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VS呪われし竜ファヴニール

 シグルズに貰った地図に沿って目的地まで歩いた。

 地図の印がある場所に来ると、人が入れるくらいの穴が掘られている。シグルズ曰く、竜のファヴニールの水場への通り道であり、ここに潜んで剣で心臓を一突きすればいいとのことだった。

「でも、この穴……小さくて一人くらいしか入れないな」

 見回すと、一帯は平面の砂地で身を隠せそうな場所が近くにはない。

 奇襲作戦は無理だな。というか、まずファヴニールと話をしたいので、そもそも奇襲に意味はなかった。

 いきなり、隠れた場所から攻撃をしてから話し合いうなんて不可能だろう。

 身を潜めるような場所もないので、ここで戦うのは余りにも無防備ということで、ファヴニールのねぐら近くまで移動することにした。

 ねぐら近くでは、木が生い茂っていた。俺たちは木々の密集が少なく、開けた場所に陣取る。


「陣形は、俺1人に対して3人はお互いを守るようにしてくれ。

 敵の攻撃は俺の方がひきつける。ヒルドは魔物からのダメージを受けないから、俺の傍で勇者用の補助魔法を頼む」

「それだと、アリカが危ないじゃない。だめよ、そんなの」

「俺が一番レベルが高いし、勇者専用の防御魔法もいくつかある。回復魔法だって多少は使えるしね。

 装備での防御力も一番高い。俺が受けになって隙を作るから、そこから崩して行こう」

「本当に、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ。魔物は勇者の俺を狙う傾向がある。うまくいくはずだ」

