44 激戦の末に
――深い意識の中から這い上がるようにゆっくりと目を覚ます。
知らない天井があった。確か硬い石屋根の上で気を失ったように思ったのだが、全身が柔らかい物で包まれている。
どうやらベッドの上のようで、首だけを横に動かして景色を確認すると、そこは見慣れた王都だった。
すると小さくこもった話し声が聞こえてきた。
「アルビオさん、まだ起きませんかね……」
「そうですね、早く起きてくれるといいですけど……」
カチャっと小さな音がすると、そこにはルイスとリュッカが入ってきた。
「あ……」
目を覚ましたのを見ると、ルイスは一気に涙目に変わり、リュッカも感極まり、眼が潤む。
「――アルビオさぁ〜〜んっ!! よがったぁ〜! もう目を覚さないんじゃないかって、心配しましたよぉ!!」
「わあっ!?」
思わず抱きつくルイス。小さな身体を震わせ、身を寄せる。
リュッカも落ち着いた様子ではあるが、目から涙が止まらないようで、指ですくいながら、
「良かった……本当に良かったです」
嬉しさを言葉で表した。
相当心配をかけたのだろうと、優しく微笑み、ルイスの頭を軽く撫で始める。
「ありがとう、こんなに心配してくれて……」
すると、ガバッと頭を上げて物申す。
「当たり前ですよっ! 三日も寝てたら誰だって心配します!」
「えっ!? 三日っ!?」
あの殺人鬼とのやり取りは、精神的にも肉体的にもかなりの疲労を与える相手だったようで、身体に相当無茶をさせていたのだと痛感する。
どっとのしかかるような倦怠感に襲われる。
「激しい戦いでしたからね、疲れを取り戻すのに時間がかかったんですよ。きっと」
そう言いながら、ベッドの横の椅子に腰をかける。
「それにしたって三日は寝過ぎですよ! 三日ですよ!」
プリプリと頬を膨らませて怒るが、心配して怒られているのだからと、申し訳なさそうにへこへこしてしまう。
ここからルイスのお説教が暫く続く。
まだ学生なのにどうのとか、パートナーにこんなに心配をかけてどうのとか、女の子にこんなに心配をかけてどうのとか、似たような説教が続く。
それを苦笑いを浮かべ、でもどこかほっこりした気持ちで見ているリュッカ。
アルビオはこの平和なひとときこそ、幸せなことなのだと、この二人の優しさから気付いていく。
「おいおい、アルビオは病み上がりなんだ。加減をしてやれ」
ルイスが説教を垂れていると、様子を見にきたハイドラス達が、見ちゃいられないと声をかける。
「あ、殿下。もう大丈夫なので?」
「ああ、ラバの方の復興も順調だ。もう直に元に戻るだろう」
ハイドラスの会話から、どうやら破損したラバの街の修繕指揮をとっていたのだろう口ぶり。
「何せ、ウチの地属性魔術師は優秀ですから」
「だな。それよりアルビオ、両手に花を邪魔してわるかったな」
パチクリとウィルクの言葉を考え、リュッカとルイスを見ると、頬を紅潮させる。
「――なっ! 何を言ってるんですっ!」
「ははは、照れんな照れんな」
その言葉に反応した女子二人も、リュッカはもじもじと恥ずかしがり、ルイスは逆に子犬のようにすり寄る。
「そうですよ〜。こんな可愛い女の子がお見舞いに来たんです。もっと喜んで下さい」
ちょっといじわるしたくなったのか、悪巧みでも考えたかのように、にししとすり寄る。
困ったように、しかし強く退けられないアルビオに追い討ち。
「そうだな、せっかくなら野郎の見舞いより、花を愛でるほうがいいだろう。私達は失礼するよ。オルヴェール達には私から言っておくから、二人共、暫くアルビオの側にいていいぞ」
「はい!」
「は、はい……」
「――ちょっ! 殿下っ!?」
困惑するアルビオを置き去りに、ハイドラス達は部屋を出た。
「よろしかったので? 殿下」
「おいおい、人の青春を邪魔するような無粋なことはしないさ」
青春、個人を重んじるハイドラスならではの配慮。
まあからかっている気持ちの方が大きいが……。
「さて、ハーディス。奴の動向は?」
ふるふると首を振る。
「そうか……まあ見つけ出せたとしても、対処はできないがな――」
あの後、バザガジールは転移石でどこかへ消えた後、アルビオを救出。
その砕けた転移石からの情報を入手しようと試みるも、徒労に終わった。
さらにプラントウッドや魔人の亡骸、子供達が監禁された迷宮を調査するも、黒幕であるバザガジールと、騎士、冒険者が言っていた『彼』の情報も出てこなかった。
「とりあえずは子供達の救出が済んで良かったですね」
魔人の誘拐事件も、アリミア以外での死人は出なかった。
後遺症も残りそうな子もいたが、命に大事ないことが何よりと、少し悔しげにも話す。
「……これから何も起きないでくれればいいですけどね」
「馬鹿言うな。魔人の魔石を例の殺人鬼に持っていかれているのです。警戒は強めるべきでしょう」
「そうだな……はあ」
