12 生きる難しさ
――エルヴィントの森の前で、ヴァルハイツの騎士達が隊列を組んでいる。
その数は一万弱ほどだろうか、エルフを殲滅する戦争とは思えないほど少ないと感じるが、妖精王に戦力を裂かれているかと思えば、用意した方だろう。
実際、指揮を執るはずのディーガルや軍略に特化したマルチエスが全員妖精王に行ってしまっている。
ディーガル自身がやられたということもあり、戦力の多くが妖精王側である。
「まったく、やっと口実ができたかと思ったら、戦力はこれっぽっちとは舐めている」
どしっとした腰の乗った声で腕を組んで文句を言う筋肉ゴリゴリの男。
「ハボルド様、それも仕方ありません。妖精王というエルフ達の兵器を考えれば、エルフの殲滅は容易いかと……」
「だろうな。あのディーガルを簡単に殺せるなど……」
ハボルドはディーガルとよく手合いをしており、若い頃からの好敵手であった。
出世し、家族を失ってからは、辺境に追いやられたりもしたが、良き好敵手であると考えている。
だからこそやられたと連絡が入った時は驚いたが、そのすぐ後に瀕死から回復し、あのような演説をした執念に感服している自分がいる。
「ならば我々は我が国の平和のため、国民達を脅かす愚か者共に鉄槌を下さねばならないな」
「は!」
そんな真っ直ぐに国を思うハボルドと騎士達の前に、その場に居合わせることに違和感しかないゴスロリ服の少女が割り込む。
「暑苦しいこと。平和だ、大義だなどとご苦労なことですわね」
「えー、いいんじゃなぁい? そういう男の子の暑苦しい感じ、嫌いじゃないよぉ? 十歳児くらいなら尚よし!」
「可愛いげがあるよな、そのくらいのガキはよ」
「――黙らっしゃい! このショタコン共!!」
周りの騎士達はその緊張のない三人の女の子に思うことは様々なようだが、ハボルドは歳が離れているせいもあってじゃれついているように見えているよう。
「少女達よ。貴殿らの力を借りずともこの戦争、勝ってみせるさ」
「あら? そうもいかないわ。この戦争はエルフ達の絶滅を目的とするわけだけど、ゆくゆくは亜人種の絶滅も考えているのでしょう?」
ハボルドもそれは聞かされてはいる。
ディーガルが変わり果ててから、亜人の絶滅が目的であること。
正直反対したいところではあるが、その辛さを共感できてしまう立場にあることから、流されるように今の立場と状況を受け入れている。
自分も同じように家族を奪われたらと考えると、胸が張り裂けそうになる。
「だったら残酷で非情な演出が必要でしょう? そのためのわたくし達なのだから……。汚れ役を買って出て差し上げるのだから、感謝して下さいまし」
陣頭指揮を執るのはハボルドだが、作戦の概要に関してはジルバの案でやれと指示が入っていた。
「作戦開始は月が天に昇った頃……始めましょうか?」
「……ええ」
これは戦争。甘いことなど言ってられず、エルフ達もあんな非常識な手を打ってきた手前、ジルバ達の作戦には抵抗はあまりない。
だが生物兵器を含めたあまりにも逸脱したような存在に手を染めていく好敵手を止められない歯痒さがあった。
「これは罰だな……」
「何かおっしゃいまして?」
「いや……」
この時は国の危機と呑み込み、せいぜい小間使いされてやろうと考えるハボルドであった。
***
その騎士達の軍勢をシェイゾの水晶で映し出すと、一同は唸る。
「うーん。まあ少数であるこちらを落とすには十分な戦力かしら?」
「まあそうかもね」
ヴァルハイツ側からすれば、生物兵器による攻撃などでちまちまとエルフ側を事前に追い詰めていた。
正確な人数がわからずとも、騎士の戦力はあれで十分だろう。
それより気にかかったのは、騎士達とは違った装いの女三人組。
「この女達は誰?」
「私、知ってる」
「ホント!? フェルサ?」
「アルビオと一戦交えてた奴がいる。こいつ」
フェルサが水晶の中の褐色女バーバルに指を差す。
「強かったの?」
「うん。戦い慣れしてる。しかも精神型のくせに接近戦でくる。あとコイツの仲間にジルバっていう獣人を洗脳してた奴がいる」
