09 雪の谷の先に待つ因縁
白銀の世界に佇む赤髪の細目男は、呆然と立ち尽くしている。
本人はこれでも最強の殺人鬼と呼ばれていることは理解しており、自分の強さにも揺るぎない自信もある。
だがそれでもボーっと立ち尽くすには理由がある。
「どうですか? お望みの場所でしたか?」
とある雪に埋もれた遺跡に問いかける。
その先にはチョロチョロと動き回る兎の獣人の姿もあった。
「もう勘弁して下さいね。さすがの私も疲れました」
「ならそのわざとらしい魔力の垂れ流しをやめればいいじゃない。というかやめて」
ピンクの髪の兎の獣人は冷たい口調でそう話すと、バザガジールは呆れ果てる。
「貴女がクルシアのためと言って引っ張り出され、挙句、スコップ扱いですよ。遊び相手を誘うくらいの魔力くらい、構わないでしょ?」
正直、最初こそ嫌々付き合わされたリュエルの頼みだが、途中から覚えのある魔力が近付いてきたのだ。
楽しみがあるのはモチベーションが上がるというもの。
だがリュエルは背筋が騒つくからやめてほしいと、キツイ言い方。
「知りませんよ、そんなこと。それよりここ。ここを掘って下さい。この先にあるものが見たいです」
「はあ……」
何度やったであろうと冷たい吐息を吐きながら、掘ってほしいと言い捨てる言葉に従い、雪を一瞬の拳で吹き飛ばす。
もとい除雪する。
「これでよろしいですか?」
「いやぁ〜、便利ですね」
「私をこんな雑用に使うなんて貴女くらいですよ。そもそも貴女だってこれくらいできるでしょうに……」
「貴方のような暴力男にはわからないでしょうね。手先が肌荒れでもしたらどうするんですか!? ダーリンに嫌われたらどう責任を取るんです!? ねぇ!?」
バザガジールは獣人なんだし、人間より丈夫だろうし、そもそもクルシアから距離を置かれている時点で彼女が考えている以上に、興味は持たれてないだろうと、彼女の言う暴力男でも理解できた。
だが要らぬことを言うのも面倒だと、呆れたように手を振って、用事を済ますよう促した。
そんな時、とある魔力を感じた。
「……フッ」
「ではちょっと見てきますので待ってて下さいよ」
「あー……少し宜しいですか?」
「何ですかぁ? 早く行きたいんですが……」
特に興味も無さそうに、一応訊いてやろうと上から目線でのリュエルだが、そんな冷たい態度など微塵も気にせずに不敵な笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。貴女の邪魔なんてしませんよ。少しばかりはしゃいでも大丈夫か尋ねたいだけなので……」
アルビオの気配を感じる方を向きながらそう語ったが、
「雪遊びですか? 聞かなくても止めませんよ。お好きにどうぞ」
「……」
さすがのバザガジールも呆気に取られた。
「……貴方、本当にクルシア以外、興味がないんですね。私が童心に帰って雪だるまでも作るとでも?」
「はい。それでは……」
「…………」
さらっと掘り起こした入り口の向こうへ行ってしまったリュエルを、呆然と見送ったバザガジール。
「……本当に雪遊びでもしますか」
***
「アルビオ殿! 皆もそうだが、くれぐれも目的を忘れぬように!」
「しつこい! わかってますよ。あくまでここにいる理由を尋ねる、でしょ?」
この中で一番言うことを聞かなそうなルイスが、わかったとふんぞり返る。
バザガジールと思しき魔力を辿るのは、ヘレン、アルビオ、ルイス、アライスと騎士隊数名と案内役にルブルスとニナがついてきた。
向かう前にテテュラにその容姿を尋ねると、やはりバザガジールではないかということ。
それと獣人についてだが――、
「――会ったことはないけど、そんな娘がいるとは聞いてるわ」
「何故会わなかったんです?」
「クルシア曰く、殺されるからだそうよ」
さらっと他人事のように話すが、中々物騒な言葉に苦笑い。
「私と同時期に育てていた奴隷らしく、クルシアから見たらだけど、私と同格くらいの強さはあるそうよ」
「同格……ですか」
アルビオは戦わなかったが、ハイドラスからテテュラの強さは訊いているし、何よりあの召喚テロ事件をほぼ一人で行なったのだ。
強さを証明するには十分な情報と説得力であった。
「だけど実際にやり合ったらどうでしょうね。私は暗殺をメインにした戦い方だけど、あちらは獣人。パワーでゴリ押されると、力負けするかもしれないわね」
今は論外だとそうリュエルを評価し語った。
私達はバザガジールという殺人鬼もそうだが、下手をすればその獣人とも衝突する可能性がある。
あんな大見得を切っておきながら、今更ながら寒気が止まらない。
