25 最悪の始まり
「ほれ。どうした猫? そんな図体をしておきながら、なんと情けない」
そう言いながらその銀髪の獣人は、乗っている顔を激しく足踏みする。
「ほれほれほれっ!!」
「ギャガアアッ!? ガアアッ!」
その光景は見た通りの弱い者いじめ。
先程、獣人を丸呑みし、石化させていた同じ魔物とは思えぬ扱いに、一同呆然。
そして頭から酷い出血をしたキマイラはそのままピクリとも動かなくなった。
「おや? もう終わりか? 他愛ないのぉ」
だが一番呆然としていたのは、キマイラを連れていた彼女。
「な、ななっ!? あ、貴女はなんですかぁ!? わ、わた――ひっ!?」
その銀髪の獣人は一瞬で鈴を持つ彼女を押し倒し、口を塞ぎ、顔を近付けてジッと目を合わせる。
「主じゃろぉ? この気味の悪い魔物を作っておる元凶は……」
反論したくとも口を塞がれては話せないと、彼女は必死に抵抗し、可愛らしくバタバタと暴れるが、びくともしない。
「わしの質問に答えんか! わしは基本温厚じゃが、平穏を乱され、気が立っておる。はよぉ――」
「ま、待って下さい! そこの貴女!」
「むむっ? ……お、おおっ!?」
その呼び止める声にくるっと振り向く銀髪の獣人は、アルビオの姿を見て、ゆっくりと目を輝かせていく。
「おおっ!! 主っ!! 生きておったか、ケースケ!!」
「!?」
勇者ケースケ・タナカをはっきり覚えている反応を見せるのは、アルビオが知る限りはインフェル、エルフの族長くらいであるが、ここまでの好印象な反応は初めてである。
だがよく見ればと、目を細めて見られる。
「主……ケースケではないな」
「は、はい。その子孫ですが、ご存――」
「なぁにぃーっ!? ケースケにガキじゃとぉ!? 彼奴に女子を口説く甲斐性があったとは驚きじゃ……」
あの勇者の性格を考えれば、そのようなことはあり得ないと、一人悶絶する。
「あ、あの……貴女はいったい?」
「む? おー、そうじゃの。子孫ならわしのことなど知るまい。わしは獣神王。訳あってそこのキマイラもどきのような魔物を狩っておる」
「「「「「!?」」」」」
みんな驚くが、あのキマイラを蹴り一つで吹き飛ばし、頭蓋骨を簡単に踏み砕いてみせる様を見せつけられれば説得力もある。
だが、彼女は信じられないようで、
「ば、馬鹿なっ!? 獣神王なんて……わた――」
鈴を構えた瞬間、その腕が食いちぎられるように無くなった。
「は? ――ぁあぁああっ!!?」
鈴の彼女はその場で倒れて蹲り、ビクビクと痙攣しながら、右腕のあった場所を押さえる。
「別に信じずともよい。主には色々と訊きたいことがある」
「はあっ!? はあ、はあ……」
その弱々しい反応にアルビオが見ていられないと庇う。
「待って下さい!」
「ぬ? 此奴はこの珍妙な魔物を作った元凶じゃろ? 邪魔立てを――」
「僕達はこの魔物を作っている人間の名前を知っています!」
「な、なんだと!?」
「ほう……」
どういうことだと獣人やエルフ達が驚愕する。
彼らに与えた情報はクルシアの名を伏せている状態での、原初の魔人が狙われていることだけ。
アミダエルに関しては話していない。
「勘違いをなさらないで下さい。名前を知っているだけで、居場所や姿形を知っているわけではないのです」
「それで? その者の名は?」
「……アミダエル・ガルシェイル」
「主。名前は?」
「はあ……ルミィナ。ジャッジメントの一人……」
大量の出血に気を失いそうになりながらも、なんとか自分の名前を話すルミィナ。
アルビオはルインを顕現し、治癒魔法をかけるよう指示すると、傷が塞がっていく。
「命懸けでの答えに、嘘をつけるとは考えられませんよね?」
「むう……じゃの」
ルミィナは死への恐怖が抜けたのか、すうっと気を失うと、信用してもらうためにもアミダエルの件についての話をする。
「皆さんには詳しく説明していませんでしたが、今、原初の魔人を狙う奴とこの生物兵器を作る人間は同じ組織の人間です」
「そ、そんな……!」