「獣人を洗脳……」
するとジードはジッと彼女達を見ていると、見覚えがあると閃く。
「彼女達、攫い屋だ。確か魔物を中心に売買してたと情報があったはずだが……」
攫い屋と冒険者は勝手が違うと、頭を捻って考えるが、情報が出てこない。
サニラは接触経験のあるフェルサにもう少し情報がないか尋ねる。
「他に情報はないの?」
「助けた獣人に聞いた。鞭を持っている真っ黒な女がひと叩きしただけで、獣人達が変貌したって……」
「ということは、あのチビか」
三人組の真ん中にいる偉そうな奴がそうだろうと確認した。
その気怠そうな娘の情報はあるかと問うが、それは知らないと否定。
これらの情報を踏まえて状況の確認と、向こう側の作戦について推察する。
「向こうの戦力はジャッジメントのハボルドを含めた騎士一万弱と攫い屋の三人組。おそらく獣人を洗脳してるところから、獣人も潜んでいると考えた方がいいわね」
「獣人も!?」
「当たり前でしょ? 獣人をあっさりと洗脳できる彼女ならそれを使わない手はないわ」
「そうだね。ヴァルハイツからすれば敵はエルフだけじゃない。獣人もそうだ。エルフ達と殺し合いをやらせれば都合もいい」
ヴァルハイツ側からすれば、エルフの味方はもういないのだと決定づけさせる証明にもできる。
まあこちらはそれを回避するために、既に獣人側との交渉を終えているわけだが……。
それでもできれば獣人達とはやり合いたくはない。
「洗脳されている獣人は極力殺さずにしたいところだけど、先行したあのエルフ達がそれを理解できているかは厳しいわね」
少し小馬鹿にして呆れるサニラの発言。
「それは問題ない。洗脳されている獣人は理性がない様相をしていた。あれを見れば洗脳されているとわかる」
「とはいえこの真っ黒女がいる限りは洗脳され続けるんだろ? しかも精神系の魔法ってなると闇属性だろ」
「厄介だが獣人をあっさり洗脳できる分、他の能力は欠落している可能性は高い。そのための護衛かもしれない」
バーバルの方は接近戦と聞く限りはそうではないかと推測できる。
しかも精神系魔法は非常に高度な魔法であり、習得難易度も高い。
いくら才能ある闇属性持ちでも、他の魔法を勉強する余力はなかったと考える。
それに噂になるほどの攫い屋だ。精神系魔法に頼り切っていることも浮き彫りになっている証明だ。
「あれはクルシアが用意した刺客だと思う?」
「可能性は高いと思う……」
ジード達はディーヴァ達からアルビットのことを聞いている。
アルビットはさすがに有名で、血を操るという珍しい系統から知っていた。
アルビットは裏業界にも通ずる賞金稼ぎ、攫い屋と繋がりがあってもおかしくなく、クルシアが側にいたことから、関係性はあると考える。
「だったらアイツらの相手は私達ね。フェルサは洗脳されてもあれだし、ヴァルハイツ共の相手かな?」
「……」
サニラの言うことは正しい判断だと思うが、腑に落ちないと少し不機嫌になる。
「あとは生物兵器か」
「そうだね。この水晶を見たところ、その影はないけど……」
「おそらくだが召喚士がいるはずだ。でなければエルヴィントの森の中にある別里を襲えるはずがない」
悔しそうにそう話すディーヴァには、救えなかった里の状況から推察する。
「でもエルヴィントの森はエルフの案内がないと……」
その方法を含めて生物兵器の使い方をディーヴァが推察する。
エルヴィントの森の攻略については簡単だ。
奴隷にしたエルフに案内をさせればいい。生物兵器の出現が召喚士である理由は、襲われた里にあった足跡が森の中にはないことである。
巨大な獣の足跡から、痕跡を消して森の中を彷徨えば、普段から見回りをしていたディーヴァ達が気付かないわけがない。
「……なるほど。そうでなくても魔物なら迷いの森である、あの森に放っても戦力にはなるしね」
「その生物兵器の魔物もどれだけ用意されていることか……」
「でもさ、少ないんじゃないか?」
「馬鹿バーク。テキトー言ってんじゃないわよ」
呆れて返すサニラに、ちゃんと考えてるはと反論。
