47 本当に欲しかったモノ
「ちょっとやり過ぎたかな……?」
シンフォニック・ブレイズについては多少の想像知識はあったものの、これほどの術だとは思わず、もしかしたら消し炭になっているのではないかと心配しているが、
「そうですわね。灰になって頂けるとわたくしとしては有り難いですわ」
「――縁起でもないことを言うな! ファミア!」
「は、灰……?」
ファミアは容赦無し。
その当事者であるアイシアも震えて、ファミアの意見を真に受けるが、ハーディスがやれやれと呆れた様子で大丈夫だと言う。
「ご安心を。彼女は生きてますよ。よく見て下さい」
そう言われたのでよく見たが、いまいちピンとこないと首を傾げる。
「リリアさんのドラゴン・ブレイズはあれだけ地面をえぐったのに、先程の術は何故、地面のダメージが少ないのです?」
「あ……」
おそらく、地面に被害が少ないのは、テテュラが盾になった形の結果だろう。
半魔物化による強化と魔力壁によって、展望広場を守る形となったのだ。
「まあ、わたくし個人としましては、さすがに体力と魔力の限界ですので、終わりにしてほしいものです」
カルディナを含め、前衛陣は完全にへとへと状態。
半魔物化したテテュラの相手は非常に大変で、周りで激しく動き回りながら、魔力吸収に当てられ、怪我まで追っている。
体力も気力も最早、限界といったところ。
だがアレを受けて尚、反撃する元気があるなら、それはもうどうしようもない気もする。
すると、もくもくと立ち昇る煙の中から、ずるりと弱々しく歩いてくる。
「はあ……はあ……」
「テ、テテュラちゃん!!」
(まあ、やっぱ無事か……)
ハーディスの問い通り、無事でなければそもそも展望広場自体が落ちているはずの威力。
あれだけの魔法をぶつけておいてアレだが、無事で良かったと思う反面、やはりタダでは済まなかった様子。
所々火傷の跡があり、煙の中にいたせいか、多少黒ずんでいる。角も右側がボッキリ逝っており、片方の羽も水平になっており、どうやら骨格が折れたようだ。
しかも羽自体もボロボロの布切れのように痛ましい姿。おそらく羽で身を守る体制を取ったのではないかと予想できる。
「テテュラちゃん!! ――っ!?」
アイシアがテテュラの元へ駆け出そうとした時、ガッとナタルは肩を力強く握って止める。
「ナっちゃん……?」
まだ様子を見ろと、ギッとテテュラを睨みつける。
何せあの魔法で気絶せずに目の前に現れたのだ、十分な警戒は必要だろう。
だが、一刻も早くテテュラの元へ行きたいアイシア。
「大丈夫だよ。きっとわかってくれて――」
「……まだよ」
「え?」
「まだ……まだ、終われ……ない。必ず……成し遂げる……って……」
「テテュラ……」
どれだけの想いでこんなことをしたのか、骨の髄まで教えられる光景。
ボロボロになりながらも、前へ進む足取りは覚悟の表れ。
だが見ているこちらは痛々しい。視線を落とした時だった。
「――もういいじゃない!!」
意識を向けるには十分な叫び声がこだまする。テテュラは、ハッとなってアイシアを見た。
その顔は、涙を流していたものではあったが、怒った表情をしていた。
「テテュラちゃんに何があったのか知らない! だけど、もういいじゃない! 差別とか世界とか!!」
「……貴女に何がわかるのよ。何が……」
「わかんないよ!! わかんないから怒ってるんだよ!!」
こんな口に出してまで真剣に怒るアイシアはあまりにも珍しく、言葉が出なかった。
「確かに、話したくなかったことかもしれない。きっと踏み込んで欲しくない話だったのかもしれない。それでも、知って欲しいなら言ってよ!!」
「……」
「こんなに苦しかったんだって……今のテテュラちゃんを見たらわかるよ……」
