105 めでたしめでたしでは済まない
――リュッカとソフィスを無事に助けて帰還、めでたしめでたし…………で、終わりではない。
まだ、やり残したことがある。
「――忙しい中、よく来てくれたのぉ」
長髪の白髪に長いお髭と仙人のようなローブ……という、ありきたりな学園長先生、ミルドレイド・アーバルチェが親御さんに気を使う。
翌日、俺達は学園長室にいる。
そこに今集まっているのは、学園長先生、カルバス、ハイドラス、ハーディス、俺と今回の事件の首謀者のアーミュとその取り巻き、その親御さん達が出席。
「いえ、事が事ですし……殿下の呼びかけに応じねば……」
その親御さんも宣告されるだろうことに不安を隠しきれない様子。
それもそうだ……いわゆる娘が殺人未遂を犯したのだ。後ろめたい気持ちにもなる。
「では、殿下……」
「すみませんね、学園長。このような場を用意して頂いて……」
「構いませんよぉ。本来であれば、我々が処置せねばならないことを、殿下がおやりになられるのですから……」
確かに生徒の間で起きたことだ。本来なら先生達が対処すべき問題ではあるのだが、解決した根底には殿下の活躍によるところもある。
その為、今後の為にもと口を挟んだのだ。
「それでは本題に移ろうか?」
落ち着いた表情と声でハイドラスは語り始める。
だが、その様子を恐ろしくて堪らない様子で震えて待つアーミュ一同。
自業自得だろうと呆れ気味に見下す目線で見るが、一応気付かれないように気を配る。
「アーミュ・ラサフル。お前の犯した行いは、そう許されるものではない。よって、本来であれば、貴族地位の剥奪及び、投獄される訳だが――」
ハイドラスのその厳しい判決にアーミュは空かさず待ったをかける。浅ましく、懇願するようにお願いする。
「どうかっ!それだけは……」
その醜い様子に呆れて首を振る。
「……最後まで人の話を聞け。いいか、被害者であるリュッカ・ナチュタルに先程、お前への処罰に関しての希望を聞いてきた」
「……っ!」
被害者はリュッカとソフィスだが、一応ソフィスは加担をした形にもなっているからと、リュッカのみに聞いたのだ。
「無事に戻って来れたから、そこまで厳しい処罰を与えないでほしいと聞いている。その事から、お前達への罰は彼女の気持ちを汲んで、最低限のものとすると、こちらで判断した」
それを聞いてアーミュ一同は、ほっと胸を撫で下ろす。
すると、アーミュが余計な物言いを上から目線で話す。
「ふふ……あの女も自分の立場というものを理解したようで何よりですわ。このわたくしに罰を与えるなど、おこがましい限りですわ」
その反省の色も罪の意識もない、高慢ちきな事を口にする。
その様子にアーミュ以外の加害者側は――コイツ、馬鹿なのか!?――という表情が手に取るようにわかる。
俺達も本来なら、怒りの表情くらいは出るだろう発言だが、正直、予想通り過ぎて怒りを通り越し、呆れてものも言えない。
なので、ここからはハイドラスと話した通りの話を展開して、この馬鹿に自分の立場をわからせる。
「では、殿下。わたくしに彼女が望む、軽い罰をお与え下さい」
「ああ……それではアーミュ・ラサフル。お前には貴族の地位の剥奪及び、投獄の刑とする」
アーミュは信じられないと言わんばかりの表情でパチクリと、まるで豆鉄砲を食らった鳩のような目をしている。
するとすぐ様、我に帰る。
「はあっ!?えっ?何故ですか!?」
「何故だと?今のお前の発言や態度に反省の色はあったか?罪の意識はあったか?……リュッカはあくまで反省しているからだろうと、そのように言っていたのだ。反省が見えないお前には最低限の罰だろう?」
全員アーミュを見て、殿下の発言の方が当然だろうと視線を送る。
「いや、反省しておりますとも……今のは――」
見苦しい言い訳を聞きたくないと、はっきりとアーミュの立場を伝える。
「お前は貴族だの平民だのと立場を随分と気にするようだから言っておくぞ……お前は貴族でも平民でもない、只の犯罪者だ」
「――っ!!」
「立場を弁えるのはどちらか……まだわからないか?」
俺個人としてはコイツほどの腹黒だ、立場など弁えないだろうと考える。
実際、あんな発言がさらっと出るあたりが、それを物語る。
