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後悔と継ぐもの。そして別れ


 再度目を開けたノルシュタインさんの目は、まるで水晶のような碧い瞳をしていました。これは……確かクラス対抗白兵戦の後でイーリョウさんに捕まった時に、この人が助けてくれた際にも見えたものです。


「私の家系に代々伝わる秘伝の魔法ッ! 一時的に存在自体を超々加速させることができる"刹那眼クシャナアイ"でありますッ! こちらをマサト殿に、託させていただきたいと思いますッ!」


「ッ!?」


 続けて彼が口にしたのは、にわかには信じられない言葉でした。ノルシュタインさんの家に代々伝わる、秘伝の魔法。そんなものを私に託そうと、この方は言ってきたのですから。


「い、いえッ! そ、そんなもの受け取れませんよッ!」


「遠慮する必要はないのでありますッ!」


「え、遠慮とかではなくてですねッ!」


 少し話がズレているような気がして、私は慌てて声を上げます。そんな大切なもの、ましてはそれはノルシュタインさんの奥の手にも匹敵するような力。私が受け取って良いものではない筈です。


「……少し、昔話を聞いていただけないでありますかッ!?」


 続けてお断りの言葉を並べようとしていた私を遮って、ノルシュタインさんが口を開きました。


「私がまだ新兵であった頃、ある日、任務中に一人の男の子を拾ったのでありますッ! その子は魔国に囚われ、魔法が使えない生物が魔法が使えるようになる為の実験体となっていましたが、奇跡的に、実験が成功を収めた子であったのです」


 魔法が使えない方が魔法を使えるようになる実験……それってもしかして、マナの視認の事なのでしょうか。オドの適正を持たない方は、自然界に発生しているマナを頭の中の変換回路を使って魔力に変換し、魔法を行使しています。


「はいッ! マサト殿のおっしゃる通りでありますッ! 当時はまだ原理もやり方も不明だったが為に、どうしてオドの適正がないその子が魔法を使えるのか、不思議で仕方ありませんでしたッ! 魔国も、そして人国も垂涎の調査対象だったという事で、幼かった彼を、皆さんは躍起になって探していたのでありますッ!」


 状況は違うかもしれませんが、私と似たような境遇を持っている男の子がいたんですね。


「私は必至になって彼の存在を隠しましたッ! 彼を助けると約束しましたッ! 何せ、当時はまだ戦争中ッ! 男の子一人の命で新しい戦力が増えるのであれば、全くを持ってためらう必要などなかったことでしょうッ! 私自身もそれが解っていたからこそ、彼の存在をひた隠しにしておりましたッ! 人国であろうと魔国であろうと、彼の存在が見つかれば大変なことになるのは自明の理でしたからッ! ……しかし、結局は、見つかってしまったのであります」


 その時のノルシュタインさんの声は、今まで聞いたことがないくらい、弱弱しいものでした。


「私が任務に行っている間に、他の仲間が偶然彼を見つけ、そのまま彼は人国軍に捕らえられてしまいました。私の力が至らなかったが故に、彼は捕らえられて調べに調べられ……そして頭を切り開かれた時にようやく見つかったのです。自然界に発生しているマナを魔力へと変換している部分が脳にあると。そうしてその子のお陰でオドの適正がない人でも魔法を使えるようになる可能性があるとなり、軍全体が沸き上がりました……任務から戻ってきた私が気づいて探した時には、既に、彼は、事切れておりました……私は泣き、後悔し、助けると約束したことを守れなかった許しを求め……そして、それを見た一人の上司が、私に声をかけてきてくださったのであります」


 上司の方、ですか。


「その方はお世辞にも強いとは言えず、いつもいつも皆様が回されないような任務を押し付けられており、その方の隊に配属されたら先はない……と言われているような方でした。しかし、私の嘆きを聞き、親身になって話を聞いてくださり、そして私のした事は間違いなんかじゃなかったと、その方はおっしゃってくれました。私は涙ながらに彼から話を聞いて……決心したのでありますッ!」


 再び調子を取り戻したノルシュタインさんは、快活の良い口調でおっしゃいました。


「二度とこのような事はさせないとッ! 誰かの都合で振り回されるような子どもがいなくなるように、この身を粉にしてでも、尽くしていこうと思ったのでありますッ! 話を聞いてくれたあの方……ジュール殿のようになる為にもッ!」


「……待って、ください」


 私は口を挟まずにはいられませんでした。何故なら、ノルシュタインさんから最後に出てきた方に、聞き覚えがあったから。彼の言った方は、もしかして……。


「ノルシュタインさん。今からおっしゃったジュールさんという方は……ひょっとして……」


 そのまま自分が覚えている限りの、ジュールさんの特徴を述べました。赤色の頭はオールバックで、常に笑顔を絶やさず物腰の柔らかった、あの方を。魔国で私とオトハさんを助けてくれた、彼を。


「はいッ! 魔国でマサト殿らを助け、殉職なされたジュール殿でありますッ! 彼は偉大な軍人でありましたッ! それはマサト殿も、よくご存知のことと思うのでありますッ!」


「……はい」


 彼がどんなに凄い方だったのか。私もよく知っています。この世界に来て、私の事を本気で心配し、力になると言ってくださったジュールさん。最後には私達を逃す為に、自らを犠牲にまでしてくれた彼。忘れる訳がありません。


