13 届く指先
童心に帰るように笑顔が絶え間なかった。
バザガジールは自分の影を相手に一切怯むことなく、攻め続ける。
そして相手をしていくうちにこれを理解した。
この影は自分を模倣していること。自分の移動速度、攻撃速度、反応速度、癖になっている動きまで全て模倣されており、この影分身達は正確に全力で向かってくる。
自分はよく恐れられる存在であることから、これほどまでの真っ直ぐで純粋な敵意は心地良かった。
昔を思い出す。
更に心躍ったのは、その状況を作ったのが、リリア・オルヴェールであったこと。
基本、魔法使いは相手にすらならないほどの強さを誇るバザガジール。
実際、一人で国を攻撃した際も、相手の魔法攻撃など諸共せず、我が身一つで滅ぼした経験もある。
しかし、リリア・オルヴェールはこれほどの距離を離れていながら、これだけの影分身と地を這う影の刃で的確に攻撃を仕掛けてくる。
「これだ……」
望んでいた高鳴りが身体に響く。
自分が追い込まれ、これほどに生にしがみつく瞬間はいつぶりだろうか。
「は、はは……」
敗北、死が目の前にチラつく瞬間の高揚感はいつぶりだろうか。
リリア・オルヴェールの性格を考えれば、死を与えられる可能性は低いとも過るが、この影の容赦ない攻めはそれとは逸脱している。
この魔法がもし、自分の性格まで模倣していたとするならば、自分をどうするだろうか。
考えただけで脳みそが沸騰しそうになる。
自分同士を殺し合うことを喜ぶのではないだろうか。
どこまでが限界なのか、その命の鼓動が尽きぬまで、殺り合いたいと望むだろうか。
「はははは……」
望むだろう。もはや確信すらあった。
当然である。自分が望んだのだ、生と死のせめぎ合い、互いの力の全てをぶつけ合うその過程にこそ重きを置くバザガジール。
自分同士で殺し合える場が用意されれば、戦うだろう。
「――あったぞぉ!! 私の望んだ景色の一つがここに!! アッハハハハハハハハハハッ!!!!」
異世界など、クルシアなど、作戦など、今のバザガジールには関係ない。
望む死闘が目の前にあるなら、純粋にその欲望を叶える。
バザガジールはその瞬間でしか、生きていると実感を沸かすことはできなかった。
そんな楽しそうに影と戦うバザガジールを見て、アルビオ以外の一同はドン引きする中、何が起きているのかを考察。
「これはいったい……?」
「影の魔法から連想されるのは……」
「リリアちゃん……?」
するとアルヴィが報告。
「あれはリリアの魔法みたいだ。クルシアのところでも同じ魔法が発動してる」
「ホント!?」
アルヴィは木の根からの地脈を利用し、情報を掴むと、同じ闇属性で精霊のザドゥも、この術について説明する。
「狂人分身、最上級魔法。魔力消費、増大。維持、魔力必須。上級魔法、改造。詳細不明」
「は、はあ……」
アルビオや精霊以外は何を喋っているのか不明なのだが、
「なるほど、わかった。アルヴィ! リリアさんに魔力供給できる?」
「勿論さ! 任せなよ!」
アルヴィは指を鳴らすと、木の根が軽く光り始める。
「な、何したの?」
「地脈に流れる魔力をリリアさんに集中させました。これでリリアさんは魔力の消費を気にすることなく、魔法の維持ができます」
「そ、そうすればリリアちゃんがバザガジールもクルシアも抑え込めるってことですね? アルビオさん」
「はい」
バザガジールはさすがに自分の分身というだけあって、アルビオ達のように圧倒するということは難しいようだ。
と言っても、バザガジール本人は楽しんでいるし、影分身も次々破壊されているのも目に見えているが、こちらを窺う余裕はないようだ。
「しかし、よくその精霊の喋ってることがわかったわね」
「はは……」
『そこは長年の付き合いだからな』
「我、説明不足?」
「大丈夫だよ、ザドゥ。僕らにはわかってるから――!?」
するとアルビオに治癒魔法がかけられる。
バッと振り返ると、倒れているジードがかけたようだ。
「アルビオ君、わかっているね? これはチャンスだ。今しか彼を仕留めるチャンスはない!」
「ジードさん……」
ジードの鬼気迫る表情の訴えはわかる。
最強の殺人鬼と呼ばれた男を、目に見えて仕留めるチャンスが訪れることはそうそうにない話だ。
だがアルビオはふと過ってしまう。
もっとお互いが望む決着があるのではないだろうかと。
アルビオは、おそらくリリアのこの状況は、彼女自身の責務のように覚醒したもの。