「恐怖心を抱かない生物兵器をさ、妖精王にぶつけるって考えないか?」
「! た、確かに……」
「バークのくせに……」
「何だよ! 納得いかないってか!?」
「あんたの意見には納得よ。あんたが言ったってところには納得しないけど……」
「んだとっ!!」
幼馴染み同士の喧嘩をする中、ジードはスルーして話を続ける。
「とはいえ楽観視はできないね。警戒はしつつ、戦力を削ぎ落としていこう」
「あの、お宅の仲間ですよね?」
「ああ、お気になさらず。いつもの痴話喧嘩なので……」
「「痴話喧嘩じゃありません!!」」
二人の仲間は本当に気にせず話を進める。
「それでジード。どう攻める?」
「そうだね……」
揉めててもしょうがないとサニラ達も話に戻ると、ディーヴァ達も積極的に意見する。
「やはり地の利を活かすべきだ。エルヴィントの森はエルフである私達にこそ有利な地。奇襲という姑息な手にはなるが、それが一番では?」
「それはやめた方がいい。先陣を切ってる彼らがそれを行なってるし、そもそもエルヴィントの森の特性を活かせているなら、エルフ達が被害にあっていることはないはずだ。向こうは対策済みと考えるべきだ」
ジードの意見にはエルフ以外は納得の様子。
「ではどうすりゃあいいんだ。こっちは少人数なんだぞ!?」
「奇襲方法を変えればいいわ」
「何?」
「私言ったでしょ? 先陣を切ったエルフ達には囮りになってもらうって。向こうの戦力はそのエルフ達に炙り出してもらって、やれそうなら奇襲をかけるかたちを取ればいいわ」
バークはまた可愛げのないと言いたげな表情をしている。
「何よ。言いたいことがあるなら聞くわよ」
「怒るからいい」
「まあまあ。でも私もサニラの意見には賛成だ。彼らが囮りになってくれれば、敵側にも隙ができる。その際に救出すれば信頼も得られるだろう」
「おおっ! なるほど!」
ジードが肯定すると素直に納得するバークに、足踏み。
「――っ!?」
「フン!」
いつもより強めの踏み付けに床に転がり悶絶している。
「でも以前として戦力不足は否めない。それを補助するためには、もうひと工夫ほしいな」
するとエフィが閃く。
「それならシェイゾはどう? 彼、感覚を狂わす水魔法が使えるよ」
「わ、私!?」
「どうですか?」
「ま、まあできるが……」
「出来れば十分よ。ジードさん」
こくっと頷くと、作戦内容をまとめる。
「基本的にはエルヴィントの森での戦闘となる。私達はこの七人のパーティで行く。索敵、探査役は私とサニラ、フェルサがやります。他の前衛のバークとお二人には私達を守りつつ、辺りの警戒を。そしてシェイゾさん……」
「あ、ああ……」
「貴方はその魔法で敵からの索敵妨害などをお願いしたい」
「わ、わかった。やれるだけやるよ」
「目的としては二つ。今、避難を行なっている彼らが避難完了するまでの注意を引くこと。クルシアの息のかかった連中をできれば生捕りにすることだが、ジルバという女に関しては殺傷も考えよう」
洗脳された獣人を武器にされるし、フェルサも洗脳されかねない。
最重要危険人物としての措置である。
「だが大前提として生き残ることを優先しよう。死地に向かうわけだが、死にに行くわけではない。守れる命は守ろう」
それは先行したエルフ達のことも差す言い方だった。
それに対し、ディーヴァ達は少し嬉しそうに微笑んで返事をした。
「「「はい!」」」
――動きがあり次第、作戦開始となるため、その間に各々ヴィルヘイムの里で英気を養う。
「すみませんね。シェイゾさんは要だというのに……」
「構わない。むしろ私達が助けられているのだ。その……感謝している」
ジードから差し出された飲み物を少し恥ずかしそうに受け取った。
水晶からヴァルハイツとアーキの戦闘部隊を監視している。
ヴァルハイツは何やら魔法使いの部隊が現れ、作戦の確認を行なっているのが視えている。
アーキ達も遠視を行い、出方を窺っている様子が映し出されている。
「私も同じ水属性持ちですが、治癒魔法か水魔法がメインでして……」
