03 信頼し合える関係
「「……」」
殿下の紹介で案内された先には、身体の一部にヒビの入った少女の姿に二人は言葉を失った。
「テテュラちゃん! 久しぶり!」
「ええ、久しぶり。貴女達も元気そうで何よりだわ」
テテュラは心底ホッとしている。
何せクルシアの実力は知っているし、西大陸は自分が生きてきた過酷な環境だった。
それを無事に帰ってきたのだから、安堵しない理由がない。
だが、あの目立つ髪色の少女が見当たらないと、視線を泳がせる。
「リリアは?」
アイシア達がこんなに晴れやかな様子なのだ。無事なのだとは思うが、姿が見えないのは不安を駆り立てる。
「リリアちゃんなら、今頃マーディ先生のお説教かな?」
それを聞いたテテュラにも心当たりはある。
どんな風に連れて行かれたのか容易に想像がついたので、クスッと微笑した。
「それで? そちらの方々は?」
「紹介するね。ギルヴァさんとアリアさん」
「ど、どうも……」
リュッカに紹介された二人は、若干の警戒をしつつ挨拶すると、ハイドラスからも紹介を受ける。
「こちらはテテュラという。クルシアの元仲間だ」
「!?」
思わずギルヴァは身構えるが、すぐにアリアが呼びかけて止める。
「待って。ちゃんと見て……」
「……」
ギルヴァから見た様子は、こちらを向いたまま表情が少し動くだけで、ヒビの入っている身体が動く気配は微塵も感じなかった。
落ち着きを取り戻していくギルヴァに、ひと息漏らすハイドラス。
「ちゃんと言っただろ? 元とな」
「す、すまない」
「いいえ」
その焦った様子を見るに、彼らもクルシアの関係者と悟り、魔石の適合者の話が過る。
「この二人のどちらが適合者かしら?」
「ああ。娘の方だ」
「……そう。じゃあ私のところへ二人を連れて来たのは、忠告のためかしら?」
「そんなところだ」
その忠告という言葉に、二人は緊張感が走る。
「アリア。君の魔石を不用意に取り出すと、良くてこの状態になる」
「「!!」」
この状態が良くてと言われて驚愕する。
テテュラの肌の色は半透明な色艶をしており、所々にヒビが入っており、顔をこちらに向け続けているところを見るに、動くこともままならないだろう。
これで良い状態だと言われることに違和感しかない。
「あ、あのテテュラさんも……?」
「そうね。貴女と同じ、魔物から取り出された魔石を加工し、取り付けられた人工魔石の適合者だったわ。こうなった経緯を話すと、魔石を身体から取り出された時、コントロールを担うはずの魔石がなくなった影響を受けて、魔物の身体の一部として魔石化しそうになったのよ」
テテュラは淡々と実体験を元に忠告する。
アリアは思わぬ真実に、足から力が抜けてよろめく。
「アリア! 大丈夫か!?」
「はっ、はっ……」
アリアの様子がおかしくなる。
ギルヴァに強くしがみつきながら、呼吸が速くなり、表情も青ざめていく。
この様子に覚えのないハイドラスは心配そうに近付くが、
「おい。大丈――」
「近付くな!!」
「!」
ギルヴァは強い剣幕で突き離すと、ハーディスが注意しようとした時だった。
「があっ!? ぐ……」
アリアの先程までの表情とは激変する。
激しい殺意の篭った眼光をギルヴァに向けて、首を強く絞める。
「――アリアちゃん!!」
「――アリアさん!!」
この状態をわかってか、アイシアを筆頭に強く呼びかけながら、止めに入る。
アリアの力は強力で、獣人であるフェルサですら引き剥がすことが難しい。
「アリアぁ……」
西大陸組が呼びかけ続け、アリアの様子が落ち着いていく。
その光景を初めて見るハイドラス達は言葉を失っていたが、経験者である彼女は、
「……まだ呪縛を克服できてないのね」
「呪縛だと?」
「半魔物化っていうけど、簡単じゃないのよ。私だって最初は頭の中に響いてたもの。殺せ、殺せってね……」
サドラだけがこの状況に危機感なくメモを取る中、テテュラが魔物の本能が訴えかけてくるのだと説明。
「それはどんな感覚です?」
こんな空気の中、好奇心に溢れた視線を送るサドラに肝が据わってると、呆れながらも自我を取り戻しつつあるアリアに助言するように答えた。