「僕達の目的は原初の魔人の注意喚起。できれば保護。そしてアミダエル・ガルシェイルを討伐するのが、ハイドラス殿下と黒炎の魔術師リリア・オルヴェール達です」
本来なら作戦の概要を話したくはなかったが、このまま放置すれば、獣神王がルミィナを殺してしまう可能性が高い。
ルミィナはアミダエルに関する情報の確保には、うってつけだ。
キマイラを預かり、操れるならアミダエルとの繋がりも深いと考えられる。
「何故、それを早く教えてくださらなかった?」
「言ったところで、この生物兵器に殺されるだけだからですよ。それにアミダエルも化け物だと聞きます。それに……」
アルビオはヴァルハイツの方向を向く。
「彼女がいるのはヴァルハイツだと聞いています」
それを聞いてヴォルスンやディーヴァ達は、気を落とす。
こうして防戦だというのに、ヴァルハイツに攻め込むことは難しいと考えるからだ。
だが獣神王は良いことを聞いたと、舌舐めずりをする。
「そうか……あの国におるのか。どこじゃ?」
「獣神王様。だからアミダエルがどこにいるのか、わかっていません。わかっているのは、ヴァルハイツにいるということだけ。それ以上は何もわかっていないのです」
「むう。そうか……」
それを聞き、しょんぼりとすると、もう一つの話について尋ねる。
「それで? 注意喚起じゃったか? 無用な心配じゃ。わかるじゃろ?」
ちらっとすっかり獣人の姿で倒れているキマイラの亡骸を見るが、アルビオは安堵した表情を浮かべることはなかった。
「貴女の強さは理解できます。キマイラといい、彼女の腕を引きちぎったことといい、見事と言わざるを得ません。しかし実際、殺されているんです! 龍神王が!」
それを聞いた獣神王は、ぽっかりとした表情を浮かべた。
夢でも見ているかのような表情。
「……冗談も休み休み言え。彼奴が殺されることなど……」
「ホントだよ。アイシアが龍の神子として、路頭に迷うドラゴン達を引き取ったほどだよ」
フェルサの言葉には聞き覚えがあった。
「……龍の神子か。懐かしい名が聞こえてきたのぉ」
「ご存知でしたか……」
「いいや。龍神王の奴の惚気話に聞かされた名じゃ。そうか……龍の神子にも子孫がおったか……」
それならば信用もできると認めてくれた。
「お願いです、獣神王。しばらくの間、ハーメルトの保護化に置かれてくれませんか?」
「主が守ると?」
「はい!」
想いはある。覚悟もある。嘘は言っていないと判断した獣神王だが、
「馬鹿もん!」
「あだっ!?」
びんっとデコピンをした。
「確かに主からは精霊の力を感じるが、ケースケとはほど遠い実力よな。守るというのであれば、ケースケほど強くなってからにせよ」
「す、すみません。実力不足なのは重々理解していますが、彼らを知っているのは僕らだけなんです! あの男がどれだけ危険で強いのか知っているのは……」
「ぬ? どうし――」
アルビオの瞳孔が開き、驚愕する表情を目の前で確認すると、後ろを振り向くと不敵な笑みを浮かべる赤髪の細目男がこちらを見ている。
「……主、何者じゃ?」
一同も今気付いたようで、身構える。
「バザガ……ジール!」
「ウウウウ……」
バザガジールの脅威性を知るアルビオとフェルサは強い警戒を見せる。
「これは初めまして獣神王殿。私の名はバザガジール。しがない殺人鬼をやらせてもらっている者です」
「さ、殺人鬼だとっ! 人間!」
「ああ、ご安心をあなた方のような蝿虫には興味ありませんので――」
ズドォンと魔力がのしかかってくる。
そのあまりに凶々しい威圧感にディーヴァ達は戦慄する。
気を失っていたはずのルミィナも跳ね起きるほどであり、ほとんどの者が絶望感を宿した表情へと豹変する。
「黙っていてもらっても構いませんか?」
「はっ! が……!」
「フー、フー!」
ディーヴァ達は酷い息遣いをしたり、カチカチと震えながら耐えることしかできなかった。
だがさすがにアルビオは三回目の遭遇というだけあってか、この魔力当てにも慣れた様子。
獣神王はそんな中でも余裕の表情。
「なるほどな。小僧、不便ではないか?」