この寒空のせいでもあるだろうが、自分の命が脅かされるという恐怖心も背中をなぞっていた。
「それにしてもシドニエさんが行こうとしたことには驚きました」
「……多分、思うところがあったんだよ」
アルビオもシドニエもクルシアと共に対峙したからこそわかる。
あの男の企みは恐ろしいものであり、それと関わる人間を把握しておきたいという気持ち。
だがヴァートやアライスの説得の元、彼は断念してくれた。
「出来れば貴女達も説得に応じてくれれば良かったんですが……」
「それはあり得ません。アルビオさんいるところ、私ありです!」
「まあ私はリリアちゃんが相手にしてる人の情報も欲しいからね。……西大陸に向かったのってその親玉をなんとかするためでしょ?」
「まあ、そうなんですが……」
「随分と事情が複雑そうだね」
「すみません、ニナさん達にはさすがに……」
「フン! ワシは構わんよ。この遺跡達を傷つけさえしなければなんでもな!」
「それにしても……」
ルイスは高い雪の壁を見上げながら歩く。
「大きな雪の壁だねー」
「これは調査隊の方々が?」
「そうだよ。私達は雪の谷って呼んでる」
雪の壁が道なりにズラッと続いている。
なんでも格遺跡までの道のりを作るために、除雪して魔法で舗装したそうだ。
高く真っ白に聳え立つ雪壁と静寂が支配するこの世界は、神秘的にさえ映る。
「綺麗ですね……」
「でしょ? だからさ、ここを観光名所にして遺跡の調査費用の足しにでも……」
「馬鹿ぬかせ! ここは神聖な場所だぞ!? そんな浮ついた連中を放てるか!」
「なるほど。頭の固いお爺さんが否定していると……」
「なんじゃと小娘……」
「事実ではありませんか? 時代とはここの遺跡のように止まってくれはしないんですよ。貴方の時間まで止まる必要はありません」
ルイスを睨みつけるルブルスだが、怯むどころか確信をついた一言すらぶつける始末。
「まあまあお二人とも。確かにルイス殿の言う通り、柔軟に時代を生きていくことは重要でありましょうが、そういう時代が迎えられるのも、ルブルス殿のような歴史を重んじ、学ぶ姿勢があったからこそ、築き上げられたものでありますぞ」
二人の意見を否定せず、それでいて的確なフォロー。
さすが一騎士団の隊長は担ってないね。
その言葉で納得したのか、言い合いはここで止まった。
「そういえばどうしてここはそんな遺跡の集合体みたいな場所になってるんです?」
「そんなことも知らずに口答えしたのか、小娘」
「むむっ!」
また言い合いになりそうだったので、ニナが解説。
「この北大陸はこの大雪がなくても人が住める環境ではなかったの。草木は生えず、周りは石ころばかりの場所だったの。その影響もあって、昔の人は歴史を刻む聖地にしたようなの」
「そういう大地になってた原因は、魔脈の影響でね。今でこそ魔石を無限に採掘できる北大陸の財源になってるけど、当時はほとんど魔物から魔石を取ってたから、魔石を掘り起こす概念がなかったらしいし……」
「お二人とも、詳しいですね」
私とニナは少し照れた。
「アルビオさんも殿下とお勉強されたのでは?」
「うーん、言って僕は殿下みたいに賢いわけじゃないからね。一般の人より色がつく程度だよ」
「勇者の子孫なのじゃろ? 精霊様が側におるのじゃ、知らぬなど失礼じゃろ」
「は、はい。仰る通りで……」
確かに精霊を従えている身分としては、歴史に疎いのは考えものだろう。
アルビオは、しゅんと反省する。
「確か、人精戦争についても記された遺跡もあるはずじゃ……」
「……!」
フィンは少し不機嫌そうな表情へと変わった。
他の精霊達もあまり芳しくない表情を浮かべる。
「精霊の遺恨の歴史を知ることも必要ではないか?」
「は、はい。そうですね……」
「歴史のお勉強なら、私が付き合ってあげてもいいよ。勇者様」
「いや、僕は子孫であって、勇者では……」
積極的なニナの態度に、面白くないルイスはグイッとアルビオの腕を引っ張る。
「アルビオさんは渡しませんよ」
「大丈夫だよ。私の好みのタイプじゃないから……」
「ニナはゴツい身体付きの人の方が好きなのは相変わらずなの……?」
私は呆れたように尋ねると、目を輝かせて肯定する。
「うん! アライスさんみたいな男らしい筋肉質なダンディさんなんてストライクゾーンなの!」
「わ、私は妻も子もおりますぞ!?」
「そうなんですか!? まあそうですよね……」
まさか狙ってたんじゃ。
「お前、その男の趣味じゃから、調査隊におるわけじゃないだろうな」
「それも少しありますが、歴史にロマンを感じているのも本当です! 昔の人が残したかった歴史を明るみにする……素敵なことじゃないですか!?」
少しはあるんかい!?
