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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6章 娯楽都市ファニピオン 〜闇殺しの大陸と囚われの歌鳥〜
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24 価値観の証明

 

「な、なんのつもりだ……」


 解放しておきながら、何を言い出すんだと怒った物言いで問うと、逆に聞かれた。


「ねえ? 君達はこれからどうするつもりだい?」


「わかり切ったことを聞くな! 俺は奴隷から解放された。これから故郷へ帰るんだ」


「へ〜……、そんな状態で?」


 クルシアはその格好を指摘する。


 ボロ布をそのまま服の形にしたような、どう見ても奴隷だとわかる見窄(みすぼ)らしい見た目。


 だが反論する男性を含めた人達は、それでも希望を口にする。


「身なりなんて関係ない! この汚点は必ず注ぐ」


 真っ直ぐなその考えは嫌いじゃないと考えていると、クルシアは嘲笑する。


「あっはは! わかってないなぁ、君達」


「なに?」


「自分が今どんな立場にいて、どんな価値観を持っているのかまるで理解していない」


「なんだと……!?」


「だってさっき君……ビビったでしょ?」


 男性は気まずそうに強がる表情をするが、クルシアからすればいじめ甲斐があると(そそ)り立つ表情を浮かべる。


「あのさ、一度奴隷に堕ちた君達がもう一度這い上がるってのは中々大変だよぉ。いくら故意的じゃなかったとしてもさ、奴隷って肩書きはどこまでも付き(まと)うよ」


「そ、そんなことは……」


「そこにいるセクシーな貴族嬢ちゃんとペットちゃんは違うかもしれないけど」


 ウインクして彼女達を見るが、眉間に激しいシワを寄せて睨む。


「ああん! そんな目で睨まれるとボク死んじゃーう!」


「本当にふざけた男ね」


「ていうかクルシアさ、カルディナ達は解放してくれてもいいんじゃない?」


 十七名って言ったんだ。カルディナ達はコイツの言うショーには関係ないはずだ。


「やぁだよ! だぁって解放したら、今すぐにでも噛み付いてきそうな勢いじゃない。ボク怖いー」


 客のほとんどは、お前の方がよっぽど怖いと思っているだろう。


「くだらない話をしてるな! ここを開けろ!」


 恐れを知らず元奴隷の男性は扉を開けるよう、クルシアに要求すると、


「わかったよ。お好きにどうぞぉ」


 パチンと指を鳴らすと、ギィと扉が開いた。


 彼を含めた三名ほどの元奴隷が外へと出て行くと、雪崩(なだ)れるように、客達も出て行く。


「はあ、はあ……やっと出られるんだ」


 元奴隷の男性は息を切らしながら、その先へと進むが、


「な、なに……?」


 そこには壁しかなく、出口が存在しなかった。


 奴隷達や客達も慌てた様子で出口を探す。


 地面や壁を触ったりして確認するも、何の仕掛けも無かった。


「なんで……どうして……」


 そんな絶望に打ちひしがられている間、クルシアは馬鹿にするような高笑いをしていた。


「アッハハハハハ!! 今頃、血相を変えて必死に探してるんだろうね。この豚がオークションが終わるまでは魔法陣なんて消してるのに……」


「! お前、それを知ってて……」