「……マサト殿はジュール殿の事があり、軍人を志したのでありますかッ!?」


「……はい。その通り、です。私もあの人のようになりたくて……戦争を終わらせるというあの人の意志を、継ぎたくて……身の程も弁えずに、そう思っています……」


 到底、私なんかでは、ジュールさんに及ばないでしょう。今だって、皆さんに迷惑をかけている私なんです。


「……そんな事ないのでありますッ!!!」


 しかしノルシュタインさんは、そんな私の思いを、勢いよく否定されました。


「ジュール殿は確かに凄い方でしたッ! しかし彼とて、一人で全てをなさっていた訳ではありませんッ! 大切なのは自分で全てをどうにかする事ではなく、頼れる所を人に頼り、皆さんと共に為していく事なのでありますッ! その時に肝心なのが、心意気ッ! ジュール殿のような、本気で戦争を止めたい、等の意気込みを持っているか、という点なのでありますッ! マサト殿ッ! 先ほど仰った戦争を終わらせたいという思いは、ご冗談だったのでありますかッ!?」


「い、いえ……そんな、事は……」


「……なら、大丈夫でありますッ!」


 ノルシュタインさんは、またニッコリと笑ってくださいました。大切なのは心意気だと。そして周りを頼る事だと、彼は言いました。


「ジュール殿の意志は、マサト殿に継がれている事もよく解ったのでありますッ! 安心いたしましたッ! あの方の思いは、消えてはいなかったのだと、実感できてッ!」


 そこで一度、ノルシュタインさんは顔を真上に上げました。表情なんてまるで解りませんが、なんとなく、何かを噛み締めているようにも見えます。


「……で、あればッ! 私もマサト殿に継がせていただきたいと思うのでありますッ! 私の、"刹那眼クシャナアイ"をッ!」


 再び顔を戻してこちらを見たノルシュタインさんは、いつもの調子でした。そのまま水晶のような碧い瞳で、私の姿を捉えています。


「い、いえ、でもそれはまた別のお話では……」


「……いえ、そんな事はなのでありますッ! "刹那眼クシャナアイ"ッ!」


 直後。ノルシュタインさんの碧い瞳が輝き、次の瞬間には、彼の目はいつもの黒い物へと戻っていました。


「な、何、を……?」


「……お渡しできて良かったのでありますッ! これで、私には、何の憂いもありませんッ!」


 目に手をやってみると、見た事もない魔法式が目の中で渦を巻いているのが解りました。これが、"刹那眼クシャナアイ"何でしょうか……。


「こ、これは一体……ッ!?」


 しかし、それをのんびりと見ている事もできませんでした。何故なら、ノルシュタインさんの姿が、段々と消え始めていたのですから。


「ノルシュタインさんッ!?」


 いきなり消え始めた彼の姿に、私は動揺が止まりません。てっきりこのまま、二人して目を覚ますだけなのか、と思っていましたが、私の第六感が、何か不穏なものを感じています。


「……大丈夫であります。元はと言えば、私の力が至らなかったが故に、マサト殿に辛い思いをさせてしまったのであります。これは、こうあって然るべきなのであります」


「な、何を言ってるんですか、ノルシュタインさんッ!?」


 いつもの威勢の良さはなく、穏やかな口調でそう話されているノルシュタインさんです。まるで、今生の別れであるかのように。


「マサト殿。貴殿に辛く、苦しいものを味わわせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。しかし、貴殿が助かるのであれば、私は嬉しいのであります。彼とは違って、貴殿を救う事ができたのでありますから……後の事は、アイリス殿に託してあるのであります。なので、何の心配も要らないのであります」


「ノルシュタインさんはッ!?」


 最早虚ろになり始めている彼の姿に向かって、私は声を上げます。


「貴方はどうなるんですか、ノルシュタインさんッ! まだ一緒にいてくださるんですよねッ? 先に起きられるだけなんですよねッ!?」


「……マサト殿」


 私の必死の訴えに対して、ノルシュタインはゆっくりと言葉を紡ぎました。その手が伸びてきて、私の頭をポンポンと叩きます。


「先人の言葉を借りれば、老兵は死なず、ただ消えゆくのみ、であります。私達は、いなくなるだけ……次は、マサト殿達の時代でありますッ!」


 そして最後には、いつもの調子に戻られました。


「私も戦争を止めたいと思っておりましたッ! 私では停戦が精一杯でしたが……マサト殿ならッ! ジュール殿と私の思いを、意志を、継いでくださる貴殿であればッ! 必ず成し遂げてくださると信じているのでありますッ! 大切なのは心意気と、考え続ける事。そして……」


「……諦めなければ、思わぬ道が、見つかるもの……ッ」


 いつの間にか、私は泣いていました。何故、なのでしょうか。涙が、全く、止まらないんです……。


「……その通りでありますッ! ネバーギブアップ、でありますッ! 後は貴殿を呼ぶ声に向かっていけば、もう大丈夫なのであります……では、マサト殿ッ!」


 それは涙の所為でしょうか。ノルシュタインさんの姿が、もう、ほとんど、見えなくなって……。


「お先に失礼するのでありますッ! どうか、お元気でッ!!!」


 今までで一番の声を聞いた後。私の視界から、完全に、ノルシュタインさんの姿がなくなりました。


「……ノルシュタイン、さん……?」


 私は周りを見渡しました。続いているのは、真っ白な空間だけ。先ほどまでいらっしゃった、威勢の良いあの方の姿は、何処にもありません。


 しかし、先ほどとは違い、何処かから微かに、誰かの声が聞こえています。私の名前を呼んでいる、その声が……。


「うっ……ううううううう……ッ!」


 涙を流しながら、私は歩き出しました。私を呼ぶ、声の方へ。ノルシュタインさんが最後に、声のする方へ向かえば大丈夫だと、そうおっしゃっていたから。いなくなってしまったあの人の言いつけを、ちゃんと、守りたいから。


「ヒック……グスッ……ノルシュタイン、さん……ッ!」


 おそらく今の私は、酷い顔をしているのでしょう。それでも、歩みは止めませんでした。


 進む事に私を呼ぶ声は大きくなっていき、やがて私の視界に、光が溢れ始めました。

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