でも調査隊の人ってゴツい人が少ない印象だけど、採掘作業なんてするから、細マッチョが多そうな印象。
守備範囲が広くなったのかな?
「お前が調査隊に来てから、あやつらの目の毒でならん。特に作業外でな」
「もしかしなくても男世帯ですよね?」
「当たり前じゃ! 女など数えるくらいしかおらんし、いても気を使うもんじゃが……」
「……?」
ルブルスは何か言いたげな視線をニナに送るが、当人はクリッとした瞳で首を傾げる。
「この娘の親はどんな教育をしたんじゃ。襲われても知らんぞ……」
「襲われるって……大丈夫ですよ。魔物なんてほとんど出ないし、私だって戦えますから……」
ニナ。そこじゃないよ。
そういえばあの小屋で出迎えたニナも、随分と無防備な格好だったなぁ。
ニナもリリアと同じで色恋には疎いからな。
するとヘレンはふと思い出す。
「そういえば仮眠室ってあそこだけだよね?」
「うん」
「ま、まさかとは思うけど、一緒に寝たりは……」
「私は見習いだし、一緒でも大丈夫って言ったんだけど、みんなして否定されちゃって……」
「当たり前じゃ、馬鹿もん! 若い娘子を男共と寝かせられるかぁ!」
ニナが仮眠を取る際は、ルブルスが扉の前で見張り、若い男衆は除雪や遺跡調査をさせているそうだ。
調査隊の男性隊員諸君、友人が要らぬ誘惑をさせて申し訳ない。
「ニナさん、男性は狼ですよ。襲われてもいい男性以外からは身を守らないと……」
「――襲われてもいい男性の前でもやめてください」
「最近の娘子は積極的だのー……」
「いえ、この二人が特殊なだけです」
そんな緊張感が解かれる会話が続く中、フィンが少しキツイ口調で尋ねる。
「おい、この先には何がある?」
「この先には魔人について記された遺跡がありますよ。精霊様」
「そうか。その開けた場所にいるぞ」
「!」
バザガジールの気配を感じたようで、一気に空気がピリつく。
「調査隊の方々は我々の後ろへ。私が先行する」
アライスはそう指示すると、武器を構えてその開けた場所を覗き込む。
「むっ。おるようだが……」
「どうされました?」
少し緊張の解けた声を出したアライスは、指を差して確認するように促した。
私達もそろっと覗いてみると、赤髪のいい大人が黙々と雪だるまを作っている姿があった。
「……」
「あれがアルビオさんの言ってた殺人鬼さんですか? とてもじゃないですが……」
「――てめぇ!! 何やってんだゴラァっ!?」
腑抜けた姿を見せるバザガジールに、堪らずツッコミしたフィン。
「おや? 消耗品ではありませんか。お久しぶりですね」
「消耗品じゃねぇ! つか、何してんだテメェは!?」
私達は隠れていてもしょうがないと、バザガジールの前に姿を見せると、
「見てわかりませんか? 雪だるまを作ってたんです」
作りかけの雪だるまの頭をポンポンと叩いて答えた。
「いや! だからなんで雪だるまなんて作ってんだよっ!? お前がっ!?」
「煩い消耗品ですね。暇つぶし以外に理由がありますか?」
「暇つぶし……ですか」
「ええ。ですがまあ、たまには童心に帰って遊んでみるのも悪くないものですね。幼少の頃を思い出しますよ」
「てめぇに幼少なんてあったのか?」
「失礼ですねぇ。私が最初からこんなだったと?」
「はい」
「ああ」
特に間もなく答えたアルビオとフィンに対し、リュエルのような感覚を思い出す。
「……なんだか皆さん、私のことをなんだと思っているのか、本気で尋ねてみたくなってきましたよ」
「すぐに答えられるぜ、化け物」
「だからこそ意外でした。そんなに沢山……」
よく見ると、六体ほどの雪だるまが作られていた。よっぽど暇だったのだろうか。
「そこの小僧ぉ! 雪遊びが目的なら他所でやれ!」
「煩いご老人ですね」
「……! おい、お前……」
「はい?」
「今、この爺さんの言葉に答えたのか?」
