作戦開始
「じ、じゃあ作戦のおさらいだよ」
次の日。私とウルさんとキイロさんの三人は、塀に囲まれたある研究所が見える木々の間に隠れていました。
ウルさんのお陰か、久しぶり快眠できた私は、元気よくその日を迎えることができました。
なお爆睡後の私にウルさんがかけてきた言葉が、
「あ~、マサトくんおはよ~。昨日はよく寝れまちたか~? 寝られなかったら、いつでもお姉さんのところに来るんでちゅよ~。お歌を歌ってあげまちゅからね~」
と煽り全開のものだったので、私は悔しさを噛み締めながらそれに耐えていました。
畜生、その態度は気に食わないものなのですが、それはそれとして快眠できたのは事実です。悔しい、でも……と言った感じでしょうか。
いや、そんなことはどうでもいいのです、私の恥なんて丸めて捨ててやります。今日のメインは、オトハさんを助け出すことなんですから。
私たち三人は、今からこの三階建ての研究所に潜入して、オトハさんを探すことになります。ちなみに兄貴とマギーさん、そしてオーメンさんの三人は別行動です。
キイロさんらの調査によると、どうもオトハさんはこの研究所ともう一つ、とある貴族の屋敷を行ったり来たりしているみたいなのです。
しかしそれも、定期的にそれっぽい籠が移動しているからであって、実際にオトハさんの姿を確認した訳ではないのだとか。そうなると、移動したかもしれないし、していないかもしれない。
それが解らないから仕方なく、二手に別れて探すことになりました。まあ、兄貴はキイロさんとの因縁があるみたいなので、この方が良かったのかもしれませんが。
「あった出来事は全部包み隠さず俺に報告してくれ。頼む」
と、別れ際にオーメンさんにもお願いされております。頑張らなければ。
そう思って研究所の方を見てみますが、その周りには警備のエルフの方々がたくさんいらっしゃいます。皆さん弓を持っており、警戒厳重。
いくらキイロさんが兄貴の流派の伝承者だと言っても、あの数です。とても正面突破はできそうにありません。
私たちがいたところで、大した戦力にはならないでしょうし。
「そ、そろそろ時間だね……」
当然キイロさんもその事はご存知であり、腕時計を見ながらそうおっしゃいました。そうです。今回の作戦は、至って単純。
次の瞬間、遠くの方で盛大な爆発音が響き渡りました。
「なんだ! 何があった!?」
「向こうだ! 煙が上がっているぞ!」
「早く確認しろ! 火も上がってる!」
警備のエルフ達が声を上げています。音のした方を見てみると、離れたところで激しく立ち上っている煙が見えました。
その元には炎が燃え盛っており、燃えているのが竜車だと解ります。
「よ、よし。い、行こうか」
「はい」
「うん。行こう」
そうです。今回の潜入作戦は至って単純。遠くで無視できない規模の騒ぎを起こして、その隙に潜入する。ただこれだけです。
もっと緻密な作戦が立案されているのかと思いきや、至ってシンプルなもの。「た、単純な計略の方が、へ、変に練ったものよりも効果的だよ」とキイロさんはおっしゃっていました。
そうして私たち三名は、騒ぎの先に目が釘付けになっている警備エルフの視線から外れ、塀を乗り越えて敷地内に入り込みました。
ちなみに塀を乗り越える際には、キイロさんが展開した"守護壁"を足場にして乗り越えることができました。"守護壁"にこんな使い方があるとは。
敷地内に入り込んだ私たちは、急いで建物の側面にある入口に向かいます。足早に、しかし気づかれないように足音を立てないまま。この二つを両立させるのが、とても難しいです。
どちらかと言われれば、足音を立てないことの方が大事だと思った私の速度は遅く、現在爆発方向を見ている警備のエルフらが振り返ったら、バッチリ目が合ってしまうでしょう。
(気づかれませんように気づかれませんように気づかれませんように気づかれませんように……)
もうこの側面の入り口までの道のりが、とてつもなく長いものに感じられました。キイロさんとウルさんは既に入り口の前にたどり着いているので、後は私だけです。
キイロさんは扉の鍵をこじ開ける作業をしており、ウルさんが心配そうな顔をしてこちらを見ています。
(は、や、く、し、な、よッ!)
(わ、か、っ、て、ま、す、よッ!)
口パクで急かしてくるウルさんに、そんなことは解っていると口パクを返します。
しかし急がなければと思えば思う程、音を立てて気づかれるのではないかという気持ちが来て逆に慎重になってしまい、歩みが遅くなります。
「……そうだ! 急いでフランシス様に報告しなければ……」
「ッ!?」
あとちょっとというところで、急に警備をしていたエルフの一人が不穏なことを言い出しました。
報告する、ということはおそらく、この建物の中にいる人にお話をしに行くということで。
その為には建物を背にしている彼はこちらを振り返らなければならないということで。こちらを振り返るということは、今、まさに建物の側面の入り口に入ろうとしている私とバッチリ目が合う訳で、
「う……ッ!」
そんな焦りが生まれて冷や汗をかいていたら、不意に入り口の方から強い力で引っ張られて、私は建物の中に入り込みました。
びっくりした拍子に、思わず声が漏れてしまいます。
「? 今、なんか声がしたような気が……」
すると、報告に行ったエルフがそれを不審に思ったのでしょうか。こちらに近づいてくる足音がします。
ウルさんとキイロさんの二人から口を押さえられている私は、閉めた扉の裏側でヒヤヒヤしていました。ば、バレてしまった……?
そうして人影が現れ、まさに扉を隔てた向こう側に警備のエルフらしき人物がいるという状況になって……。