「聴こえてくるものじゃないの。頭の中から直接訴えられる感覚……抗うことが中々難しいわ」
どう表現すればいいか迷いながらの助言。
「じゃあテテュラちゃん。私達の対策は間違ってないよね?」
アイシア達も帰ってくる道中、何回かこの暴走状態になった時、フェルサやカルディナ達が襲ってくるのを抑えながら、アリアの意識が戻るように呼びかけ続けるという対策を行なった。
「その方がいいわ。彼女の意識に訴えるのが一番の方法だと思う」
「ちなみに訊くのだが、お前はどう対策したのだ?」
「貴方の妹君にナイフを突き付けた時点でわかっているものかと思ったけど?」
「な、なるほど……」
テテュラは西大陸の社会情勢への復讐心、クルシアはあの性格のせいか魔物の本能には簡単に打ち勝ったという。
「はあ、はあ……」
「落ち着いたか? アリア」
「ご、ごめん。私また……」
「精神が不安定な状態なら、頻度は増えるでしょうね。ましてや貴女は魔人の魔石でしょ? 私達の物とは別物のはず……過度なストレスは、魔物化を進行するわよ」
それを直に味わっているアリアは、その意味を深く理解する。
あの自分という意識を呑み込むほどの殺意や悪意に自分で無くなる感覚は、酷く自分の体温を感じなくなっている。
だからこそ、呼びかけられる声には本当に感謝している。
何も感じなくなってきている自分の中に温かな日が差し込んでくるような光を感じる。
落ち着いたとはいえ、まだ息の荒いアリアに代わって尋ねる。
「どうコントロールすればいい……」
「強く自分を意識すること。自我の意識が強ければ魔物の本能に抗うことができる。強い目標や大切な人を想うようにすればどうかしら?」
魔人の魔石だから、そう簡単にはいかないだろうけどと、補足を加えられた。
「テテュラと言ったか、なりかけたと言ったが……」
「そうよ。リリアの起点が無ければ、今頃はヴェノムの変異種の心臓として人を殺し続けているか、魔石として貴方達の糧となり、この世から消えていたわ」
「そ、そうか……」
「彼女の魔石も無理に取り出せば、ただじゃ済まない。魔人マンドラゴラの魔石で、しかもあのドクターが監修した物でマンドラゴラの力が使えるとも訊いてる。私以上に悲惨な結末を迎えるわよ」
アリアの精神的不安を煽るように忠告する。
追い詰められていくアリアだが、
「大丈夫だよ、テテュラちゃん! 私達がそうさせない。ね?」
「うん。私達もついてるし、ギルヴァさんもいます。テテュラさんの時みたいには絶対させません」
アイシア達が見守ると宣言する。
アイシアの頭には、あの時の後悔があった。
自分に力がなかったばかりに、テテュラの助けになれなかったと。
アリアの場合は問題も少しズレるが、彼女の意思がブレないように側で力になる覚悟はあると明言する。
リュッカも同様だ。
アリアとの間柄は短いが、テテュラのことが重なる。あんな思いをしないためにも、強くなること、寄り添うことの大切さを大事にしたいと考えている。
「まあ彼女から魔石を取り外す話は出ていないのだし、その意識に囚われなければ、何とかなるのではなくて? ギルヴァ殿も居られるのだしね」
「そうですわね。心強い殿方が居られるのですから……」
「?」
カルディナとナタルの含みのある言い方に、少し違和感を覚えるギルヴァは首を傾げる。
その不思議そうにしているのが不思議なので尋ねる。
「お二人は恋仲なのでしょう?」
「なっ!?」
「!!」
急に張り詰めた空気が緩んだ。
アリアは耳まで真っ赤にして両手で顔を覆い、ギルヴァは強く否定する。
「ち、違う! 違う! ア、アリアとは幼馴染というだけで、特には……な?」
「えっ……?」
その否定を聞いていなかったアリアは、ギルヴァを見上げるように見つめる。
お互いの瞳に互いの顔が写り、見つめ合っているのを理解すると、反射的に逸らした。
それを見たテテュラは、
「案外、乗り切るのは早いかもね」
「はは。だとしたら、めでたいことだ。お前の克服理由よりよっぽどいい」
ふうとひと息吐いて答えた。
「それでテテュラちゃん……」
「ん?」
「テテュラちゃんはまた北に行くの?」
「……そうね」
寂しそうに尋ねるアイシアに、微笑んで答えた。