「いやぁ、ちょっと考えればわかるでしょ? ここって違法オークションだよ? そのあたりは徹底するでしょ?」


 するとクルシアの言う通り、逃げて行ったはずの元奴隷達と客が戻ってきた。


 するとクルシアは、神経を逆撫でするようなふざけた態度で大きく身体ごと首を傾げた。


「どお? お外の世界は楽しかったかい?」


「お前……知ってたな!!」


「さっきも彼女達に言ったけど、ボク、君みたいにお馬鹿じゃないんだ。考え知らずの能天気お馬鹿さん♩ 可愛いんだからぁ……」


 クルシアのその発言に堪忍袋の尾が切れたのか、元奴隷の男性は殴りかかる。


「――こ、このガキィ!!」


「はいはい」


 クルシアは簡単に彼の拳を避けると、そのまま足を蹴躓(けつまず)かせ、地面に叩きつけると、ナイフを手に取り、ザクッと彼の右眼を貫いた。


「――があぁあああーーっ!? あぁあ!! ああああ……」


「ありゃりゃ、痛そう〜。大丈夫ぅ?」


 のたうち回る男性をしゃがみ込んで眺めるクルシアは、自分がやったにも関わらず、心配の言葉をかけた。


「はぁあっ!! はあ……」


「――ネネっ!!」


「う、うん!」


 クルシアに対する恐怖心よりも怪我をした元奴隷の男性が急務だと、ネネは隣にクルシアがいるにも関わらず、治療を行う。


 そんなクルシアはネネのための場所を軽い足取りで空けると、彼の無力さを語る。


「これで少しはその回転率の悪い脳みそでも理解できたかな? 中々刺激的な痛みだったろ? 自分の立場を理解せず、考えず、目先ばかりの人生は落とし穴に気付かない。前だけ見て進む……なぁんてカッコイイこという奴いるけど、周りはちゃんと見ないとね」


 痛みに苦しむ男性にそんな言葉は届かないが、その治療を側で行うネネには聞こえている。


 ネネはキッと睨みを効かせた怒りの表情を見せる。


「貴方に……この人の痛みがわかりますか?」


「わからないよ。ボクは彼じゃないからね」


「そうじゃありません。こんなことをして何も感じないのかと訊いてるんです!」


 ネネの真剣な言葉が会場に響く。


 だがその言葉がクルシアに届くことはない。


「感じるよ。ボクの口車に乗って、滑稽(こっけい)だなぁ、惨めだなぁ、浅はかだなぁ、愚かだなぁって、コイツ、馬鹿だなぁって感じるけど?」


「……!」


 思っていた答えとはあまりにもかけ離れた答えに、酷くショックを受けた表情をする。


 そのクルシアの言葉だけではない。


 それを平気なひょうひょうとした態度で話すクルシアに衝撃を受けたのだ。


 ネネは瞬時に理解した、この人は理解できない存在だと。


「君だって内心は思ってるだろ? ――この汚点は注ぐ! だっけ? あっはは! 不様に踊るピエロみたいで面白かったよ。元とはいえ奴隷気質があるんじゃない? ふざけた格好してさ、さっきのセリフを吐き捨てた方が――」


「いい加減にしろ!!」


 ギルヴァの叫びが会場を震わす。


 クルシアの挑発的な物言いに触発されてか、周りの空気もピリつく。


「あれあれ? 同情するの? このピエロくんに。奴隷という立場を理解できず、馬鹿みたいに踊ることしかできない彼に……」


「お前のような人を傷つけるのに、何も感じない貴様が彼の人生を否定する権利はない!!」


「あんまりカッコいいこと言わないでよ。さっきボクに倒されたこと、覚えてる? それとも自分も同じ滑稽(こっけい)なピエロだから、仲間意識でも湧いたのかなぁ? それと感じてるから。コイツ馬鹿だなぁって」


