16 戦えなくなった者達
――あの激戦の夜が明けて翌日。
リンナとメルトア達は病室を訪れていた。
「お前さん、大丈夫か?」
「ええ、まあ……」
それはバザガジールと戦ったギルヴァの元であった。
その右肩には包帯が巻かれていた。
ギルヴァの右腕はシドニエと違い、ねじ切られるように引き千切られたため、再生魔法による治療もできず、無くなったままだった。
「ギル」
「メルか? それにお前達まで。どうしてここに……」
ギルヴァに事情を説明すると、昨夜の騒ぎはそれかと納得した。
「すまなかった。奴とケリをつけられそうだったのに……」
「気にするな。クルシアがどんだけ厄介なのかは、お互い理解してるだろ。俺なんてこのざまだ」
そう言ってギルヴァは右肩を動かす。
「あっ! 痛っ……」
「無理すんなよな」
「同意」
「はは……悪い」
「それで……アリアの状態は?」
ギルヴァは少し視線を落とした。
「さあな。俺もここに運ばれてから、それっきりだからな。アリアの容態については、集中治療中だとしか聞かされてない……」
ギルヴァ達が休んでいる病室を警護している騎士に聞いた情報はその程度だと話した。
「俺にできることは、無事を祈るだけだ」
「まあ最後あたりは自我も取り戻してただろ? そんなに心配すんな」
リンナは重苦しくなりそうな空気を、人当たりの良い笑顔で払拭する。
自我を取り戻していたとはいえ、姿は魔物を彷彿とさせる姿にまでなったアリア。
そこまで楽観的に考えることは難しかったが、
「そうですね。ありがとうございます、リンナさん」
半魔物化について何もできず、怪我も回復していない自分には無事を祈り、どんなかたちであれ、アリアを迎え入れることが大切だと悟った。
だからか、
「お前はこれからどうする? アタシ達はこれから、戻って向こうに野郎共のアジトがないか、徹底的に調べるつもりだ」
「……悪いが、俺はここで降りるよ」
「「「!?」」」
ギルヴァはここまでだと驚く三人を見上げた。
「なんでだ!! アタシやヒューイもそうだが、てめえらにとっては昔の因縁もあるんだろが! 諦めんのかよ!」
「よせ、リンス」
ギルヴァの発言に、その表情や様子を見ればある程度察しがついているのはリンス以外の皆だった。
「俺だって戦いたいさ。だがな、この腕じゃあ足手まといもいいところだ。それに……アリアもあんな状態だ。とてもじゃないが、そんな心境にはなれない」
片腕が無いのはメルトアも同じとするところだが、アリアに対する思い入れが強いギルヴァに今回の出来事は堪えた。
「俺はアリアの強さを知ってる。殺気に満ちたメルトアを含めた町の住民の中で、あいつだけが俺を見てくれた。あいつだけが信じてくれた。……先の未来で俺達四人が笑い合える未来を……」
「……」
「その覚悟を俺は見続けてきた。あの魔石を受け入れたことも、あの殺人鬼との死闘の時もな。それで目を覚ましたというべきかな……馬鹿だよな、俺は……」
もっと早く気付くべきだったと、ギルヴァは涙を流す。
「俺のしたかったことは、クルシアにケジメをつけることじゃない。俺達を信じてくれていたアリアを守ることだったんだ」
「……そうか」
同じ幼馴染でもメルトアは、クルシアとの過去以外はほぼ切り捨ててきた。
だからか、ギルヴァの今の胸の内を正しく知ることはない。
だがアリアの優しさや想いは、まだ自分が無気力だった時に握ってくれた暖かな手が覚えている。
だからその表情からは、自分が家族を殺された時に近いものを感じたメルトア。
手遅れになっているのではないかという後悔の表情に、そう一言、返事をするしかなかった。
「だから俺はアリアと人生を歩く。だからクルシアとの因縁は捨てていく。俺とアリアの未来には必要のないものだ」
「……そうか」
「だがまあ、この国との大使くらいはちゃんと務めるさ。アリアのことがある以上、しばらくはこの国にいるだろうしな」
ギルヴァが名目としていたのは、帝都ナジルスタの大使として来ていることとなっているため、その仕事は果たすと口にした。
「わかった。ならアリアのことは任せるわ、ギル」
「言われるまでもない。たとえアリアが半魔物化の姿のままでも、寄り添う覚悟はある。あいつは化け物だと言われた俺を守ってくれたんだから……」
すると罪悪感が湧いてきたのか、メルトアが少し気まずそうに口を開く。
「あ、あの時は……その、すまなかった。家族を殺されて……その……」
