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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
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94回:過去篇・夢中のエース

 夢という物は、本人には内容を決める権利がないらしい。少年は見たくもないのに毎日、毎日同じ夢を見る。深層心理に強く深く、刻み込まれた記憶。それらを断片的に継ぎ接ぎして、出来上がった物語。


                    ******


「シノブも野球やらない?」


 小学校の時だった。いつも遊んでいた近所のイッ君が一緒に遊ばなくなった原因を、少年はようやく突き止めた。


「うーん、野球なんかよりゲームの方が面白いんじゃないかな」

「まぁ、やってりゃそう言う時もあるけどさ……見学来なよ、きっと皆シノブを気に入るよ」

「ちょっと怖いけど……イッ君がいるなら行ってみようかな」


 正直、年頃の男の子らしく何かしらのスポーツをやってみたい気はしていた。サッカーでも、バスケでも、剣道とかでもいい。ゲームばかりやっていたのも、日常に刺激を求めていたからだった。


「君……本当に未経験者?」

「えっ、あっ、その……はい」


 スポーツ少年団に見学に行ったその日、監督からかけられた言葉だった。初心者のキャッチボールは、まず『想像より硬いボール』に慣れるところから始まる。もし捕れなかったら、痛いことになる。その恐怖を消さなければ野球は出来ない。


 だが少年にはそれがなかった。『捕れる事が分かっていた』から、恐怖を感じる必要も無かった。


「じ、じゃあ今度はそのボール、投げ返してくれるかな」

「えっ、僕なんかが、その……」

「いいから、ほらおじさんの胸あたりに」

「え、えいっ」


 頭の遥か上を越える暴投。決していい球とは言えなかったが、驚いたのはそのフォームである。初心者なのに、手投げになっていない。足をしっかり相手に向けて踏み出し、肘が先に出てきている。本来、この感覚を教え込むのが少年野球指導者なのだが、少年は既に会得していた。


 監督が彼に眠る才能に気づくのに、1分とかからなかった。


「シノブ凄いなぁ、皆がうまいって言ってたよ」

「イッ君、僕も野球やる!」

「ゲームはいいの?」

「いらない!」


 少年がピッチャーをやりたいと言うと、イッ君が「投手は足腰が大事なんだよ」と教えてあげる。それを聞いた少年がイッ君と家まで競争した事は言うまでもない。


「シノブはよく走るなー」

「いつかここを……ゼェ、シノブロードと……ゼェ、呼ばせて見せる!」


 そんな少年が初めてマウンドに立ったのは、小5の夏。熱い熱い日の登板に、少年の胸は躍る。テレビで見ていたプロ野球選手の様に、自分が投げるんだ。そう思うと胸がいっぱいになる。

 

 しかし、少年のウキウキは回を追うごと萎んでいく。審判がストライクを取ってくれない。ランナーが出て慌てたか、※セットポジションでの静止を忘れてボークを取られる。あれよあれよという間に、独り相撲を取って押し出しを連発……。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「もういいって、シノブ」


 新人戦、一回戦負け。ヒットこそ打たれなかったが(!)、完全に自分独りのせいで負けた。その事実が少年の頭を地に打ち付ける。


「やっばり、ぼぐなんが、びっぢゃーやっじゃいげながっだ、うっうっ」


 泣きじゃくる少年を見て、監督は懸念を抱く。この子は、下手すれば日本一の素材。だが投手をやるにしては、あまりにも優しすぎる。


「さぁ帰るぞ。明日からまた練習だ、シノブ」

「ふぁい!」


 今にして思えば、過去の経験から監督は知っていたに違いない。優しい投手は、絶対に大成しない。大成しにくいのではなく、『絶対に大成しない』。だからと言って保護者の手前、性格を矯正する事も出来ない。

 この時監督が心を鬼にしてくれていれば、少年の未来はきっと違うものになっていただろう。


 真柄忍、11歳の夏。これが呪いへの第一歩……。



                    ******


「真柄の奴、寝ながら泣いてるけどなんなの? ちょっと恐いぞ」


 バスの中。ガンガンにかかった冷房に晒されて、里見にかけて貰った毛布にくるまりながら眠るエース。右腕を体に敷かない様に、里見が横に座って逐一体勢を整えている。


「決勝は、投げさせるわけにはいかない」

「こいつが納得すればいいがな」

「監督がスタメンから外せば、何もできない。ブルペンにも入らせない」

「……」

「こいつの甲子園は、今日で終わったんだ」


 里見や朝比奈の心配を他所に、真柄の夢は続く。




※セットポジションでの静止……ランナーがいる場合、セットポジションに入ってから(体の動きを停止してから)1秒間以上の制止が義務付けられている。

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