ビギナーズラックのようなものだと考えた。
一般的に魔物などの戦闘を行うのは、十五を過ぎるくらいからであり、リリアがこの世界を去ったのは、その頃と聞く。
そんな落ちてきたものに縋るやり方は良いのかと考えたが、
「君達の戦いぶりを見ればわかる。君達の望む結末はきっとこんなかたちではないだろう」
ジードはそれを見透かしたかのように説得する。
「しかし! 君は勇者だ! 君自身もその自覚はあるだろう。君個人の決着は切り捨てて欲しい。勇者として彼を倒せ!」
「勇者として……」
アルビオは、バザガジールとの決着にどのような結末を望んでいるのだろうかと考えた。
初めはそんなヴィジョンなど想像もつかなかった。
だが戦うにつれて、師弟関係ではないが、強敵としてみる背景が強くなってきたように思った。
勿論、バザガジールがやっていることが正しいとは思わない。
けれど純粋に戦いを望む姿勢、その中で成長できることを教えてくれたバザガジールには、敵という関係とは別のものを感じている。
互いが納得できる、そんな結末がどこかにあるのではないかと、漠然と思っていた自分がいる。
けれど勇者としてと言われてしまうと、それも納得できてしまう。
バザガジールはクルシアのパートナーとも呼べる存在。
そしてそのクルシアは散々、人々を苦しめてきた。貶めてきた。最近戻って来た兄さん達を異世界へ飛ばされた。
「……わかりました! フィン! ルイン!」
『おう!』
『ええ』
アルビオは影に集中しているバザガジールに翔歩で懐へ入る。
「ここで来ますか!?」
「卑怯だと罵りますか? それでも結構です」
バザガジールは影とアルビオを捌いていく。
「いいえ、罵りませんとも。これも戦場ならば当然のこと。むしろこの好機を見過ごす方が愚策です!」
どこまでも戦場気質なバザガジールに感謝しなければならないと、アルビオの攻撃にも鋭さが増していく。
「感謝致します!」
疾風怒濤の剣撃、模倣された自分の技量、的確に死角をついてくる影の刃。
さすがのバザガジールも無傷というわけにはいかなかった。切り傷や擦り傷は増し、着崩した状態で着こなす紳士服も汚れ、破け部分も目立ってきた。
だがここまでの攻めでも致命傷は与えられない。
さすがと思うアルビオだが戦いに対し、真摯に向き合うバザガジールに応えたいと望む。
今こそ更なる限界を超える時――。
「――ヴォルガード! メルリア! 顕現してくれ!」
『『!?』』
まだ顕現していない二人の精霊は頷き、その指示は同時にザドゥとアルヴィは退くものだと考えた精霊達。
フィンとルインは、高速戦闘の付与の要だから手放すことはないと踏んでの考えだったが、
「全員、僕に力を!」
『アルビオ!? 本気か?』
『今ですら限界でしょう?』
心配する二人の精霊だが、アルビオはバザガジールとの戦いの決め手が欲しい。
「今超えないで、いつ超えるんだ!? 僕は彼と決着をつけたい! 魔力の補填ならアルヴィが地脈の流れを変えて補助も効く! 今しかないんだ!!」
元々アルヴィの木の根には役割があった。
一つは城下町に被害を出さないこと。
バザガジールとの戦闘で半壊したラバや北大陸での遺跡の倒壊と、経験がある。
無傷とまではいかなくとも、最小に抑えることが狙い。
二つ目は地脈の治療。
途中で駆けつけた影響から、クルシアの地脈を利用した異世界の扉を開ける儀式魔法についてはほとんど情報にはなかった。
しかし地脈に異常があることは、アルヴィにはお見通しであった。
その地脈に干渉を行うことで、王都の地下を巡る地脈の魔力を正常化したのだ。
三つ目は魔力の増強。
クルシア、バザガジールなど道化の王冠を相手にするには、莫大な魔力は必須。
ましてや精霊達の力をフル活用するつもりならば尚のこと。
地脈に多少の干渉を行い、魔力を補填できるよう、取り計らったのだ。
だから、今なら多少の無理は効く状況。
個人的にはバザガジールとの決着は、もっと正々堂々としたかたちが理想であったが、アルビオは勇者であることを優先する。
「今ここで彼らを止めて、全てを終わらせます! だからっ!!」
その強い意志に、心動かされないはずもなく、
『わかった! 我も顕現しよう!』
『協力は惜しみません。共に!』
「ありがとう! じゃあ二人とザドゥ。武器となって僕と一緒に!! アルヴィは僕とリリアさんに魔力の供給を! できるだけでいい!」