「不便ですか? ええ、そうですね。非常に不便ではありますよ。おかげさまで生き甲斐を失うところでしたから。……ですが――」
先程より口元を緩めて笑う。
「貴女のような存在と殴り、殺し合うことができるなら、中々本望ですよ。この強さも……!」
「楽しそうじゃのぉ。根っからの戦闘狂か、主」
「いえいえ。私は殺し合うことが好きなのです。あの奪い奪われるかという、あの死が迫り来る瞬間! 衝動! あれらが堪らないんです!」
「――バザガジール!!」
アルビオは険しい表情でフィンとルインを剣に構える。
「貴方に獣神王はやらせない!」
「貴方も久しぶりですね。北大陸以来ですか?」
「ええ……」
だがそのやる気満々のアルビオを獣神王が止める。
「よせ、勇者の子孫よ、主では勝てんよ」
「ですがっ!」
「任せよと言うておる。それよりあの腕を吹き飛ばした娘を頼むぞ。生かす意味があるのじゃろう? 他の者も連れて引け」
「ダメです! 彼の狙いは貴女ですよ! 二人にするわけにはいかない!」
頑として聞き分けないアルビオにため息を吐きながら、肩を叩く。
「大丈夫じゃ。確かに此奴の魔力は凄まじいが、それだけじゃ。伊達に長生きしとらん。安心せい」
「まあ彼女の言う通りですよ。貴方達は行った方がいい」
「!」
するとバザガジールの右手の上には、穏やかに眠っている表情の龍神王の首があった。
「龍神王の首……」
「そうです。龍神王の首のおかげで色々飛び回っている貴女を見つけられました。いやぁ、油断しましたね」
「わしを龍神王や妖精王と同じ扱いをするでない。奴らのように引きこもりではないのだ」
「おおっ!? これは失礼」
すると少し寂しそうに獣神王は呟く。
「ったく、こんな再会を果たすとはのぉ」
「獣神王……」
「主が龍神王を殺した……違いないか?」
「ええ。龍神王の頭と魔石を奪い、殺したのは……私です」
「なるほど、了解じゃ」
すると獣神王から静かに魔力が向上していく。みるみるその魔力は増していく。
どうやらこちらに気を使って威圧しないようにとみた。
「正直、龍神王の死は衝撃的ではあったが、これも自然の摂理……まあ仕方なしよのぉ」
「ええ、同意見です。強者が生き、弱者が死ぬ。実にシンプルな世の中です」
「まあそれでも思うことがないわけでもない。仇討ちじゃったかな?」
獣神王も大量の魔力を放出し、強者の貫禄を見せつける。
「――させてもらうとしよう!」
するとバザガジールは、すっと手を出して少しだけ待ってほしいと言うと、アルビオに話しかける。
「私は貴方達は向かった方が良いと言いましたね。クルシアから、これを見せれば理解できると言われましてね」
バザガジールがマジックボックス仕様になっているのか、ポケットからにゅっと成人男性の死体が出てきた。
「「「!!?」」」
「エ、エルフ殿の死体か……?」
ヴォルスン達はその死体を見ただけでは状況の把握はできない。
だがアルビオとディーヴァ達のその驚愕から悔しそうに険しい表情へ変わっていく様を見ると、危機的状況だということの理解は難しくなかった。
「――フェルサさん!?」
「おかしい……。あいつの匂いはしてなかった! 何故!?」
フェルサもこの死体のエルフと一緒にいたが、全くかぎ覚えのない匂い、つまりは本人の匂いだと思っていたのだが、詰めが甘かったのだと痛感する。
「フェルサさん! フェルサさん達は予定通り、このことを含めて殿下に! 急いで!」
「フェルサ!? な、何が起きている!?」
「事は急を要する。走りながら話す」
こくりと頷いたフェルサは、ぐいっとムジャナの手を引くと、急ぎ森の中を疾走する。
「ヴォルスンさんは里に戻り、守りを固めて! ――ディーヴァさん!」
「わかっている! 私達は――」
アルビオとディーヴァ達が急いで森を出ようとした時、目の前にバザガジールが立ち塞がる。
「ああ、ごめんなさい。一応の足止めはしておけと言われているのでね!」
気が動転した隙を狙われ、バザガジールの拳が襲いかかる。
ドオォンと、とてもじゃないが拳での攻撃とは思えない衝突音と共に、衝撃波が吹き荒れる。