初めて会った時は、蝿虫呼ばわりしていたはずの一般人。
それに答えたことに驚愕していると、少し笑って答えた。
「まあ以前の私なら口も聞かないのですが、クルシアや貴方のお陰で、蝿虫にも使い道があることを学びましてね。話すことにしたんです」
「僕……ですか?」
「そう。他人のために戦う貴方を狩り立たせるための物としてね」
雪遊びをしていたせいもあって、警戒が緩んでいたが、本質はやはり変わらないよう。
「それで? 貴方がここにいる本当の理由はなんですか? まさか、本当に雪遊びが目的ではないですよね?」
「……スコップです」
「……は?」
またわけのわからないことを言い始めたと、呆気に取られる。
「とある方に頼まれて同行したのですが、除雪作業用のスコップ扱いをされてまして。あながち雪遊びが目的と言っても否定できないんですねぇ、これが」
「……あのさ、ホントにこの人、殺人鬼なの?」
「わ、私も初対面だからわかんない」
けど、アルビオ君やアライスさん達がこれだけ警戒しているのなら、間違いないはず。
この人が読めない。
雪遊びといったユーモアに溢れた発言をしながらも、私達を蝿虫と呼び捨てる。
だけど下卑た見下し方ではないように感じる。
役作りのため、犯罪者に接触したことが何回かある。
投獄されていたその囚人は、人攫いであったが、捕まっているにも関わらず舐めんなとばかりに、睨みを利かせてきたり、見下すような視線を送ったりなど、一般の人とは違う薄汚れた気配を感じた。
殺人鬼と呼ばれるほどだ、人攫いなどとは比較にならないせいなのか、中々読み切れない。
「そのスコップ扱いしている方は? クルシアではないですよね?」
「ええ。リュエルという獣人ですよ。今はあそこに……」
バザガジールの指差す方向には、遺跡の入り口と思しき場所が指された。
「小僧……ここは貴様らのようなふざけた連中が来る場所ではないわっ! 直ぐにでも出て行けっ!」
「あっ!? ダメっ!!」
ルブルスは手に持っていたつるはしで襲いかかるが、
「はあ……」
ズンっとルブルスが大きく揺れた。
「――むおぉおっ!? ごほっ! がほっ!?」
「ルブルスさん!?」
「大丈夫ですよ。少々魔力を当てただけですよ」
そうは言うがルブルスは過呼吸でも起こしたように、苦しい息遣いをする。
「バザガジール!」
「そのご老人も本望でしょ? 自身の守るべきものに命を賭す。美学なのでしょう?」
「貴方という人は……」
「――アルビオ殿!」
感情的になりそうなところをアライスが止めると、アルビオは一息つく。
「……ここの遺跡で何を探しているのです?」
「原初の魔人の情報ですかね」
「原初の魔人だと!? アイツらになんの用だってんだ!」
「ほう……アイツらですか」
フィンはヤベッと口を塞ぐが、時既に遅し。
すると負け惜しみのように、こう言い訳した。
「この際だから言っとくが、俺はアイツらの居場所は知らねえぞ。いるってことを知ってるだけでな」
「そうだったの……フィン?」
「悪りぃな。だが知ったところでだろ?」
「私としては中々興味深いお話ですよ。消耗品である貴方程度は知らずとも、大精霊や精霊王は知っているのでしょう? クルシアへのいい土産話ができるというものです」
「てめぇ……」
「ですがそれはあくまで彼女のお話。私自身は……」
バザガジールは嬉しそうに拳を構える。
「副産物として貴方とやり合えることが目的に変わりましたがね。気付いてくれて嬉しいですよ。魔力をわざとらしく放っていたかいがあったというものです」
私はそれを聞いて思い立つ。
「貴方、いつからアルビオ君のことを?」
「船でこちらに近付いてきたあたりでしょうか。年甲斐もなくはしゃいでしまって……大変な船旅だったでしょう?」
「まさかあのマリアドールの群れ……」
「そうですね。この人の殺気と魔力に当てられたようですね」