「違いますよ。アリカさんが、一人で大丈夫かってことです」

「むしろ、敵は俺を狙ってくるだろうし、むしろ一人の方がやることが少なくて助かるよ。

 ヒルドが戻ってきてくれたから、勇者の補助強化魔法でかなり余裕もできるしね。

 みんなは、何よりも防御を中心に考えて欲しい」

 そうですか……と言うが、イズンは不満そうだ。

 ヒルドは特に不満げもなく頷き、シギュンはいつものようにニコニコ笑っている。

「頼むよ。スカジ」俺はスカジの肩に手を置く。前衛は俺とスカジだけだ。

 一番危ないのは俺たちだし、後衛に被害が及ばさないようにするのも2人の重要な役目になる。

 スカジは自信無さそうに頷いた。


 ねぐら近くで待っていると、すぐに洞穴から大きな音を立ててファヴニールが出てきた。

 体格が非常に大きい。四肢を地面につけた状態でトールほどの高さがあり、腹から尻尾にかけても長い。

 全身は緑色で、身体の後面は鱗にびっしりと覆われている。どの部位も非常に堅く、並大抵の武器では傷つけることすら敵わないだろう。

 立派な羽を持っているが、シグルズに聞いた情報では飛ぶことはできないらしい。

 呼吸する音が遠巻きに伝わってくる。息を吐く度に、口や鼻から紫色の吐息を吐き出した。おそらく、あれは毒だろう。

 歯には鋭い牙がならんでおり、手足の爪も同様に鋭い。頭に生えている二本の角も要注意だ。

 頭には金色に輝く大きな兜を身に着けていた。


 魔王城で見たようなドラグーンなどとは規格が違う。

 ぎょろりと当たりに這わせた瞳には、感情が無く、爬虫類特有の不気味さを感じさせる。

 巨人のトールは、人間が大きくなったと思えばいいが、竜はまた違った威圧感があった。

 まだ、こちらには気づいていない。

 俺はイズンにエクスプロテクト(一撃死回避)をかけて貰う。効力は3分なので意味はないかもしれないが……。

 臨戦態勢に入る仲間たちを制して、俺は潜んでいた木々から踏み出して、ファヴニールに大声で話しかけた。


「ファヴニール。俺は勇者のアリカだ。

 この一帯の平和を守るために、お前と話し合いに来た。人々を襲わないと約束してくれないか」

 ファヴニールが声に反応してこちらに気付いた。しかし、話しの内容が分からないのか、反応がない。

 俺はもう一度言う。

「人を襲わないと約束してくれ。そうすれば、君に危害を加えない。

 近隣の国にも、そのように約束して……」

「アアアアァアアアアア」

 突然ファヴニールが吠えた。

 緩慢な動きで翻ったかと思ったら、大きな尻尾を横殴りに叩き付けてくる。

 俺は跳躍してそれを避ける。遅れてきた風圧に身体が揺らぐが、何とか地面に手をついて体勢を立て直す。

「ファヴニール、危害を加えるつもりはない。話をさせてくれ!!」

 竜の咆哮に負けないように声を張るが、ファヴニールが言葉に反応しない。

「シギュン、どうして魔物と言葉が通じないんだ!!」

 俺は後方の木に隠れているシギュンに向かって叫んだ。

「だってーファヴーは魔族じゃないもーん。呪いでしょー」

 ? 魔物化した人間には通じないということか?

「なんで教えてくれなかったんだ!」とにかく俺の計画は潰れたらしい。

「だってー、ファヴーをお話ししたいなんて知らなかったもん」

 ……そういえばそうか。俺が一人で意気込んでいただけで、仲間に相談していなかった。

 何をやってるんだ俺は。いや、反省は後だ。こうなったら退治するしかない。


 尻尾を回し終えたファヴニールが今度は前脚を大きく掲げた。

 叩き付けられる足を潜って避け、俺は2本の剣を背中の鞘から引き抜く。

 竜の足が地面につく瞬間、軽いステップで俺は飛び、回転しながら2度、竜の前足を斬りつける。

 痛みに叫ぶ竜の咆哮を聞きながら、俺は剣を逆手に持ち変えて走りながら竜の腹をかっさばいて後方に回り込んだ。


 竜はまだ俺しか視認しておらず、俺の方に向き直ってくれた。

 仲間たちから見れば、背中ががら空きだ。これで仲間たちが戦いやすくなったはずだ。

 俺は上方に集まっている暗雲を見て、一旦後ろに跳びすさぶ。耳をつんざくような音と共に、雷鳴が竜に落ちてきた。

 シギュンのエクスライトニングだ。一瞬の停滞の後、竜から白煙が立ち昇る。無機質な瞳の焦点がブレている。


 竜の傍らからヒルドがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 竜は動いているヒルドに反応し、緩慢ながら鋭い爪で引き裂こうとする。が、その爪がヒルドの身体に食い込もうとした瞬間、竜の手が空中で止まる。

 ヒルドには神の祝福があるため、誰も傷つけることができない。

 それが竜には分からないらしい。もう片方の前足を横に薙いで殴りつける。当然、ヒルドの手前で腕は止まる。


 俺は竜の死角に移動し、飛び上がって腕に剣を突き刺す。刺した部分を支点にして、腕力だけで飛び上がり、もう片方の剣を打ち込む。

 剣を楔にみたて山を登るようにして、俺は大きな竜の肩口に降り立った。二対の剣を振り上げて、思いきり振り落す。

 竜が悲鳴を上げて身体を揺らす。俺は剣を肩口に突き刺して振り落されないように注意した。

 混乱しているのか、あるいは痛みのためか、竜が暴れるのをやめない。

 俺は剣を突き刺してバランスをとりながら、竜の頭まで移動を開始する。

 突如、竜が両翼をバタバタと羽ばたかせた。そして二・三度そうした後で、飛び上がった。

 なんだ? 飛べないんじゃなかったのか!?


 驚きのあまり呆然と目を見開いていると、数秒ほどの対空時間の後、竜はまた地面に降り立った。

 滞空時間がやけに長かった飛べはしないが、翼は飾りという訳ではないということか?