大きく重いため息を吐いた。
今年は建国祭も控えている中での不安要素。取り除きたくても、非常に困難な状況に中々気持ちも晴れないが――、
「まあ、何とかしてみせるさ」
アルビオの病室を見る。
あの優しい世界を守ることこそが、自分のやるべきことなのだと、改めて認識するのだった――。
***
数日後――俺達は王城に招かれ、現在煌びやかなドレスとメイド服を着た使用人がズラっと並んでいる。
ラバの復興も、誘拐事件も落ち着きを見せた頃に、祝勝会なるもの、つまりは社交会が開かれた。
「凄いよっ!! リリィ!! 素敵なドレスがいっぱい!!」
「そ、そうだね……」
遂に俺にもこんなヒラヒラした派手なドレスを着る時が来たかと、表情が引きつる。
あんな派手な活躍をしたのだ、もしかしたらとも思ったが、まさか本当にお呼ばれされるとは。
「な、なんだか場違いだね」
リュッカも畏縮してしまっている。大はしゃぎしているのはアイシアだけだ。
さっそくメイドさん達と試着を始めてしまっている。
意気投合するのが早過ぎるだろ。
「そんなことはないさ」
王族らしい、金色の装飾をあしらった神々しい正装のハイドラスの姿があった。
毳毳した感じではなく、威厳のある紳士的な服装。その着こなしもばっちりだ。さすが王族。
その横にいる護衛の二人もピシッとした正装。特にウィルクはいつもの着崩した服装ではないことから、襟元がピリッとしているだけでも、印象が違う。
ちなみにドレスルームへ案内されていたところ。
「ふふ、彼女は大はしゃぎのようだが、フェルサはどうした?」
招待したはずだがと尋ねられると、俺達は苦笑いを浮かべて答える。
「冒険者の人達同様、性に合わないって、あっちの飲み会に行ったよ」
冒険者の人達は、貴族共の社交会なんざ出たくないと、ラバの街にて盛大な飲み会が催されている。
グラビイス達やフェルサもそっち側に参加している。
ナタルはそんな気分ではないからとお断りをもらっているそう。
正直、俺も冒険者側に行きたかったところだが、魔人を倒した以上、こちら側に強制参加である。
「さて、我々は君達のドレス姿を楽しみに待つとしよう。気合入れて頼むよ。特にオルヴェールにはとびっきりなのを頼むぞ」
「「「「かしこまりましたっ! 殿下」」」」
使用人達が一斉に返事をすると、
「さあさあ、お召し替えといきましょう。お二人共」
「ご友人の方もお呼びですし……」
さっと後ろを回り込まれ、逃げ道を塞がれた。ただならぬ身のこなし。
「わ、わかりましたから〜……」
アパレル業界の売り子さんもこんな勢いなのだろうか、元男にはわからん感覚だぁ〜っ!!
もうされるがままに着せ替えられてしまった――。
一方でこちらもちょっと緊張した面持ち。着慣れない紳士服に戸惑いを隠せない。
「そんなに狼狽るな、アルビオ。お前も主役なのだ、もっと胸を張れ」
「主役って、殿下……」
「……すまなかったな」
「殿下?」
「今回の件、だいぶ辛い目にあっただろう。助けになれず、すまなかった」
「そんな殿下っ、僕が勝手に言い出したことですし、それに……」
思い返すように、哀愁混じりに語り始める。
「今回の件で、自分がどれだけ弱いのか気付く、いいきっかけになりました。……どこかで甘えていたのかも知れません、『勇者の末裔』という肩書きを……」
アルビオは自分自身も特別扱いしていたのだと反省する。
あれだけ周りの特別扱いに苦しめられながらも、結局、自分自身さえも甘えていたのだと。
「僕自身、色々と見つめ直したいと思います。あの人にそれを気付かされるとは思いたくありませんでしたが……」
「バザガジール、か……」
「ええ、あの人は人としては一切尊敬できませんが……」
「その通りなのだが、言うようになったなぁ」
色んな意味で成長したなと、嫌味混じりに感心する。
「戦闘センスに関しては本当に学ぶべきことが多い人でした」
経験の差が段違いなのではあるが、それでも技術、力、駆け引き、どれも学ぶべきことばかりだった。
あの極限までの戦闘状況でぶつかったからこそ、ひしひしとそれらを感じた。
「悔しいですが、あの人の望み通りになってしまいそうです……」
「なに、お前はあんな奴とは違うさ」
「え?」
「……確かにあれだけの戦いから学び、強くもなるだろうが、お前にはあの殺人鬼と違うところがある」
すると、フィンが顕現する。
「俺達、だろ? 王子様よぉ」
精霊から話しかけられたことに、豆鉄砲でも食らったような表情をする。
「おいおい! 何だよその顔」
「い、いや、あれだけ避けられていたのにと思ってな」
すると、ふいっとそっぽを向くと、大人気なかったと反省する。
「……俺達も一緒だ。あの狐目クソ野郎のせいで教えられちまったからな。このままじゃダメだって反省してんだ。……すぐにとはいかねぇが、まあ……仲良くしてやるよ」
「ははっ、そうか」
