30 貴族のあり方
「――以上でございます、殿下」
「ありがとう……」
ぺこりと頭を下げて、少しばかり身を下げる。俺の話を聞いたハイドラスは不穏な雰囲気を出すように笑顔でピクードを再び問いただす。
「さて、マルファロイ」
「――は、はい!!」
ここまでで見たこともない気をつけをするピクード。ピンと背を伸ばすせいか、だらしのない腹が目立って見える。
「再び訊こう。今彼女が言った発言は真実か? それともお前の言った世間話が本当か? どちらだ?」
この話を聞いてでの威圧的な笑顔に圧倒されるも、何とか言い逃れようと小物感あふれる物言いで言い訳する。
「そこの田舎娘は嘘を言っております殿下!! わたくし目を陥れようと画策しているのです」
う〜ん、間違ってはいないが、何というかズレてるんだよね。
ならばとハイドラスは周りに問う。
「ではここにいる皆に訊こう。どちらの言葉が真実だ?」
「ひっ……」
マズイとピクードが表情を強張らせる。それも当然だ。この豚男は怒鳴り散らしながら話をしていたのだ。周りもさすがにこの豚男の味方はしない。
「はい、リリアの言う通りです」
フェルサは真っ先に手を上げて答えた。
「だ、黙れ! ケダモノ!」
コイツ、さらに自分の首を絞めたがるとはマゾヒストかな?
「えっと……リリアちゃんの言っていることは間違ってません」
リュッカやフェルサを皮切りに周りからも――、
「その銀髪の子の言う通りです」
「そこの貴族の方がデタラメを言っています」
などなどの発言が学食内を飛び交う。
「う、煩い煩い!! 黙れ黙れ黙れぇーっ!!」
「黙るのはお前だ、マルファロイ」
「ひっ……」
この空気に紛れてか、いつの間にか取り巻きが消えていた。追い詰められたピクード、軽蔑の眼差しで冷たい声で威嚇する。
「これだけの証人がいるのだ、見苦しい言い訳はよせ」
「いや、あの……」
助けてとばかりに俺に視線を寄越す。俺はわざとらしく無言で満面の笑みを向ける。
「あ、ああ……」
俺の表情を見て、やっと察したらしい。口をポッカリと開けて震え始めた。
そう、これが狙いなのだ。リリアほどの容姿の持ち主で平民とあらば、この豚のような傲慢な貴族が現れることなど予想がつく。
そこで俺は入学当時から一人になることを極力避けて人が多いところを通るようにしていた。後はコイツみたいなカモが傍若無人の如く、権力を振りかざせばこの事態が出来上がる。
殿下の入学挨拶を聞くあたり、殿下は学校生活を楽しみにしているような印象を受けた為、学食には必ず足を向けると予想しての今回の行動なのだ。
現に俺は可哀想な被害者を装った。あれだけの業突く張りな発言にも関わらず、極力抵抗しなかったのはこの豚男を完全に悪者にする為。
コイツに言ってやりたい、異世界転移者のメンタル舐めんなよ。
勿論、食堂以外での接触での対策も考えてはいたが、一番簡単な方法に引っかかってくれるとは、コイツはそうとうなアレである。
――カモがネギを背負ってきたってやつである。
「お前は貴族の在り方について何か勘違いをしているな。我々貴族がどうして平民より良い暮らしが出来るのか、権利を持っているのか学ばなかったのか?」
「そ、それは……」
言葉が出ずに言い澱む。
おそらくピクードは親から聞かされたが、周りに面倒を見てもらっている内に自分は偉い存在なのだと勘違い、つまりは七光りの出来上がりだったのだろう。
家の権力を自分の物と勘違いして、偉そうに権力という名の棒切れを危なっかしく振り回していただけの子供なんだ。
だから言い澱む。貴族としての本来の在り方など欲を貪るコイツには一切の関係がないからな。
呆れた重いため息を吐くとハイドラスは説教を始める。