「お前……」


 クルシアはそっと応急処置の終えた彼をネネごと見下ろす。


「本当に馬鹿だよ。自分の立場を……価値をもっと利用すれば良かったのにね」


「どういう意味だ、クルシア」


「あれ? わかんない?」


 クルッとこちらへと明るい表情で振り向く。


「だってさ。そこにいる彼らは何もわかっちゃいない。奴隷っていう立場は、特別な価値があるってことさ」


「なに?」


「……それはテテュラからも聞いたよ。生活に困窮(こんきゅう)している人は庇護してもらえるって……」


「まあそれもあるけどさ、もっと考えなよ。答えはすぐそこにある」


 そう言って視線を送る先は客達だ。


 思わず客達からは小さな悲鳴が聴こえる。


「あのクズ共が答え?」


「そう。よく考えてごらんよ。普通に貴族と親交を持とうとするなら、たかだか平民じゃ限界がある。貴族達だって会えない人間だっているよ」


「何が言いたい?」


「奴隷ってのは、どんな人間の懐にでも飛び込める特別な存在ってことさ」


「!」


「そこにいる連中は奴隷のリスクってのを軽んじているお馬鹿さん達さ。懐に入れた奴隷が喉元をいつ噛みちぎるかも知らずに……」


 すると元奴隷の娘が反論する。


「そんなの無理よ! 奴隷にされたら最後、首の刻印がある限り逆らえないようになってる」


 確かに奴隷の刻印には、所謂(いわゆる)召喚契約に似たものが施される。


 例えるなら、主人が奴隷によって危害を加えられた場合、逆らえないようにするために痛みを与えられるがわかりやすいだろう。


 だが、そんなこと知ってるよと前置きを据えて、カラッと答えた。


「あれ? ボクは脱獄したけど?」


「!?」


「お、お前の場合は闇属性持ちだからだろ!?」


「いやいや、リリアちゃん。ボクだって当時は十二だし、今みたいに自在に扱えるわけでもなかったんだよ? 少なくとも当時はその方法は無理だよ」


「じゃあ……どうやって?」


 にんまりと悪辣な笑みを浮かべて、方法はあると顔の前に人差し指を立てる。


「抜け道があるのさ。ボクの場合、犯罪者として捕らえられたけど、闇属性持ちだったでしょ? だからさ、殺すことを前提にした契約がされてたんだよね。――その死を迎えるまではここからは出られないって」


 言っている意味がまるでわからない。


 殺されてしまえば脱獄も何もない。そもそもクルシアがここにいるまでもない。


「簡単だよ。仮死状態になった後、出ただけさ」


「は? そ、そんなの脱獄できるわけが……」


「できたからここにいるんだけどなぁ〜」


「そ、そんな馬鹿な……」


「大体はさ、犯罪者達に施す奴隷契約には、数年この地から出られずとか、長い終身刑の人間ならこの場所から出るな、みたいな制約の元、契約が行われるけど、ボクの場合、翌日には処刑が決まってたからね。ボクが無言を貫き、落ち込んだ表情をしてたからかな? 同情と魔が刺したんだろうね、魔力をケチってさ、簡単な契約にしちゃったのさ!」


「つまりお前は……死を迎えるという契約を仮死状態、つまりは眠ったりすることで誤認させたってことか!?」


「その通り!」


 ついでに補足を入れると、元々クルシアの魔力も桁違いだったのと、闇属性というせいもあってか、軽い奴隷契約しか通らなかったという説もあるという。


「リリアちゃんだって、アーチェちゃんだっけ? あのお貴族のお嬢様に奴隷の契約をさせたでしょ? そういう契約ってのは、どこかに穴があるものさ。それをしっかり理解していれば……やりようはいくらでもある」


 確かにアーチェに施す際にも、そのような術式での契約はした。


 だがその契約の制約をかい潜り、悪事を働くことは確かに可能だ。


 それこそ闇金融みたいな考えだ。


「別にさ、奴隷契約って聞くから強く聞こえるだけで、人形使い(ドールマスター)からのものじゃないんだ。自分の意識くらいあるだろ? 考えなかったの? 思い付かなかったの? ねえ、ねえ?」


 元奴隷達はそんな考えにはならなかったと、表情からも読み取れるくらいショックを受ける。


 そんな元奴隷達にクルシアは、屈託のない笑顔で侮蔑する。


「わかった? 君達がどれだけ無能なのか。その空っぽの頭で理解できたかなぁ?」


 そう言われたアリアを含めたみんなは、震えながらも否定できずに黙り込む。


 クルシアはボクだったらと、奴隷にされた例を挙げてありとあらゆる手段を口にするが、どれも一般人の発想ではなかった。


 常識人であれば、そもそも奴隷にされた時点でショックを受けて、その場の雰囲気と立場に流されていくのが自然だろう。


 だがクルシアは、


「そんな考えは無能のすることさ。せっかく神様がくれた考えられる肉片も宝の持ち腐れってヤツだよ。取り出してもらえば? その脳みそ。ボクが修理してあげようか?」


 子供みたいに無邪気に話すが、その内容とその言葉に含まれる想いは明らかに馬鹿にしたものだった。


 だが奴隷になり、クルシアの言う通りだった手前、何も言い返すこともできなくなっていた。


「……弱いことはそんなにいけないことか」


「ん?」


「この人達は望んで奴隷になったわけじゃない! この人達は――」


「やめなよ、リリアちゃん。君が同情すると、彼らはもっと惨めになるよ」


「!!」


 俺はバッと元奴隷達を見ると、なんとも言えない表情をしていた。


 言い返してくれて嬉しいと思う反面、クルシアの言う通り、その同情心が刺さると呟きたそうな顔。


 俺は思わず畏縮する。


「言ったろ? 立場と価値観を理解しろってさ。……リリアちゃん、君は自分の価値に気付いているかい?」


「私の価値……」


「そう! 人間には価値が存在する。例えばボク。――ボクはこの大陸で一般的にはあまり知られてはいないから普段は、このピエロくんみたいにガキ扱いがほとんどだ。つまり他人から見たボクの価値は、ただの生意気なクソガキだ。けど、一度正体が知られればご覧の通り……」


