52 悪魔降臨
のっぺら坊みたいな凹凸のないつるっとした顔には漆黒の目が二つ、禍々しく山形に尖った口、顔の両隣にあるはずの耳は無く、その代わり角が二本生えている。
首は長く、身体は見事な細マッチョ体型。その見事なシックスパックの割れ目には燃えるような溶岩が脈を打つ。手足は不気味なほどに細長い。指先も尖っているようだ。
鱗が重なってできたような黒く長い尻尾をゆらゆらと動かしている。そしてコウモリのような大きな羽を広げている赤黒い人型。
その人型は圧倒的な存在感を放つ。それもそのはずだ、あの召喚陣から出てきたのだ。誰が考えてもあれは魔物だ。
その魔物でも特徴あるその姿にみんなは、ただただ立ち尽くすしかない。
あれ、ヤバイの召喚したんじゃないか?
その姿を見て、パッと思いついたアレは悪魔だ。その悪魔と思われる人型は何かを感じとったようにこちらを向くと、口元に陽炎をおこしながら話す。
「貴様か? 我を引っ張り上げたのは……」
悪魔の発言に覚えがない。引っ張り上げたって何のことだ?
召喚陣の作用を考えると自分の血と魔力を流し、どこかにいる自分と相性のいい魔物を呼び出すもの。
考えられる可能性は、その魔力を流した際に、この悪魔が何かをしたことになる。
その悪魔は大きく羽ばたく音を鳴らしながら俺の元へ降りてくる。近づいてくるほどに熱を感じる。
コイツの身体のせいか?
悪魔は真っ黒な瞳でこちらをじっと見る。まるで引きずり込まれそうな目だ。
その圧倒的存在感に周りは萎縮するが、マーディはエリックにいち早く学園長へと連絡役にまわしていた。
「感謝するぞ、娘。貴様のお陰で我は外へ出ることができた。さて……」
悪魔はふいっと町の方を見る。
「勇者を殺しに行くとしようか!」
ばっと大きく羽を広げ、飛び立とうする。その発言に待ったをかける。
「待て待て待てっ!!」
「何だ? たとえ恩人であろうと勇者を殺すことは止めさせんぞ」
俺はこいつのことを何も知らないんだ。ここで逃がす訳にはいかないし、召喚した手前、こんなのを野放しにもできない。
それにこいつは勇者のことも知っている様子だ。話せば、色々ぼろが出てくるかも。
正直、悪魔を目の前にしてはいるものの、異世界展開的には想定通りと言っていい展開な為か、割と冷静でいられた。
「貴方は何者なの?」
「我か? 我の名は……」
悪魔の割には結構律儀なやつだな。話が通じるならありがたいが。
「インフェルノ・デーモン。炎と闇を司りし、誇り高き悪魔である!」
その名乗りに周りも動揺と恐怖のどよめきが広がる。
「オルヴェール!! 貴女、何ってものを呼び出しているのですか!?」
「な、何って言われても……」
マーディは俺に叱咤するが、俺はみんながやった通りにやっただけ。怒られる謂れがない。
「インフェルノ・デーモンと言えば、かの勇者が封印なされた魔物ですよ!!」
「――げっ!?」
勇者が封印した魔物!? そりゃヤバそうなわけだ。
「おい、もういいか? 我の名を知ったならもうよかろう」
「いや、ちょっと待って――」
「まだ、何かあるのか!?」
苛立ちを隠さず言葉を吐き捨てるが、聞く耳は持ってくれるよう。
助けた恩義を感じているのか、実に魔物らしくない。
意思や理性をしっかり持っているからだろうか? それでも悪魔らしくもない。
悪魔であれば脅してでも言う事を聞かせそうなものだが、
「あのね。悪いんだけど、勇者って死んでるんだよ」
勇者は二百年も前の人間だ。普通に考えれば寿命で死ぬ。大精霊が生かしたなんて話も聞いてない。
だが、その発言に悪魔はそのパーツの少ない顔でもわかる、キョトンとした表情をする。
