49 悪夢の夜
「あははっ!! いやぁ、実にテテュラちゃんらしい魔物になったじゃないか。身体が変異しないことには、ちょっと疑問だったけど、これなら納得だ」
この状況を唯一楽しみ、クソみたいに客観視した発言をするクソ野郎を全員が睨む。
「貴様……何をしたのかわかっているのかっ!!」
「ええ〜、ボクのせい? 言っとくけど、その魔石をつけるって決めたのは彼女だよ? 自業自得じゃない」
「そうだとしても、こうなるってわかってる発言だよなぁ!! 今の!!」
ウィルクの言う通りだが、今のだけでなく、さっきまでのが正しい。
でなければ魔物の細胞なんて単語は出てこない。
おそらく、ドクターと呼んでいるクソ野郎と話をしたり、形状や状態の把握をしていることから、実験も行っていたように考える。
「撤回して……」
「ん?」
「テテュラちゃんらしいっていうの、撤回してっ! あんなのテテュラちゃんじゃない!」
「君はテテュラちゃんの何を知ってるんだい?」
冷たく突き放すような言い方で、アイシアに圧力をかけると、すぐに、フフっと笑い出した。
「ごめんごめん。でもさ、テテュラちゃんに何があったか、知らないでしょ? ボクはあのヴェノムの変異種を見て思ったよ」
ヴェノムとはスライムの変異種。丸い形状はそのままに、生き物のような口を一つ持つ化物。
今、目の前にいる変異種同様、恨み言を口にするが、ここまではっきりとは喋らない。
つまり目の前にいるのは、変異種の変異種。
このイレギュラーを理解しているのは、魔物に詳しいリュッカや王族として多種の知識を有するハイドラスやファミアだけだった。
「あの吐き出てくる怨嗟はテテュラちゃんの心さ。家族に捨てられ、孤独を生き、暗がりの世界を生き続け、でも光に縋り付きたい浅ましさに憎悪が零れる……いやぁ、ピッタリだとは思わないかい?」
「あれを見て当てはめただけだろ!?」
「じゃあテテュラちゃんの両親や弟君に聞いてみればぁ〜? 西大陸のちょっとしたお貴族様だから、調べればすぐだよ」
「何?」
「まあ、まともにお話ができる状態ではないけどね」
その発言に、コイツが何かをしたのではないかと、証拠もないのに確信に近い疑念が湧いた。
「それにしてもここまで踊ってくれるなんて……ホント、健気だよねぇ! テテュラちゃんはさ! あっははははははっ!!」
こんな姿にされたテテュラを笑う元凶に、完全に堪忍袋の尾が切れたウィルクは、鬼面のような表情で激情する。
「――クソガキィッ!! お前、少しでいい……そこで大人しくしてろ! そのよく喋る口、てめぇの首ごと切り落としてやるっ!!」
「きゃあ〜ん! こっわ〜い! ねえねえ? いいの〜? 殿下の側近さんがぁ、か弱い一般市民の首を落とすとかぁ、いいのかなぁ?」
相変わらずマイペースに話を進めるクルシアの煽りだが、ハイドラスには耐性がついたか、怒りの限度が超えたか、表情と言動を聞けば一目瞭然だった。
「……貴様のどこがか弱い一般市民か。寝言は寝てから言え。ウィルク、ハーディス、私の命令などなくても、あんな外道の首など落としてしまえ!」
「は!」
「はい!!」
「はぁ〜、なるほど。これならテテュラちゃんが最悪、この国を落とそうとするのも納得かも。王子様ならもっと冷静にいこうよ! あ……」
この国の将来をわざとらしく憂うと、何かに気付いたのか、またふざけたことを口にする。
「ボクのことよりさ、彼女のことを気にしたら? テテュラちゃん、王子様に首ったけらしくて、ディープキッスをお望みみたいだよ〜ん」
