70 怖い補習
――あの実戦授業から三日後の放課後、俺は現在、涙目のアイシアと睨み続けるフェルサを見送っている。
「リリィ……リュッカぁ……」
「裏切り者ぉ……」
「裏切り者って……」
「あらあら大変ですわね」
楽しそうな笑みを浮かべながら話すカルディナに思わず苦笑いが出る。
というのもあの実戦授業の翌日、小テストが行われた。文武両道はどの世界でも同じなようで、いくら強い元冒険者のフェルサであろうと、勉強ができないではダメとのことで、補習室として用意された魔法科の一教室の出入口前である。
ちなみにアイシアも補習授業を受ける。彼女達の後ろから見える生徒は幾人か確認できる。
見た印象だけだが、服装の整い方から平民ばかりに見える。
まあ貴族は英才教育されてるだろうし、補習に呼ばれる機会はさすがにないだろう。
だが、補習でもない俺達が何故ここにいるかというと、
「助かりました、オルヴェール、ワヤリー、ナチュタル」
「いえ、こちらこそ、友人が迷惑かけます」
フェルサが補習授業は嫌と学校中を逃げ回り、捕まえてマーディに突き出したところである。
カルディナが追いかけ回し、俺が魔法陣を設置、捕らえるという形で確保した。
まるで野生の動物でも捕まえるかのような要領。
「何で女狐のあんたがここに……!」
「あら、女狐だなんてお言葉だわ。わたくしとリリアさんは仲良しになったんですのよ。ねぇ?」
敵意剥き出しのフェルサを挑発するように、悪戯心全開の笑み。めっちゃ楽しそう、生き生きしてらっしゃる。
「はは……まあね」
「リリアの裏切り者ぉ……おおっ!?」
マーディはフェルサの首根っこを掴む。
「はいはい、わかりましたから補習授業を始めますよ」
「は、はーい……」
「ヤダっ!! この鬼婆!!」
マーディの授業で結構怒られているのだろうか、毛嫌いしている様子。
だが、マーディは一切気にしない。それどころか……、
「ええ。わたくしは鬼婆ですわよ。その名にふさわしくビシッバシッとしごいて差し上げますから、そのつもりで……」
「わ、私は関係ないですよね?」
アイシアは顔を青ざめながら尋ねると、マーディは冷ややかな視線を向ける。
「あら? わたくしは鬼婆ですものねぇ……」
教室中の生徒が凍りつくように固まった。
「小テスト程度で呼び出しをくらうあなた方に遠慮などするとでも? 生徒の為に全力を尽くす……教師として当然でしょ?」
正に教育者の鏡的な発言だが、どこかしら恐怖を感じるお言葉に俺は決心する。
(よし! 絶対補習や追試にならないように頑張ろう! 絶対っ!!)
それを聞いて補習を受けるアイシアとフェルサも青ざめて固まる。
マーディは首根っこを掴んだまま、教室内へ。
「では、補習授業を始めますよ。貴女達は本当にありがとう。もう帰って結構ですよ。貴女方がおられては彼女達が集中できませんので……」
「はーい」
「頑張って下さいませ、フェルサさん♩」
「うがぁああ!!!!」
「……もうその辺にしとくれ」
「じゃ、じゃあまた後でね。シア、フェルサちゃん」
俺達は泣く泣く補習授業を受ける二人と別れを告げた――。
「今日はありがと。カルディナさんがいてくれなかったら、フェルサを捕まえられなかったよ」
「そうだね」
「ふふ、わたくしも楽しかったのでお気になさらず……」
実際、フェルサは校舎内を壁飛びとかして文字通り、飛んで逃げてたから、捕まえるのに苦労した。
俺もリリアの体力上、限界があったので罠を張る作戦をとった訳だ。
「それにしてもあんなに嫌がるなんてねぇ」
「まあ、マーディ先生怖いからね」
「厳しい人だよね。私達は授業でしか会わないけど、それでもわかるよ」
そんな雑談をしながら学校を出る。
「――では、わたくしはこれで。貴女方は寮ですわよね?」
俺はふと考えた。いつもなら明るく騒がしいアイシアや、たまに鋭いツッコミを入れるフェルサがいない。
いつもと違う放課後。だったら自分の用事を済ませようと考えた。
「ねぇ、リュッカ。今日は私、用事済ましてきてもいい?」
「ああ、アルビオさんのところに行くの?」
「勇者の?」
「うん」
何でと言わんばかりの表情。
言っても大丈夫かな? 勇者の日記のこと。普通に考えたらダメだよな。だけど、そしたらリュッカが行かない理由が……、
「今日はリュッカも行く?」
「えっ! 何で? 私は特に用事なんてないし……」
俺は察してとばかりに軽く頷くが、リュッカはさらに不思議そうな顔で首を傾げた。
勇者の日記の件はあまり人に知られる訳にはいかない。何せ殿下や学者達があれだけ卒倒したのだ、大事である以上、避けるべきことだろう。
「何なんですの?」
「ああ……いや……」
「お誘い嬉しいけど、二人が戻ってきた時、慰めてあげないと。きっと凄い疲れた顔して戻ってくると思うから」
やっぱりリュッカは優しいなと納得する。
「わかった。あの二人のことよろしくね」
「うん!」
「でしたら、わたくしの馬車でお送り致しますわ。その時にでも事情を聞かせて頂いても?」
その辺は抜かりないカルディナ。ご好意を無下に断る訳にもいかず……、
「……わかったけど、他の人には内緒だよ」
「わかりましたわ」
この人はこうやって色んなところから情報を引き出しているのだろう。
この人あたりの良さやどこか掴み所のないこの態度がそうさせるのだろう。
「じゃあ、行ってくるね! リュッカ!」
「いってらっしゃい! また後でね!」
「うん!」
そう言うと俺はリュッカと別れた。
――この後、俺は後悔することになる。この時、リュッカも一緒に連れて行くべきだったと。
そんな事など今の俺には知る由もなく、カルディナの迎えに来ていた馬車へと乗り込むのであった。




