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二十一話

 金剛によって硬くなった手は、通常よりもスムーズに土を掻き分けられる。


 深部の壁は鉱物が多く、きっと持ち帰ればかなりの金額になるのだろうが、そんな宝の山も今ではただの障害に過ぎない。硬化された手よりも遥かに硬いその鉱物に手をぶつけてしまうと、簡単にコチラが傷つく。また最も硬くした状態ならば排除できるものと、それでも排除が不可能な鉱物の層があるため、その判断もしなければならない。駄目なら他の場所から再スタート。


 ここはあまりにも深い場所なので、ドラゴンによる整備が完全に行われていない。夜に妖しく光り、挑戦者を導く灯火の魔法陣もここには存在しないため、なんとしてでも夜までにねぐらを作らなければならない。


 夜目は効く。

 三つの力は本来繋がっているから、瞳に集まった力の一部がその機能の強化に使われたのだろう。


 だから俺は瞳を封印した状態においても、瞳の機能は普通よりも下程度。人間の王国において、老いによって低下した瞳の機能を補助するためにのみ存在している眼鏡を使用する必要が無い。また解放した状態ならばその機能は高く、恐らくだがミヤ先生にも匹敵するんじゃないだろうか。しかしそれが、この場において安心して良い理由にはならない。


 人間は夜行性ではない。そして光を灯すことにより、夜の闇を照らす方法を生み出した。

 その瞳は、夜に適応していないのだ。例え強化されるとしても、元が弱ければ大した成長ではない。ダンジョンに生きる、夜行性の生き物の瞳。もしくは夜に生きる術に、人間は容易に勝てない。入り口付近なら問題はないが、ここは深部。夜に適応した魔物に、人間は勝とうと思ってはならない。


 逃げるのだ。情けなく。それがダンジョンでの正しい生き方。


 「───ふぅ……」


 取りあえず、人が一人寝転がれる程度の穴は掘れた。後はもう少し深く掘ればいい。

 深部の魔物は危険なことは決して行わない。特に夜の闇にまぎれて獲物を狙う狩人は、危険な存在が眠っていそうな場所に干渉はしてこない。明るい時間に使用すれば目立ちすぎるので危険だが───と、言うよりも。誰かと会う可能性があるので絶対に使いたくないのだが、夜において二つの問題点は消える。


 まぁ、問題ないとしても俺の心情的には解放したくないが、生きるために必要なのだ。使うしかあるまい。


 ねぐらが完成。出来るだけ表面積が小さくなるように、縮こまる。


 元々ダンジョン内で野宿を行う想定はしていなかったのもだから、そのための装備を所有していない。一応素材の回収のために収納用の魔法具を持って来たが、それ以外の挑戦に必要な装備は完全に他のメンバーに頼るつもりだったのである。


 本来ならば冒険祭には参加する気は無かったので準備が間に合わなかったのもあるが、現在装備している泥の装飾が施された特殊な繊維で作られている防護服を購入したおかげで金がなかったのだ。この収納用の魔法具だって、普段は教科書を入れて持ち運んでいる物の再利用である。


 瞳を開いて、解放。


 肉体の機能が上昇し、体温の調整機能も同時に上がる。

 夜の冷気に冷え始めた体が、多少は暖まって来た。にしても、この急激な変化は気持ち悪い。先程は高揚感を感じ、羽とまではいかないものの体が軽くなったことに心地良さがあったのだが。今回冷静に体の変化を体感してみると、凄く気持ちが悪い。


 なんと言うか、体が痙攣しているみたいなのだ。


 自分の意識外で自分の体が動いているような感覚。そして次の瞬間には、脳と体が乖離する感覚。


 ただの精神的な問題かもしれないけれど、その後にはすこぶる体調が良くなるのも気持ちが悪い。俺の脆弱な精神が、このままでいたいと思ってしまいそうになるのも気持ちが悪い。本来ならばこの状態が正常なのだからそう思うのが自然なのかもしれないけれど。俺は、絶対にそう思ってはいけない。


 『……』


 夜の中に、生物の蠢く音。


 夜行性の魔物や魔虫達が動き出した。ここからは、もはや信じるしかない。


 睡眠は、ダンジョンから生還する上で必須だ。ただしその間、大きな隙が生まれる。生きるために必要な、死ぬ可能性の最も高い時間なのだ。そして俺は、これからその時間を過ごす。



 だから信じるしかない。ダンジョンの深部で生存している、生物達の経験を。



 何よりも、俺自身の魅力を。



 ───────ああ、気持ち悪い。











 気持ち悪い。


 それを見た瞬間に抱いた感情は、ソレ一つであった。


 「これは……」


 ダンジョンの土壁に埋もれ、そこから生える植物の大きな葉に隠されるように存在していたのは緑の指輪。


 「ちょっと、それ転移魔法陣じゃない。発動したら面倒だから近づかないで」

 「す、すみません」


 同じ組になった女子生徒が示す先は、精巧に描かれた魔法陣。


 ダンジョンで起こる危険について気持ち悪いほど調べ、そしてミヤ先生にぶん殴られながらもしつこく質問を行った結果。ランダムで発動する転移魔法陣についての危険性を知っていた俺は、それを見て慌てて避難する。出来るだけ情けない動作を自然と行えた俺は偉いと思う。