 スッと怯えた客達にお辞儀する。


「ボクはクレイジーな犯罪者! 闇の魔術師! 指切り! レイフィール家の惨劇……なんて呼び名で恐れられる価値を持つ存在へと化ける。その価値を持つからこそ、ボクはボクという存在を君達に刻める」


 身振り手振りでご高説すると、今度は俺を例にあげる。


「君もそうさ。気心の知れた友達からは『リリア・オルヴェール』としての価値と評価をされるだろうが、赤の他人からすれば君は『黒炎の魔術師』だ。魔人を倒した英雄、ハーメルトのテロを止めた立役者……それが君の価値を高め、またその存在をボク達に刻める……どう?」


 そう説得されると、否定的な意見を出せない。


 第一印象で決まるなんて有名な話がある。


 クルシアの言う通り、アイシアやリュッカからなら、俺という存在を見てくれるし、知ってくれる。


 だが初対面の人間が俺をどう判断するかは、噂や第一印象。


 カミュラが俺と初めて話した時、期待外れだったと言ったこと、俺が未だにカミュラのことを許せずにいることを思い知らされる。


 人間には自分や周りが作り上げた価値観で、関係を作っていくのだと、悲しい現実を突きつけられる。


 そしてこのクルシアはその価値を正しく理解し、利用し、嘲笑う。


 悔しいし、認めたくないが、この男はその能力に長けている。


 俺が塞ぎ黙ると、クルシアは元奴隷達の方へ向き直す。


「いいかい? 人間ってのは正しく立場を、価値を、状況を、状態を理解し、考えられる人間が立つようにできてるのさ。君達は奴隷という立場に落ち込み、価値を見出せず、この状況を流されるままに受け入れて、そんな状態になった……」


 アリアは周りのみんなの表情を見る。


 酷い顔をしているが、自分もそんな顔をしているのではないかと、惨めな想いが募る。


 そしてギルヴァがいることも理解しているからこそ、こんな恥ずかしい自分は見せられないと、他の人達の後ろへ隠れた。


「……楽しいかよ」


「は? 何が?」


「そんなに人を虐めるのが楽しいか!?」


「うん! 楽しい!」


「だろうな。お前の言う事は確かに正しい。……人は人の作ったしがらみに苦しめられながら、生きていく。こうして口にすると中々滑稽(こっけい)だが――」


 ギルヴァはビシッとクルシアを指差す。


「それでも懸命に生きてんだろうがぁ!! 例え惨めでも苦しくても、そこの男みたいに故郷に帰りたい、元の生活に帰りたいと望むことの何がいけない!! それを(もてあそ)ぶ権利が……何故お前にある?」