「またふざけた――」
「避けなさいっ!!」
またクルシアの発言が感に触るが、ファミアの注意喚起が我に帰らせる。
「――アハぁーーっ!!」
「なっ!?」
ヴェノムの変異種は、ぐにょーんと口一つと一緒に身体の一部を伸ばし、ハイドラス目掛けて噛み付いてきた。
だが、ファミアの知らせのおかげで間一髪、回避できた。
「アハァ、イヒイヒヒ……」
「あ、あっぶな!」
「ああっ!! いっけないんだ! 女の子の熱烈アプローチをそんな風に躱すなんて、男の風上にも置けないな〜」
「本当にふざけたことしか口にしない奴だ!!」
するとクルシアは演技じみたショックの受け方をする。
「あ〜あ。ボクちゃん、ショックだなぁ。テテュラちゃん、ボクに好意があったみたいだったのに、そんな簡単に他の男に尻を振るなんてさ、ボクちゃんのガラスのハートが粉々だよ〜。ってことなんで、ボク帰るね」
「なっ!?」
「ふざけるなぁ!! 降りて来い!!」
そう叫んで呼びかけるが、クルシアはモニュメントから見下ろすように見て、嘲笑いながら、楽しげに語る。
「さあっ! 神様の皆様、如何かな? 今宵の物語の主人公は、家族から愛を与えられながらも、残酷に捨てられ、傷つき、絶望に伏した少女。希望と縋り、手を取った道の結末は、魔に染まりし、死よりも残酷な道。そんな道を駆け上がってしまうのか……さあっ! まもなく終演。自分をやっと見つけてくれた友に殺される未来か、殺す未来か……はたまたボクや神様の予想を超える未来か。最後までご観覧あれ」
天を仰ぐようにモノローグを語るクルシアはまるで神にでも告げているように聞こえた。
「神なんて信じてんのかよ……」
その質問にパチクリとした目をしたクルシアはすぐに不敵に笑う。
「そう聞かれると、まあ信じてるかな? あ、でも信仰心とかまったくないよ」
「なに?」
「だってさ、人間を作ったのは神様だよ。ボクは素直に感謝しているのさ。こんな残酷に、こんなに感情的に、こんなに脆い生き物として作ってくれてありがとうってさ! おかげでボクの人生は最高さぁ……」
俺は歪みに歪んだ感情を持ち、平気で口にするクルシアを前に、ポツリと人間の悪い言葉が頭に浮かんだ。
人の不幸は蜜の味……確かに人間は小さい頃から競争率を求められ、敗者の上に、その敗者の不幸の尺度はまちまちだろうが、成り立っているということは理解できる。
だが、コイツがすする蜜の味は、色濃い血の味がするのだろうと確信を持って言える。
「さて、じゃあ前座はここまでってことで……」
そう言うと、クルシアの背中からバッと大きな羽が生えた。
テテュラのものとは違い、逞しく見え、どことなくポチの羽に似ていることから、ドラゴンの羽に見えた。
「では演者諸君、また次の舞台でお会いしましょう?」
「――お前、まだこんなことをするつもりか!?」
すると魔人の魔石に持ち替えて、ニヤリと微笑み、深くお辞儀をする。
「次の舞台は『歌鳥の鳥籠』にて。興味があったら是非おいで。また素晴らしい舞台を演じきってよ。彼女みたいにさ!」
バサっと大きく翼を広げ、
「じゃあね。幸運を祈るよ、主人公諸君。――あっはははははは……」
ギュンと素早く飛び立った。
「クルシアぁっ!!」
「くそ、あの野郎……」
俺やウィルクが思わず感情的になっていると、
「――切り替えろ!」
ハイドラスの呼びかけにビクッと反応する。
「想いは皆同じだ。あの外道を許せない気持ちはな。だが今は……」
ハイドラスの言う通り、今は目の前にいるヴェノムの変異種と化したテテュラをなんとかすること。