「いや、私はもっと戦力不足だ。こういう補助系がメインでな。あとはスライムを使役しているくらいだ」
「スライムですか……」
スライムはこの世界ではかなり強い魔物。戦力としても期待したいところだが、シェイゾのこの物言いから難しいようだと判断する。
強い魔物の使役は魔力の消費が激しい。
リリアのインフェルやアイシアのドラゴン達のようにある程度、召喚魔側から緩和されることがあるなら問題もないが、スライムはそうはいかないだろう。
「なあ……お前達もあのクルシアって奴の言う通り、笑い者に見えたか?」
「! そんなことはありませんよ」
ジードは同情から出る言い方ではなかったが、シェイゾはそう受け止められなかった。
「私達は職業柄上、色んな冒険者と接触します。その中にはエルフの方々もいましたよ」
「エルフが……」
エルフの中でも外に出たいと考える変わり者はいるし、奴隷にされたエルフ達も外に出ていたと言えるだろう。
だが自分とは違う外での生き方をしているエルフの話を聞けることは中々貴重である。
「その方々は残念だと話されていましたよ」
「残念……?」
「あんな森の中に引きこもっていて、残念だってね」
それはシェイゾも少し思っていた。
アイシアの家族と触れて、建国祭を覗いて、人間の認識が変わってきたことからそう考えられる。
そしてその認識は世界の見え方も変わってきていた。
世界人口のほとんどが人間であるが故だろう。
「……それは私も思う。だがそれでも……」
「こんなことをされては、ですか?」
貰った飲み物を一口飲んで、こくっと頷く。
「これからのことを考えると憂鬱でな。他の連中がどう思うか……」
「あっ、他の方のことですか」
シェイゾは不思議そうに首を傾げると、ジードの発言の意味を理解する。
「べ、別にわ、私だってまだ人間のことを完全に信用してるわけではないんだ」
照れ臭そうに話す辺りは言葉だけだと気付く。
ツンデレはパーティー内で慣れているため、本心からの言葉ではないことは明白であった。
「だがそれでも私はまだ人間を信じられる部分はある。だが森に向かった者達がこれを乗り越えた先に手を取り合えるかと考えると……」
「そうですね、難しいと思います。ですがそれはどんな関係でも同じことでは? エルフ同士だって言い争いをしないわけでも、意見が必ず一致するわけでもないでしょう?」
「まあな……」
実際、対立してしまっている事実がある以上はその通りだと、呆れて笑いが零れる。
「冒険者の私達から言わせてもらうと、対立なんて日常茶飯事です。毎日、色んなところから喧嘩する声が聞こえてきますよ」
「あの二人みたいにか?」
あれはまた別の話だと苦笑いを浮かべると話を戻す。
「その互いの意見の間に種族なんてものは関係ないんです。互いを対等だと思っているから、意見をぶつけ合えるんです」
子供みたいな口喧嘩に変わってくるとそんな悪口も出てくるがと、仲裁に入った時のことを補足に入れた。
「でもそういう信頼を築くことって本当に難しくて、たとえ作れたとしてもふとしたきっかけで壊れたりもする。脆いものなんですよね。貴方ならわかるんじゃないですか?」
シェイゾがその人間に気を許すようになったきっかけは、アイシアの家族。
表も裏もないどこか危なっかしくも、一緒にいることに居心地の良さしか感じなかった。
この誰でも受け入れてくれそうな家族に、ムキになっている自分の心が小さいのだと恥ずかしくなった。
それでも素直にはなれなかったが、心の中でここにいたいと望む気持ちが芽生えたのも事実だった。
「そうだな。私にはわかるよ。だがわからない奴らもいる」
「そうですね。クルシアのように簡単に人の想いを――」
「違う違う。そっちじゃない。アイシアという娘もそうだが、あの家族からは本当に色んな景色を見せてもらった。何気ない家族の風景ではあったが、そこに私達も簡単に入れてくれるアイツらにはほとほと呆れる。少しは用心しろと言ってやりたい。というか言ったな」
あの家族はきっとわからない。信頼を築く難しさもそれが脆いことも。