 同情心が溢れ出たのか、途中から涙を流した。


 あまりにも不便で見ていられなかった。


 クルシアの言う通り、あそこまで言われた彼らを同情するのは苦しめることと同じだ。


 躊躇(ためら)ってしまった。


 だけど言わずにはいられなかった。


 アリアはどこにでもいる町娘だが、自分にとっては大事な幼馴染。


 ――あの日、笑顔で見送ってくれたアリアを……自分の決めたことへ背中を押してくれたアリアを……侮辱されたのが、どうしても許せなかった。


 だがクルシアはそれもお見通しであった。


「ごめんね。君のお友達もいたんだったね。アリアちゃんだっけ? そうだよねぇ〜、か弱いお姫様には君みたいな王子様が必要だよねぇ〜」


「……っ!」


 アリアを辱めるような発言に、歯をギッと食いしばり悔しさを露わにする。


「お前、本当にいい加減にしろ!!」


 もう冷静ではいられなかった。


 俺は魔導銃を手早くクルシアへ向けると発砲した。


 ダンッと激しい発射音が(くう)を裂き、瞬時にクルシアへと向かうが、弾道が逸れた。


 すると、


「――きゃあっ!?」


 バンッという壁に貫通した音が元奴隷達の近くへと跳弾した。


 幸い当たらなかったが、俺は思わず我に帰る。


「チッチッチ、駄目だよリリアちゃん。冷静さが足りないなぁ。もっと余裕を持たないと。ボクみたいにさ」


「ぐっ……!」


 俺もコイツに心を打ち砕かれそうになるが、アイシアとリュッカが側に来てくれた。


「……」


「大丈夫だよ。リリィは何も間違ってない」


「うん。ギルヴァさんの言葉にも間違いはありません」


 二人はクルシアをキッと睨む。


「クルシア、貴方は本当に子供だよ。そんなに構ってほしいの?」


「シアの言う通り。大人ぶってるただの悪い子供に、大人の事情なんてわからないよ」


 アイシアとリュッカから珍しく、人を馬鹿にするような発言に面食らう。


 これにはクルシアも笑った。


「あっはは! それでボクを動揺させるつもりかい? だったら無駄だよ。ボクは自分が子供であり、思いやりもないなんてことくらい、自覚してる」


 するとアイシアとリュッカは、自信に満ちた表情でこう言い返す。


「知ってるよ。言い返したかっただけ」

「知ってます。言ってやりたかっただけです」


「……」


「「悪い?」」


 またも面食らってしまう。


 二人だってクルシアの言うことは理解しているはず。でも、こちらだって負けないという強い意志を感じた。


「……凄いよ。二人とも」


「へへー……」


「大丈夫だよ。私達なら負けない」


「……アッハハハハハ!! いやぁ、カッコいいなぁまったく……」


 するとクルシアは悪辣な表情で微笑む。


「壊したくなるじゃないか……!」


「「……!」」


 俺達は思わず身構えるが、クルシアはケロッといつもの表情へと戻る。


「大丈夫だよ。今すぐどうこうしないさ。もっと君達の友情が良い色をし出したあたりにさ。期待しててよ」


「断るよ」


 俺は再び魔導銃を構えるが、まったく気にせずに元奴隷達の方へ振り返る。


「さて話を戻そう。――そんな惨めな君達にもビックチャーンス!!」


 すると手に取り出したのは、見覚えのある透明感のある紫水晶、魔人マンドラゴラの魔石。


「クルシアぁ!!」


「やめなよ。今度は人に当たるかもよ」


「くっ……」


 いくらアイシアとリュッカが励ましてくれたとはいえ、この男に今、銃は使えない。


 しかもコイツは今、ショーと言って彼らと話している。


 余計な邪魔などしようものなら、これ以上はマズイのだろう。


 結局、状況は変わらない。


「君達も噂くらいは耳にしているだろう? 東大陸のハーメルト王国であった魔人の襲撃事件」


 アリア達は、ハッとした表情で知っていることを証明する。


「これはそこにいる黒炎の魔術師様が倒した魔人マンドラゴラの魔石さ」


「なっ……!」


 思わず会場中が騒つく。


「そしてこれはうちの知り合いに改造してもらって、人工魔石と化した兵器……」


「ま、魔人の魔石を改造……馬鹿な……」


 今まで地べたに座り込んでいた店長が、わなわなと信じられないような表情を浮かべる。


 するとクルシアは、服の裾を掴んで鎖骨の下あたりを見せるように、グッと服を引っ張ると、そこには魔石が埋め込まれていた。


「――!?」


「これはね、ボクについているのと同じ……魔物の力を自分のものにできるという物さ」


 言っていることの理解の範疇(はんちゅう)を超えると、アリア達も動揺する。


「この魔人マンドラゴラの魔石は名の通り、マンドラゴラの力が手に入る。しかもボクについている物より圧倒的に質がいいことから、確実にマンドラゴラの力が手に入る。――演奏詠唱は勿論、音波攻撃やそれを派生した催眠、あとは魔人の力をそのまま貰えるから、肉体強化、詠唱破棄、寿命だってなくなる! 正に超人的な力を手にし、生まれ変われるのさ」