ヴェノムの変異種は、恨み言を念仏のように唱え続けながら、こちらを威嚇している。
いつまた襲ってきてもおかしくない。
「そうだね。今は……」
ダッとフェルサが先行し、一気に距離を詰める。
「フェルサちゃん、ダメっ!!」
「ん!」
アイシアの制止を無視し、体内魔力をできる限り攻撃する腕に集中。
そうすることで、この液体の消化能力の防止に加え、攻撃力を上げられる。
どちらにしても魔力を帯びなければ、近接戦はできない。
ヴェノムは不定形の水をベースにした魔物。本来なら物理攻撃はほぼ無効にされてしまう。
その不意をついた素早いフェルサの動きに、対応が遅れたヴェノムの身体はえぐられる。
「「「「「――ぎゃああああーーっ!! 痛い痛い痛い痛いぃ!?」」」」」
無数の口から悲痛な叫びが連呼される。
「痛いイタイいたいいたい痛い……」
「なんでどうしてこんなこんなこんな……」
「苦しい……クルシイヨォ……」
フェルサは耳障りだとでも言いたげに表情が歪むが、攻撃の手を緩める気もないよう。
(意外と脆い。いけるか……?)
「フェルサちゃん、やめて!! まだ、まだ助かるかもしれないんだよ!?」
「アイシア、気持ちはわからないでも――」
「「「「「キャアーーーーッ!!!!」」」」」
ヴェノムは先程のように身体を伸ばし、怨嗟の言葉を口にしながらフェルサを猛追。
その回避するフェルサの動きが鈍い。やはり怪我の影響と魔力吸収の影響か、本調子ではない。
「――シャドー・ダンス!!」
無数の攻撃には無数の攻撃だと、影でやり返し、とりあえずフェルサを引かせることに成功。
「フェルサちゃん、早まらないで! テテュラちゃんは……」
「彼女だって本望じゃないでしょ? 無闇に人を、ましてや魔物に姿を変えて殺すだなんて……」
「待ってフェルサ。アイシアの言う通り、まだテテュラを助けるチャンスはある」
「なに? どういうことだ、オルヴェール」
「クルシアのさっきのモノローグの中に、駆け上がってしまうのかって言ってた。魔石になってしまったなら『しまう』なんて言わない」
みんなヴェノムに視線を向ける。
「まさかテテュラは、まだ完全に魔石化していない!?」
「アイツの言葉をそう解釈できればの話ですが……」
あの性格の最悪なクルシアのことだ、変に希望を持たせ、絶望させるという解釈もできるが、最後に口にした予想外の結末という言い分も気にかかったため、可能性は否定できないと踏んだ。
「――さっすが、リリィ! うん! 助けよう!」
俺の言葉に希望を強く持ったアイシアは、やる気満々だ。
俺としてもこのままにはしておきたくない。
だが、状況を打破するためにも情報を整理しようとすると、
「アハァッ!! シネェェーーッ!!」
ヴェノムが完全に敵だと認識し、襲いかかってくる。
「ぐっ……我々が囮りになり、時間を稼ぎますわ。ついてきなさい、獣人さん」
「だから、お前が仕切るな!」
「お前達……」
「は! オリヴァーン隊長!」
「彼女達だけでは限界がある。我々騎士もそろそろ意地を見せねばな……ついて来い」
フェルサもカルディナも魔力吸収、テテュラとの戦闘で酷く消耗している。
ならばとここまで見ているしかできなかった騎士達を奮い立たせる。
部下の騎士達はあのイレギュラーを見て、一息飲むと覚悟を決めた表情で敬礼。
「は!」
「オリヴァーン、待っ――」
「いくぞっ!!」
オリヴァーンを気遣おうとした、ハイドラスの言葉は耳に入らなかったよう。
「聞く耳ありませんでしたわね? ……ユーキル」
「は!」
