三話
視界に入る、様々な魔法。火の玉であったり、風の刃だったり、岩の槍だったり。
何とも壮観なことだ。前世じゃ画面の向こう側にある、作り物でしか見られないそれらを、俺は肉眼で見ること出来ている。それに、全部俺へ向かって来ているのだ。どんな名作の映画でさえ勝てない臨場感。どんな遊園地のアトラクションでも勝てないスリル。もう最高! 独り占めも忍びないから、代わりたい人はいるだろうか? 今なら無条件で交代してやるよ。
「グベッ」
被弾。
俺は見事な物真似、『カエルが潰れる瞬間の声』を発動。
ダイナミックなスタントで華麗に吹っ飛ぶ。最早一種の芸術だ。
「お〜! 今日はいつも以上に吹っ飛んだな」
「新記録達成ぃ〜!」
何度目か分からない土の味を堪能する。何故かは分からないが、体に力が入らない。とっても不思議。魔法でガードはしたはずなのだが。ああ、向こうも成長しているということか。
俺の習得している生涯の魔法『金剛』は、体の柔軟性を保ちつつ硬化する魔法。ゲームで言う所の、防御力の強化。当然相手の攻撃力が高ければダメージは通る。こちらも成長しているが、残念なことにその度合いが違う。紛うことなき、才能の差だ。
「そこ。演習だからといって、やり過ぎないようにな」
「は〜い」
「分かってますって!」
ドーン。はい、もう一発頂きました。
この威力。どうやら君が、先程俺の防御を超えた者だね? 御見事。
「ごほっ、げほぉぉ」
おっふ。急な一撃だったから、土を飲んでしまったじゃないか。
せめて貴族たるもの、事前にやると伝えてくれたまえ。
「死んでないな? よし、ならもう二、三発は大丈夫だろう」
うーん、スパルタ。先生の愛には驚かされるばかりでございますよ。
いくら防御魔法の訓練だからって、他の生徒はこんな扱いを受けていませんよね?
あ、俺だけ特別ですか。はっはっは。先生の好意がありがたくて吐血しそう。
「ぶべっ」
四発とはいってなかったぞ、クラスメイト。
「時間だ。魔法演習を終わる」
「ありがとうございました〜」
さっきの授業は、挨拶なんかしてなったのに。これが人望の差かな?
かっこいい呪文を唱えて、MP的なものを消費して発動するのが魔法。それが魔法に関する、過去の俺の認識だ。
つまりは俺はゲームが好きだった。
キャラクターが成長して新しい呪文を覚えるたびに、非常に興奮したものである。だから当然のように、使ってみたいと願った。
始めてこの世界に存在する魔法という奇跡を見たときには、情けないことに涙を流してしまったほどだ。本当に嬉しかった。そして自分も使えるようになると思うと、睡眠不足に陥った。眠れるはずもない。リスクの影響で体が弱かったため、睡眠不足による体調不良により、危険な状態になったのは良い思い出である。
しかし。
俺の期待とは裏腹に、残念ながらこの世界の魔法は俺の知る魔法とは若干違う。
まず第一に、呪文なんて唱えない。
第二に、簡単じゃない。
レベルアップで魔法を覚えられる訳でもなく、長ったらしい中二病全開の呪文を唱える訳でもない。
この世界に生きる知性があり魔法を使用出来る生き物は、一つの例外を除き、『生涯の魔法』と呼ばれるたった一つの魔法を習得して、生涯を掛けてその魔法を高みへと鍛え上げる。
汎用性ではなく、一点特化。その魔法をより素晴らしいものにするために、この学園は存在するのだ。
別に、二つ目以上の新しい魔法を使えるようになろうとすれば、出来ないことはない。現に学園の教師陣営には、複数の魔法を自身の力で習得した者は存在する。ただしそうする者は限りなく少ない。
様々な現象を、想像と魔力操作で生み出す技術。それが魔法の定義。
習得するためには、どのような現象を生み出したいか、即ちどんな魔法を使用するかを想像する。曖昧ではいけない。これだという鮮明なイメージを頭の中に描く。そして空気中のマナによって体内に形成される魔力に干渉。そのイメージを魔力に焼き付け、操作。この過程がとんでもなく難しい。
そもそも体内の魔力を感じることだって難しい。
才能が低いことが確定している俺なんか、生まれて意思がハッキリとした頃から中二病全開でそれっぽいことをやり続けていなければ、現在も魔力が体内にあるなんて分かっていないだろう。アホなこともやってみるものである。どんな行動にもやることには意味があると俺は学んだ。
魔力の存在を知って、認知出来るようになれば、次はその操作だ。
どうやるのか。それは魔法を使用出来るようになった、現在の俺でさえ分からない。イメージを伝えて、この通りに動いてくれと頼み込んだり、命令したり、色々したらある日ちょっとだけ動いた。ような気がした。
その感覚を思い出すように、反復すること何万回。この間始めに想像したイメージを、少しでも崩してはいけない。
すると段々と体に魔力の動きが染み付き、スムーズに魔力が動くのを、感じるようになる。まだ自分では動かせない。
更にそこから反復を繰り返すと、魔力の道を知ることが出来る。魔力が自らが動き易いように体に作り出したのだ。という説が有力だが、証明はされていない。
とにかくそこまで行くと、ようやく魔法を自らの意思で発動出来るようになるのだ。
つまり魔法一つを習得するのに、かなりの時間と努力と苦労が掛かる。それに使えるようになるだけで、例えどれほど強力なイメージを描いたとしても、その通りの力は出せない。またもや何度も反復することによって、魔力の道が精錬されてより速やかに動くようになり、イメージが更に魔力に刻まれてよりイメージ通りの現象を生み出す。まともに使用するには、更なる訓練が必要なのだ。
