68 孤独を知るからこそ
声からでは少しわからなかった。見た目を見てやっと女の子であることに気付く。野太い訳ではないが、どこか男声に聞こえたからである。
その獣人は、三角の立った犬のような耳。短髪の髪色は黒だが、日本人のような艶のある黒ではなく、どこか濁りのある野性味ある黒色。少しぼさっとしている。目は気持ちツリ目だろうか、しかし精悍な顔立ちである。
「本国から追放されたって……」
「言葉通りの意味。私は忌み子として生まれ、捨てられた」
自分のことのはずなのに、まるで他人事のように話す。まるで吹っ切れたかのよう。
「君達は知っているかな? 獣人の国のことを……」
フェルサの物言いに寂しさを見せるジードは、獣人のお国事情の知識を尋ねるが、俺はアイシアと目を見合わせると首を横に振った。
一方でリュッカは多少知識はあるようだ。こくりとどこか不安げにゆっくり頷いた。
そもそも獣人の国自体を知らない俺には、首を横に振るしかない。その反応を見て、フェルサの事情をわかるように説明してくれた。
「獣人というのは人間である我々よりも肉体が強固かつ強靭で、その影響もあってか魔法等は苦手な種なんだ」
こういう言い方はちょっと申し訳ない気はするが、テンプレである。種の名前に獣が付いてるからね。
「だが、それと同時にその肉体を誇りとも捉えていてね。本国では特に意識が高いらしい」
「そうですね。うちに来るお客さんの中には獣人の方もいるのですが、肉体自慢をする方もいらっしゃいましたよ」
リュッカは話の重さという空気を読みつつ、真剣に答えるが、ちょっと的外れとも感じる解釈を入れる。
そのお客さんは単に筋肉自慢したいだけじゃないかな。
リュッカが的外れな意見を言う中、アイシアはローブからフェルサの細い腕を引きずり出して揉む。
「んー……もしかしてこんなに細いから追放されたんですか?」
もみもみと馴れ馴れしく触るアイシアを特に咎めることもせず、真顔で受け入れる。
「……問題となっているのは体内魔力の性質だ。本来、ほとんどの獣人は肉体型なんだが、彼女は精神型として生まれたんだ。その獣人としての肉体の強さに強い誇りを極めて高く持つ本国の者達には、強力な魔法が使える獣人は忌み子とされてきたんだそうだ」
「……つまり、彼女はその該当者だと?」
「ああ……そうだ」
――その後は彼女との出会いを話してくれた。出会ったのは一年ほど前。北の国での依頼の際に魔物に遭遇し、ピンチに陥ったところを助けられたらしい。助けたのではなく、助けられたというところに驚いた。
その出会った彼女は世捨て人のように淡々と生きている様子だったそう。グラビイスの粋な計らいで半ば強引にパーティへと加入させたとのこと。
「本国から追い出され、一人、生きていくしかないと思っていた私に、こんなにもよくしてくれたこと感謝している」
「……そんな、たったそれだけで……?」
「人が作った歴史はそんな簡単に覆るものじゃないってことだよ」
「……そんな」
その本国の獣人達はしきたりを守るという、固定概念で彼女を追い出した。
そんな話で不幸になるなんてよくある話だが、こうして目の前に理不尽な被害者がいると、遣る瀬無い気持ちになる。
だが、どこかリリアと似た状況を感じる。ザーディアスが言っていた闇魔術師の扱い。この国では大丈夫らしいが、他の国ではなんて話をしていたのを思い出す。
人は自分の理解の遠い存在、違う存在を怖がり、存在を大きく認識してしまう傾向がある。その存在の思うことも知らぬまま、傷つけたり、遠ざけたりする。
いわば無意識の悪意だ。意識的なのも勿論悪いが、前者はタチが悪い。
「それで、彼女に学校へ通わせて、色んな事を学ばせようと?」
「そうだ」
「だから、さっきから言ってるけど、冒険者の方が――」
「いや、だから――」
また揉めそうになったので、とりあえずフェルサを座らせることにする。俺やリュッカはジードの言わんとしていることを説明する。
「フェルサさん。ジードさんは貴女にもっと色んな人達に触れてほしいんじゃないかな?」
フェルサは平行線だと言わんばかりの表情で小さく鼻を鳴らす。
「何度も言うけど、冒険者の方が色んな人に会うよ」
リュッカはと優しく微笑みながら頷いた。
「そうだね。でも、その出会いはあくまで依頼主と冒険者の関係を中々離れないと思う。ジードさんは自分から色んな人と出会って学んでほしいんじゃないかな?」
フェルサは少し落ち着いた様子でリュッカの話を聞き入る。
「傷つく痛みを知るからこそ、もう一度人との暖かい関係をゆっくり築き上げながら学業を学び、そこにいる人達との刺激を感じて、貴女の可能性を伸ばしてあげたいんじゃないかな?」
そのリュッカの説得に俺は乗っかることにする。
「学校には通ったことは?」
「……ないけど、独学やジード達にある程度は……」
軽く首を横に振り、自分の学力について曖昧に話す。
「だったらもっと色んなことを学べば、今とは違う道を行けるんじゃない? それに学校で学んだ後にまたこのパーティに戻ってくることもできるんじゃない?」
「……なるほど」
「それに、何も役に立つことが恩返しじゃないよ。フェルサ……でいいよね?」
名前で呼ぶことを確認すると軽く頷いた。
「……フェルサが幸せでいることが一番の恩返しだと思うよ。だからジードさんはフェルサの才能と将来を見て、今は自分の可能性を見てほしいんだと思うよ」
「可能性……」
俺達が言ったことが的に当たったのか、ジードが改めてフェルサに言ってきかせる。
「バークやサニラという友達もいるだろうが、もっと色んな出会いをしてほしい。勿論、全てが良いものではない。僕だって辛いことも沢山あった。だが、一人で生きる心細さや辛さ、厳しさを知る君はきっと強くなれる。誰よりも優しい人になれる。君のような境遇の人に手を差し伸べてあげられるように……」
その為に必要だと感じるんだと熱く語ってみせた。
ところ悪いとも思ったが、フェルサが今、納得してもらえるように補足を追加する。
「必ずしも通える訳じゃないんだ、選択肢の一つとして捉えてもらえればどうかな?」
そう言うと意外とあっさり頷き返事をした。頑固そうだが、聞き分けがきかない訳ではないようだ。




