何故ですのぉぉぉ
そこは広い空間で、離れたところには弓で狙い撃つべき的が等間隔で設置されています。
おそらく、ここからあの的を狙って練習する、ということなのでしょう。
弓練場には訓練をされている多数のエルフの姿がありました。わたくし達が到着した際に全員がこちらを振り向き、頭を下げてくださいます。
「「「お疲れ様です。ダニエル様」」」
「うん、お疲れ様」
こちら、というよりはこのダニエルさんに頭を下げたみたいですわ。一礼をした後、彼らはまた訓練に戻っていかれます。
わたくし達は端っこの空いているところに案内されましたわ。
「じゃあ、僕からエルフの弓術について、簡単に教えて上げるよ」
「よろしくお願いいたしますわ」
「よろしく頼むぜ」
「お願いしますー」
そうしてダニエルさんの弓術講座が始まりましたわ。まずは彼の弓の腕を実演で見せていただき、その後に軽く道具や構え等を教えてもらっているわたくし達に、再度声がかかりました。
「お兄様。お一人では大変でしょう。よろしければぼくにもお手伝いさせてください」
振り返ってみると、そこには先ほどすれ違いましたカートウッドさんがいらっしゃいました。
ご自身のものと思われる弓を持ち、姿勢の良く背筋を伸ばして真っ直ぐに立っておられます。
「あー……うん、カートウッド。長旅で疲れてるだろうし、そんなに気を使ってくれなくても……」
「いえ! お兄様はお忙しい公務の合間を縫って、こういった交流までされているというのに、ぼくだけが一人で休んでいるなんてできません。ぼくの微力でお兄様の負担軽減になるなら、これほど嬉しいことはありませんから」
「そ、そうかい……?」
先ほども思いましたが、ダニエルさんはカートウッドさんが苦手なのでしょうか。彼がいるところでは、何故か言葉を少し詰まらせているような気がするのですが。
そんなわたくしの疑問を他所に、ダニエルさんがわたくしを。カートウッドさんが野蛮人と変態ドワーフを教える流れになりましたわ。グッドマン先生は見学です。
こちらとしては、エルフの里でも屈指の弓の使い手とされている方にマンツーマンで教えていただけるという、これほど嬉しいことはない筈なのですが。
「……あ、あの。少し、近すぎるんじゃありませんこと?」
「んー? そんなことはないよ?」
身体を密着させながら弓の構え方を教えてくれるダニエルさんに、わたくしは少し嫌な汗をかいていましたわ。
持ち方から姿勢に至るまで、丁寧に教えてくださるのは嬉しいのですが、なんか、こう、腰とかそんなに触らなくてもよいのでは、と思ってしまいます。わたくしが過敏に反応しているだけなのでしょうか。
「コラコラ、お尻を突き出しちゃ駄目だよ」
「ひあっ!」
そう思っていると、姿勢の悪かったわたくしのお尻を撫でられましたわ。
思わず変な声を上げてしまいます。こ、こ、これってセクハラじゃありませんこと……?
「えーっと、こんな感じか?」
「うん、エドワル君いい感じだよ。後はもっと力を抜いて……」
「う~ん……」
「ああ、駄目だよシマオ君。肩が上がっちゃってる……」
気になったわたくしは野蛮人らの方を見ましたが、カートウッドさんはダニエルさんとは違い、目の前で正しい構えの形を見せて、こうすると教えておりました。
下手に身体を触られるよりも、全然わかりやすかったので、わたくしはそれを見て自身の構え方を直します。
「こう……ですわね」
「おっ、そうそうそんな感じ。僕の教え方の賜物だね」
得意げにそうおっしゃるダニエルさんに、貴方の指導ではないのですが、と心の中で思いましたが、わたくしは口に出しませんでした。
いい感じだよー、と言いながらまたもやわたくしの身体を撫で回すかのように触ってきていて、不快感が凄いですわ。
「じゃあマグノリアちゃん。そのまま撃ってみてよ」
「は、はいですわ」
そうして、ようやくわたくしから離れてくれたダニエルさんにホッとしながら、わたくしは再度構え直して、矢を放ちました。
しかし、矢は的とは全く見当違いの方向に飛び、的の周囲にあった盛り土に刺さります。
「んー、惜しかったね。まあ、最初はこんなもんさ。気にしなくていいよ」
「は、はいですわ……」
自分では真っ直ぐ狙った筈の矢が全然別のところに刺さってしまい、わたくしはガッカリしました。弓矢って、こんなに難しいものなんですね。
「よし。じゃあそのまま撃ってみようか。エドワル君、シマオ君。さっきの構えを矢を持ってやってみて」
「よっしゃ! まずはワイからや。とりゃ!」
変態ドワーフの放った矢は、的の近くの盛り土に刺さりましたわ。
あら、結構いい線いっているではありませんの。わたくしよりも的に近いところでしたわ。
「あ~! もうちょいやったのに!」
「でもシマオ君、いい感じだったよ。後は細かい狙い方だね。じゃあ、次はエドワル君だ」
「んーっと、さっきはこーやってやったから……」
「うん! いい感じだよ。そのまま撃ってみてご覧」
「……よっと!」
一方その隣では、野蛮人がカートウッドさんの指導を受けて試し撃ちをしていました。野蛮人が放った矢が、遠くにある的の隅っこに直撃します。
「うおっ!? ノッポの奴、初っ端から当てよったぁ!?」
「凄いじゃないかエドワル君! 初めてで当てる人なんて、なかなかいないんだよ!」
「そ、そーなのか?」
「うんうん。ぼくも最初やった時は当てられなかったもんさ。凄いよ本当に!」
「い、いや、カートウッドさんの教え方が解りやすかったからだし……」
「そんなことないよ。君は筋が良いと思うな。そのままの調子で撃って、形を覚えよう」
「ほほう。誰にでも向いていることはあるんだな……」
「どーゆー意味だこの鬼面!」
「鬼面ではない、グッドマン先生と呼べ!」
「あはは。仲良しなんですね」
一方隣では、カートウッドさんの丁寧な指導が実を結んだのか、野蛮人が一投目から的に当てるということをやり遂げていましたわ。
変態ドワーフも目を丸くし、グッドマン先生も感心されています。
わ、わたくしが文字通り的外れなところにしか放てなかったというのに、こ、この野蛮人が当てた? しかも筋が良い!?
「……だ、ダニエルさん。わたくしも、当たられるように、指導をお願いしますわ!」
「おっ。エドワル君に触発されたかな? 良いよ良いよ、僕がミッチリ教えてあげよう」
野蛮人に負けるなんてわたくしのプライドが許さなかったので、ダニエルさんに教えを請いましたわ。
そうしてダニエルさんの、文字通りミッチリ身体をくっつけての指導が始まりましたわ。
終いには匂いまで嗅がれた気がしたものの、これも野蛮人に勝つため……と耐えていたわたくしでしたが、結局その後、わたくしが放った矢が的に当たることはありませんでしたわ。
な、何故ですのぉぉぉ……。