自分もできるならアイシア達と一緒にいたいし、ここにいるとわかっていたら、毎日でも顔を出してくれることだろう。
「私は少しでも貴女達の隣を歩けるようになりたいの。前のように……いえ、前のように嘘を付かず、ちゃんと隣を歩けるように……」
クルシアという後ろめたさが、復讐心という暗い心に支配されていない自分で歩けるように。
今は甘えてはいけないと鼓舞する。
「だから貴女達にお願いあるの。……待ってて欲しい。正直、話を聞く限り、完全に元の状態には戻らないそう。だけど、何年も何十年もかければ必ず戻ってくる。その時まで……待ってて欲しい」
テテュラが元に戻ることが困難なことは、先程の陛下達との謁見の場で理解しているが、改めて言われると途方もないと感じてしまうリュッカ。
でもアイシアの返事は早かった。
「わかった! でもおばあちゃんになるまでしか待てない!」
何の迷いもなく、でも少し天然の入った返答にみんなが笑った。
「そうですわね。わたくし達の寿命分しか待てませんわね」
「私は平気。獣人だし……」
「おおっ! 確かに! フェルサちゃんなら私達より待てるよ!」
「――言葉の綾ですわよ! そういう心構えでいて欲しいって意味ですわ!」
そんな間の抜けたやり取りを見て、テテュラは可笑しくなってしまい、クスクスと微笑が止まらない。
その様子にみんなも連鎖的に笑っていた。
するとアイシアは少し表情を曇らせる。
「……私達、結局何もできなかった」
「……!」
「クルシアとの戦い、リリィとギルヴァ君とカミュラちゃんに任せっきりになってしまって……」
アイシアは自分の力の無さに後悔している。
クルシアは強力な幻術使いであったが、魔力を上回ったり、対処法さえ講じれば踏ん張りどころはあったように感じる。
少なくとも何も出来なかったにはならなかったはず。
「お前はクルシアの仲間だったそうだな。クルシアが幻術使いだったことを知っていなかったのか?」
そのギルヴァの問いには、困ったところ。
「クルシアは闇魔法は系統は問わず、何でも扱えたから。得意な系統については私も知らなかったわ」
そもそもクルシアは風魔法の方が好んで使用する傾向があるからと指摘すると、一同は納得。
「私、頑張るから! テテュラちゃんも頑張って!」
「そうね。お互い頑張りましょう」
「うん!」
テテュラの本音としては、あの天才に張り合うことは難しいと考えるが、それでも友人として背中を押すべきだと、励ましてくれる友人に、自分も精一杯の笑顔で答えた。
「そういうことだから、またよろしくお願いします。サドラさん」
「ああ。俺達が必ず、貴女をこの人達の側に居られるようにするよ」
「ただ、やはり彼女に関しては……」
ちらっとアリアに視線を送ると、サドラは皆まで言わなくていいと首を振る。
「わかっているさ。あんなのを見せられてはね。彼女が魔物の意思に打ち勝った時に、またお願いしに来るよ。その時まで、是非ギルヴァ君には口説き落としていて欲しいな」
「なっ!? へ、変なこと言うな!」
再び温かな笑いが広がる。
今まで過酷な旅を続けた彼女達が久しぶりに得た平穏なひとときだった。
***
「ほえ〜! た、ただいまぁ〜」
「あっ! おかえりリリィ!」
「おかえり、リリアちゃん」
俺は頭痛を起こすほどの説教と、手にタコが出来るほどの反省文を書かされ、グロッキー状態で久々の学園寮へと帰還した。
「先に帰って来てたんだね」
「もう夜だもんね。みんな、待っててくれてるよ」
「みんな?」
すると食堂から賑わう声が漏れ出てくる。
俺はアイシア達の案内の元、足を踏み入れると、
「あっ! おかえりなさい! リリアちゃん!」
「待ってたよぉ〜。もうお腹ぺこぺこぉ〜」
久しぶりの先輩方との再会。
そしてもう一人。
「――おおおおっ!! リリアさん! 無事に、無事に帰って来てくれましたねぇっ! 良かったですぅー!!」
寮長であるテルサが泣きついてきた。
その顔は涙と鼻水でぐしょぐしょである。俺は落ち着くよう促していると、やれやれと呆れた様子で近付いてくるサニラの姿があった。
「やっと帰って来たのね。聞いたわよ! 北に行ったかと思ったら、西に行ってたなんて。あんたらしいわよ」