「わかったさ!」
この国に影響が出るほどの魔力を吸うつもりはないアルビオは、上限を設けた。
そしてヴォルガードは赤き焔の剣に、メルリアは美しく透き通った錫杖に、ザドゥは真っ黒に塗り潰された大鎌へと姿を変え、ヴォルガードとメルリアはそのままアルビオの周りを浮遊し、ザドゥは影の中に沈んだ。
「ハハッ! ここで限界を超えますか!?」
「ええ。今これが僕にできる精霊達との絆の戦い方です! 決着をつけましょう!」
アルビオは基本は速さについていけるように、フィンとルインをメインの武器とし、状況に応じて精霊の武器を入れ替えて戦う。
「ザドゥ!」
『承知』
影から抜き出した大鎌は、出てきたと同時にリーチを活かしての不意打ちの横払い。
バックステップで回避されるが、
「!?」
襲いかかってきた影達の形状が変わった。
その影からはシャドー・ストーカーのように影が伸びてきて、槍のように上からドスンと降り注ぐと、バザガジールの動きを一瞬だが封じた。
すかさずフィンとルインに持ち替え、
「――いくよ!」
『ああ! いくぜ!』
風ではなく雷を纏うと、一瞬でバザガジールに斬りかかる。
「――ぐうっ!?」
疾る稲妻の如く、影の槍柱は瞬時に消え去り、その閃光はさすがのバザガジールも反応に遅れた。
槍を相殺しようとした瞬間に、目の前から影と同時にアルビオも消えていたのだ。
紳士服は裂かれ、斜めに切り傷を刻まれる。致命傷ではない。
するとバザガジールは嬉しそうに笑う。
「今のは良かったですよ! ですが――」
ヒュッと姿を消す。
「突きでの攻撃であれば、トドメもさせたでしょうに!」
「――ぐはあっ!?」
詰めが甘いとご指摘の拳が、身体にズシンと与えられる。
「アルビオさん!!」
ギュンと吹き飛ばされる体勢と勢いを殺すように、何とか戻すが、その瞬時に回り込まれる。
「それは読んでます!」
勢いを殺すために地面に手をつけていたアルビオはそのまま影の中へと逃げ込み、バザガジールの拳は空振る。
するとその影から無数の影バザガジールと、影の刃がバザガジールを襲う。
少し距離を置いたところの影から現れたアルビオは、メルリアに持ち替える。
「――メルリア!」
『はい!』
「――水の精霊よ、我が呼びかけに応えよ。草木も生命も全てを無慈悲に奪う、白き美しき世界よ。災厄は災厄をもって打ち消すべし。死の世界よ、我が前に具現せよ! ――アイス・エイジ!!」
リュッカ達が巻き添えを食らわないように、バザガジールに向かって、一瞬で氷結する。
その凄まじさに思わず、
「ひ、ひえー……」
おっかないとバークを含めた一同は唖然。
影ごと飲み込んだ白銀の世界ではあるが、これで終わるとは思えなかったアルビオ。
「――ヴォルガード!」
『うむ!』
パシッとルインと持ち替えると、勢いよく跳び上がり、空を蹴り、バザガジールが凍りついている場所に炎の剣を叩きつける。
「――おおおおっ!!!!」
「容赦ねえな、勇者のガキ」
「馬鹿言ってるんじゃない、グラビイス。あの男相手に余裕なんてあるものか」
誰が見ても氷の中に閉じ込められれば、脱出は不可能と捉えられる。
実際、この魔法は一時的とはいえ、巨人の姿であった暴走妖精王すら封じ込めた最上級水属性、氷系統の魔法。
アイス・エイジは本来、大型の魔物や数多の群勢を相手に使うような魔法。
たった一人の人間相手に使う魔法ではない。
しかし、アルビオのそのやり過ぎとも思える手段は当たりだったと、その氷に亀裂が入る。
するとその亀裂からバザガジールが復活。
そして、自分に襲いかかってくるアルビオを迎え撃つ。
「「――んっ!!」」
拳と炎の剣が押し合うかたちとなった。
「――ハハハハハハハハハハハハッ!!!! アルビオぉ!! 今のも素晴らしいかった。彼女の影の魔法すら利用、囮とし、本命を叩き込む! 実に素晴らしい!!」
「褒めてもらえて嬉しいですが、やはり異常ですね、貴方!!」
普通の相手ならばアイス・エイジで終焉を迎えるところだろうが、この男にそんな一般常識は当てはまらない。
「そうですとも!」
互いに攻撃を弾くと距離が取られ、影バザガジールが再び湧いて出る。
「この時間を素晴らしいと考える私は異常でしょうね。終わらせたくありません。ずっと、ずっとこうして戦っていたいものです!!」
その望みを叶えるように影バザガジールは襲う。
