55 魔人のなり損ない
「うぅっ、横暴だあ……」
あの出来事の放課後。無人の学食を借りて、殿下にも事のあらましを話す為、集まってもらった。
俺はテーブルに顎乗せして、先程の説教を嘆く。その様子をハイドラスは面白そうに見る。
「――ははははっ! それは災難だったな。だが、こちらとしても勇者が封印したはずの悪魔が復活というのは、肝を冷やしたよ」
「それは申し訳ありません……」
「……でもさすがリリアちゃんだね」
「うん。こっちにまでピリつくほどの魔力を感じたよ」
別に召喚するつもりなんて毛頭なかった訳なのに、あれだけ怒られるのは理不尽だ。
「さて話ということだが?」
「ああ……はい。実は――」
俺は召喚の授業で起きたことを話した――。
「――なるほど。それは随分な啖呵を切ってくれたものだ……」
ハイドラスは呆れたように話す。巻き込まれた本人は眉はへの字なものの何故か落ち着いた様子だ。
もっと青ざめたり、さすがに怒ったりとかするものと考えていたが、正直、ある程度は覚悟していただけにどうにも調子が狂う。
「まあオルヴェールの対処は見事なものだったと思うよ。実際、その悪魔が暴れられては、こちらも無事ではすまないだろうからね……」
「それはそうですが殿下、これからどうするのです? 彼女の話によれば、遅くとも――」
「わかっている。長いようで短い期間だな……」
勇者に圧倒されてたと言っていたとはいえ、喋る魔物だ、強さは相当なものだろう。
あんな啖呵を切ってしまった以上、契約したインフェルについての情報が必要だ。
「その……封印されてたあの悪魔はどれだけの強さかな?」
「分からずに契約したのか!? ……はあ」
やれやれと呆れ果てられてしまった。
「いいか、お前が契約したインフェルノ・デーモンは少なく見積もってもSランクはある魔物だ。そんな魔物を使役しているだけでも、他国からすれば脅威なんだぞ」
「えっ!?」
想像以上にヤバいっぽい。少なくともSランクってそれ以上があるってこと?
「しかもインフェルノ・デーモンは魔人のなり損ないだ、知性もあり、知識も豊富だろう。そのことから脅威的な存在に間違いない」
インフェルも言っていたが、魔人のなり損ないって言うは何だ?
「ねぇ? あの悪魔さんも言ってたけど、魔人のなり損ないって何?」
アイシアも聞いていたようで、事情を知るハイドラスに尋ねると、少し表情が険しくなる。
「君達は魔物の進化については知っているかな?」
「魔物の進化……ですか?」
授業でもまだ習ってない気がするが、記憶を辿るが覚えがない。
そんな中、静かにリュッカが語り出した。
「魔物はこの世界の魔力を巡らす存在ではあるけど、魔物も生き物……成長できる」
その事は容易に想像もつく。悪魔が自分の力を取り戻す為に人を殺すと言っていた以上、それがいわゆる栄養補給なのだろう。
だが魔力でも回復はできるはずだ。
「魔物が成長する条件は魔力、または負の感情を取り込むこと……」
「詳しいね。どこでそんな知識を?」
「リュッカは解体屋の娘だからね」
「なるほど、それなら知っている訳だ……」
ハイドラスの言い方を聞く感じ、常識的な話ではないらしい。専門的な知識のようだ。
「魔物が強くなる為には魔力よりも負の感情を取り込む方が成長に繋がるらしいよ」
「その過程で魔物は人を殺すことを本能的に考えるのだ……」
「そして、その負の感情から人の感情を取り込むことで魔物は最終的に魔人になるとのことです。確か、勇者が魔人を討伐した際の記録にあったとか……」
「そこまで知っているとは、すごいですね」
思わずハイドラス達は感心する。解体屋とはいえ、冒険者と接する機会は多いだろうから、そこからの伝手だろうか。
「つまり魔物は人の負の感情を取り込むことで理性や知性を身につけて成長、進化するってこと? その為に、より負の感情の出やすいという理由から人を殺そうとするってこと?」
「まあ、そうなる……」
