちんと説明できていなかったんだろう。確か話を遮られていたんだっけか? こんな事なら強引にもこちらの話を聞いてもらうべきだったのかも知れない。

 俺もスキールニルのような強引さがこれから必要になっていくのだろう。


「それにしても、忘れ薬ってあんなにも簡単に作れるものなんだね……。すぐにでも作ってくれたり良かったのに」

「ドワーフにつけ上がらせるからだ。有無を言わさず交渉すればいい」

「スキールニルみたいには行かないよ」

「だからこそ、俺の手紙を渡したっていうのに。使えるものは使っていかないとな」

「手紙の中身が分からなかったんだから、仕方ないだろ。実際、どういうことが書いてあったんだ?」

「さっきの口論みたいな話だよ。種族間の戦争が、どうとか」

「何が原因なんだ?」


「原因? そんなもん」

 スキールニルがちらりと傍らのフノスを見る。一瞬、会話が途切れたがスキールニルは続ける。

「フレイヤのせいだよ。あいつが全部悪い。

 黄金の首飾りが欲しいからって、ドワーフなんかと寝やがって。本来、エルフとドワーフは主従の関係なんだ。昔からね。

 種族間として、非常に重大な問題になるわけなんだな。

 でも、エルフ側のせいでした。なんて口が裂けても言えない。だから、そのことを逆に利用してるんだ。種族間の問題にしたくないなら、俺のいう事を聞けってな」

「元々エルフが悪いんだろ? 酷い話じゃないか」

「酷い話だとしても、まかり通るんだな。これが。

 種族間の主従関係は、俺が生まれる前から決まっていることだからな。

 簡単には覆らんよ。それこそ、ドワーフたちが独立の為に戦争を起こしたりしない限り、な」


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