最強の殺人鬼なんて呼ばれるほどだからと思ったら、予想以上に恐ろしい人なんだと気付くことに。
ここからあの海まではかなりの距離がある。
そこから放たれていた殺気を、海の中の魔物達が怯えていての襲撃だったようだ。
「さあ、アルビオ。あれから半年ほどでしょうか? 貴方の今の強さ……是非、見せて頂きたい」
「待て! 僕は……」
「私と貴方との間柄です。話し合いなど不要でしょう?」
全く予想通りの展開過ぎて、言葉が出ない。
アルビオが戦う準備をしようとすると、弱々しい声が聴こえる。
「よ、よせ……そのような魔力を……放てる貴様が暴れれば、タダでは……すまん。やめてくれぇ……」
ルブルスの切実な叫びだった。
ここは貴重な遺跡が眠る雪原。
ラバの町を半壊させたこの二人が衝突すれば、ほぼ間違いなく、ここの遺跡は崩壊するだろう。
そうなればルブルスが今まで積み上げてきた努力が無駄になる。
「バザガジール、戦ってもいい。だけどここは――」
「貴方達に決定権はありませんよ。私はこの退屈を満たし、自分をより高めることができるのならば、場所など問いません。こんな石の建物など、どうせすぐにでも崩落しますよ」
「僕はここでは万全には戦えない。だから……」
「いえ、むしろこの場所の方が貴方の真価が問われそうだ。そこの蝿虫の守るべきものを守りたくば、足掻いてみなさい」
どうあっても戦いたいという衝動を抑えられず、むしろクルシアのような挑発ができているあたり、さらにタチが悪くなったように感じる。
「くそっ……」
「そう。それで……?」
私は剣を構えたアルビオの前に出て、バザガジールに立ち塞がった。
「ヘレン!?」
「ヘレンさん? 何を……!?」
「何のつもりで?」
イラついた感情が込められた発言だが、こんな威圧感ならステージの上に立つことの方がよっぽど怖い。
「貴方は彼に何を求めているの?」
「アルビオにですか?」
「うん。だって貴方の方が確実に強いでしょ? 精霊様まで怯えてるんだもん。わかるよ」
怯えてなんかねぇと叫ぶフィンを無視して話は続く。
「そんな貴方が勇者の末裔だからって理由で、殺し合いをしたいとは望まないよね? なんで?」
「……」
「黙ったままだとわかんないよ。話して」
「へ、ヘレンさん! 離れて! バザガジールは僕を育てて強くし、自分と対等に殺し合える人間を作ることが目的なんです。邪魔なんてしようものなら、殺されますよ」
「!」
「……私の目的が理解できたなら、退いていただけます?」
私はその目的を訊き、今までの態度からある結論を出す。
「そっか。貴方……とっても真っ直ぐな人なんですね」
「!?」
アルビオ達一同は驚愕する。
「な、何を言ってるんですか!? その人はアルビオさんを三日も寝込ませた悪い人ですよ!」
「違う違う。確かに殺人鬼だって話だから、悪い人なんだろうけど、本当は真っ直ぐで良い人だったんだよ、この人」
「いや、だから……」
「何が言いたい? 黒炎の娘に似る娘」
さすがにリリアと間違えることはなかった。
だけど、意外と話を訊く気だったことに驚きつつも、自分なりの見解を話す。
「貴方はただ純粋に力を求めているだけなんですよね?」
「違うな。私が求めているのは、純粋な殺し合いだ。互いの全てをぶつけ合う死闘こそが望み」
「ううん。それだけだったら、そこまでの強さにはならないよ。力と技術は心から生まれるものなの。真に強い意志がなければ強さは生まれない。貴方は無意識のうちに強さを求めてたのよ」
「私とは初対面のはずだが、どうしてそこまで言い切れる」
「私はこう見えても役者でね。人間観察はよくするの。貴方の視線や態度、行動や口調など、貴方という人間を知るには十分過ぎる情報はあったよ。先ずは私達のことを蝿虫と呼びながらも殺さないこと。アルビオ君との死闘……育てるだっけ? そのつもりなら、邪魔な私達を消した方が早い。その方がアルビオ君の心に触れて、貴方の想像以上の強さが約束される……」