ぐうの音も出ないとテテュラも黙り込んでしまう。
テテュラが辛い思いをしてきたのは、動機や今の姿を見れば、ここにいる誰もが理解できることであった。
人質に取られて、命の危険まであったメルティアナも涙を流していた。
「わかって欲しかったから、こんなことしたんでしょ? こんなやり方しなくたって話してくれたら、力になってあげられたよ」
「そんな簡単なことではないわ」
「そんなこともわかってる。私だって馬鹿じゃない。それでもこんなの間違ってるし、テテュラちゃん自身も本当はわかってたんでしょ?」
おそらくは無意識にはあったのだと考える。
でなければ、ほとんど害のないトーチ・ゴーストを使ったり、まだ変身前も俺達に対し、本気を出さずにいたのが証拠だろう。
「……」
だが、それに関してはテテュラは無言を貫く。
自分自身、それを、はい、とは言えないのは当然だろう。
ある程度加減してたとはいえ、叶えたかった望みの第一歩の作戦だ、肯定はできない。
欲しい返事をもらえなかったアイシアは、一つ、尋ねる。
「……テテュラちゃんの欲しかったものは何?」
「欲しかったもの?」
「殿下や姫殿下の命? 栄光? 世界の平和? ……違うよね……」
「私が望むのは、こんな世界の……」
「ううん、違う。テテュラちゃんが欲しかったものはきっとそれじゃない!」
テテュラの意見を無視し、まるでわかっているかのように強く否定する。
「ふざけないで。私が欲しかったものは、生まれ持った才能だけで命を奪われる世界を変えることよ! 勝手なこと言わないで!」
「勝手じゃない! テテュラちゃんが欲しかったものはもっと別にある! 絶対そんなことじゃない!!」
雲行きが怪しくなり、ヒートアップしていく口論にどうすればいいか、おろおろしてしまう。
こんな怒り方をするアイシアに、俺の方が動揺する。
ハイドラス達も俺同様に心配そうにしたり、おろおろしてしまうが、リュッカだけは悟ったような哀しげな表情をしていた。
「リュッカ……?」
「……大丈夫だよ」
その表情の意図を尋ねるように呼びかけると、その一言だけ返ってきた。
見守ろうと言われているかのような柔らかい言い方。
「――いい加減にしてっ!! 私の気持ちを知っているのは私だけなの!! 貴女になんてわかるわけがない!!」
「そんなことない!! だって、だって……私は自分の気持ちなんてわからないもん……」
「は?」
「テテュラちゃん、今言ったね? 自分の気持ちがわかるって。私はわかんないよ、今、もうぐちゃぐちゃなんだよ。だけどね、これだけはしっかりあるの……テテュラちゃんは止めなきゃって。こんなこと、友達にさせちゃいけないって」
どちらも本心から出た言葉だろう。
怒りに叫ぶ声は、めちゃくちゃな感情を吐き出すかのようだが、その中には止めなければと必死な感情も入り混じる。
「テテュラちゃん……本当によく考えて。本当にそれはしたいことだったの? ただ同じ境遇の人に同情して、そうしなくちゃって思っただけじゃないの? それはしたいこと?」
その意見に対し、テテュラはカチンと来たのか、形相が変わるが、
「貴女――」
「よく考えてっ!!」
物凄い剣幕で叫んだ声は、テテュラの感情を払拭した。
真剣に怒ってくれるアイシアを見て、考えるテテュラ。昔の自分には、こんなに人を思うことがあっただろうかと。
――ふと思い浮かんだのは、家族だった。
テテュラは貴族の家系で代々水属性持ちであることが多いことから、ちょっと有名な家系であった。
両親も優しく、可愛い弟もいた。
順風満帆な人生を送れるはずだった。幼いあの頃は、幸せに暮らせることに疑うことなどなかった。
あの優しい時間がかけがえのないものだったと、あの暗闇の中でどれだけ悲しかったものだったか。
そして――、