「わ、わたくしは反省しています……だから、彼女の意見を汲もうと――」
この場に応じても、言い逃れや刑の軽減を求めるアーミュ。それに対して再び、彼女の発言を切り捨て、吐き捨てる。
「都合の良い時ばかり、彼女の意見を取るなっ!!」
「――ひっ……!?」
「……お前と彼女の地位、貴族と平民の差を考えての罰の重さなら、最低限でもこれだけのもので済むだけマシだろう……お前の望み通り、地位の違いによるものだ。不服か?」
リュッカやソフィスは下手をすれば、死んでいてもおかしくはないのだ。これぐらいで済むなら良しだろう。
正直、異世界での処罰の基準はわからんが。
だが、この馬鹿は納得いかない様子で、悲劇のヒロイン気取りで泣いて懇願する。
「そ、そんなっ!?どうかご慈悲を……」
ハイドラスは大きくため息をつくと、扉の向こうで待機している騎士達に聞こえるように――。
「この女を連れていけ」
ガチャっと扉が開くと加害者側に騎士達が集まる。
それを見て怯えたアーミュは、父にしがみつき、助けを求める。
「――いやぁっ!?助けてっ!!お父様っ!!」
父も擁護できない様子を見せる。それを見たアーミュの目は絶望した。
だが――。
「お待ちになって下さい、殿下」
まさかのアーミュに助け舟を出したのはハーディスだった。
「……どうした、ハーディス。私の意見に不服か?」
「いえ、そんなことはございませんが、彼女はまだ十五ですし、これだけ嫌がられているのです。些かに情が移ったと言いますか……」
まさかの発言に驚くハイドラス。その表情を見て、ハーディスが一言。
「……私だって、人間ですよ?」
いつもハイドラスに厳しい、ハーディスの発言とは思えないと顔に書いてあったらしい。
そう捉えられる一言だった。
「……とにかく、別の罰を与えませんか?どうせ没落しますしね」
さらっと恐ろしい発言をした。
やっぱりハーディスだなと安心した表情を見せるハイドラスに対し、それを聞いたラサフル親子はその発言に耳を疑った。
「はあっ!?どういう意味です?」
「どういうって、貴方、不正を働きましたよね?この際ですからと調べておきましたよ。意外と簡単に出てきたのでやり甲斐はありませんでしたが……」
どさっとハイドラスとラサフル親子の前に書類の束を置く。
昨日の今日でこんなに出てくるとは、ラサフル親子のお馬鹿加減と同時に、ハーディスの仕事ぶりにも驚く。
護衛の仕事というより、完全に秘書だ。
ハイドラスは、ほ〜っとわざとらしい見方をしながら、プレッシャーをかける。
「確かにこれならば、彼女の父自体の罪も重い。それならば、彼女の貴族地位の剥奪は罰にはならんか……」
「そ、そんな……」
絶望に伏せる二人。両横にいる加担者達もその様子に怯える。
実行役ではないにしても、厳しい沙汰があるのではないかと。
「では、どのような罰がいいかな?ハーディス」
「はい。私は名案を思い付きました。彼女の地位を汚すこともなく、反省を促す罰を……」
「それはどんなものだ?」
「それは……彼女も迷宮へ突き落とせばよいのです」
「……は?」
アーミュは伏せていた顔を上げて、聞き間違いではないかと疑う。
「なるほどっ!それは名案……いや、しかし待てよ、彼女は貴族だ。平民であるナチュタルが熟せたことを貴族である彼女にやらせるのはどうかと……」
「あ、あの……殿下?」
話が弾む二人に盛り上がらないでほしいとばかりに縋ろうとする。
「大丈夫ですよ。ちゃんと罰になるような迷宮を選べば良いのです」
「そんな都合の良い場所が――」
「あるではないですか。女性ならば絶対に足を踏み入れたくない迷宮が……ゴブリンの迷宮です」
「――っ!!?」
タイオニア大森林の中にある迷宮だ。
何時ぞやか、クルシアが行くと言っていた場所だ。
「なるほどなぁ、いや、しかし……」
「これは罰なのですから、殺されない程度の迷宮で、騎士が時間になったら、すぐに助け出せるように待機していれば良いですし、かつ、彼女にとってはリュッカさんよりも優れていることを証明するチャンスとも捉えられますし、女性にゴブリンの迷宮へ向かわせるのです。十分では?」
「いや、素晴らしい案だよっ!ハーディス。さすがだ」
