39 翔歩
フェルサは何食わぬ顔をしてリュッカの元へと帰っていく。
「今の凄かったね! フェルサちゃん!」
大人しいリュッカもあの動きには興奮を隠しきれずに尋ねる。
「さっきのは翔歩だよ」
「翔歩?」
「うん」
翔歩とは歩行術の一つと説明。獣人である彼女は人よりも筋力に優れる為、行える技法。歩行術とはいうが実際は足を蹴って超低空で飛ぶ感じのやり方である。
瞬間的に移動を行うことができるが、空間移動ではなく物理的な移動の為、いくつかの弱点も存在する。
一つは真っ直ぐにしか移動ができないこと。練習次第では移動距離や小刻みに使うことで擬似的に曲がった動きも可能だが、慣れが必要。
二つ目は物理的移動な為、物質をすり抜けて移動はできない。車が壁をすり抜けられないのと同じと考えてくれれば結構。
三つ目は彼女のような特殊なタイプ限定だが、体力の消費である。基本的にはこの技法、体内魔力の巡りを得意とする肉体型であれば、練習次第では割と簡単に習得が可能。
しかし、フェルサは精神型である為、獣人の肉体能力だけでカバーしなければならない。獣人は体力があるとはいえ、元々肉体型がほとんどの獣人にとっては致命的といえよう。
「――って感じ」
「へ、へぇ〜、すごいね」
リュッカはあんな目にも見えない速度での歩行術が自分にもできることに驚く。
「まあですが、練習は必要ですがね……」
その話を聞いていたのか、ハーディス達が割って入る。
「私も一応はできるが、とてもじゃないが実戦で使えるものではないな」
「まあ慣れですよ、殿下」
「えっと……ハーディスさんはできるんですか?」
ハーディスの口ぶりからするとそのように聞こえたので質問するが、答えたのは何故かウィルク。
「コイツは風属性なんだ。むしろ出来なきゃ、恥だな恥」
「出来ますからご安心を……」
「だからナチュタル、コツを習うならハーディスに指導してもらうといい。覚えておいて損はない技法だ」
「あっ! はい! 殿下!」
「いやいや、リュッカちゃん。こんなキノコ頭に聞くより、俺が手取り足取り、優しく教えてあげるよ」
ウィルクはリュッカの手を取り、口説くように指導役を買って出ようとする。
「……リュッカさん、悲鳴をあげるなら今ですよ」
「――どういう意味だ、キノコ頭!」
「事実を言っているだけです! ちゃらんぽらん男!」
二人の喧嘩に一同、苦笑いする。だが、その間にリュッカは視線を感じていた。
こちらをジッと見る威圧的な視線が後ろ指を指すように突き刺す。
リュッカはそろっと後ろから見ている人達に気付かれないように覗き込む。そこには睨んだ目付きで見る貴族嬢達の姿があった。
フェルサの件だけではない、明らかに親しげに話す自分にも向けられた視線だと悟った。
リュッカは今までにない恐怖を背中から感じる。背筋が凍るとはこのことだろうか。
リュッカは田舎村出身の娘。今まで人から敵意を向けられずに生きてきた。故の自分が知らない感情の視線に表情も思わず強張る。
「……リュッカ、気にしなくていい」
そんなリュッカを見かねたのか、フェルサが軽く肩を叩く。
「フェルサちゃん……」
フェルサは今まで冒険者という危険な仕事かつ色んな人種との経験から、この程度の威嚇は慣れっこという感じ。
「もっと堂々としてればいい。そうすれば自ずと気にもなくなる」
もっと自分に自信を持てと鼓舞するが、リュッカは自分とフェルサの差を先程の戦闘で感じていた為、中々そうはいかない。
だがフェルサの気持ちを汲み取り、不安そうな表情が抜けないまま、にこっと笑う。
「……ありがとう、フェルサちゃん」
「――次、テテュラ・オーベン」
「……はい」
視線を気にしながらもテテュラの出番に視線を向ける。
リュッカとの関係はあくまでルームメイトだが、はっきり言うとよくは知らない。そういう意味では、どんなところからでも彼女のことを知るのは悪くはないだろう。
そう思うと見ずにはいられないリュッカ。
そのクールかつミステリアスな感じを醸し出すテテュラに男子は当てられる中、その相手であるおそらくは貴族嬢。ちらっと殿下へと視線を向けるのが目につく。
「よろしく……」
「……よろしく」
テテュラはクールな口ぶりで挨拶するも彼女は心ここに在らずという感じの生返事で返す。
失礼な態度を取られながらも、特に表情を崩さない。
だが側から見れば機嫌が悪いようにも見えたようで、カルバスは少し不安げな表情を浮かべながらも始まりの言葉をかける。
「よし! 始め」
――相手はテテュラを見てあることを考えつく。
(この人、明らかに容赦なく相手を倒すタイプそう。か弱いところを見せるチャンス!)
彼女は特に動くことはなく、木刀を初心者丸出しでの真正面で構える。
おそらく先程からか弱いアピールをしている頭の悪い行動の繰り返し。そのアピールをしていた貴族嬢達も辟易しているが、自分達もしていたことをわかっているのだろうか?
だが、テテュラは彼女の予想通り、手加減しない。
テテュラは素早く近く。彼女は一応の抵抗とばかりに木刀をテテュラに向かって振り下ろす。
彼女の計画では、ここでテテュラが躱したところをその勢いのままバランスを崩して可愛く倒れこむという作戦。
だったのだが――、
「――えっ……」
テテュラは足払い。彼女はその場でバランスを崩し、倒れこむ。
「――きゃあ!? ……ひっ!?」
倒れこんだ彼女の喉元に木刀の先を突きつける。
彼女は見上げた時に見えたテテュラの表情に恐怖する。
見下したように視線がはっきりと自分へと向き、その緩まない口元が何かを訴えるように見えた。
「そ、そこまで」
カルバスの声でテテュラは木刀をあっさりと下げた。するとカルバスはテテュラに問う。
「イラつく理由もわからんではないが、その表情は怖いからやめろ」
テテュラが彼女の狙い、即ちアピール狙いであることを予想しての一言。
「イラついてなんていませんよ、先生。私は感心していただけですが?」
「感心?」
感心する要素はどこにもなかったように感じると首を傾げる。そんな様子を見たテテュラは話を続ける。
「だってそうじゃありませんか。彼女達は気に入られたいが為にわざとやられています。元々そこまでできないにも関わらず……」
「な、何ですって!!」
何故かそのアピールをしていたはずの貴族嬢達からのブーイングがなるが、テテュラは冷めた表情で一切気にも止めない。
「自己防衛を学ぶことすら蔑ろにして、将来を考える姿勢に感心したんですよ。これが本物なら死んでいたのに……」
再び倒れ込んだままの彼女に木刀を向ける。
「ひっ……」
「自分の命を捨ててでも叶えたい望みがある。実に感心を覚えます」
テテュラは倒れこむ彼女に手を差し伸べると、彼女は恐る恐る手を取り、起き上がる。
すると彼女を見て、テテュラが微笑んだ。
「……叶うといいですね、望み」
「あ、ありがとう?」
褒められたのか何なのかわからずにとりあえずお礼を言うと、渋々生徒達の元へと戻った。
だがテテュラのその表情はすぐに冷徹な表情に戻ったところを見るあたりは、バカにしている方だろう。
テテュラも生徒の中へ戻るとリュッカがお疲れと一声かける。