「彼らと共に時間を稼ぎなさい」
「は!」
この中でまともに戦えるユーキルも投入。
そしてこちらでは作戦会議に入る。
「あれはクルシアの言う通り、ヴェノムの変異種であってる?」
「うん。ヴェノムは一つしか口がないから、無数にある時点でそう判断できるよ。そのヴェノムの特性上、身体は完全な毒物。触れただけで溶かされちゃう」
「でしょうね。元々スライム自体、我々魔法使いが討伐できる対象。とはいえ、先程の獣人のように魔力を帯びれば対処も可能ですが……」
ファミアはそう言うと、ちらりと城下町を見た。
すっかりトーチ・ゴーストも減り、テテュラが魔法陣を解いたことで魔力吸収は落ち着いたが、ここにいる面々に限らず、城下町を対処して回った騎士や冒険者の魔力は乏しいだろう。
持ってきたマジックポーションもほとんどないため、まともに戦えるのは、その影響を受けず、大量に魔力を保有する俺かユーキルである。
「なるほど、近接戦ではもう囮りをやってもらうほかない状況か……」
「しかもフェルサちゃんの攻撃が当たった時、思った以上に柔らかいようです。テテュラちゃんを救うなら、削るように攻撃したいところです」
「削るようにか……」
「とはいえ、弱い攻撃で削れるほど甘い相手でもないよね?」
あの真っ黒な身体の中にテテュラがいるはずなのだが、そのヴェノムの動きは変幻自在。
騎士達やカルディナ達をまとめて相手取っても引けを取らないのは、伸縮自在の身体の影響。
「あ……ああぁああっ!?」
「……隊長、すみま……せん」
「お前達は下がれ! くっ……おのれ」
二人の騎士が片腕を丸ごと溶かされた。
そのヴェノムは楽しそうに笑う口と恨み言を喋る口と様々である。
「アハあはははは、アハ、アハ……」
「血だぁ……血ィイィイイ……」
「憎いニクイニクイ憎い……」
「こんなの……見ていられませんわね!」
健闘するカルディナ達のためにも早く方法を見つけなければならない。
「ねえ? アイツ属性は? それは弱点にならない?」
「ヴェノムは闇属性単体のはずだけど、あれは変異種の変異種。常識が通じるかどうか……」
「そうですわね。それに仮に彼女が魔石化してないにせよ、魔力の原動力になっているのは人間。外面は脆くとも、まともに攻撃が通るかもわからないわ」
「しかもそのテテュラを助けようというのだ、条件は厳しいぞ」
そんな思い悩む俺達を見てか、
「ウィルク、ここの守りは頼む」
「は? お前……」
「時間稼ぎが必要だろう。頼むぞ!」
そう言うと、ギュンとハーディスはヴェノムに向かい、斬り裂く。
「はっ!」
ザシュっと身体をえぐり、ヴェノムは悲鳴を上げる。
その時、俺達はハーディスの攻撃から透明感のある固形物が見えた。
「!?」
「あ、あれは……」
テテュラの腕だろうか、どうやら一刻の猶予もないようで、魔石化の進行は進んでいると考える。
するとここで、
「う、うう……」
「アルビオ!」
「で、殿下」
アルビオが目を覚ましてくれた。
すると、ファミアは残り少ないマジックポーションを手に取り、飲むよう促す。
「これをお飲みなさい。目覚めたばかりで申し訳ないけど、働いてもらいますわ」
アルビオは軽く辺りを見渡すと、黒い異形の化物と戦うみんなの姿があった。
「……わかりました」
一気に飲み干すと、あの外見からヴェノムと咄嗟に判断すると、適切な情報を取得できるザドゥを顕現する。
「ザドゥ。あれの倒し方を……」
「待って下さい。あれは、テテュラちゃんなの」
「えっ!?」
「うん。残念だけど、そうなんだ」