その純粋に戦う姿は、本当にクルシアのそれとは違った。二人とも戦いの場に置いてよく笑っていた。
だがクルシアの笑みはとても悪意に染まり、人を貶めようとする笑み。その人達を侮辱し笑う、戦いに関しての笑みではなかった。
だがバザガジールのそれは、尊敬の念すら湧くほどの清々しい笑みだった。
頬や服などに血が染まり、不敵に笑う姿は悍しいと考える人もいるだろう。
しかし今まで戦場でぶつかり続けたアルビオには、その純粋に戦いを楽しむ笑みは羨ましいとも感じられた。
だが、
「フィン、ルイン」
それでも世界を脅かす敵には違いないと、割り切らねばならないと、再び雷を纏う。
雷と光の速さで今度こそ仕留めてみせると、影バザガジールに妨げられているバザガジールに狙いを定める。
そして――、
「「「「「!!」」」」」
リュッカ達の目の前でバザガジールは一閃された。
しかしそれは奇妙な光景でもあった。
アルビオは「馬鹿な……」とでも言いたげな視線を、胴体が離れていくバザガジールを見た。
確かに並の術者であるなら、この閃光の一閃での攻撃で胴体真っ二つもあり得る。
しかし相手はあのバザガジールである。
濃厚なまでの魔力はその一閃を抵抗できるほどの強度があるはず。
アルビオは振り返り、もう一度確認すると、
「なっ!?」
ブレていることに気付いた。
「――盛り上がってるとこ悪いんだけど、今日はここまで」
そのブレたバザガジールの隣に降り立ったのは、背中にドラゴンの羽を生やしたクルシアだった。
「「「「「クルシアっ!?」」」」」
先程のバザガジールはクルシアの幻覚魔法が見せた幻だと気付くと、
「ルイン!」
「ええ。――ディスペル・サークル!!」
状態異常系の魔法は消え去り、幻覚のブレも消えた。
その本体達に上から追いかけてきたであろう、影クルシアが無数に突っ込んでくる。
「――ああっ!! もう! しつこい!!」
風花を振り、無詠唱で風魔法を発動すると、影達は一斉に消えた。
「何のつもりだ? クルシア」
するとかなり不機嫌そうな声色で尋ねるバザガジールがいた。
そのクルシアも流石に悪いことをしたと、困ったように笑う。
「ハハ、そんなわかりやすく機嫌を損ねないでほしい、なっ!」
リリアの影分身に上限がないとわかっているようで、二人は戦いながら会話する。
「貴方ならわかっているでしょう? この瞬間こそ、私が望んだことだと!」
「わかってるよ、ホントに悪かったって。でも、このままじゃ――」
「やられると?」
バザガジールが怒っているところは初めて見たアルビオ達。
殺人鬼として、あまりに強く優秀だっただけに、基本、余裕のある姿しか見たことがなかった。
その圧倒的な殺意に、さすがに身がすくんだ。
「君はやられないだろうけど、ボクがね」
「……珍しい。弱気だな」
「弱気にもなるさ。計画は上手くいかないし、戦闘初心者のリリアちゃんにはしてやられるわでさ」
「なに?」
初心者という言葉にパチクリ。
「おや? バザガジールともあろう人が、分析遅れかい? 戻ってきたリリアはこちらでの戦闘経験がほぼ無い。つまりボクらを追い込んでるこれは、天才が成せる技ってところだね」
「ほう……」
バザガジールの瞳がわかりやすく生き生きしていく。
「しかもこの魔法の術式は、ボクの目の前で急ピッチで改変したものだし、ボクらの強さを理解した上での影分身魔法だ、頭のキレは勿論、魔法使いとしての技量も尋常じゃない」
「フッ、フフフ……」
「黒炎の魔術師と言われた異世界人リリアも相当厄介だったけど、こちらのリリアは異世界の扉を開ける魔法を事故とはいえ、開発した人物。並々ならぬ実力を秘めてたって……」
「――アッハハハハハハハハハハッ!!!!」
こんなにも感情がコロコロと変わるバザガジールを見たことがなく、付き合いの長いクルシアもポカンとしている。
「バザガジール?」
「素晴らしい!! 素晴らしいぞ!! リリア・オルヴェール!! 私は貴様と――」
「待って」
今にも飛び出しそうなバザガジールを引っ張って止めたクルシアは、再び説得する。
「あのね? 今の流れは完全に向こうだって言ってるの! 初心者リリアちゃんに押されてるのがその証拠だってわかるだろ? 勇者君の成長ぶりに興奮して、冷静な判断もできなくなったのかい?」
「止めてくれるな、クルシア。私は――」
「それにこの強さは彼女が異世界に行ったことも起因している」
