93は?何処に行った?
エシェットが嫌な気配を感じたため、我も一緒に気配を辿る。エシェットが家の周りに結界を張ったから、大丈夫なはずなのにだが。結界を張った本人が、中に入られたかも知れないと言う以上、調べない訳にはいかない。
だが、どうやって中に入った?エシェットの結界を破れる者が、そう簡単に居るわけがない。
「この家の中から、嫌な気配がするのは確かだ。しかし地上に面している所は、全て結界で塞いだはずだ。どうやって我の結界を抜けた?」
「…はっ!まさか地下から!」
何だ?アシェルは何か知っているのか?聞いてみると、この家には地下に部屋があるらしい。わざわざ土や石、岩を取り除きながら、部屋を作るんだそうだ。ならば上に部屋を作れば良いだろうに、面倒臭いことをするものだ。
アシェルによれば、その地下の部屋には用事がない限り、ほとんど行かないらしい。
「地下と言うことは、暗いと言うことだな。もし奴らの中にこの間のような、闇の力を使う者がいて、闇から闇へ移動することが出来たなら。もしくは、奴らの契約魔獣の中に、闇の力を使える魔獣がいたら。我も地下までは、結界を張っていない。早く言っておけば良いものを。」
エシェットが舌打ちをした。我も地下の存在は初めて聞いた。エシェットの言う通り、そういう事は、我らに言っておかなければいけないだろう。
これは完璧に家の中に、何者かが侵入したと考えた方がいい。まあ、主の側には我々が居るから、心配はないが。ソファーで寝ている主を見る。
「…主?」
我は慌ててソファーに近付く。しかしソファーにいくら近付いた所で、そこに居るはずの主の姿を、確認することが出来なかった。しかもシルフィーとディルとリュカの姿も見えない。
「主!」
我の声に2人が振り向く。そして表情を険しくさせ、慌ててこちらに寄って来た。
「ユーキ様?何故?今まで寝ておられたはず!」
「カバンと靴がない。それにドアが開いている。まさか勝手に部屋を出たのか。マシロ探すぞ!匂いを辿れ!」
我はエシェットを乗せ、廊下に飛び出る。匂いを辿り、走り出した。匂いは廊下の端からしていた。そこへ辿り着くと、地下へと続く階段があった。暗くて下に何があるのか分からない。追いかけて来たアシェルが、魔力石で明かりをつけた。すぐさま地下へ降り、また匂いを辿る。匂いは1番奥の大きなドアへと続いていた。
ドアの前に着くと、エシェットが思い切りドアを蹴破った。
「ちっ、暗いな。しかもこれは、魔獣の血の匂いか?」
部屋の中も真っ暗で何も見えない。また遅れて来たアシェルが明かりをつけた。血の匂いの所へすぐさま向かう。部屋の隅に、血溜まりが出来ていた。まだ新しい物だ。
「ユーキ様のものですか?」
アシェルの顔色が悪い。
「いやこれは魔獣の血の匂いだ。」
「主の匂いはここで終わっている。だが。」
主の姿は何処にも見えない。
「ん?これは?」
アシェルが何かを拾い上げた。それはお菓子の包み紙だった。今日のおやつに食べていたお菓子の包み紙と同じ物だ。主は確実にここに居たと考えて良いだろう。
何故この部屋に来たのだ。ここのことを主は、我々と一緒で知らなかったはずだ。
「ユーキが何故ここへ来たか分からんが、少なくとも、お菓子を食べる余裕はあったのだろうな。」
憶測だが、何故か分からないがここへ来た主は、たぶん怪我をした魔獣を、ディルの回復魔法で治したのだろう。それからお菓子をここで食べようとした。お菓子を食べる余裕があったという事は、怖がっていなかったという事だ。しかし、その後に何かがあって、この部屋から姿を消した。その怪我をしていたであろう魔獣と一緒に。
この間のように、何処かへ連れて行かれていたら。この家の、いや街の中や近くにはもう居ないかも知れない。もしそうならどうやって探せばいい。
すぐに1階に戻り、外へ探しに行こうとした時だった。騎士が何人か、我々の前を通りかかったのだが、そのうちの1人がアシェルにこんな事を言ってきた。
「ユーキ様は戻られましたか?」
「ユーキ様に会ったのか?」
騎士の話によれば、少し前に、部屋に荷物を取りに来ていて、そこに主が入って来たと。そして、呼びましたか?と聞いてきたらしい。騎士達はもちろん冒険者も、誰も主を呼んだ覚えはなく、危ないからすぐに部屋へ帰るように言ったそうだ。主は返事をして、すぐ部屋から出て行ったと。
誰かに呼ばれた?どういう事だ?もし主の事を誰かが呼んだとしたら、同じ部屋にいた我々が、何故それを聞いていない。
全く分からない事だらけだ。しかし、何も分からなくとも、外へ探しに行くしかない。たとえ何の情報がなくとも。
外へ出る。今は盗賊からの攻撃が、少しだけ止んでいるようだ。
その時一瞬だが、風に乗って微かに主の匂いがした。それは戦っている者達の魔法でおこる風の影響で、すぐに匂いは消えてしまったが、我が主の匂いを間違うはずがない。主は匂いの届く範囲に居るという事だ。
主の匂いが届かなくなる前に、何とか探し出さねば。必死に匂いを嗅ぐ我の隣で、エシェットが高い木に登れと言ってきた。エシェットの探知能力も使えば、探し出せる確率が上がる。この家で1番大きな木の所へ、2人で移動した。アシェルはウイリアムに知らせると、馬に乗り街の中心へと駆けて行った。
木に登り我の鼻と、エシェットの探知能力をフルに活用させる。そしてエシェットとほぼ同時に、2人で同じ方角を見た。微かな主の匂いと気配を捉える事が出来たのだ。
すぐにその場所へ向かおうとした時だ。我々に妖精が近づいてきた。