するとザドゥも異常であると警告する。
「警告。正体不明。認知不能。人種? 魔物? 警告。警告……」
まるでエラーでも起きたかのような機械的な反応だが、希望的な発言もしている。
「ザドゥだっけ? 今、人種って言った?」
「……」
「えっと、ザドゥさん?」
俺が話しかけると急に黙り込んだ。
「ご、ごめん。ザドゥは人見知りだから、驚いたんだよ。僕が聞くね」
なんでも元々は他の精霊ほど人間を毛嫌いはしていなかったのだが、闇属性を司る精霊なせいか、引っ込み思案な性格らしい。
「ザドゥ、人の気配を感じるの?」
「肯定。人種感知。生命力微量」
「……わかった、ありがとう」
事の深刻さも教えてくれた。
「アルビオ。ザドゥに正体ではなく、身体の情報とかだけでも調べられない?」
「わかった。ザドゥ」
すると、ザドゥはすぐに答えを導き出してくれた。
「調査完了。闇属性。性質毒素。スライム同質。魔石、解析不能」
「ありがとう。そこまでわかれば十分だ」
「そうだな。アルビオ、光属性の攻撃で削るように攻撃できるか?」
「そうですね……」
悪戦苦闘しているカルディナ達の戦闘を見たアルビオの答えは、
「難しいですね。思った以上に身体が脆く、光属性の攻撃はあの魔物に対して有効な分、効きすぎます。中にいるテテュラさんに影響を及ぼしかねません」
「それに身体の再生も早いです。かなり大きく削らないと、テテュラちゃんを引っ張り出せません」
「まったく! 難しい要求を……」
イライラしながら爪を噛むファミアだが、まったく同意見だ。
要するには、テテュラに影響が出ない程度で身体を大きく削らないといけない。
「それにあのゴムみたいに伸びる無数の攻撃を躱しつつですしね。魔法攻撃でもやり過ぎてしまいますし……」
「ゴム……それだっ!! ナイス、リュッカ!!」
「へ?」
俺は喜びのあまりリュッカの両肩を掴み、絶賛すると、くるっとヴェノムを見る。
「アルビオ。光属性で攻撃してほしい部分がある」
「わかりました。どこを……」
俺はアルビオに説明し終えると、奮闘している前衛に呼びかける。
「――みんなぁ!! 一旦、距離を取って!!」
やっと来たかと、言われた通りに離れると、アルビオが駆ける。
そして、ヴェノムは身体を伸ばし、アルビオを噛み砕こうとする。
「――アッハアーーッ!!」
「――シャドー・ダンス!!」
俺はその伸びてきた方の塊の付け根辺りに影を突き刺す。
「――オオッ!? ア?」
すると口とその塊だけがアルビオの目の前にある。
「そこっ!」
「――はああああっ!!」
アルビオの光輝く精霊の剣がその飛び出たヴェノムの頭を真っ二つに斬り裂く。
「アアアアアアアアアアアアッ!!!!」
痛みに苦しむ叫びを上げながら、そこの部分は消滅し、伸びた身体部分は、バチーンっと身体へ素早く戻った。
「なるほど。突き出た攻撃の部分なら、あの娘に危害が及ぶことはないわね」
すると、今まで我が物顔で居座りながら横着に身体を伸ばして攻撃していたヴェノムに動きが出た。
「――アハーーッ!!」
アルビオ目掛けて、その巨体が突っ込んできた。
「ぐっ……!?」
「シネしねシネ死ね死ね……」
「キケン危険キケン危険キヒヒヒ……」
「こんな……」
「アルビオっ! 力負けしてはいけません!」
「わかってるよ……ルイン!」
その巨体を何とか受け止め、押し合いになるアルビオだったが、
「はああっ! ああっ!!」
悲鳴を上げながらヴェノムは元の位置付近まで吹き飛ばされた。
「はあ、はあ……」
「大丈夫!? アルビオ!」