「貴族は平民よりも優れた力を持つからこそ優遇される。お前はそこだけを見たのだ。優れているからこそ我々は平民の誰よりも前に出て平民を守る立場だからこそ、優遇された生活が送れるのだ。平民を守ること、一番抜けてはいけないところがお前には抜けている、恥を知れ!」
「は、はい!!」
ピクードは土下座して謝る。この世界にも土下座ってあったんだと思わず見入ってしまった。
「……とはいえ貴様にも言い分はあろう。せっかくだ、今回はお前の言う僕様ルールにのっとってやろう」
何か突然言い出した殿下。すると緑頭の男は顔に手を当ててため息をついている。
「マルファロイ」
「は、はい!」
「お前の貴族地位を剥奪する」
「えっ!? そ、そんな……」
さすがにそこまでしなくてもとは思うが、とりあえず様子を見ることにする。
「何を驚く。お前は自分の地位権力を利用して好き勝手をやるのが僕様ルールであろう。だったらお前の人生をお前より権力のある私が傍若無人に奪おうが言いなりになってくれるのだろう?」
「えっ!? いや、それは……」
殿下の声が明るい。おそらく遊んでるなこの人。ユーモアセンスもあるなら中々親近感が湧きそうな御仁だ。
「あっ……そうか、オルヴェールがお前に従ってないから無理だと言うのか。だったら……」
ちらっと俺を見る。
「オルヴェール、マルファロイの女になれ」
おそらくは大丈夫だろう。
これを受ければ豚男は貴族の剥奪を受けざるを得なくなる。貴族地位が剥奪されれば、俺は自由の身だ。
「かしこまりました、殿下」
「ええっ!? リリィ!?」
今までポカーンとして話を上の空で聞いていたアイシアもさすがに気付いての動揺。
「良かったな、マルファロイ。こんな美しい彼女が出来て。さてではマルファロイ、貴族地位を剥奪してもらおう」
「お、お許しを……」
「許し? 私も彼女もお前の言う、僕様ルールにのっとっているのだ。まさかお前が自分のルールを曲げるなどあり得ないよな?」
俺も殿下の悪戯心に乗ることにする。マルファロイの近くへ行き、虚ろな瞳で豚男の名を儚げに語る。
「ピクード様……」
「ひぃ……」
俺の目論見に気付いてか、顔を引きつらせ恐怖する。
「彼女もこんなにもお前に献身的だ。どうした? 剥奪を受けてくれるよな。なぁ」
絶望感に染まった顔でゆっくりと俺を見る。
すると何か思い立ったのか、俺の両肩を鷲掴みすると危機迫る表情で叫ぶ。
「リリア・オルヴェール!! 無しだ!!」
「はぁ……」
「無しだ!! 無し無し無し無し無し無しだぁーっ!!」
急に何を言い出したのか、周りの皆も不思議そうに事の次第を見守る。
「今までの話、全部無しだ!! いいな!?」
要するには無かったことにしたいのね。だが、もう少し懲りてもらおう。
「わかりました。そのようなご命令であれば――」
「だ・か・らあっ! その命令ってのも無し!! 僕様ルールも無し!! ぜーーんぶ無しなの!!」
これだけやればもう関わらないだろうし、勘弁してやるか。
「わかりました。では女になる話も白紙ですね」
「そうだ!!」
「あの暴言の数々も無かった」
「そうだ!!」
「そもそも貴方とは出会わなかった……で、よろしいですか」
「それでいい……」
俺はその言質を貰うとこほんと咳き込んだ後、これまたわざとらしく満面の笑みで言い放つ。
「では、貴方はどなたですか? ……ああ、マーディ先生がこう言ってましたね。常識知らずさん?」
悔しそうな表情を浮かべるが、堪えてすぐにハイドラスに向き直るピクード。
「殿下、この通り何もありませんでした。これにて失礼致します! それではっ!」
あのデブ体型からは考えられないほどの逃げ足でその場を素早く去っていった。
小物は逃げ足は早いとよく言うけど、本当なんだとあの豚男の唯一の長所には感心した。