「……ははははははっ!! 馬鹿な!! あの勇者が死ぬ訳がないだろう!!」
冗談を聞かされたように笑って見せた。魔物だから時間感覚がないのだろうか。それとも勇者なら寿命すら超えられると思ったのだろうか。
こちらとしては子孫であるアルビオがいるし、死んでいることは明確なのだ。
とりあえず、この悪魔を何とかする意味でも説得を続ける。
「いや、勇者だって人間だよ? 寿命で死んじゃうもんじゃない?」
「馬鹿を言え。あの図々しく、図太い神経をしているあのクソ勇者が、寿命程度死ぬものか!!」
悪魔は顔のパーツが少ないが故にわかる、しわ寄せで怒りを露わにする。
一体どんな勇者だったんだか、めっちゃ怒ってるぞこの悪魔。
「……あのさ、一応どう言った経緯で封印されたのか、聞いていい?」
恐る恐る、ちょっと媚を売るように甘ずった声で尋ねる。
すると、ふるふるとこみ上げるように身を震わせ、怒号の叫びが響き渡る。
「――あのクソ勇者め!! 圧倒的な実力差を見せつけながらも悪ふざけで我らを封印したのだぁ!! いっそ一思いに殺してくれればよかったものを……」
「あ、あの……悪魔さん?」
「へらっと……じゃ封印するね、お元気で。バイバイ! ……じゃあねぇよぉ!!!! あのクソ勇者あぁ!!!!」
神経を逆撫でするなぁクソ勇者! ちょっとでも尊敬した俺が馬鹿だった。この悪魔の気持ちの方が同情できる。
「誇り高き我のプライドを踏みにじった挙句、無為な退屈な時間を我らに与え、さらには魔人のなり損ないにさせられるわで……」
魔人のなり損ない?何だそれは?
「ああああっ!! 話していたら、尚の事勇者をぶっ殺してやりたくなったわぁ!! 勇者はどこだぁ!!」
悪魔は怒りと共に凶々しい魔力をまるでオーラのように放つ。
「――だから、死んでるんだって言ってるだろ!!」
こいつの気持ちも少なからずわかるが、いないものはしょうがないんだとわかってもらう。
すると話を聞いていたマーディが果敢にも悪魔に話しかける。
「彼女の言っていることは本当です。勇者はとおに死んでいます。確か……死因は寿命の影響もあってか病死されたと当時の記録にもあります」
勇者の日記とは別に、こちらの人間がつけた記録があったのだろう。まあ二百年前くらいなら残ってもいるか。
その説得力あるマーディの言葉に悪魔は落ち着き始める。先程から凶々しく漏れ出ていた魔力も静んでいる。
「寿命? 病死? 馬鹿な……」
「さっきも言ったけど、勇者も人間。寿命にはさすがに勝てないよ」
「……本当か?」
「本当です」
「本当に?」
「……本当です」
「本当?」
全く信用できないのか、何度も尋ねてくる。
どんな聞き方されても、
「――本当なものは本当だぁ!! 勇者はくたばったって言ってるだろ!!」
思いっきり男言葉で怒り混じりの怒号を放つと、悪魔は身を震わせ、こちらも怒りを再び露わにする。
「――馬鹿なぁっ!! 許さん、許さんぞぉ勇者!! そんな死に方、我が許さんっ!!」
よっぽどなのか信じられない様子を見せる悪魔。どんなエグい性格してたんだ! クソ勇者!
「ええい! ならば我のこの行き場の無いこの怒りはどこにぶつければ良いのだ!」
あまりに怒りつつも動揺を隠さず、周りを大きくキョロキョロと見渡すも、そんな発散方法などある訳もない。
めちゃくちゃ悔しそうにシワを寄せる悪魔。
「こうなれば、勇者が守ったこの国をぶっ壊して――」
悪魔らしくないと言った発言撤回。さらっとそんなセリフが出てくるあたり、やっぱ悪魔だ!?
「わあぁああ!? 待て待て待て待てぇ!!」
俺は全力の限りを尽くし、悪魔を止める。
だって召喚しちゃったもん!!