ちょっとだけイメージを変えただけでも、新しい魔力の道が必要となる。
威力や質は調整出来るようになるものの、応用は絶対に不可能。最初に描いたイメージから外れた現象は生み出せず、イメージ以上の結果は決して出せない。
大変な思いをして一つの魔法を習得して、大概の人間は新しい魔法を覚えようとは思えない。ハッキリ言えば、無駄な行為だ。
魔法の研究が目的だったり、また魔法について教える立場の人間でなければ、二つ目の魔法を習得しようとする者はいない。
王国もまた、国民に生涯を通して一つの魔法を磨くように推奨している。
その魔法が『生涯の魔法』と呼ばれるようになるのは、当然の結果かもしれない。
適度な運動の後は、非常に腹が空く。生涯の魔法を鍛える演習の時間が昼休みの前にあるのは、普通の生徒にとっては良い事だろう。何故なら只でさえ美味い昼食が、より美味く感じるようになる。
しかし俺にとっては困ったことだ。
情けないことに、毎回疲労困憊。食事が喉を通らなくなる。それに演習が終わってから、かなりの時間動くことが出来ない。そうすると欲張りな愛らしいクラスメイトが、俺の分まで食べてしまうのである。いつもなら誰よりも早く食堂にいって昼食を確保し、誰もいない場所でモソモソと食べるのが定番なのだが、この時間割の日は残念ながら昼食は抜きだ。
「はぁー」
地面に寝転がって空を見る。異世界も空は青く、雲は白い。
風が通る。火の高温によって生まれた汗が冷えて、心地よい。俺の体と服装から発生している生ゴミの臭いがなければ、最高である。風呂に入って、服を全て洗いたい。でも常に着ていないと、いつのまにか何処かへ行ってしまう。不思議なことに。妖精さんの仕業かな? 是非とも今まで連れ去った俺の服や靴を返してほしい。
バシャ。
「昼食を持って来てやったぞ」
「味わって食えよ〜」
こりゃあ、ありがたい。何て親切な学友だ。
でも知っているか? それは人間の食べるものじゃないんだぜ。まったく、おっちょこちょいなんだから。
体に力を入れて、何とか起こす。既に先程の生徒はいない。
彼らの好意を踏み躙る形となってしまうが、張り付く家畜用の餌を振り払わしてもらおう。
さすがに午後の授業をこのまま受ける気分にはならない。これはいつもの噴水へ直行だ。
───というわけで、やってきました噴水。
しかし残念ながら先客がいたようです。珍しい。
「何度も言うように、私は貴方の告白を受ける気はありません」
「僕はね、君のために言っているんだよ。無理矢理というのは、あまり好きではなくてね。告白というものは、君が受け入れてくれる形で行いたい。─────しかし、だ。そこまで拒否をするというのなら、我が愛に従って、この剣を君に向けなければならないのだが?」
綺麗な女生徒と、ちょっとキザっぽい男子生徒。
「望む、所です」
人気のいない場所に、男女が一組。やることは、一つ。
「そうか……。ならば行くぞッ!」
愛の、告白。
と、言う名の殺し合いである。
「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」
男子生徒は素早い踏み込みで、鋭い突きを放つ。あの動きは王国流剣術の派生、王国流細剣術。
狙いは容赦なく、心臓。
「ひっ!」
悲鳴が上がる。当然発生源は女生徒、ではなく俺。
例え赤の他人だとしても、誰かの体に剣が突き刺さる瞬間には恐怖を覚える。トラウマってヤツは恐ろしい。
「──────甘い」
対する女生徒は丸腰だ。しかしそれでも焦る事はなく、冷静に迫り来る一撃を睨む。
瞬間。冷気が肌を撫でた。彼女の両手には二振りの剣。氷で生み出されたそれは美しく、彼女の白い肌に映える。
動作は二つ。左の剣で突きを払い、右の剣で刃を相手の首に添える。それだけ。
男子生徒が弱いわけではない。洗礼された動きは巧みで、彼は美しかった。
しかし彼女はそれ以上に美しく、動きも含め、全てにおいて彼よりも上にいた。
「ご理解頂けましたか? 私は貴方を拒絶する」
「────くっ!」
男子生徒には、現状を理解するのに時間が足りなかったらしい。
少々間を置いて、悔しそうな声を上げると精一杯の虚勢で、颯爽と去って行った。俺は視界に入らなかったのか、それとも視界に入れることを無意識に拒絶したのか、無反応。
女生徒は男子生徒の方を一瞥もせず、氷の剣を消す。
「見せ物ではない」
そしてギロリと俺を睨んだ。
「す、すみません。覗く気は、なかったんです」
「そんなことより、何だその格好は」
いや、そんなことって。
「あ、だからその、噴水で洗おうと」
「下級生には、下らないことをする生徒がいるようだな」
制服に付いている学年を示すバッジを見てから、俺に詰め寄る。
不機嫌そうに眉間には皺が寄っているものの、かなりの美人だ。短い金髪はサラサラとして輝いているし、赤い瞳はルビーのよう。近くでよく見ると、知っている顔だと気付く。勿論俺の一方的な認知。
彼女は公爵家のお嬢様、アネスト・グリージャー。寧ろ知らない方がおかしい人物である。
「だが、どうやらお前では仕方がないようだ。現状を変えたければ、少しでも努力をすることだな」
炎よりも真っ赤な瞳で、冷やかな視線を俺に向けると彼女は去って行く。
二度と顔を見たくないとでも、言わんばかり。是非言って下さい。そしてもっと嫌って下さい。
その方が、安心出来る。