「おいおい……。今更過ぎないか? もういいよ、そのあたりは。お前が俺を襲った理由にも納得してる。今更謝らなくてもいい」
お互い、困ったように微笑んだ。
この光景に、少しずつだがアリアの望んだものに近付いているのだろうと、嬉しく感じた。
そしてこの話に関係がない三人、特にリンナに気を遣うように尋ねた。
「そ、そういえばリンナさんはどうしてここに?」
「ん? ああ。今日は礼ととりあえずのお別れを言いに来た。ちょっくら崩壊した村の様子を騎士さんらと見てくる。旦那もそろそろ戻ってくるだろうしな」
「はは……そうですね。俺も行ければ良かったんですが……」
バザガジールとの戦闘を行った身としては行くべきだろうと語る。
「バカ言ってんじゃねえ。怪我人にそんな無茶言うか! 大人しく寝てろ」
「は、はい」
「それにさっきの話を聞く感じ、あのお嬢さんと添い遂げるつもりなんだろ?」
「そ、添いっ!? ま、まあその……はい」
ギルヴァは照れ臭そうに返答。
「だったら先ずは身体を万全にして、心配かけないところから始めろ。ずっと……待っててくれたんだろ?」
「……!」
思えばそうだっただろうと気付くギルヴァ。
アリアは心配もしていただろうが、それ以上に信じ続けてくれた。想い続けていてくれた。
それがどれだけ難しいことか、ギルヴァは少しだがわかる。
今のアリアの状態を信じ待つことは、かなり精神的に辛い部分がのしかかっている。
半魔物化してしまった原因である罪悪感。これから先の未来に対する不安。今のアリアに対し何もできない劣等感。
そんな重苦しい気持ちが、純粋に信じて待つことの難しさを強調してくる。
アリアはそんな中でも、メルトア、ギルヴァ、ラルクの三人のことを信じて待ってくれた。
そこに不安が無かったかと言えば、多分そんなことはなかったはずだが、魔石を飲んで望んだ未来を叶えたい。待つことだけではなく、信じた未来を進みたいと願うアリアの覚悟は強かったと思う。
それでも半魔物化の話には、動揺を隠しきれなかったが、アリアはそれを受け止める強さもあった。
ギルヴァは自分もそんな強さを持って、改めてアリアと向き合う覚悟がいるのだと考える。
「そうですね。惚れた女を受け止める器くらい、しっかり持ってないとな」
「そういうこった。うちの奴みたいにヘタレんなよ」
「はは……」
そこには返答に困り、軽く苦笑いをするしかなかったギルヴァだった。
***
別室の病室ではシドニエがおり、そこに訪れていたのは、ハイドラスと側近二人とアルビオが姿を見せていた。
「怪我の方はどうだ? ファルニ」
「お、お陰様で……。どうにか腕もくっついてます。他の方は?」
「まあ、この通りだよ」
ハイドラスはそう言ってハーディスとウィルクを見るよう促した。
二人共、しっかり治癒魔法を施してもらった影響もあり、治癒している。
バザガジールとの激戦を繰り広げたアルビオも、治癒している。
「シドニエさんは出血量が酷かったですからね。二、三日は居られるそうですよ」
「ああ、聞いている」
治癒魔法で回復できるのは、軽い傷や体力など。再生魔法で回復できるのは、切断部の再生や内臓の破損など。
状態異常の回復も治癒魔法に含まれているが、重度のものとなると、魔法では治癒できない場合があるように、血の出血による血液不足などは魔法でどうにかなるものではない。
「それでシドニエさんは、昨日の話し合いには参加できていなかったので、それを伝えに来たんですよね?」
「「「「……」」」」
「?」
ハイドラス達がシドニエの元に訪れた理由を確認するアルビオだが、何故かアルビオ以外、黙り込んでしまった。
「アルビオ」
「はい、殿下」
「シドニエはここまでだ」
「は?」
シドニエは申し訳なさそうに落ち込んでいる。
「どうしてですか?」
アルビオが疑問を投げかけるのは当然だった。
シドニエは、リリアのために戦いたいと言っていた。それはたとえ鬼塚リリアでなくなっても同じことだと考えていたからだ。
ハイドラス達も今朝方、シドニエの両親から聞いただけで、正確な理由を聞いていない。
するとシドニエは、
「……僕、アルビオさんが羨ましいです」
少し寂しそうな声でそう呟き、理由を口にした。
「昨日、お父さんとお母さん、ユファにミルアも来てね。泣いて説得されちゃったんだよ」
「「「「……」」」」
そう聞かされた四人は、その光景を想像することは難しくなかった。
腕を切断され、出血多量で倒れたと聞かされれば、ご両親も幼馴染の二人も血の気が引いた思いだっただろう。