「……」
自然と涙が零れ出ていた。求めていたものを理解したかのように、涙腺はしっかりと訴えかけている。
「テテュラちゃん……!」
「わ、私は……」
止まらない涙を隠すように顔を覆うが、アイシアはダッと駆け寄ると、強く、優しく抱きしめる。
「テテュラちゃん……」
抱きしめながら、ポンポンとテテュラの背中を優しく諭すように叩く。
「そう……よ。貴女の……言う通りよ。私、私は……本当に欲しかったのは……これよ」
「うんうん」
「本当は……世界とか、差別とか……どうでも良かった。……私が欲しかったのは……これなのよ……」
テテュラはアイシアの胸の中で、今まで抱えてきた弱音を泣きながら垂れ流す。
本当は弱い女の子だったのだ。どこにでもいるただの女の子。
「テテュラちゃん、私はずっと側にいてあげるよ。ずっと、ずっと……友達だよ」
「アイシア……あ、ああ……ああああーーっ!!」
感極まったのか、テテュラは泣き叫びながらアイシアに縋りついた。
それを見ていた俺達も堪らず涙が零れる。
「テテュラさんが欲しかったものは友達、だったのね」
「……正確には違うと思います。……温もりだったんじゃないかな?」
「温もり?」
わかったように話すリュッカに、その根拠を尋ねる。
「テテュラちゃんがどんなものを背負っているのかはわかりませんが、言ってましたよね? 世界を変えるために生きてきたって……」
「まあ……」
血相を変えるほどの形相で言っていたので、はっきり覚えている。
「そう覚悟する原因は、私達が当たり前に注いでもらっていた愛情を受け取り損ねたんじゃないかなって思ったの」
普通に家族や仲間とかと幸せに暮らしていれば、そんな考えには至らないだろうとのことだが、正に納得の意見だった。
「シアは寂しそうな人を見つけるのが得意だから。きっとテテュラちゃんに思うことがあったんだよ。多分、自分が思っている以上に……」
「そっか……」
子供の頃の純粋なアイシアが、そのまま成長してきたと言いたいのだろう。
その純粋で無邪気なところが変わらなかったからこそ、見えた景色があったのではないだろうか。
俺達もさすがに警戒心も解けたので、二人の元へ。
「まったく、とんだ手間をかけさせてくれましたわ」
「まあまあ……」
「テテュラ、もう大丈夫?」
「え、ええ……ごめんなさい」
目を赤くしてまで泣いていたテテュラは、少し恥ずかしそうに涙を拭う。
すると、その様子を見ているフェルサの機嫌は不機嫌そうで、
「……」
「まあ許してあげなさいな」
「煩い、女狐」
テテュラの裏切りをまだ許せない様子だが、このテテュラに同情する雰囲気に押されて、ふいっとそっぽを向く。
「……次は無いから」
「ええ。ありがとう」
「よし! じゃあ仲直りってことで……」
スクッと立ち上がったアイシアは、パッと周りの景色に目が入った。
荒れ果てた勇者展望広場、テテュラに殺されてしまった騎士の亡骸、地面も血で汚れている。
「……」
素直に喜べない光景に思わず表情も沈む。
だが、それはテテュラが一番思ったことであり、まだ上手く立てない中、頭を下げた。
「……今回の件は本当にごめんなさい。どんな罰でも受ける覚悟はあるわ」
「……お前の行動理念もわからんではない。皆が皆、幸せに生きているわけではないし、私自身、まだまだ未熟なところが多い。だけどな――」
ハイドラスは優しく微笑む。
「人は変われる。悲惨な歴史だけが人を変えるものではない。それを証明し続けることこそがやるべきことだろう」
「うん! テテュラちゃんの目指そうとしていることも、きっと誰も傷つかず、みんなが笑顔になれる解決方法があるはずだよ!」
「……あるかしら」
呆れたように言い放ったが、アイシアはバッとテテュラに目線を合わせて屈み、自信に満ちた瞳で訴える。
