体育祭の合間②
「あの野郎がジジイの剣を改良して高みにいるってんなら……俺ぁ愚直に積み上げるだけだ。ジジイの剣を、そのままに。馬鹿にしやがった人国軍も、あの野郎も全部……ジジイが目指した剣の一振りで斬り伏せてやる」
「……その意気ですわ」
立ち上がってそう言った野蛮人に、わたくしは自身の木刀を投げて渡しました。咄嗟のことでしたが、野蛮人はそれをしっかりキャッチします。
「……んだこれ?」
「わたくしの木刀ですわ」
「んなもん見りゃ解るわ。どういうつもりかって聞いてんだよ?」
「わたくし、模擬剣術戦を辞退いたしますわ」
「な……ッ!?」
言葉を聞いた野蛮人が、目を見開きます。何か言う為に口を開こうした野蛮人に先んじて、わたくしは言葉を紡ぎました。
「勘違いしないでいただきたいのですが、これはわたくしからの試練でしてよ。練習の様子を見ていても、一年生の白組にわたくしと貴方以上に強い方なんておりませんでしたわ。
ならば、果たして貴方の力だけでキイロさんにたどり着けるのか。他のチームメイトに期待せず、自分の力だけで勝ち上がってみせなさい。わたくしも助力などいたしませんわ。貴方だけの力で優勝し、そしてキイロさんに勝ちなさいな」
「……じゃあ、この木刀は?」
「勝手に抜けるわたくしからの餞別でしてよ。イルマが用意してくれた特注の一品。そこいらの量産品とは訳が違いますわ」
一息をつき、わたくしは再度、口を開きます。
「他の方の力も借りず、武器が悪かったという言い訳すらさせませんわ。負けたら全て、貴方の実力不足が原因です。逃げ道はなくてよ?
貴方は貴方にできる全てを持って、キイロさんに挑めるのか。そして彼の前に立ち、打ち倒すことができるのか……わたくしに見せてみなさいな、貴方の力をッ!」
「…………上等ォッ!!!」
わたくしの言葉を受けた野蛮人は、渡した木刀をギュッと握りしめました。そしてそれを、空へと掲げてみせます。
「目ン玉かっぽじって、よぉーく見てな。俺が……ジジイの剣が最強だってことをなァッ!!!」
「ええ、とくと見させていただきますわッ!」
「……んじゃ。俺が奴に勝ったらご褒美の一つでももらおうじゃねーの」
すると、野蛮人はこんなことを言い出しましたわ。少し元気になったかと思えばこれです。全く、強欲ですこと。
「ご褒美、ですか? ま、良いでしょう。わたくしに用意できるものであれば何でも……」
「今何でもっつったな?」
わたくしの言葉に野蛮人が反応します。ニヤーっと笑っているその顔に、わたくしは何か嫌な予感がしました。
この勘は、危険を知らせるものですわ!
「あくまで! わたくしが用意できるもの、に限らせていただきますわ! 土地とか家とか言われたらたまりませんもの」
「ああ、心配すんな。んなもんじゃねーよ」
どうしましょう。わたくしの嫌な予感が止まりません。訂正するところを間違えたのでしょうか。
「俺があの野郎に勝ったらオメーに頼むのはただ一つ……オメーのそのチチ揉ませろよ、パツキン」
「 」
…………。な、な、な、なななななななな……。
「何ですってェッ!?!?!?」
ふ、ふ、フザけた事をッ!!!
「なんだァ? オメー自分が用意できるもんっつったじゃねーか。自分の胸が用意できねー女はいねーよなー?」
「セクハラッ! セクハラでしてよこの野蛮人ッ!!! そんなこと良い訳がありませんわッ!!!」
「んだよ。自分で用意できるもんは何でもっつっといて、結局は駄目とか。なんだ、パツキンもその程度って事か……何のためについてんだ、そのデカチチは?」
ピキ……ッ!
あっ。わたくしの額に青筋が入った感覚がありました。今、なんておっしゃいましたか? んん?
「野蛮人……今、わたくしの事を、その程度と……そう聞こえたのですが……?」
「そう言ったんだよ。この距離で聞こえねーとか、耳ついてんのか?」
いつかにされた挑発と同じような気がしますが、ええ、聞き捨てなりませんわ! なりませんともッ!
「貴方よりはマシなのがついていますわよこのセクハラ野蛮人ッ! 良いでしょうッ! 勝てたら胸でも何でも揉んだら良いですわッ! どうせ勝てないのでしょうから、約束してもないものと同じですッ! 無様にやられてしまいなさいなッ!!!」
「ハッハァ! 言質取ったァッ!!!」
…………あっ。
「ま、ま、待った、待ったですわッ! い、い、今のは無しに……」
「ああん? 英雄ヴィクトリアの娘ともあろうもんが、一度交わした約束を反故にするってのか?」
「そこでお父様の名前を出さないでくださいましッ! ズルいですわよッ!!!」
勝ち誇っている野蛮人に対して、わたくしは食い下がります。こんなもの、認めてなるものですかッ!
「……あと期限はねーからな、この約束」
「…………は?」
しかも、野蛮人が物凄く不穏な事を言い出しました。期限は、ない? それは、一体……?
「俺はキイロに勝ったらオメーのチチ揉ませろって言ったんだぜ、パツキン?」
「そ、それが何かッ? 今日の勝負で貴方がキイロさんに勝ったらの話で……」
「今日の勝負で、なんて俺ぁ一言も言ってねーぞ?」
目を点にしたわたくしの頭の中で、その言葉が響き渡ります。今日の勝負でなんて、一言もおっしゃってない? それは、まさか……ッ!
「つまり。俺ぁこの先のいつかでもあの野郎に勝てりゃ、パツキンのデカチチを堪能できるって事だッ! こいつぁ是が非でもあの野郎をブチのめさなきゃなァッ! ハーッハッハッハッ!!!」
「巫山戯るんじゃありませんわこの変態セクハラ野蛮人がァァァッ! 揉むだけっつったのに堪能にまでこっそり格上げしてんじゃありませんわァァァッ!!!」
その後の舌戦でもわたくしは一歩も譲りませんでした。しかし、自分の言ったことに瑕疵があったこともまた事実。自分不利と見るや否や、すぐにそこを突いてくる野蛮人。
しばらくの間、あーだこーだと言い争いましたが、結局はわたくしの胸を少しの間揉ませるという条件で落ち着くことに……いえ、こんなもん落ち着いたなんて言えませんわッ! 何をアホで変態な約束をしてしまったのですか、わたくしはッ!?
いえ、落ち着くのですマグノリア=ヴィクトリア。ニヤニヤ笑っている野蛮人を亡き者にすれば、この約束も無かったことになるのでは?
そうですわ。この野蛮人を土に還したら万事解決ではありませんの。わたくしとした事が、こんな簡単な事に気がつかないなんて……。
一人でニヤニヤ笑っている野蛮人を脳内のいつか殺すリストに加えた所で、わたくし達はグラウンドへと戻って行きました。
何はともあれ、お次は模擬剣術戦ですわ。




