107 逃げない男
暖かな太陽の光が窓から差し込む部屋の中には、真っ白なシーツがかかった、大きなベッドが二つ並んでいる。
その一つには、今回の事件の被害者、リュッカが座っている。
リュッカは窓から見える王都の景色を眺めている。
優しく微笑み、どこか安心したような表情をしていた。
リュッカが運ばれた場所は王都内にある病棟。
衰弱が酷かった為、寮ではなく医療機関にて身を預かることになった。
そうは言ってもすぐに退院できるそうだが。
コンコンと軽く扉をノックする。
「はい?」
「僕です、アルビオです。入ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
ガチャと扉を開けて、アルビオは入室。手には見舞い品だろうか、紙袋を手に持っている。
それを良かったらどうぞと渡す。
「お加減はどうですか?」
「はい、もう殆ど大丈夫みたいです」
「それは良かった」
アルビオは、ほっと一安心。
「……本当に助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ……」
「「……」」
ちょっと長い沈黙が続く。
二人きりの病室、お互いこんな状況も初めてなので、何を話せばいいのか、言葉が続かない。
リュッカの心境としては、あのような劇的な救い方をされた挙句、みんなの前であれだけ泣いてしまったのだ、どんな顔をしていいやら分からず、困惑した表情で頬を赤らめている。
アルビオの心境は、格好つけて彼女を助けたのはいいが、女の子を助けるという大胆なことをしたことに、気恥ずかしいそうな様子を見せる。
「あの……」
先に話を持ちかけたのはアルビオだ。
「聞きました。彼女達、謝りにきたそうで……」
「ああ、はい。凄く一生懸命謝って頂きました。殿下達によっぽど叱られたのでしょうか……」
苦笑いをしながらそう語るリュッカは、昨日の話し合いの話も苦笑いしながら聞いていた。
アルビオはあの話し合いの前のリュッカの彼女達の処罰の件を聞いている。
「どうして彼女達の罰を軽いものにしようと?」
アルビオの疑問は当然、頭を過るものである。
あんな死にそうな目に合わせた人に対して、自分だったら許せず、相応の罰を与えると思う。
だけど、彼女はそうはしなかった。
「……人に嫉妬をすること自体は仕方がないって思ったから、ですかね」
「それはまあ……」
アルビオにも覚えがある。自分の力に嫉妬をする人は、今こそ落ち着いてはいるが、やはり理不尽な言いがかりを受けたことはある。
その嫉妬によって、壊れた関係もあった。
「でも、それでも許してあげられることは、そう出来ることでもないですよ。立派です」
そう褒めると、リュッカは少し寂しそうに首を横に振る。
「そんな褒められたものではないんですよ。私だって、覚えがあったから……」
「覚え、ですか?」
「嫉妬してたんですよ、シアに……」
驚きの一言だった。
あれだけ仲が良いものだから、そんなこと微塵も感じなかった。
その驚いた表情を見て、困ったように微笑みながら誤解を解く。
「今は勿論、そんなこと思ってもいませんよ。小さい頃の話です。小さい頃は私は同じ歳の子と仲良くできず、孤立していました……」
リュッカは懐かしむように、自分の子供の頃の話をする。
迷宮の中で見た昔の夢。あれは許してあげてくれと諭すよう、今ならそう思える。
「だから、遠くから見えたシアに羨ましさと同時にこうも思ってました。どうしてあの子にはあんなに沢山の人達に囲まれて楽しそうなのか、どうしてこんなにも違うのかって……」
リュッカは家の影響もあって、馴染めなかったということは承知していた。
だけど、それでも羨ましかった、妬ましかった、そんな感情が湧いていたのだ。
「でもシアはそんな私の考えてることなんて知らず純粋に、私に手を差し伸べてくれたんです……」
最初こそ動揺して取った手は、暖かく優しい手だったと、今でも思い出す。
純粋に気持ちをぶつけてくる彼女を見ている内に、そんな感情は、何処か消え失せていたのを思い出す。
きっとあの夢は、忘れないでという暗示だったのだろう。
「自分の持っていないものを、上手くいかないことを人のせいにするのは簡単だと思います。だけど、シアみたいに手を差し伸べてあげれば、許してあげられれば……きっと相手の為にも、自分の為にもなるんじゃないかなって思ったんです」
リュッカはアイシアの純粋な思いから、大切なものを学んだと、そこから自分が出来ることはと人に優しくしてあげるという答えを出せたのだ。
「まあだけど、それだけじゃダメなんだって、リリアちゃんに言われちゃったけど……難しいね」