 地に降り立った瞬間、大地は竜の重量を支えきれず、揺れ、一部が割れた。

 悲鳴が3つあがった。

 視線を這わせると、ヒルドが地面に倒れ込んで足から血を流している。

 すぐ隣には、先ほどの衝撃で割れた地面が岩となって横倒しになっていた。

 くそ、考えが甘すぎた。直接攻撃は受けなくても、間接的に傷つくことはあるのか。

 ヒルドは足を引きずりながら、木の陰に隠れる。

 もう2つの悲鳴があがった方に視線を這わせると、イズンとシギュンが倒れていた。遠く離れているので、辺りに岩石の類は見られない。

 遠目で分からないが、怪我をしているようではないらしい。単に地割れ衝撃に耐えきれず、転倒しただけのようだ。

 だが、その声に反応したのか、竜は尻尾をぐるりと回して、イズンとシギュンを襲った。

 木々をなぎ倒しながら繰り出される尻尾の攻撃が、イズンとシギュンにぶつかる。二人は吹き飛ばされて、視界から消えた。


「くそ、ふざけんな!!」

 俺は竜に向き直り、肩口を走って首を斬りつける。堅い鱗を突き破り、血が飛び散る。血が顔にかかったが、俺は気にせず何度も斬りつける。

 しかし、竜の首は太く、ダメージはあるものの致命傷にはならないらしい。

 竜の口から漏れ出る毒の息にせいで、俺は目に痛みを感じた。毒耐性があると言っても、完全に防げるわけではないらしい。頭も痛む。

 翼をまたはためかせ始めた。もう一度飛ぼうとしているようだ。俺やスカジならともかく、ヒルドや後衛には地震の衝撃を防げない。

 俺は翼に向き直って、片方の翼を根元から切りつける。ちょうど横手から、大きな火の玉がもう片方の翼を襲った。

 竜は火に強い。しかし、シギュンの魔法力は竜の耐性をも上回るらしい。翼に火がつき、煙を吐き出しながら燃え上がる。

 ちょうど、俺は斬りつけている翼を斬り落とした。竜が体勢を崩して横倒しになる。

 俺は重力に手繰り寄せられる前に飛びのいた。


 竜への警戒を怠らずに、先ほどヒルドが隠れた辺りに走る。ヒルドは木の陰で、額に汗を浮かべていた。

「大丈夫か、ヒルド」

 俺はすぐに回復魔法のハイヒールをヒルドにかける。すぐに血は止まった。触れてみると、ヒルドは少し顔を歪めたが、折れたりしている訳ではないようだ。

「すみませんアリカ。こんな失態を」

「反省は後だ」竜に向き直る。翼をもがれた苦しみで、その場でのたうちまわっていた。

「心臓を狙おうにも、地べたを這っているから狙えない。首を斬り落とすしかないみたいだ」

 言うと、言葉から察してくれたのか、ヒルドは戦乙女の加護を優先度の高いものから順にかけてくれた。

 ヒルドの詠唱を聞きながら、俺は竜に向き直って駆け出す。

 あまり竜を暴れるままに好きにさせてはいけない。

 標的がでかすぎて他の仲間の状態まで見渡せない。すぐに倒さないと、まずい事態になりかねない。


 その時、竜が一層大きな叫び声をあげた。前足で上体を起こして上を向いて咆哮する。

 4つの足を動かして、眼前の木々にぶつかり、へし折りながら前進する。

 そちらに誰もいないのになぜだ? と考えて、すぐに答えが分かった。

 竜の尻尾が切断されていた。スカジがドラゴンキラーでやったのだろう。

 痛みに続く痛みに、竜は錯乱しているようだ。

 逃げ惑う竜を追いかけるように、スカジが駆け出していた。俺も同じようにスカジに続く。

 突然、竜が素早くこちらに向き直った。金色の兜に守られた顔、その目は爛々と紅く輝いている。

 人一倍大きな咆哮をあげた。あまりの声の圧力に、叫びが空気を通じて俺たちを吹き飛ばした。

 俺は剣を突き立てて、スカジは器用に身体を動かして、体勢を整える。


 視線を戻すと、竜の緑色だった全身が瞳と同じ赤色に染まっている。

 まるで、雷神トールの時のように。

 先ほど以上に威圧感を感じる。鋭い牙をもつ口から漏れ出る毒の量も先ほどとは比べものにならない程、多い。

 なぜだ? ゲームでのファヴニールは、"怒り"状態なんてなかった。

 いや、俺は何度もゲームとは違う"現実"を見てきたじゃないか。もうゲームは当てし過ぎてはいけない。

 ファヴニールは、全身を傷つけたはずなのに、先ほどまでより明らかに強い……。


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