「サニラまで……! どうしてここに?」
「それがさ。お疲れ様会だって。私達が無事に帰って来た祝賀会みたいな?」
「ヘレン!?」
城内で別れたはずのヘレン達もいた。
「ヘレンちゃん。旅の準備が整うまで、この寮に居るんだって」
「そっか」
するとユーカが音頭を取り始める。
「さあ! 我らがリリアちゃんも帰って来たところで、旅の無事の帰還と再会に乾杯しようじゃないか!」
俺にもグラスが手に渡った。
寮のみんなやサニラにヘレンとキャンティア、アリア。お世話になった皆が迎え入れてくれた。
「よっしゃ! 新たな仲間と無事の帰還を祝って、カンパーイ!!」
「「「「「――カンパーイ!!」」」」」
こうしていざ帰って来てみると、達成感というものがあるし、本当に有り難い。
結果としては、妥協点で終わってしまった。
周りには散々迷惑かけたし、クルシアは仕留め損なうし、魔石も結局、適合者ができてしまった。
だけど、得られたことや課題も浮き彫りとなった。
西大陸での和平の足掛かりを掴んだこと。
五星教が正直、これからどんな道に進むのかは向こうの舵の取り方次第だろうが、これからはハーメルトも口を出しやすくなるだろう。
向こうから和平を望んでいるからこそ、新書やギルヴァ達がこちらにいるわけで。
アリアという魔石の適合者を保護できたこと。
これはクルシアの気まぐれでもあっただろうが、成果と言えば成果だ。
テテュラのような二の舞いを避けることに成功し、更にはテテュラが元に戻るための足掛かりにもなり得る。
彼女自身にも課題はあるが、それはここで生活していくうちに、乗り越えてくれると考える。
あの時、クルシアに立ち向かう勇気を持った彼女ならできると確信すらある。
そして――課題はやはり強さだろう。
クルシアの前に、俺達は圧倒された。
俺は異世界人ではあるが、俗に言うチート能力者ではない。
元々戦いを知らない人間がクルシアの技量や経験に追いつくことは、非常に難しい。
今まではこちらにはない発想力で乗り越えてきた節があるが、それも限界にある。
圧倒的に経験値が足りない。
クルシアの過去を考えると、全てにおいて経験不足である。
だからといって足踏みしているわけにもいかない。
もっと勉強して、もっと特訓して、強くならなければならない。
正直、それも大切ではあるが、クルシアと徹底的に違うところがある。
「リリィ、食べてる?」
「あっ! うん」
「なんだか久しぶりだね。こうして三人で話すの……」
俺達はこの祝賀会に来てくれたみんなに挨拶を終え、窓際でこの寮での暖かさを噛み締める。
「西では色々あったけど、やっぱりここが落ち着くね」
「そりゃあね」
「フフ。 ねぇ、リリアちゃん?」
「うん?」
「私達、もっと頑張らないとね」
「!」
リュッカの真剣な発言に、自分と同じ想いだったことを認識する。
「そうだね。殿下はさ、運が良かっただけだぁ! とか言ってたけど、やっぱりリリィは凄いよ。だから、私達ももっと頑張らないと!」
「……それは私もだよ。私も二人が頑張ってくれるから、みんなが頑張ってくれるから、力になりたいって頑張れるの。だからさ――」
俺は手に持っていたグラスを差し出す。
「これからもよろしくね! 親友!」
「「うん!!」」
俺みたいな不器用な人間には、ちょっと男臭い示し方しか出来ないけど、二人は嬉しそうに応じてくれた。
俺自身、何度も思う。
この二人が頑張り、励みとなってくれたおかげで今がある。
それに今は沢山の仲間にも恵まれている。
クルシアと違うところはここだ。
クルシアも仲間と呼べる連中はいるようだが、心から信頼しているようには、テテュラの話を訊く限りないようだ。
信じ合える仲間がいることの心強さをあの男は知らない。
いや、知ってはいるだろうが、本当の意味では実感していないのだろう。
実際、ザーディアスは情報をくれているわけだし。
この頼もしい仲間達がいてくれれば、乗り越えられる。
俺はこの寮内で行われているささやかな祝賀会の風景を観ながら、そう感じていた。
この先、更なる過酷な現実を目の当たりにするというのに――。