「いえ……」
勝手に話を盛り上げる二人についていけない様子のラサフル親子。
アーミュは恐る恐る尋ねる。
「あの殿下……」
「何だ?」
「わたくしには無理ですっ!ゴブリンの巣窟に一人で赴くなどっ!!」
ハイドラスとハーディスは不思議そうに、揃って首を傾げる。
「おかしなことを言う奴だ。自分で言っていただろ?昨日……」
「言っていましたね。リュッカさんに劣るなんてあり得ないと……」
「いや、それは……」
「彼女を蛆虫と見下していた君だ……ゴブリンの迷宮に放り込まれるなど、どうと言うことはないだろう」
アーミュは自分の発言に後悔する。
あんなことを言わなければよかったと、呪いのように頭の中で唱え続ける。
「まあ勿論、一日半は完全に置き去り状態にするつもりなので、そこで起きたことは、こちらで責任は負いませんよ。罰ですから」
ニコッと愛想のいい笑顔で釘を刺すハーディス。
最早、剥奪よりも酷い気もするが、正直、リュッカ達の衰弱具合から見ても、いい気味だとも思っている。
「お願いですっ!どうかご慈悲を……」
「は?慈悲だと?これ以上どうすれば……ああ、なら特別に連帯責任ということで、三人ならどうだ?」
「――はっ!?」
両隣の二人も巻き添えを食らうことになった。
「おお、お待ち下さいっ!!殿下!!私達はついて行っただけと、説明しました」
「だが、止めなかったろう?」
「そ、それは……」
「ならば、協力したことを呪いながら、是非、三人仲良くゴブリン迷宮の探索をしていてくれ。ああ……勿論だが、ナチュタル達と同じ物を所持した形で頼むよ」
「そんなっ!?どうかお許しを……」
さっきから罰を受けようとしない三人。
やはり反省の色は見えない。
コイツらが嫌な気持ちもわかる。そりゃあ、あんなのに貞操を奪われたら、それどころか取り返しのつかない状態になれば、女として、人として終わりを迎えることだろう。
だが、こんな反省も罪の意識もない奴らなら、こんな非道な罰もいいと思ってしまう。
実際問題、この罰は彼女達の言う、地位を汲んでの提案だけに、断る理由が本来なら不明である。
「殿下もわかっておいででしょう。わたくし達は魔物との戦闘など――」
「それはお前達、個人の問題だ。罰を受けない理由にはならん。ましてや真面目に授業を受けず、媚びを売り続けた結果だ。自業自得としか言えん」
「そんなぁっ!!嫌だ!!ゴブリンに犯されるなんて……」
「お願いしますっ!!それだけは……」
泣きながらも懇願する一同。その親御さんも娘をそんなところへ、やりたくはないだろうが、殿下の手前、言い出せない様子。
ハイドラスはそれを無視。
「よし、ではハーディスの意見で行こう。ハーディス、彼女達の装備の準備を整え、ゴブリンの迷宮までの護衛の用意を……」
「はっ!かしこまりました」
「――お願いですっ!!お待ち下さいっ!!」
最早、こちらが虐めている気分になる。
声をこれでもかと思うほど、大きな声で叫び、目からこれでもかと涙を流して、縋りつく。
……そろそら本命と行きますか。
「あの……」
俺はすっと手を上げる。
「何だ。オルヴェール」
「いや、見ていて余りにも可哀想なので、私の案もいいですか?」
俺は同情するような言い方をしてみせる。
一応、嫌味のつもりで言ったのだが、まるで救いの女神でも見るかのような視線が飛んでくる。
「貴女の案……?」
「宜しいですか?殿下」
「私は構わんが、コイツらが嫌というだろう」
「――なっ!?そん――」
「そうですよ。なんて言ったって、彼女達は貴族、貴女達は平民と見下しているのです。残念ながら貴女の意見は通らないでしょう」
いやぁ、確かにこの話し合いをする前に、反省を促すよう頼んだけど、想像以上にノリノリだ、この二人。
「お願い……致します。彼女の……案をお聞かせ下さいませ」
「良いのか?散々――」
まだ、虐めようとするハイドラスにもう堪らないと泣き叫んで止める。
「もうお許し下さいませっ!!!!もうそんなこと、二度と申しませんので、どうかぁあ……」
跪いて、頭を地面につけて、土下座した。
「……謝る相手が違うだろ。ナチュタル達にそのように謝るべきだろう、違うか」
「はいっ!!おっしゃる通りです……」