 あくまで、演技だ。心からじゃない。


 そう、信じたい。


 「まったく、なんでこんなヤツと同じ組になっちゃったんだか……」

 「吐き気がするよね~」


 露骨に嫌悪感を向けて下さる二人には非常に好感を持てる。


 そんな二人は最早このイベントを出来るだけ早く終らせたいらしく、指定された植物を採取するために俺以上に奮闘していた。少しでも俺の近くにいるのが嫌なのだろう。最早合コンっぽいことをしようという思考は、俺と同じ組になった時点で捨てているようだ。


 また肥溜めのように俺を扱いながらも、一応労働力として俺を見ていることにも好感が持てる。どうやら、何でもしますと頭を下げたのが効果的だったようだ。さすが俺。


 「……」


 しかしホッとした。二人がアレに気付かなくて。


 出来ることならこれからもずっと、俺以外の誰かが気付くことはないように願う。


 「───待て」


 願ってみた、のだが。


 ─────ああ、そうだ。忘れていた。


 神様がいるのかどうかは知らないが、俺は神様に見捨てられてもしょうがないほどに、愚かな選択を選んでしまっていることを。


 そして『何か』は俺を見ていて、きっと俺に何かを望んでいるということを。



 「触れるな。ソレは俺が先に見つけた。ソレは、俺の物だ」



 首筋に感じる冷たい感覚。金属の冷たい感覚。


 助けを呼ぼうにも、出来るだけ離れていたいと言わんばかりに、二人は周囲の警戒に移ってしまった。

 叫ぶことは、後ろの彼が許さないだろう。


 身体が震える。当然、恐怖から。

 けれども必死で声を捻り出す。そうしないと、いけないから。


 「駄目だ。これは多分………………危険だ」

 「騙されると思っているのか? ソレが危険な訳がない。そんなにも美しく艶やかな財宝が、危険なはずがあるものか」


 その言葉で、俺は理解した。


 「だから、危険なんだ。物に、『魅力』があるのか?」

 「無いな。だから驚いている。────同時に歓喜しているよ。その美しい存在との、出会いを。さすがは、ドラゴンだ」


 ダンジョンに放置される財宝は、あくまでドラゴン達のゴミ。


 一応彼らの言い分としてはそれを手に入れることは、ダンジョンの特典。だから基本的には、人間達に祝福を与えてくれる品物ばかり。


 しかし、だ。


 信用し切ってはならない。


 「……誘惑だ。教科書にだって載っている。『ダンジョンの危険性』その四。あれほど粗雑で頼りがいのない教科書もないけれど、それでもあの警告は明確で分かり易かったはずだ。『ドラゴンの誘惑』に負けるな。ただ、その手を引くだけで良い。─────お前なら、十二分に理解しているだろう?」


 ドラゴンだって、様々だ。

 中には、ほんの少し。悪戯心を持っているドラゴンだっている。


 そんなドラゴンは、ちょっとだけ。

 人間や他の知性ある種族達に害のある道具を、ダンジョンの中に放置したりする。


 ドラゴンキングダムにおいてもそういったドラゴンは問題視されており、止めるように言われていると書物には書かれている。─────が。本当かどうか、怪しい所だ。


 何せ、ドラゴンのこと。


 大笑いでもしながら、財宝に『誘惑』を掛けても不思議ではない。


 「もしも誘惑だとしても、俺はその試練に打ち勝つ」


 背後から聞えてくる声は、熱を含んでいた。


 「それは迷信だ。本気にするには、あまりにも馬鹿げている」

 「黙れ。もういい………………論争は、いらない。お前は、俺の問いに答えるだけで良いんだ」


 苦し紛れに出した言葉は、その熱に焼かれて、灰となって宙に消えてしまう。



 「さぁ、応えろ。ソレは、俺が先に見つけた。───そうだな?」



 ああ、駄目だった。



 「その通りだよ。ソレは、その財宝は、お前の物だ。満足かテスラ?」

 「……そうだ。それで良い─────優しいな、お前は」

 「だろう? そんなゴミ、頼まれてもいらないね」


 友人と、命。


 俺が選べる選択は、一つしか無かった。


 「なぁ、ハーン。短かったけれど、俺達の関係はここで終わりだ」

 「その意見には同意だな。壁も敬語も無くなったことも考えれば、同時にもっと仲を深めるチャンスかもしれないけれど」

 「あはは。それもそうだ。……じゃあ、そのチャンスに賭けてみるか?」

 「有り得ない。もうこの瞬間から、俺がお前の友人でいられる資格は無くなったさ」

 「それは、嫌味かな?」

 「違う。謝罪だよ」

 「なら、罰だ」


 衝撃。吹き飛ぶ身体。


 本気の蹴り。金剛による防御なんて、簡単に超えやがった。


 「ごほっ、がほっ……」


 痛みに苦しみながら、視界にテスラの顔を入れる。

 真っ赤だ。怒りと興奮で、何時もの穏やかな表情が完全に崩れている。


 確かに、俺が悪かったさ。

 自分の好きなものを貶されたら、怒るのも当然だよな?


 「ランダム」


 「ちょッ! まっ─────」


 でも、俺の謝罪はそれじゃない。


 だから待ってくれ。



 「消えろ。降りてきた幸運にも掴めない、愚か者」



 一言だけ、言わせてくれよ。


 幸運だと思って掴めるものは、大体が逆のものなんだぜ?

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― 新着の感想 ―
ごめんおれが馬鹿すぎて全然理解出来んのやけど次の話的にも結局転移したのは主人公なんよな?テスラは自分が飛びたかったんやろ?自分が最初に見つけたってことをめっちゃ強調してくるし誘惑うんちゃらの話しとるし…
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