あまり気分の良い話ではない。表情が険しくなる理由も頷ける。人間とはまるで違う成長方法から、魔物は全く別の存在であると認識できる。
だからこそ魔物は躊躇なく倒すことができるのだろう。
「でも、負の感情ってことは、別に殺すことには限らないんじゃ……」
「相変わらず目の付け所がおかしいな。……オルヴェール、君は女の子だ、もう少し可愛げを持つことをお勧めする」
「はは……善処します」
しないけどね。
「それもそうだ、殺される過程の上で出る、負の感情を取り込んでいると研究されている」
「それで話を戻すけど、魔人のなり損ないってことは、私の悪魔、インフェルは魔人になれなかったってことだよね?」
「原因は勇者の封印だろ。おそらく封印されなければ魔人になれたろうが、封印から復活の期間までが長かった影響から、インフェルノ・デーモンの中に蓄えられた負の感情が抑えられたことが要因と思われる」
「つまり、あの悪魔さんはまた沢山の人を殺さないと魔人にはなれないってことかな?」
「そうだ。だが昔と違い、今は平和の世だ。インフェルノ・デーモンほどの魔物が魔人になるのは、もはや不可能に近いだろうな」
この言い方だと、魔物のレベルによって負の感情を取り込んでの進化条件は違うように聞こえる。
まあレベルが高いと上がりにくいなんて話はどこでもそうなのだろう。
インフェルは明らかに上級種。進化の条件はさぞ厳しいものだろう。ハイドラスの話から昔はまだ色々あったような言い草。
その時代であれば、たとえインフェルノ・デーモンが人間を殺さずとも負の感情を食えばいいだけの話だが、時代が違う故、諦めたのだろう。
そうでなければ、俺の魔力を感知して契約に応じることもなかったろう。
それにしても魔人というからには、人が魔物化するものとか、そういう種族が最初からいるものとか思ってたけど、違うらしい。
だがインフェルが脅威的な存在であるということも、これで理解できた。元々恐ろしい魔物が負の感情、要するにはその感情を学習することで、知性と理性を得る。
とんでもない話だ。
インフェルはあれだけ悠長に喋れたのも、偏にそれだけの負の感情を取り込んだ結果。経験を積めば強くなる。世の道理である。
「さて、そんな魔人になりかけた悪魔を嗾けられた訳だが、どうする? アルビオ」
深刻そうな声で横に座るアルビオに尋ねた。アルビオは自信のなさそうな表情で俯き、情けない答えを出す。
「僕にはどうにも出来ないことです、殿下。何かお知恵はありませんか?」
自分は出来ないと、いくら俺が勝手に押し付けたこととはいえ、頭ごなしに否定して他人にあっさり頼るのはどうかと思ったが、それを口にはできない。
だが、そう答えるのをわかっていたのか、ハイドラスは打開策を提示する。
「……とりあえずは封印術で再び封印が一番だろう。さすがに最大でも九年はあるのだろう? その間に何とかしてみせよう」
「倒すは?」
「それも可能だろうが、オルヴェールと契約しているのだ、封印の方が有効だろう。勿論、何か別の手段があるなら、それでもいいが……とりあえず今しばらくは様子を見よう。インフェルノ・デーモンは勇者本人とあったことがある、知性を持つ貴重な魔物でもある。色んな事が聞けそうだ」
「いや、それは無理じゃないかな? かなーり恨みを持ってるみたいだし……」
あれだけの怒り狂ってたんだ、聞き出すことは容易ではないが、様子を見るという意見には賛同できる。インフェルを倒すにせよ封印するにせよ、その力を知ることはいいことだ。
「でも、また封印とか可哀想だよ。自由になれて嬉しそうだったのに……」
「優しいなぁ、アイシアちゃんは……」
「ですが、また人を襲っては元も子もありませんよ」
「まあ理性があるのだ。もしかしたら改心するかもな」
「それも一つの手ということでいいんじゃない?」
とりあえずは様子見ということで、話は決着した。俺個人としても強力な使い魔をいきなり封印というのも忍びないので、ほっと胸を撫で下ろす気分であった。