「な、なんとか。ですが……」
するとヴェノムの様子がおかしい。
唸り声を上げたかと思うと、
「――アハァッ!!」
四つの腕を作り、歩行を始め、襲いかかってくる。
前衛は皆、距離を取りつつ、なんとかこちらに向かないよう誘導する。
「さっきのでも十分タチが悪いですのに……」
「こんな動き回られたら……」
「面倒っ!」
フェルサは先程の用途を見て、伸びた部分を蹴り込み、地面へと叩き伏せると、
「んんっ!!」
魔力を帯びたナイフで連結部分を切り離した。
「――アアアアアアアアアアアアッ!!」
「煩いっ!! アルビオっ!」
切り離した先の頭をアルビオに蹴り飛ばすと、アルビオは斬り裂いた。
危機的状況と判断したのか、はたまたパニクっているのか、暴走したように四足歩行をしながら伸縮攻撃をしつつ、展望広場を走り回る。
「手段はわかったが、こう動き回られては……」
(何か、何かないか……)
当たり散らすように暴走を繰り返すヴェノムを見ながら考える。
アルビオのように光属性を持つ者による、身体を削ぐ作戦は有効だ。
それならば再生も行えないし、身体本体も本能的に攻撃的な動きの方が取るだろう。
だが、思った以上に酷い攻撃的暴走。
隙がないではないが連続戦闘の影響か、身体が重そうに見える前衛陣。
動けるユーキルはどちらかと言えば、そのフォローに入っている状況。
攻め手に転じようとも、ヴェノムがそうさせないように、全域の前衛を攻撃する。
そんな思い悩んでいると、既に亡くなっている騎士の血塗られた鎧が目に入った。
「――!」
俺は舌舐めずりをして、渇いた唇を濡らす。
(よぉし、派手に中二病を拗らせますか!)
炎は魂、闇は虚な器をイメージし、あの血塗られた鎧を連想し、詠唱を始める。
「――焔の王よ、黒き王よ。我が呼びかけに応えよ!」
俺は魔力で宙に詠唱を描きながら、詠唱を始める。
「オルヴェール! ここでオリジナルを開発するつもりか!?」
「……勝機が生まれるかもしれません! 貴女!」
「は、はい!」
「彼女をお守りなさい」
「わ、わかりました」
ファミアにそう指示されたナタルは、風の防壁を俺の周りに展開。
「さて、黒炎の魔術師の本領を見せて頂きましょう」
そのファミアの期待に応えるかのように詠唱は続く。
「――死に散った英雄の魂宿せし器よ、新たな魂を灯しし幻影となりて、我と共に歩みし虚に成り果て顕現せよ! 今一度、その豪腕を振るえ! ――ファントム・ガントレット!!」
すると名の通り、ガントレットを装備した巨大な腕と手が二本出現。
そのガントレットは血に滲んでおり、その中身は紫色と白の炎で腕の形を保っている。
「よし! 成功! ――いっけぇ!!」
俺は魔力でその腕を操り、ヴェノムへと攻撃を開始する。
これならばこちらに危害が少なく、接近戦ができるし、ファントムの名の通り、幽体に近い術。加減なども可能なようにした。
すると案の定、ヴェノムは身体を伸ばして迎撃するが、まるでボールでもキャッチするように、突き出たヴェノムを受け止めた。
「――!?」
「つっかまえたっ!!」
するともう片方の腕で、本体を押さえ込み、キャッチした方は鷲掴んで引っ張る。
「千切れろっ!!」
「「「「アアアアアアアアアアッ!!??」」」」
掴まれてる方以外が痛みに叫ぶと、ブチっと千切れた。
「アルビオ! お願い!」
引き千切った方の対処はやはりアルビオ。力なく転がるヴェノムの片鱗を消滅させてくれた。
「よし! この調子で削るよ! みんなもう一踏ん張りお願い!」