「あるよ! 絶対!」
なんの根拠もない無計画な一言。
だが、不思議と信じられると思ってしまった自分に、ふと笑みが零れた。
「なに?」
「いいえ、何でもないわ。……アイシア」
「ん?」
「私の友達でいてくれる?」
「勿論! ずっと友達だよ!」
「私達は?」
「勿論、貴女達にもお願いするわ」
完全な和解ができ、そして今までにない表情で笑うテテュラに、本当に良かったと暖かい気持ちになれた。
そんないい雰囲気に釘を刺すのがこのお方。
「さて、改心したのなら、先ずは召喚陣をなんとかしてもらおうかしら?」
「……ちょっとは空気を読め、ファミア」
「あら? 読んだからしばらく黙ってたじゃない?」
なんというかめちゃくちゃ頼もしいと、こちらも心からそう感じた。
「ええ、すぐにでも……」
そう言ってテテュラは、魔法を発動。
城下町を彩っていた紫色の光は消え去り、トーチ・ゴーストだけが残った。
「あのゴーストはさすがに私が召喚したわけじゃないから……」
あくまで召喚陣の魔法効果によっての召喚のため、召喚者がいない状態のものは、自力で倒すほかない。
だが、トーチ・ゴースト自体は弱いので、掃討まで時間もかからないだろう。
「わかっている。ハーディス、ウィルク、父上に連絡だ」
「「はっ!」」
「オリヴァーン、お前はもう休め」
「は、ありがとうございます。失礼して……」
さすがに限界に来ていたオリヴァーンを含めた、みんなも座り込み、休憩することに。
「だけどテテュラちゃん。それって……」
リュッカはテテュラの魔石を指差して尋ねる。
「これは魔物の魔石よ。もしかしたら、これも原因の一つかもね」
「……なるほど、魔物は殺戮欲や戦闘意欲がありますものね」
「でも、だからといって責任から逃れようとも思ってないから、安心して」
「わかってる。テテュラがそんな責任から逃げるようなことをしないってことくらいわかるよ。しっかり反省して、そこから色々考え……」
「? どうしたの? リリィ」
俺はテテュラの魔石を見て、大事なことを一つ忘れていた。
ここに来た時に聞いたクルシアのことを。
「――ねえ!? クルシアは!?」
「!?」
みんなテテュラのことでいっぱいいっぱいだったせいか、完全に頭から抜けていた。
俺達が崩れている展望広場を見ると、
「やーっと、思い出してく・れ・た?」
瓦礫を椅子に座るクルシアの姿があった。
その前には、人が倒れている。
「アルビオっ!?」
「そ、それにシドに、ミルア、ユファまで……」
俺達は駆け寄り、無事を確認する。
クルシアは気を使うように、そろっとその場を離れ、俺達と距離を取った。
「シド! 大丈夫!?」
呼びかけると痛みが激しいのか、力なく返答する。
「大丈夫です……ごめんなさい。結局、役に……立てないで……」
「いや、シド。貴方確か、家族のとこにいろって――」
「まあ君のことが心配だったんだってさ! 愛されてるねぇ〜」
軽い口ぶりで茶化してくるこの男にはカチンとくるものがあり、ギッと睨みつける。
「殿下ぁ、戦わないで……下さい」
「おう、アルの言う通りだ」
「フィン」
ふわりと現れたフィンは深刻そうに忠告する。
「……あのガキ、化物だ」
「ええーーっ!? 化物だなんてひっどぉ〜い。精霊ちゃんの方がよっぽど化物じゃないかなぁ?」
「どの口がほざきやがる」
「この口ぃ〜。あっ、そうそう、お宅の魔術師団かな? 展望広場の下でお眠むですよぉ〜。殿下がピンチなのに呑気だよねぇ?」
「貴様の仕業だろが」
「ピンポーン!」
悪夢は終わりを迎えたと思っていた。
友達が起こした、国の転覆すら見えたこの大事件という悪夢の。
だが悪夢はまだ続いていた。むしろ、ここからが本当の悪夢の始まりだった。