夜遅くにも関わらず、すぐに駆けつけて心配して来てくれたと語った。
その時に泣いて無事を喜んでくれた反面、これ以上こんなことが続くことを望まないとも言われてしまったと語った。
「僕だって本当は力になりたいと思ってます。今のリリアさんは元のリリアさんですが、それでも守りたいと思ってますし、何より……僕を変えてくれたリリアさんの故郷を守りたいとも思っています。ですが……」
悔しそうに拳をギュッと握る。
「僕は……大切な人達にあんな顔やあんなことを言わせるために、勇者に憧れたわけじゃありません」
その言葉は事実なのだろうが、それでも戦いに出たいという思いもあるような、苦い表情を浮かべている。
すると最初の呟きの意味がわかったハイドラス。
「だからアルビオが羨ましいか……」
「はい……」
「どういうことです? アルビオだって心配されていないわけでは……」
「それはそうだろうが、やはり強さの問題だろうな。アルビオは昔こそ、我々と同じくらいの強さだったし、気持ちも弱かったが、今ではどうだ? 我々は自然とアルビオの強さを信じられるようになってきてはいないか?」
その意見には一切の反論はない二人。
最初こそ頼りなく、いつもハイドラスの後ろに隠れていたアルビオだったが、リリアとの接触の後に、リュッカの捜索事件からメキメキと頭角を見せてきた。
いつからかかける言葉が心配よりも、頼りにしている言葉の方が増えたように感じていた。
「で、ですがそれはシドニエさんも同じことでは?」
「そうだな、アルビオ。ファルニも言っているが、オニヅカの影響でファルニも精神型でありながらも、木刀片手に頑張ってきていたからな。実際、アミダエルを倒したことにも貢献しているしな」
「だったら……」
「アルビオさん」
シドニエは同情してくれるアルビオに、ニコッと微笑んだ。
二人は違うようで似ていた。
アルビオは勇者という肩書きに押されて、自信を無くし弱かった。シドニエは自分が望む才能を持たず、それに抗い続け、その果てに疲れ果てるように自信を損失し弱かった。
才能の有無の差はあれど、二人の損失は、周りの影響を強く受けたものであり、性格も似ていたせいか、共感できるものがあった。
『勇者の末裔』、『六属性を宿せし者』、『精霊の使い手』。
『精神型のくせに……』、『勇者みたいに恵まれてないだろ?』、『大人しく精神型としての未来を見ろ』。
周りから投げかけられる期待の言葉、辛辣な言葉で苦しんだ者同士だったから、アルビオもシドニエの成長は嬉しかった。
だから諦めてほしくもなかった。
「僕と貴方は違ってたってだけです。アルビオさんは強くなっていったのは、戦いにおける強さだけでなく、心も強くなりました。けど……僕は心まで強くはなれなかった」
以前に比べれば強くなったと実感はあるシドニエだが、やはり才覚と立場の差を感じられずにはいられなかった。
「そんなことは……」
否定するアルビオに、ふるふると首を横に振ったシドニエは語る。
「アルビオさんがバザガジールさんと戦う姿を見ました。とても勇ましく、頼り甲斐のある背中でした。あの背中を見せられるのも、アルビオさんなりの覚悟があったからだと僕は考えてます。でも、僕の背中で語れることはなんでしょう? そう考えた時、やはり僕の背中は煤けているのではないでしょうか?」
そんなに自分を卑下しないでほしいと思うアルビオだったが、勇者の家系に生まれた自分と普通の家庭で育ったシドニエとの差が生まれることがわからないわけでもなかった。
「だから両親以上に、ユファとミルアには泣きつかれてしまいました」
「!!」
「ユファもミルアも、僕の憧れも、僕が頑張ってきた姿も知ってました。応援してくれてました」
ユニファーニに関しては、多少は現実を突きつけるようなことも言っていたが、それは自分を心配しての一言だとわかっている。
「だからこそショックだったんではないでしょうか? 自分が応援していた幼馴染のその先の結果があれだと……」
四人はユニファーニとミルアがどんな心境だったか、想像すると辛いものが込み上げてくる。
二人の望んだ未来は、シドニエが夢の一端でも叶え、希望に溢れる姿を見たかったはずだ。
そのために、周りから何を言われようとも励まし、協力もした。
二人も一度は戦争に巻き込まれたことを怒鳴り、心配もしたが、無事だったこともあり、見守ることにしたが、改めて右腕を切断、大量出血による気絶などを聞かされれば絶望もしたのではないだろうか。
「二人の泣いている姿を見ているうちに、心がポッキリ折れまして……。少なくとも今はもう、無理です」