「さて、では私の案のご提示で宜しいですか?」
「うむ、言ってみろ」
元々、コイツらに与える罰は、最初から決めていた。
だが、この女のことだ……反省など全くしていないだろうと、この二人に反省をさせるよう、仕向けてほしいと頼んだのだ。
ちなみにリュッカが軽い罰にしてほしいと言ったのは本当だ。
だから、反省しているようなら、本当に軽いものにするつもりだったが、コイツらのねじ曲がった性格は簡単には矯正できないようだと思ったので……。
「この三人に呪印を施すのは如何でしょう?」
「呪印……貴女っ!わたくし達に奴隷になれとでも言うの!?」
正直、奴隷制度については詳しくは知らないが、この国では禁止されているらしいが、他国では採用されているところもあるのだと、先程の作戦会議の際に聞いた。
「勘違いをするな、ラサフル。我が国は確かに奴隷制度を禁止しているが、犯罪者に対しては例外だ――」
超簡単に言ってしまうと、奴隷制度はあくまで国が認めた人身売買の話だと聞く。
正直、胸くそ悪いが、これも異世界でのルールなのだろう。
だから、犯罪者の抑止力という意味では、呪印の施しはありとされている。
勿論、細かいルールはあるのだが、割愛させて下さい。
「そ、そんな……」
「大丈夫ですよ。この国のルールに従った形で施します。先ずは破ってはいけないルール、今回の場合、貴女方が貴族に全く相応しくない為、その矯正を行えるルールを作ります」
「矯正?それは、貴女達がわたくし達を教育するということですの!?」
コイツらにとってはプライドがズタズタだろうが、そんなことはこっちの知るところではない。
なので、満面の笑みでお返事。
「はい!」
「――冗談じゃ――」
反論しようとしたアーミュに両隣の二人が制止する。
これ以上、分が悪くはなりたくないことへの素早い対応だが、アーミュが文句を垂れるくらいはお見通しだ。
「細かいルールについては後ほど。とりあえずは皆さんには、人としての教養を身につけることなのだと、ご自覚下さい」
我がまま娘がそのまま育ったのだ、贅沢の限りを尽くし、人としての道徳を学ばなかった結果だ。
あまりにも情けないと思う。特にアーミュ。
「確かにオルヴェールの意見も十分な罰であろうな。さて、慈悲がほしいと言ったな?」
「は、はい……」
「私達はこんなにも寛大にお前の我がままを聞き入れ、提案した事を尽く否定する、その浅ましさ……ここまで来れば、寧ろ褒めてやりたいほど、呆れたものだ――」
全く同意見である。
「だが、そんな浅ましい君達にも我々は寛大だ。この三つの案から一つ、望む罰を選びたまえ。本来ならナチュタルか、もしくは私達が下すところを委ねてやるのだ……感謝したまえ」
思わず息を呑む加害者一同。
「さあ、我々も暇ではない。三人で相談しても構わん……さっさと選べ」
すると、三人は震えながらもボソボソと相談しながら考えている様子だったのだが――。
「……元々はあんたがあんなこと、言い出さなきゃ……」
「貴女方だって同意したでしょ!?」
「煩い!!どうしてこんなことに……」
何やら罵り合いを始めた。
そんな醜い様子に机をダンっと強く叩いて止める。
「相談しろとは言ったが、罵りあえとは言ってないぞっ!」
「……す、すみません」
そしてハイドラスは彼女達に止めの言葉を告げる。
「少しはわかったか?権力という横暴な力を振るわれる恐怖は。お前達はこれを平然と平民に与えて、苦しめ続けていたのだ」
「は、はい」
「この国では勇者の教えもあってか、権力制度自体を廃止したいとも考えたが、国事情を考えれば中々難しいことではある。だからこそ、このような学校という場だけでもと思ったというのに、貴様らは……」
わなわなと憤りを抑えるハイドラス。
実は結構怒ってたのね。冷静沈着だからわからなかった。
「恥を知れっ!!そして、ナチュタル達に誠心誠意、きっちり謝ってこいっ!!いいな!!」
「――はいっ!!本当に申し訳ありませんでした!!」
少しは反省しただろう、少しは。
「それで?どうしますか?罰の件は?」
アーミュ達は顔を見合わせると、頷いた。
「……彼女の案でお願いします」
もう完全喪失したように、一応聞こえるように答えた。