リュッカはリリアに言われた友達の在り方に、困ったような笑顔で、しかし、どこか嬉しそうにそう話す。
それを聞いたアルビオは、意を決したように彼女に自分の決めた答えを話す。
「……僕、今回の件で色々なことを思い知りました。自分の優柔不断な態度がこんなことを招いたんだと。望んで持った力ではない、ほっといてほしいって思うばかりで、自分から解決しようとなんてしなかったのに……」
自分の行いを反省するように話すアルビオを、優しく聞き入る。
「だから僕はもう……自分のことから逃げません。正直、やりたいことはまだ見つかりませんが、先ずは自分の力と向き合います。力を持つ者として、責任ある行動とその力の使い方について、しっかりと自分の意見を持てるよう、努力します」
リュッカにした以前の相談の答えを示す。
その強い意思を聞いたリュッカ。
「そうですか、答えが見つかったみたいで、私も嬉しいです」
ニコッと純粋な笑顔で応援する。
その笑顔を見て、照れた様子で頬をかいて恥ずかしそうに頼み事をする。
「それでなんですけど、僕はこういう困った性格なので、また迷ったりすると思うんです。だからその時は……その、また相談に……乗って頂けますか?」
少しポカンとした様子を見せるが、すぐに返事を返す。
「はい。私で良ければっ!」
「あ、ありがとうございますっ!」
照れながらも嬉しそうにお礼を言ったアルビオのその表情は、とても晴れやかである。
これからも色んな事が待ち受けるであろうが、この気持ちと自分を助けてくれる、助けてあげたい人が側に居てくれれば乗り越えられる。アルビオは自然とそう思えるのであった。
「「……」」
お互い、変に気持ちが入った会話をしたせいか、余計に意識し合っている。
ちらっとお互いは顔を見合わせると、目が合う度に逸らしてしまう。
その何とも言い難い、煮え切らない状況を隠れて見ていたハイドラスは……。
「ええいっ! 何をやっているのだっ! アルビオ!」
俺達は、扉の隙間からその様子を見ていたのだが、耐えに耐えきれず、バーンッと扉を勢いよく開けて、この一言である。
二人共、驚いた表情でこちらを見る。
「アルビオ! 男ならこう……ガッと行かないか!?」
「な、何の話です!? 殿下!?」
まあ俺達は覗き見していただけなので、会話の概要は知らないのだが、遠巻きに見ていた限りでは、中々いい雰囲気だったと言えよう。
「みんな、いつの間に……?」
「えっとね、さっきから居たんだけど――ぶふうぐぐっ!!?」
「ああー……はいはい、余計なことは言わないの」
アイシアが覗き見してたことを話そうとしたので、口を押さえて黙らせる。
「そうそう、途中からそこの扉から覗き見てたなんて、言っちゃダメだよ」
(言ったぁーーっ!!)
フェルサがぽろっと言ってしまった。
「あっ……言っちゃった」
「言っちゃったじゃないよ〜……」
アイシアの口を塞いだ意味考えて!!
すると、リュッカは赤面して否定する。
「あのっ!! いや、えっとね――」
あちらはあちらで、否定する。
「いや、僕らは別に……」
何やらもう、この病室内はてんやわんやになってきたので、収集をかける意味でハーディスが手を叩く。
「ハイハイ、皆さん撤収しますよ。二人きりにさせておきましょうね」
それを聞くと、アルビオとリュッカ以外は、
「そうだね。頑張ってね! リュッカ」
「ねぇ? 何の話なの?」
「はい、アイシア行きますよ。サニラみたいにならないよう祈る」
「アルビオ、男ならしっかりなっ!!」
「アルビオには、リュッカちゃんみたいな気立てのいい娘は勿体ない気もするがなぁ……」
それを聞いた二人はお互い同じくらい赤面して、恥ずかしがるように否定する。
「だから、違いますって!! 聞いて下さいっ!!」
――こうして一連の事件はリュッカ達の無事の帰還で幕を下ろした。
美少女に転移して、初めてできた友人のピンチに犯人を追い詰め、迷宮に潜り、魔物を討伐。
異世界らしくも、実に王道的な展開だった気もするが、こんな人生も悪くはないと思う。
こうしてまた、向こうの世界みたいに友人達と笑って過ごせている。今回の事件もあってか、何より大事な時間なのだと知ることができた。
今、こう問われれば、歓喜していると答えられる。
問おう。貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?
ここまでのご愛読ありがとうございました。
これにて第3章はおしまいとなります。次は第4章となりますが、正直、シリアスな面も3章以上に濃いかも知れませんが、引き続きご愛読頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。それでは。