アルビオ君のような周りに気を配れる優しい性格であるなら、他人を酷く傷付けられれば強さを発揮するだろう。
「だけどそれをしないのは、貴方自身がそんな強さに目覚めることを望んでいないから。貴方は彼らしく、強くあって欲しいと望んでいる。その強さこそが貴方の退屈を満たすものだから……。それは純粋に強さを求めているってことにならない?」
「……他に言いたいことは?」
私の話に興味を持ってくれたのか、尋ねてきた。
「あるよ。次はその雪だるま!」
ビシッと指差すと、自分で作っていたはずのバザガジールですら、不思議そうに首を傾げる。
「アルビオ君と戦いたい、場所は問わないとか言いながら待ってたのは何故? わざわざ良い大人が雪遊びしてまで待つ理由はないよね? 調査隊の拠点地まで足を運べばいいわけなんだからさ」
「それは彼女の頼みでしたし……」
ちらっと遺跡の方へ目を向けるが、私は首を振って否定する。
「貴方ならその獣人さんを振り切れるでしょ? 張り切って襲撃して欲を満たせばいい。でもそうしなかったのは、配慮したんでしょ? 勇者の末裔を望む強さへ導くために……」
そう、バザガジールが望んでいる強さは、当時の勇者のような穢れなき強さ。
澄み切った中にも、気高く信念を宿した強さを。
自分もうちに秘めている、ただただ純粋な強さへの高みに登ってほしいと。
「人間には色んな心情が生まれる。アルビオ君の性格からすれば迷いや躊躇いが、きっと彼の強さを邪魔する。だから、できる限り人がいないこの場所を選んだ。違う?」
ただ彼の誤算があるとするなら、この遺跡に思い入れのある者が同行しているということ。
これでは望んだ通りにはならない。だからと言って引き下がるわけにもいかない。
それがバザガジールの心境ではないだろうか。
「貴方は自分の全ての強さに絶対的な自信がある。身も心も。だから彼にもそうあってもらうべく、配慮したんじゃないの? どう?」
「……フ」
「?」
「――フフフ……ハハハハーーッ!!」
私の発言を聞いて、バザガジールは大笑いした。
「貴方、面白いですね。まるで……クルシアのようだ」
「……その人とは一緒にされたくないな」
私は不服だと嫌悪感を持って答えた。
テテュラさんをあんな風にし、弄ぶ人と一緒にして欲しくない。
「そうは言っても貴方、クルシアが私を勧誘した時に似たような発言をされたのでつい……」
「!」
「いやー、この私としたことが。脆弱な蝿虫、いえ、人間に興味を持つことになろうとは……。アルビオには話しましたよね? 私とクルシアとの出逢いを……」
「ええ。まあ……」
なぞりだけではあるが、クルシアと接触した際、あのバザガジールをどう説得したのか、あの話術を聞けば一目瞭然だった。
バザガジールに興味を持ってもらえる発言をしたのだろう。
ヘレンのように、バザガジールを読み切って。
だからこそヘレンにも驚いた。
事前情報があったとはいえ、たった数分の会話でバザガジールの興味を惹く話ができてしまえることに。
「私はね、クルシアとは似ていながら、全く似ていないと言われました。彼は私のように真っ直ぐではないと。でも物事の価値観はよく似ていると……」
そう言われると、アルビオは納得できる部分がある。
この人は他人を気にせず、自分に正直であるが、クルシアは他人を利用しつつ、自分に正直なのである。
バザガジールとクルシアの違いは他人の扱いにあった。
「ですが、だから何だと? 私が純粋な強さを求める人間だからやめろと?」
私は首を横に振ると、スッと手を出した。
「純粋な強さを求めるからこそ、こっちの人間にならない?」
「「「「!?」」」」
私の意外過ぎる発言に一同、絶句した。