素直じゃないなと嬉しそうに笑った。
「……そうですね。僕には彼らがいますからね」
「ああ。私達がいる限り、道を誤ることはない。私も力になるぞ」
「ありがとうございます」
何だかんだ青春しているじゃないかと、ハーディスとウィルクも嬉しそうに見守る中、廊下の奥から華やかなドレス姿で現れる一向の姿が見える。
「――みんなぁ!! お待たせしましたぁ!!」
テンションが上がりっぱなしのアイシアが駆け寄る。
「やれやれ、淑女の嗜みをまず学ばせるべきだったか」
アイシアの髪色に合わせてか、銀のドレスでの登場。髪はショートの為、花の髪飾りをつけて華やかに。
「そんなに走っちゃ危ないよ。アイシアちゃん――あぎっ!?」
すかさずさらっと手を取るウィルクに、ハーディスが足踏み。
「簡単に手を出さない」
その後ろから恥ずかしげに続く。
「……」
男子達は思わず、見入るように感心する。
「いや、さすがだなオルヴェール。似合うとは思っていたが、ここまでとは……」
「う、うるさい!!」
似た髪色のアイシアとドレスの色を被らせないようにする為、瞳の色と合わせた淡いブルーのドレスを着せられた。
弄りがいがあると散々おもちゃにされた後、髪型はシニヨンと呼ばれる形にさせられた。
ロングヘアに慣れたせいか、首元がやけにスースーする。
ていうか、わかっていたことだが、こんなに時間がかかって、準備だけでも疲れるとは思わなかった。
自分がやっている訳でもないのに、むしろやってた使用人さん達の方が生き生きしてた印象が強い。
「素敵だよ、リリアちゃん。是非俺にぃいーーっ!?」
「お前はいちいち僕が止めなきゃいけないのかあーっ!!」
ウィルクの耳を強く引っ張り剥がしてくれた。
慣れないんだから勘弁してほしい……。
そして――もじもじと元男の俺よりも恥ずかしげに隠れるリュッカがひょっこりと俺の背中から姿を見せた。
「ど、どうでしょうか……?」
こちらも髪色に合わせた赤いドレスだが、あまり派手になり過ぎないように、落ち着いた色合いとなっている。
髪型は、いつものおさげを一本にし、編み下ろした大人な仕上がりの髪型となっている。
そして何より目を引いたのは――顔である。
「見違えるようだな、ナチュタル」
「あ、ありがとうございます」
メイクでそばかすを消して、いつもの眼鏡も封印。
リュッカを探す際にお世話になった眼鏡商人さんに、そのお礼にと提案していたコンタクトレンズがあったようで、それをつけている。
あの眼鏡商人さん、割とがっちり儲けてんなぁ〜。
さすがにウィルクは睨みを効かされているせいか、動かない。
そして殿下は肘で軽くアルビオをつついた。
「おい、ちゃんと褒めてやれ」
こそっとこちらには聞こえないように言っているが、俺は仕草から丸わかりだなぁと見ている。
すると、アルビオは今までで一番恥ずかしそうに褒める。
「え、えっと……綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます!」
リュッカの外見上、まさにシンデレラストーリーでも見ているかのようだ。
心なしか、リュッカも嬉しそうだ。
どちらかと言えばアルビオの気持ちの方が理解できる。こういう時って男が女を褒めるのってめちゃくちゃ勇気いるんだよねぇ……経験ないけど。
「さて、主役達の準備が整ったようだし、向かうとするか」
――不穏な動きがまだ色々あるが、ひと段落ついたということで、俺達はパーティーへと繰り出し、冒険者達は復興と事件の解決に乾杯で喜びあった。
傷ついた人や亡くなった子達もいるが、悲しむことだけが弔いではない。
その人達の為にも生きることこそが償いであると感じる夜でありたい、そう思うのだった――。
***
「――いやぁ、素敵なパーティーだねぇ」
「そんなもんかねぇ……」
煙草をふかして王城を遠くから見る姿と、マントをたなびかせて立つ少年のような姿の男がいる。
「いやぁ、バザガジールと勇者の末裔のバトルは手に汗握ったよ」
「はは、あちらさんはだ〜いぶ手加減していたようだが、な」
クルシアは楽しげにくるくると屋根の上で踊る。
「楽しみだなぁ、楽しみだねぇ、次は彼女が動くんだよねぇ」
「……はあ、素直に祭りをさせたらどうなんだよ」
建国祭を割と楽しみにしてるんだぜと、ザーディアスは言う。
「ボクも楽しみにしてるよぉ〜。準備の方も順調みたいだしさぁ」
「どっちの準備か聞いてもいいか? クー坊?」
新たな陰謀という名の舞台が幕を開けようとしている。
「――テテュラちゃんの方!」
それを知るその男はまた無邪気に、でも悪意を孕みながら、この月夜の下で語らった。
ここまでのご愛読ありがとうございます。これにて第4章は終了です。
第5章はイベントが盛り沢山でお送りする予定です。
これからもご愛読下されば幸いです。それでは




