91 ゴブリンクラウン
リュッカは自分の記憶を総動員して辿る。
ゴブリンの種類は殆ど確認されている為、モンスター図鑑には載っていたはず。
父に絵本がわりに見せてもらっていた中にあったはずだと考えたのだ。
すると思い出したのか、血の気が引いた。思わずもう一度、気付かれないようにゆっくりと確認する。
そのゴブリンの容姿を確認するが、目を疑わざるを得なかった。そして絶望する。
アレは本当にマズイ奴だと。
実際アレを生で見るのはレアケース。それもそのはず、希少種だ。
特殊な魔物には変異種と希少種が存在する。
変異種は確認されている魔物とは異なる似て非なる存在のこと。
希少種は確認されている魔物が進化したものだが、その進化に関する研究が進んでいないとか、進化条件が厳しい理由から少ない存在のことを指す。
今回のあの膝の長さまである大量のナイフをぶら下げているあのゴブリンは希少種と認定され、確認されている魔物。
(アレはゴブリン道化師だっ!!)
ゴブリンクラウン――アサシン系のゴブリンが進化した姿。名の通り、道化師のようにあらゆる芸や武器を使いこなし、テクニカルな動きで敵を翻弄しつつ、切り掛かったり、投げナイフや魔術も使いこなす。
恐らくあのピアスが魔術を発動をする為の媒体魔道具であろう。
ちなみにランクはA。ゴブリンキングと並ぶ驚異的存在。ゴブリンキングのように統率能力は欠けてはいるものの、戦闘能力に関してはゴブリンキングを超える。
見つかったら最後、自分が手にかけたゴブリン以上の無残な姿で放り出されるであろう。
リュッカの鼓動は早くなる。両手で口を塞ぎ、見つからぬように必死に大岩に張り付き、身を隠す。
泣きそうになりながらも必死に祈る。
(――お願いっ!! 見つからないでっ!! 上手くいって……)
ゴブリンの群れを撒く手段を講じた現場を用意したリュッカの必死の祈り。後は音を立てず潜むだけ。
だがこの時間があまりにも長く感じる。
そんな張り詰めた状況のリュッカとは裏腹に、ゴブリンクラウンは落ち着いた様子でこの現場を見る。
首を回し、その頭でっかちを回す。
ゴブリンクラウンが見た景色は、頭が破壊されたゴブリンの死骸。その周りは争ったように血が散乱している現場。
ふと考え込む。その様子をジッとみるゴブリン達。どうやらゴブリンクラウンの指示を待っているようだ。
するとゴブリンクラウン、ガウガウと何か指示を出した。するとゴブリン達は周りを散策し始めたのだ。
二体ずつ行動をしているところからして、このゴブリンクラウンは優秀なようだ。統率能力もある程度あるゴブリンなようだ。
リュッカにしては最悪だ。身の危険性が一気に強まる。
この大岩の後ろを見られるは時間の問題。先程のような不意打ちも、もう通用しない。
見つかったら完全にアウトだ。
リュッカは爪を立てるように自分の口を押さえる。恐怖心を抑える為だろうが、逆効果だ。
迫り来る死、絶望がリュッカの頭をよぎる。
身体を丸めて震え上がり、目を閉じ、涙が漏れ出る。必死に助けも来ないかと無謀なことまで考える。
(お願いお願いお願いお願いお願い……)
余計なことを考えないようにと心の中で唱え続ける。もうリュッカに出来ることはこれしかなかった。
すると、
「――ガウガアァッ!」
何かを見つけたぞとばかりに声を上げるゴブリンの声が聞こえた。
そっと目を開けた。ちらっと視線だけ動かして確認をするが、どうやらこちらではないらしい。
その声を上げたゴブリンは左側の曲がり通路を指差す。
ゴブリンクラウンはその通路へ向かう。するとヒクンっと鼻が動いた。何か匂ったのか、何かに気付いたようだ。
したり顔で笑うゴブリンクラウン。
「ガウガウッ!!」
命令するようにゴブリンクラウンが鳴くと、他の散策していたゴブリン達が集まり、左側通路へと入っていった。
足音が遠く離れていく。聞こえなくなるまでリュッカは息を殺す。
そして耳を澄まし、聞こえなくなったことを確認した。
「――はあぁっ!? はあ、はあ……」
安心したのか、吐き出すように大きく息をする。そして、身を預けるように大岩にもたれかかる。
「ありがとう……お父さん。ありがとう……ザーディアスさん。ありがとう……クルシアさん」
涙を流しながら、この場を切り抜けられた要因となった人達に感謝を捧げ、心の底から感謝する。
そのリュッカの取った行動がこうだ――。
先ずは殺したゴブリンの頭を解体用ナイフで裂き、血を大量に流させる。その後、周りの岩場に血を巻き散らかす。こうすることで自分の女の匂いを消すことを思い付いたのだ。
先程のゴブリンアーチャーは匂いで気付いた。先ずはそれを対策しないと二の舞いとなる。その為に血が大量に出るであろう頭を破壊したのだ。
ゴブリンは細身だ。頭の方が血が出たのだろう。
その鼻が曲がりそうな血の匂いを自分の女の匂いが出る場所にも服越しに、背に腹は変えられないと塗りつける。
こうすることでこの空間に違和感のある匂いがなくなる。
だが、それでもこんな現場だ。不審がられたり、調査をするだろうと次の対策。
リュッカはクルシアから貰った香水を適当な石に匂いをつけて、左側の通路へと放り投げることを思いついた。
以前クルシアはゴブリン狩りをする際、この香水を使っておびき寄せると言っていたことを思い出す。女の匂いを強調するきつめの物だった。
ならば誘導も可能ではないかと考えたのだ。
リュッカは香水を吹きかけた石を左通路へと投げやると、もう一度手をゴブリンの血で汚し、香水の匂いを消した後、身を潜めたのだ。
父が教えてくれた魔物の知識、ザーディアスが教えてくれた冷静かつ臨機応変な対応能力、クルシアが無理やりくれた香水。
どれが欠けていてもダメであっただろう。リュッカは感謝しかないと、ほっと胸を撫で下ろす。
だが、これでリュッカの選択肢は絞られてしまった。
ゴブリン達は左側通路へ向かったが、すぐに戻ってくる可能性も否めない。戻ってきた際、また同じ手でやり過ごすことは難しいだろう。
ましてやゴブリンクラウンという危険な魔物がいるのだと確認もした。ここで救助を待つことは危険であると判断した。
それならば右側にいるであろう魔物を相手にする方がマシだと判断した。それにゴブリンのパーティーがある程度の魔物を退治した可能性もあったからだ。
リュッカは大岩から出て、ゴブリン達が来た方向を見る。
ここから脱出するにしても、救助を待つにせよ、あのゴブリン達が徘徊している以上、進むしかない。
あの奥に何が待ち受けていても、生きて帰る為に。