 確かにクルシアが見せている魔石よりも、明らかに魔人の魔石の方が上質なのが理解できる。


 クルシアについている魔石(もの)は、真っ赤なブラッドレッドの魔石。形もテテュラがつけていた物同様、ゴツゴツした魔石だ。


 店長もクルシアのより価値があると判断したのか、物欲しそうな顔をしてせがむ。


「そ、その魔石……わたくしにくださいな! 是非!」


 それを聞いたクルシアはにんまりと微笑むと、割とすんなりと手渡した。


「いいよ。タダであげる。……ただし条件がある」


「条件……?」


「ボクはこれの適合者を探しに来たんだ。君はこれを金儲けの道具として求めたのだろうが、ボクはそれを許さない。これの適合試験を受けてもらい、合格すれば……君の物だ」


 店長は先程の説明を思い出す。


 この力を手に入れれば思いのまま。クルシアのような傍若無人な振る舞いを取ろうとも力で抑止できる。


 目先の欲望にだけ考えが走る店長は尋ねる。


「どうすればいい?」


「それを丸呑みすればいい」


「は!? これを……丸呑み!?」


 魔石の大きさは成人男性の手のひらにすっぽり収まるサイズ。丸呑みなど不可能だ。


「大丈夫だよ。魔石といえど所詮は魔力の塊。体内に取り込まれると判断すれば、それ相応の大きさになるよ。口元に近付けてみるといい」


 店長は言われた通りにすると、魔石はなんとか口に入れて丸呑みできるサイズに縮んだ。


「は、はは……」


 店長は力が手に入ると思い、呑み込もうとする。


「――止めろ、おっさん! それがどれだけ危険な物かわかってるのか!?」


 俺の制止の声にピタリと動きを止める。


「そいつが今さっき言っただろ? 口車に乗って哀れだと。お前もクルシアの道化になるつもりか!?」


 カルディナ達を奴隷に(おとし)めた奴ではあるが、見逃すわけにはいかなかった。


 生きて罪を償わせたかったし。


 店長は我に帰ると、その魔石を両手で握り締めながる。


 すると本来は自分達にやらせるつもりだったのだろうと、元奴隷の男性の一人が尋ねる。


「これ……適合しなかったらどうなる?」


 会場はシンと静まり返る。


 するとクルシアはフッと笑うと、


「そうだね。デメリットの説明をしよう」


 パチンと指を鳴らすと、店長が宙に浮く。


「あ? ああっ!? ちょっ……」


 バタバタと暴れるが店長は身動きが取れない。


 クルシアは同じく宙に浮いた魔人の魔石を手に取ると、店長の髪を鷲掴み、風魔法で無理やり口を開かせた。


「あ!? あがぁあっ!? おぼぉっ!?」


 クルシアは店長の口に魔石を押し込んだ。


「クルシアっ!!」


「げほっ! けほ……あ、ああ……」


 地面に尻込みをついて倒れた店長は呑み込んでしまったと、両手を眺めながら恐怖する。


 欲したとはいえ、デメリットがあると訊かされた後だ。


 何が起こるのかなど想像しようがない。


「あ、あんた――ばっはぁっ!?」


 店長は激しく痙攣(けいれん)を起こす。テテュラの時と同じ初動だ。


 みんなの注目が店長に集まる。


 その店長は喉から何か出てくるのを堪えるような、苦しそうな仕草を取りながら、痙攣(けいれん)を続ける。


 そして――、


「――おぼぉおおおーーっ!!?」


 瞳の色が真っ赤になったかと思うと、口から木の根が生え出てきた。


 さらには目や耳、至るところからにょきにょきと出てきた木の根は店長の身体を引きちぎった。


「…………」


 衝撃の映像に一同、絶句する。


 その店長だったものは、一本の木となり佇んでいる。


 そして、その木の枝の一本から木の実のように、魔人の魔石が成ると、クルシアは千切り取る。


「あーあ。死んじゃった」


 その一言を火蓋(ひぶた)に悲鳴がこの会場を支配する。


 あの豚男みたいに首を切られて殺されるでも衝撃だったと思う者もいる中で、人の死に方とは思えない死を見せつけられ、会場はパニックだが、


「はいはい。静かにしようか」


 パンパンとクルシアが手を叩き、要求すると静かになった。


「なんでそんなに驚くかな? 当然でしょ?」


「お、お前……ホントどうかしてるよ!?」


「えっ? なんで? さっき説明した力がタダで手に入るんだ、いっ時、命を賭けるくらい当然だろ?」


 すると何か企むような笑みを浮かべながら語る。


「ねえ……君達はどう価値を作る? どう自分達の価値を証明する?」


 クルシアは指を三つ立てる。


「君達の選択肢は三つだ。一つ、ボクの奴隷になることだ」


「!」


「実はね、ボクの組織って少数組織だから雑務をこなしてくれる人が居なくてね。ボクの奴隷になり、雑務をこなしてくれるなら、身の安全の確保を約束しよう。それ以外なら何をしても構わない……」