わかっていたとしても、きっと気にしないのだろう。
「図々しくも素直な性格には、きっとわからないことさ」
「フフ、そうですね。いつだって周りを明るく照らしてくれるのは、明るく素直な方ですからね」
「……他の同胞達にもわかってくれればいいが……」
「この戦争がそのきっかけになりますよ」
それはクルシアやサニラが指摘したことだと認識する。
エルフが人間を見下し、対等ではない扱いをしてしまったこと。
「人間を恨むにせよ、何にせよ、考えるきっかけが大事なんです。その人達のことを考えれば、長所も短所も出てくるものです。そうすればきっと次は手を取るきっかけに変わってくれます」
「積み重ね、か」
あの家族との日常を重ねたからこそ、人間を知るきっかけとなった。向き合うという勇気をもらった。信じるという気持ちも芽生えた。
「必要なのは時間と心、か」
「ええ。せっかく長い寿命をもらっているんです。もっとどっしりと構えてもいいんじゃないですか?」
「だな。長い寿命だからこそ、もっと腰を据えるべきなんだろうな」
どこか意固地なところがあるのは、エルフとしての誇りがあるからである。
それが今回のような結果を生んだなら、柔軟な対応をしてきた人間を見習うべきだろう。
それがあのエルフ達にできるか、通用するかは別として気付いて欲しいものだ――。
――ディーヴァとエフィは離れた後のアルビオについてサニラ達から聞いた。
瀕死の状態であると聞いて、落ち込んだ表情を見せる。
「そうか。そんな状態なのか……」
「私達がもっと……しっかりしてれば……」
「でもそんな彼はディーガルによって人間の勇者として祭り上げられたけどね」
それはクルシアも言っていたことだと二人は気付く。
「ねえ、あの子供はなんなの!? あのクルシアって奴は……」
まるで全てがアイツの望んだ通りに動いているようで、エフィは寒気を感じると尋ねる。
「俺達が最後にあったのは、魔人マンドラゴラの時か」
「そうね。あの時は変わったガキだと思ってたけど、あれも裏で引いてたんでしょ?」
その真実を知り、接触歴の多いフェルサはこくりと頷く。
「私達二人はフェルサから話伝いにしか聞いてないからなんとも言えないけど、聞いた話だけども本当に厄介な奴ね」
「……クルシアはとにかく頭がキレる。昔からだってリリア達が言ってた」
「西大陸で聞いたやつ?」
難しい話は苦手だから上手く覚えていないけどと補足をつけ頷いた。
「でも昔の話を聞く限りは関わるのを控えた方がいい奴だよ。幼い頃に故郷で大量斬殺事件を起こしてる」
「マ、マジかよ……」
「マジよ。『血の噴水事件』だったかしら?」
何で知ってるのと目を丸くしてサニラを見るバークに、冒険者なんだから情報のアンテナくらい張っとけと呆れる。
まあ禁句な話だったので、中々取得が難しかったと話す。
だがその物騒な名前だけで青ざめるディーヴァ達。
「そ、そんな奴を相手にするのですか?」
「ま、そうなるわね」
「こ、怖くないの?」
エルフは命の取り合いということはしない。
同種族同士の仲違いがあっても、殺し合うようなことはまず無い。
だからそんな同種がいることに恐る恐る尋ねるが、サニラはさらっと、
「怖いわよ。そりゃね」
恐怖心が一切見えない苦笑いを浮かべられた。バーク達もその意見には同意見だと、同じようにしょうがないと笑う。
「こ、怖がってるようには見えないが……」
「怖がってたら解決するの?」
「!」
「怖いのと怖がることは違うわ。怖がってすくんでても解決には繋がらない。怖いならそれを払い除けるための努力をしないとダメね」
「まあ俺達だって最初からこんなんじゃねえよ。思い出すな、初めての死合……」
「バザガジール?」
「違えよっていうか、お前と一緒だった時にも何人かやったろ?」
「あっ……」
フェルサはジード達と数多くの任務をこなしてきた中で、いくつかそんな仕事があったことを思い出す。
「まだフェルサが俺達と一緒にいなかった時だよ」
「あー……入りたてだったあの時の……」