今の俺の魔法で完全に勝機が見えたのか、カルディナ達は無言で頷き、囮りを買って出る。
「みんな! 距離を取りつつ、あの伸びる攻撃を誘う!」
「わかってるよ! 女狐!」
「まだ悪態を吐く元気があるなら、どんどん動いてもらいますわよ」
「ふん!」
すると先程まで話し合いに参加していたリュッカも前衛に出る。
「私も行ってくる」
「気をつけて、リュッカ」
こくりと頷くと、そのままヴェノムがいる戦場へ走っていった。
さらに、
「さて、ならば私もやるか」
「で、殿下!?」
そこにはマジックポーションを飲んだハイドラスが剣を抜いていた。
「無茶です! ハーディスですらアレなのに……」
「馬鹿を言うな。私も弁えているよ。忘れたか? 私は光属性持ちだ」
「そっか! 殿下も……」
「ああ。アルビオのように消滅させればいいのだろう? それくらいならやれる」
すると、ファミアは楽しそうに微笑むと冗談混じりに尋ねる。
「あら? カッコイイところでも見せて下さるの?」
「ああ。たまの見せ場だ、惚れ直させてやるよ。というわけだ、私にも頼むよ! オルヴェール!」
「はいはい。じゃあ……いくよ!」
俺達はラストスパートだと、一気に畳み掛ける。
前衛陣はヴェノムをかき回し、俺はそこから突き出た奴を千切っては投げ。千切っては投げ。
そしてぼた餅のようにベチャッと千切り捨てられたヴェノムの片鱗をアルビオとハイドラスが斬り裂き、消滅させていく。
そんな中で、
「ポチ! お願い!」
「ギァアーっ!!」
ポチも付け根を狙うように踏みつける。
元々身体の丈夫に硬い鱗も持つポチならば、ある程度触れても問題ない。
アイシアの期待に応えるよう、自慢の爪で引き裂き、俺の援護に入る。
「ナイス、アイシア! ポチ!」
――そして、
「見えたぞ」
千切られ過ぎたせいか、再生が追いつかずにテテュラが姿を見せる。
「テテュラちゃん!」
「よし、頼むぞっ!」
俺は自分の術にそう呼びかけ、テテュラを持ち、ヴェノムから引き剥がそうとする。
術の腕ならば力を入れつつも、テテュラに負担がかからないはず。
すると、自分の心臓を掴まれたヴェノムは奇声を上げながらボコボコと身体を膨らまそうとする。
「「「「「キヤァァァーーーーッ!!!!」」」」」
「――逃すかぁっ!!」
テテュラを掴む術の腕は飲み込まれるも、俺はその術の感覚から、まだテテュラを掴んで離していないことを理解している。
もうここからは力と力の勝負。魔力を注ぎ、全力を尽くす。
「テテュラを返せぇーーっ!!」
「「「「「アアアアアアアアアッ!!!!」」」」」
そして、
「「「「「キャアアアアアーーッ!!??」」」」」
ズボンっと激しい音がしたかと思うと、右手のファントム・ガントレットの中に、テテュラを確保した。
「やったぁ!!」
テテュラを抜き取られたヴェノムの変異種は、恨み言を口ずさみながら、消滅していく。
「なぜ何故ナゼ何故何故……」
「消えろ消えたい消えて消える消え……」
心臓を失ったヴェノムのような性質の魔物は消えゆくのみ。だが、消えたということはテテュラが心臓として機能していた証拠。
嫌な予感が過る中、俺達はテテュラの元へ駆け寄る。
「テテュラちゃん――っ!?」
その嫌な予感は的中する。
テテュラは虚な表情を浮かべ、小さく口を開き、半開きになっている目には一切の生気を感じない。
特に絶望したのは、その身体。
元々色白なテテュラだが、まるで水晶石のような透明感のある青白い肌へと変質していた。
本当に石にでもなったかのように、静かに俺達の前で横たわっていた。