シドニエの心境とするところも理解に遠くはなかった。
大切な人を泣かせてまで、戦場に赴くわけにはいかない。
しかも相手は明らかに格上だとわかっている。
そこで万が一などあれば、シドニエの心は耐えられなかった。
「……そう、ですか」
アルビオは自分も弱い人間だったと説得しようと思っていたが、もう別の話だったと、そう答えるしかなかった。
「本当に……すみません。微力でも本当はお力になるべきなんでしょうが……」
「いや、ファルニ。お前の判断は正しい。むしろ止めてくれる人がいてくれることを幸せだと思えたことは大きい」
「!」
「私やアルビオなんかは立場があるからな。周りには止める人は大体いない。進むことしか言ってくれないからな」
王族と勇者。
確かにその立場を持っている二人に、逃げ出すという選択肢は与えられないことだろう。
「止めてくれるということは、それだけ大切にされているということだ。これからどんなかたちでその想いに応えればいいか、じっくり考えるといい。お前を変えてくれたオニヅカのためにもな」
「は、はい」
心が折れたと話していたシドニエだったが、完全に目が死んでいたわけではなかった。
その未来まで閉ざすことを考えていた目ではなかった。
だからハイドラスは鬼塚の名を口にした。
シドニエが望む未来を進めるように。
「わかりました。なら、クルシアのこと、オニヅカさんの故郷のこと、僕らに任せて下さい。シドニエさんの分まで頑張りますから……」
「お願いします、アルビオさん。それに殿下も、ハーディスさんもウィルクさんも」
「ああ」
「はい」
「おう」
そう言ってハイドラス達はシドニエの病室を出た。
「殿下。シドニエさんは大丈夫ですよね?」
「大丈夫だろう。今は傷心してるが、完全に死んでいるわけではない。男の憧れというものは、そうそう捨てられないものだろう? 言っていたではないか。羨ましいと……」
「……?」
どう説得されているのかわからずに首を傾げるアルビオ。
それがわからないのはウィルクも同じようで、
「どういうことです? 殿下」
「ん? 諦めているならば羨ましいなんて、憧れの子孫の前で口にするか? それはファルニの望みだ」
「「!」」
「フッ……」
羨ましいと望み、幼馴染の涙の意図を知りつつも、力になりたいと口にできたシドニエは、ちゃんと未来を見ているのだとハイドラスは推察できた。
傷心していても、自分の努力、幼馴染の応援、そして変えてくれた鬼塚リリアとの日々は、シドニエを確実に強くしていた。
ハイドラスはアルビオとは違う速度ではあるが、必ず堅実に成長してくれるものだと確信を持てた。
「だからそんなに心配してやるな。その方がファルニの絶望を煽るぞ」
「うっ!? は、はい……」
男心としては、ハイドラスのその意見には納得がいった。
だがとあることに納得がいかないとウィルクは、悔しそうに拗ねる。
「にしても幼馴染の女の子二人に泣きつかれるとは、なんて羨ましい……」
「その羨ましいはただの醜い妬みですね。みっともない」
「なっ!? てめぇ!」
それも男心としては理解できないこともないが、ハーディスの指摘は正しいと二人は思わず笑った。
「はは。そうは言うがハーディス。私も少しは羨ましいと思うぞ。なんというか青春してる気がしないか?」
「最近そのあたりが大人しいと思っていたのに、変なアンテナ立てないで下さい」
「そうか? シドニエの奴も隅に置けず、羨ましいと思うのも男心だろう?」
「さすが殿下! 話がわかる!」
デューク達の安否、バザガジールとの決着の不完全燃焼、シドニエの失意。
アルビオも不安に駆られることは多いが、それでも支えてくれる人達が凹まずにいてくれる。
目の前でこうして何気ない会話をしてくれるのは、信頼されている証だろう。
アルビオには応えなければならないことが多いと、改めて感じる良い機会だった。
「殿下!」
「ん? どうした?」
「僕、頑張ります。勇者として、僕個人としても……」
その決意に満ちた表情を見たハイドラスは、きっとこの差をシドニエが痛感したものだと悟った。
決してシドニエ自身の心が弱いわけではない。
ここにきて勇者という肩書きが強く活きているのだと、理解した。
本当にあの頃より成長しているのだと、勇者を管理する王族として、一人の友人として誇らしく感じた。
「そうだな。我々も頑張るとも」
「はい! これからもよろしくお願いします!」
「ああ!」