 先程の話を照らし合わせて、寝首をかけるならどうぞと言いたげな発言だが、元奴隷達はそれ以上に身の安全の確保に信用性がないと考える。


 その理由を皆が見ている。


「ははっ! 信用がないのはわかってるさ。だから二つ目、そこのピエロくんみたいに自由を求めることだ。だが、一度奴隷という肩書きを背負った以上、中々昔の通りとはいかない。大きな後ろ盾を作ることができるかにゃあ? そのための価値観を証明できるかにゃあ? 頑張ってみるかぁい?」


 一度奴隷となってしまえば、(さら)い屋からすれば、格好の餌。


 その警戒心を利用し、言葉巧みに騙される未来が見えているような言い方をする。


 元奴隷達はどんどん疑心暗鬼に陥る。


「そして三つ目……」


 魔人の魔石を適当に放り投げ、元奴隷の一人が思わず手に取る。


「あっ!? ああっ!!」


 人を殺した魔石を手にしたその人は思わず驚いて手放すと、魔石は元奴隷達の足元に転がる。


「人知を超えた力を手に入れることだ。その力が手に入れば、奴隷なんて肩書きは一瞬で消える。その力で善行を行えば英雄に。悪行を行えばボクのように振る舞える。君達の価値をどう作るか……ボクは提示したよ? 強制はしない。選ぶのは――」


 スッと手招く仕草を取る。


「君達だ」


 元奴隷達は考えるが、この今までにない狂った状況に正常な判断ができない。


「――みんな止めろ!! その男の口車に乗るな!!」


「そんなこと言っていいのかにゃあ? ギルヴァ君だっけ? 責任取れるの〜?」


「自分の生き方は自分で決めるものだ! 他人に決められることじゃない!」


「じゃあみんな二つ目を選べばいい。自由ほど恐ろしい世界はない」


 クルシアのゆらりとした這い寄る言い方に、一人の元奴隷は追い詰められた。


「お、俺は……!!」


 その男性は魔石を手に取る。


「おい、よせ!」


「煩い! あ、あんた、その力が手に入るのは本当だな?」


「ああ、本当さ。君が望むなら、きっとその魔石は応えてくれる。必要なのは自分の意志と覚悟と命だ」


 男性はゆっくりと魔石を呑み込もうとする。


「俺はもうごめんだ……俺は強くなりたい!!」


「やめろっ!!」


 ギルヴァの制止の言葉を振り切り、呑み込む男性は、


「――お、おおぐうっ!? ああぁあ!!」


 店長と同じように苦しみ出すと、瞳が赤く染まる。


「ああ……コ、コロスコロスコロコロコロス――ぶぐっ!?」


 ――やはり結果は同じだった。


 アリア達の前で木となり果てた男性は、恐怖のモニュメントへと変わり果てた。


「あはははははっ!! どうだい? 素敵なショーだろう? 自分の人生を賭けた命懸けの瞬間をこうして堪能できることは中々ない。はぁ……刺激的だぁ」


「「――クルシアぁっ!!」」


 俺とギルヴァはもう限界を超えたと、ブチ切れ攻撃しようとした時、


「――五星教だっ!! 全員、大人しくしてもらおう!!」


「「!?」」

「!」


 五星教の女神騎士と副隊長が総揃いして潜入してきた。


 客達は救いが来たと、違法オークションの客にも関わらず、助けを求める。


「よ、良かった! ご、五星教の女神騎士だな? 私を助けてくれ!」


「はあ? 離れろっ!」


 客達はプライドなど捨てて、我が身可愛いさに(すが)りつく。


 そんな中、一人の女神騎士は茫然と佇んでいる。


「皆さん、落ち着いて下さい! ガオル、この人達を外の者達に……」


「は!」


「メル、貴女も指示を……!」


 リアンは今までに見たことのない形相をしたメルトアを見た。


 その視線の先には、ひらひらと手を振りながら無邪気な笑顔でいる少年の姿があった。


「久しぶりだね、メールちゃん♡」

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