「盗賊団を捕らえろって仕事の時にさ、やっちまったアレだよ」
バークとサニラは思い出話に花を咲かせるが、決して綺麗な思い出話ではなかった。
他のギルドと合同での仕事で、新人だったバーク達を逃走の抜け目と判断されて、襲いかかって来られたという。
「あの時お前、杖にもたれかかって足が小鹿みたいに震えてたもんな」
「なっ!? あ、あんただって死んだ魚みたいな目ぇしてたじゃない!」
「……殺ったのか?」
「まあな」
「うん」
いつも通りのやり取りを見せる二人の心境がわからないと心が乱れる。
ディーヴァもエルヴィントの森の警備柄上、魔物の撃退ならあるが話は違うだろう。
だが人を殺してそれを思い出話に語れる心境に理解が追いつかない。
「でもあの時の経験は今に生きてる。だろ?」
「まあそうね」
二人の吹っ切れた清々しい表情に問う。
「生きたというのは?」
「……俺さ、その盗賊を殺した時、死ぬほど怖かった。色んなことが頭ん中でごちゃごちゃしてさ。仕事の後処理の時に心配してくれたグラビイスさんに泣きついたっけ……」
「私はアネリスさんだったわ」
その刺したところから血が滲み出てくるごとに現実味が増していって、心まで侵食されていく感覚に陥っていた。
俺が目の前で生きてた奴を殺した。俺が目の前で動かなくなる奴がいる。こいつの人生を奪ったのではないか? もっと別のやり方があったんじゃないか?
もっと色んなことがグルグルと三半規管を刺激するような感覚に震えていた。
「そんな時、ジードさんが言ってくれたよ。殺意を持って向かってくる敵は殺意を持って応えても構わない。相手だって死ぬ覚悟があるから殺意を持つわけだから。だけど今の悲痛な心内を忘れてはいけない。命の尊さを知る、大切な痛みだ。それが命の重さなんだってさ」
二人は命を奪うことに決して軽い気持ちではなかったことに気付く。
自分の命と他人の命を尊重し、それを糧という枷を自分に与えているのだと気付いた。
「貴女達エルフはさ、命を守り続けることでそれを美学にしてるみたいだけど、人間はさ、命を奪うことで美学を捨てる代わりに学んでいくのよ。命の大切さってやつを……」
「お前、それちょっと語弊がないか?」
「食物連鎖みたいなもんって言っても語弊があるんじゃない?」
「それもそっか」
だが実際、食物連鎖の理論みたいなものなんだろう。
人は生と死から学び取ることは多い。
「まあそりゃあ人間の命は奪わないに越したことないよ。でもさ、自分の命は一個しかないの。自分を守るため、大切な人を守るために命を奪う覚悟はしておかないとね。生きてりゃ後悔もできるけど、死んじゃあね」
「生きて後悔して、苦しんで生きろ……ですか?」
「私欲のために殺したんならな。でも俺達みたいに誰かを守る戦争だったりした時はさ、後悔は反省に変えて、苦しむは決意に変えて生きろってことさ」
殺された奴からすれば言葉遊びだ、偽善者だの罵ってくることだろう。
だがその命を奪った反省もせず、悪戯に奪い続けることに善は無い。
それこそ綺麗事を並べてもと罪人共に言葉を跳ね返せる。
「だからこれから起きる戦いでも沢山の命が奪われるだろうけど、自分の信念を強く持てば迷うこともないわ。それを自信に変えて弱い自分を乗り越えればいい」
サニラもバークも冒険者という経験が自分を強くしたのだと話す。
ディーヴァ達はその言葉を口にするには、彼らは若過ぎるとも思ったが、森の中でぬくぬくと生きていた自分より、クルシアのような存在がいる世界で苦悩し生きてきた経験の違いを思い知る。
「私達よりよっぽど大人だな。貴方達は……」
「そ、そうか? 照れるぜ」
「あんたに言ってないわよ。冒険者になった動機が勇者みたいになりたいなんて、ガキの発想の奴にはね」
「お前の動機だって、ダメ父ちゃんのためにって理由じゃねえか!」
「それは財政難は正当な理由でしょうがあ!!」
色んな経験を積みながらもいつも通りの関係を見せつける二人に、初対面のはずのディーヴァ達ですらほっこりと見守れる光景であった。