「ぐあぁあっ!?」
「「きゃああっ!!」」
アルビオとディーヴァ達は数十メートル吹き飛ばされるが、何故か痛みがない。
すぐ様バザガジールを見ると、そこには拳を受け止めた獣神王の姿があった。
ギリギリと力比べをしている。
「獣神王!?」
「行けぇっ! 小僧! 主の顔を見ればわかるわい。此奴より厄介なのじゃろ? 足止めはしてやる。行け!」
「し、しかし……」
「わしを舐めるでないわ!」
そう言ってバザガジールにハイキックをかますが、パシッと受け止められ、そのまま投げ飛ばされる。
獣神王はくるっと空中で回転し、体勢を整えると、木にすたっと着地したかと思うと、ヒュッと姿を消す。
次の瞬間――ゴゴォンと激しい一撃がぶち込まれる。
翔歩で移動した後、渾身の一撃をかましたようだが、それをバザガジールも受け止める。
「……なるほど、龍神王が殺される理由にも納得がいくわい」
「お褒めに預かり光栄です」
その戦闘を呆然と見ていたアルビオ達に、怒鳴り声をあげる。
「何をしておる!! さっさと行かぬか!!」
「「は、はい!!」」
ディーヴァとエフィは森の奥へと入っていき、
「獣神王! 死なないで下さいね! 必ず助けに来ますから!」
アルビオはそう言うと、二人の後を追った。
そのアルビオの言葉にまったくとニカッと笑う。
「妙に癇に触るところはよく似ておるのぉ、奴は!」
「ほう。誰にです?」
「ケースケじゃよ」
「ほう! それは興味深い話ですね。それは是非――」
「!?」
「殴り合いでもしながら訊かせて頂いても?」
「――がはぁ!?」
高速の拳が獣神王を貫く勢いで飛んできた。
何本かの木々をメキメキと倒しながら、吹き飛ばされるが、
「お断りじゃあ!!」
獣神王も負けじと一瞬でバザガジールとの距離を詰めると、互いに超高速の体術戦が繰り広げられる。
とはいうものの、二人ともほぼ我流。
バザガジールは多少なりとも教えはあったが、積み重ねた場数が伊達ではなかった。
元々強者との殺し合いを趣味としているだけあって、濃厚な経験を積んでいるため、型にはまらない戦い方の方が柔軟な対応ができる。
一方の獣神王は、元がというより魔物なので、本能の赴くがままの戦い方となる。
ただバザガジールと違うところは、獣のような戦い方がベースとなる。
そして魔物の本能として、殺すことには基本抵抗がない。
人間と違い、恐怖心や戦いに関する複雑な心情というものがほとんどない。
いくら魔人となり、理性的になったとしてもそこは変わることはない。
要するには割り切りがよくなっていると考えるといい。
「フン!」
獣神王の足蹴りがバザガジールを後退させるほどの威力で放たれる。
軽くふわりと浮かびながら後ろへと飛ぶバザガジールに、ギラッと爪を立てて襲いかかる。
だが読み切られているようで、あっさりと右拳で対応する。
「――はははははっ!! 楽しい! 楽しいですね!」
「ああ! わしもこんなに拳を振るうのは久方ぶりじゃ!」
そんな会話を交えながら森はどんどん破壊されていく。
二人の衝突はそれほど激しく、獣人の里から眺めているヴォルスン達は、この世のものとは思えない激戦の光景に唖然とする。
「こ、これが原初の魔人のお力ですか……」
「しかし、獣神王様と互角にやり合えるあの男……あれは何だ?」
そう思ったのは、獣神王も同じなようで――、
「小僧。貴様に訊きたいことがある」
「何でしょう?」
辺りはすっかり木々がなぎ倒され、地面は抉られており、獣神王の方も最初ほどの余裕はない。
対するバザガジールは、最初ほど余裕があるどころか、ニコニコと楽しそうである。
「貴様……本当に人間か?」
まさか人間以外からもそう言われるとはと、呆れたため息を吐く。
「あのですね、どこからどう見ても人間でしょう? 見た目も容姿も雰囲気だって……ね?」
獣神王から見たバザガジールは、自分の返り血のついた手に、それを嬉しさが滲み出る不敵な笑みを浮かべ、放たれる魔力はあまりにも凄まじく凶々しい雰囲気。