「!」
「向こうでどんな経験をしたかは不明だけど、少なくとも異世界に行って彼女自身が何かを得たことには間違いない。それが精神的なものなのか、それとも異世界の技術なのか……」
目的を口にされて、バザガジールは冷静になった。
今のこの状況が異世界で得られたものであれば、クルシアが止めに入ることにも納得がいくからである。
異世界から来た者が強いという証明を、ケースケ・タナカのみならずリリア・オルヴェールも証明したからだ。
「君は今、一時の感情に任せ、この先に待っているだろうケースケ・タナカと同格、いや、それ以上の実力者と合間観れる可能性をここで捨てるかい?」
そう説得されてしまうと、目の前の光景に色彩が無くなっていくように感じたバザガジール。
「詭弁だな。まったく嫌な水の差し方をする」
「フフ。どちらにしても、もう高鳴っていた感情は冷めていってたろ?」
幻覚魔法で止めた時点でとニコリと笑うクルシアに、
「……わかった。撤退だな」
「フフ、ありがと」
話がついたタイミングで、二人に炎が降り注ぐ。
「――クルシアぁああああっ!!」
「ア、アイシア!?」
追いかけてきたアイシアが炎の魔法で追撃するも、影分身や刃よりは厄介ではないようで、簡単に払い除けられる。
するとクルシアはペコリと一同にお辞儀した。
「今宵はここまで。ボクらの都合で悪いけど、お開きとさせてもらうよ」
「ま、待て!!」
逃げようとする二人にアルビオ、アイシア、影分身と刃が襲うも、
「――フン」
バザガジールが拳から打ち出す風圧で一蹴する。
「ぐううっ!! くそっ!」
「きゃああっ!?」
「……クルシア。異世界に行けるようにするんだろうな?」
「勿論! あんな光景見せられちゃあ、やるしかないね」
「もし行けなければ、原型が無くなるくらい殴ってやる」
「わーお。ボク頑張ろ」
クルシアは転移石を取り出す。
「待て!! 逃すわけには……」
ここまで追い詰められたのは初めてのこと。ここで取り逃がすことはあってはいけない。
ジード達も何とか立ち上がり、向かおうとするが、身体が動かない。
風圧で飛ばされたアイシアは空中ということもあり、バランスを崩している。
アルビオは今、一番止められるのは自分だけだと、足を力強く踏み込む。
だが、
「――バイバイ。勇者君」
転移石が割れ、消えたところに精霊の剣が空振った。
「……っ!!」
これほどの絶望があっただろうか。
目の前に届くはずのものがあった。望んでいたクルシアとの決着の景色が手の届く範囲にあった。
それを空振った瞬間――恐ろしいほどの絶望感に苛まれた。
リリアが作ってくれたチャンス、皆が繋いでくれたチャンス。継ぐと言葉にした勇者という肩書きの証明。
それが目の前から消えた瞬間は、言葉にならない絶望感があった。
「あ……そんなぁ……!!」
膝から崩れ落ちる姿を見たアイシアも、その気持ちが痛いほどわかった。
「あ、ああ……っ!!」
だけども、
「アルビオ君!」
風龍と降り立ったアイシアは、優しく肩を叩いた。
「大丈夫。みんな、大丈夫だから……」
今は見て欲しい景色があると、アイシアはリュッカ達のところへ視線を向けた。
「……!」
そこには優しく微笑む戦友達の姿があった。
悔しさはあるだろう。だけども無事でいられたことを喜ぼうと、奮起した自分達を称えようと訴えているようだった。
「み、皆さん……」
そのまま泣き崩れた勇者。
その戦友達もその想いを胸に、事の解決に邁進しようと誓うのだった。
***
「――ぷはぁ!」
「おっ、戻ってきたな」
クルシア達をアジトで出迎えたザーディアスとドクターだが、
「それで? リリア・オルヴェールはどこだ?」
ドクターは落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見渡す。
「コイツ、落ち着かないみたいでな……どうした?」
「んー? してやられたよ。リリアちゃんはいない」
「!」
「なんだと……? どういうことだ!? 貴様とバザガジールがついていながら……」
ドクターの言っていることは尤もだと思うザーディアスは、帰って来たもう一人を見る。
その瞳は期待感に溢れた笑みを浮かべており、非常に不気味だった。
クルシアとドクターが揉め合う横でザーディアスは、
(これはもしかすると、もしかするのか?)
切り開かれた可能性に微笑むのだった。




