65選ばれたのは?
<ウイリアム視点>
少しの間浮かんでいた剣は、魔力石の光が消えるとともに、シュッと音を立てて、床に突き刺さった。皆黙ったままだ。ユーキが、
「ふえ、ふえええ…。」
と、再び泣き声をあげたおかげで、ハッと我に返った。客室へ移動しようと言う、オルガノ殿に続き移動する。
「もう大丈夫だぞ。ほら父さん達も、皆んなもここに居る。」
やっと落ち着いて来たユーキは、私にギュッとくっ付いたままだ。
屋敷の中も落ち着き、私は外に居たオリバーを呼んだ。オルガノ殿の方も、外に居た騎士を呼んで、先程の地震について聞いたのだが。
やはり外は、何も変化がなかったらしい。それどころか、静かな夜だったようだ。
オルガノ殿の方も、同じ報告だった。外では一切揺れはなく、何も被害がなくて安心したが、では、あの揺れは何だったのか。難しい顔をしたままのオルガノ殿が、私に部屋に来るように言ってきた。
なかなか離れてくれないユーキを、なんとかオリビアに渡す。
「ユーキちゃん。もう大丈夫だからね。ほら、お母さんと何かして、お父さん待ってましょう。」
「ふええ…、とうしゃん。」
そんなユーキに、ジョン君がユーキにくれたおもちゃの箱の中から、いくつか乗り物のおもちゃを持ってきてくれて、遊び始めてくれた。その姿を見た私は、オルガノ殿の後に続く。
部屋に入り、席に着くように言われた。補佐官も一緒かと思ったが、補佐官は部屋を出されてしまった。
「これから話す話は、ウイリアム、君の胸にしまっておいて貰いたい。君は、信用出来る、数少ない人間の1人だ。だから話すんだ。」
オルガノ殿の真剣な顔に、自然と背筋が伸びる。オルガノ殿が静かに話し始める。それを聞いた私は、冷や汗を掻くことになった。
オルガノ殿によると、確かにあの剣は本物で、代々受け継がれて来たもので間違いないそうだ。今までに、動かせはしたが、誰も剣を使える者は居なかった。これも話に聞いていた通りだ。しかしここからが、オルガノ殿の家系でしか、伝わっていない事だった。そう遺言の内容だ。
遺言書には、こう書いてあった。
魔力石は世界の平和のために存在する。そしてこの剣は、魔力石に選ばれた人物にしか、使う事を許されない。英雄がいた時代、たまたま彼が、魔力石に選ばれた。
そして彼の死後、魔力石がまた目覚めるような事があれば、それは世界に何かが起き始めている証拠。
魔力石が力を与える人物を見つけ出せば、石は微かに輝き、その人物の前に、剣を浮かび上がらせ、剣を手に取るように促す。それが剣が目覚めたということ。もし剣が目覚めたら、その選ばれた人物に、この剣を託すようにと。それまでは英雄の子孫達が、魔力石の管理をするように、と書いてあったらしい。
「ざっとこんな感じだ。まあ、だいぶ省いたがな。大事な事はこれくらいしか、書いてないんだ。遺言は10枚もあるっていうのに。他にはくだらんことばかり書いてあってな。まったく。」
ざっとこんな感じって、それで終わらせて良い内容だったか?いや、私が聞いた限り、そんな内容ではなかったはずだ。私は言葉が出なくなってしまった。
どう反応すればいい。突然石が選んだ人物が、現れた瞬間に立ち会えたと、喜べば良いのか。
「私達の先祖の代では、今回のような反応が起こった事は、1度も無かった。そして今さっき、それは起こった。遺言に書かれていた通りの事がな。これが、どう言う事か分かるか。今この屋敷の中に、その人物が居ると言う事だ。」
私はハッとした。そうだ。遺言の言う通りなら、近くに選ばれた人間が、いた事になる。そして、近くにいた人間となれば…。
「分かったか?あの石の近くに居たのは、わしの息子ジョン、メイド、そして君の息子ユーキだ。」
「まさか!」
私は思わず立ち上がってしまった。オルガノ殿が、座るように言ってくる。なんとか自分の気持ちを落ち着かせ、席に座り直す。
「ユーキのはずありません。ユーキはまだ2歳です。まだ小さい小さい子供です。それに、英雄様達の血は引いていません。ジョン君ではないのですか?」
「私も考えなかった訳ではない。英雄と同じ、突然力に目覚めたら?しかしどうしても私は、ユーキの事を考えてしまう。あえて口には出さないが、君にも思い当たる事があるのではないか?」
そう言われた私は思わず、また黙ってしまった。
森でユーキと出会った時、すでに上級と言われる、フェンリルの変異種、マシロと一緒にいた事。その後すぐ、妖精と伝説の精霊と契約してしまった事。妖精に至っては、粉なしで会話できて、姿も見えてしまっている。
そして何より、エンシェントドラゴンのエシェットの事だ。ようやく会えたユーキは、何も問題がないかのように、契約を終わらせてしまっていた。
そんな人間が、この世に居るだろうか?この短い期間で、しかも伝説と言われる生き物や、上級の魔獣、そして妖精まで、契約を交わしてしまう。そんなに人間が本当に…。
「私は今は何も言わない。剣も今は、何も反応していない。何事も無かったように、床に突き刺さっている。もし本当に選ばれた人物が居るならば、その人物が剣を触らない限り、石は反応したままのはずなのだが。」
「私は…。」
「だから、胸にしまって欲しいと言ったのだ。まだ確実な証拠もないまま、誰が選ばれた者か、決めつけるべきではない。英雄の書いた事が間違っていて、本当は、ちょっと離れた場所に、選ばれた人物が居たのかもしれん。」
オルガノ殿は、今回の事を、誰にも言わないそうだ。現場を見てしまったメイドにも、口止めをする。ルーシー様が自ら育て上げた人物で、屋敷で働いている他のどのメイドよりも、信頼できる者らしく、心配は要らないそうだ。うちのアメリアのような存在か?
そして、勿論私も、他者に話さないと約束した。その前にこんな話を、出来るわけがない。今のユーキは、危ない存在だ。もしマシロ達の事が、国に権力者にバレたら?今回の事件で、すでに黒服の連中には、ユーキの事がばれてしまっている。
ため息をついた私に、
「不安な顔は、ユーキ達にはするな。家族を守りたいのなら、君がまずしっかりする事だ。それにこの世界を、平和にしていれば、魔力石は目覚める事がない。私達が平和を維持出来れば、もしジョンかユーキが、今選ばれようとしていても、何もしなくても良いかもしれん。何も知らないまま、幸せに暮らせるんだ。」
そうだ。ユーキが幸せに暮らすためにも、私がしっかりしなくては。今回の事は、私の胸の内にしまい、今はユーキの幸せを考えよう。
オルガノ殿が立ち上がり、私の方に来て肩を叩く。私は頷き立ち上がり、2人で部屋を後にした。
ユーキ達のいる部屋へ戻ると、ユーキが可愛い笑顔で、私に飛びついて来た。
「とうしゃん、とうしゃん、どうぶちゅしゃんの、あめ、もらいまちた!」
ユーキの手には、棒に付いている動物の飴が、何本か握られていた。その様子に安心する。どうやら、元気が戻ったようだ。ルーシー様に、飴を包みましょうねと言われて、私から手を離そうとした時だ。
「およ?」
ユーキの手が洋服から、離れた時の感覚がおかしかった。何だと思い、その部分に触れてみる。
「ユーキイイイイイ!ベタベタの手で、洋服に触るんじゃない!!」
「ごめんしゃいいいいい!」
屋敷の中が、笑いに包まれた。