これほどまでに寒気を感じたことがあっただろうか。
これほどまでに危機感を覚えたことはあっただろうか。
これほどまでに勝てるビジョンが浮かばない相手が居ただろうか。
今ならはっきりわかる。この男が龍神王を殺したと言われれば簡単に納得できる。
「……そうは見えぬから尋ねたのじゃ、馬鹿者」
「おやおや。ですが、貴女の言う人間とはなんです?」
「そうじゃのぉ、人間は脆弱じゃ。そのくせに欲深く、浅はかで他者を傷付けることも厭わぬ劣悪種……だと思っておったが、どうも全員がそうでもないらしい」
勇者の一族達や人間とも少なからず関わってきた獣神王からすれば、一括りにすることはなかったが、
「おや? わかってるじゃないですか」
「なに?」
その細目がニコリと不気味に緩む。
「そうですよ。貴女の言う通り、欲深く、浅はかで、他人を踏み躙る弱者ですよ。だからここまで強くなれるんでしょう?」
「意味がわからんな」
「そうでしょうね。貴女達のような長命で、最初から人間以上の身体能力を持つ存在であれば理解は難しいでしょう」
そしてバザガジールは人間の強さについて、クルシアのように理屈を並べて語る。
「人間は弱者故に、貪欲に力を求め、物を欲しがり、そのための手段ならば、他人を傷付けもするし、蹴落とそうともする、実に浅はかで悪辣だ。だがそれは弱者故に生きることにもがいた結果として培われたもの……それを人は努力と呼ぶのです」
その努力のいう言葉の使い方は、さすがに魔人である獣神王も違うのではないかと内心、考えた。
「私がここまで強くなれたのだってそう! 力を手に入れるために、数多もの強者と呼ばれる者達を殺し、研鑽を積んだ結果です。……でも貴女達はどうでしょう? その最初から持つ力に胡座をかいてはいませんか? 人間のように必死にもがいていますか? もがけませんよね? 長い時間を生きられるのだから、わざわざ頑張りませんよね? そこが人間との違いですよ」
所謂ゆとりがあるから、強くなろうとは望まない。魔物にとっては戦いは狩りや襲うという目的意識の低いところにあるだろうと語る。
だが人間のように高い目的意識があれば明確に強くなれると語ったのだ。
「だから本来なら強いはずのあなた方が日陰におり、人間が支配する国が多いのはその結果でしょう? 寿命が短い故に、繁殖力も繁栄力も凄まじい人間に抑圧されたのはそういうことでしょう? 見下しておきながら、実際は底知れぬ力を持つ人間を恐れた結果です。一目瞭然でしょう?」
そう言われてしまうと、納得する部分がある獣神王はやれやれと耳が痛いと頭をかく。
「なるほどのぉ、反論の言葉もない。だがなぁ――わしらにも矜持くらいはあるぞ! 獣解放!!」
獣神王の長い銀髪がぶわっと巻き上がり、唸り声と共に牙や爪が伸び、瞳の色も充血するように真っ赤になる。
そして――、
「――あぁあああっ!!!!」
ぶあっと一本だった尻尾が九本生えてきた。
それと同時に周りの空気が振動するくらいの激しい魔力が溢れ出す。
だがその姿に疑問を抱く。
「おや? それが真の姿というやつですか? てっきり龍神王のように魔物の姿へと変わるものかと……」
「たわけ! 主のような小回りの効く化け物相手に人型で挑まねば、死ぬじゃろうが!」
表情も獣のように吊り上がり、険しくバザガジールを睨む。
「行くぞ、化け物。主の喉元を噛みちぎってやろう!!」
「フフフ……ははははははっ!!」
するとバザガジールは髪をかきあげる仕草を取ると、すっとその細目から瞳をチラつかせる。
血に飢えた獲物でも見ているかのように。
「できるならば――どうぞ!」
「……!!」
更にバザガジールも魔力を上げて挑発する。
獣神王は勝てるビジョンは浮かばなかったが、負けるとも思ってはいなかった。
原初の魔人、獣神王と呼ばれるに相応しいほどの力を有しているという自覚はあった。
だがこの男を前にその自信は、まるで小枝でも折るかのよう。
獣神王は思った――はは……死期が見えるのぉ。
だがそれでも足掻いてやろうとバザガジールに挑みかかるのであった。




