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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
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92回:合法スピットボール

「これは、最後までもつれるな」


 第一試合で決勝進出を決めている、三重・敦也学園。スタンドで見守るエース・望田征士郎の心中は複雑であった。

 少年時代からのライバル・大麻友志と投げ合う決勝はこの上ない舞台だ。だが、そうなると芯太郎に引導を渡せなくなってしまう。何の償いもなく、芯太郎が消えていくだけ……。


「シンもタイちゃんも、頑張ってるね。どっちが上って来るかな?」

「佐那、どっちが来てほしい?」

「それを私に訊くぅ?」


 シニア時代の自チームのエースと、恋人。比べるまでもないと言いたげだ。


「タイちゃんはあと2つで三振20個だって! 凄いねー」

「対する真柄は、抑えてはいるがピリッとしないな。軟式の雄もこんなものか」

「それはちゃうで、望田」


 聞き覚えのある低音に振り向くと、池山学院の鷹野が腕を組んで立っていた。


「関西の人じゃないか。カチ割でも食いに来たのかい」

「真柄は、あんなもんじゃなかったんや。何があったんか知らんが、スピードが著しく殺されとる」

「対戦した事あるんだっけか。真柄は何キロぐらい出してたんだ?」


 池山は眼を閉じて情景を思い出した後、経験から球速を割り出した。


「135、ぐらいやと思う」

「おいおい、甲子園出るくらいの奴なら、中学生でそれぐらいは出すだろう」


 140以上を期待していたのだろう。望田は眼を試合に移す。だが次の一言で再び振り向いた。


「……やぞ」

「え、なんて?」

「中一で、やぞ」


                   ******


 9回表。二死三塁、一久学園勝ち越しのチャンスで、真柄の魔球が炸裂した。


「え!?」


 もはや完全に打ち頃でしかないはずの、128キロのストレート。それがいきなり、フォークの様な無回転で垂直方向に落ちる変化を見せた。


「スイング! バッターアウト!」

「ち、ちくしょう!」


 真柄は指先を見ると、余りの発汗量に苦笑い。指先に汗が溜まって、ボールに回転が掛からなかったのだ。完全な結果オーライとはいえ、真柄は結局6回を無失点に抑えてしまった。


「うおお、汗で魔球できた~」


 ベンチに戻ると、頭をガシガシと弄られる真柄。里見は肩肘を必死で守る。


「良く投げた真柄! 大した奴だお前は」

「勝って、決勝でも真柄を投げさせてやろうぜ」


 追い上げムードが出てきた智仁ベンチ。だがそれらの発言に恋女房がキレる。


「何言ってんだ、決勝でなんて投げさせるか! 真柄はもう絶対に投げさせないからな!」

「さ、里見……君?」

「あっ、いや……お、おい高坂、出ろよ!」


 この回先頭の高坂はもうバッターボックスの中。里見は何も無かったかのようにベンチの最前列にドッカリ座る。部員が困惑する中、真柄は一人ベンチ裏に消えて行った。


                     ******


「はぁ、はぁ……まだ、まだぁ……」


 ここまでの奪三振は18個。ただし芯太郎に投げた152キロからフォームが若干崩れたのか、6回のホームラン直後に二つ、7回に二つ、八回に二つとかなりの四球を出してしまっている。つまるところ足腰が既に限界に近い大麻だったが、気力で今の彼に敵う投手は、一久にはいない。平手監督も最期まで大麻と心中する覚悟を決めた。

 だが、まだまだ気力満点の高坂は容赦なく大麻の足元を狙う。


「ちっ、またバントか!」

「捕っても投げられへんやろ、半回転は体力使うで!」


 サウスポーの大麻には重労働となる、サード方向へのバント。足腰に疲労のたまった今の体力では素早い処理など出来る筈もなく……。


「なめるな!」


 しかし大麻の足腰は、それでもなお強靭であった。グラブからボールに持ち帰ると、全くふら付かず体を半回転。一塁へ剛速球が飛ぶ。


「嘘やん!?」


 一塁はアウト。高坂の非情な攻めに、大麻の執念が打ち勝った。


「俺は行くんだ、芯太郎とプロへ!」

「うっ?!」


 二番・成田は未だ140キロを割らないクロスファイヤーの餌食に合い、19個目の三振を献上した。


「気をつけろ、まだキレてるぞ」

「任せろ。クロスファイヤーなら攻略済みだ」


 6回、見事にクロスファイヤーをヒットした朝比奈が打席に向かう。


――腕が隠れて、1,2,3……このポイント!


 そしてまたしても、140キロのクロスファイヤーを左中間に運ぶ。今度は正真正銘、ジャストミートである。


「明らかに球威が落ちてるな」

「今日の芯太郎なら、一発があり得るな……」


 だが、捕手の丹羽が立ち上がる姿が見える。大麻がハッキリとした敬遠を見せた事に対して、甲子園がどよめく。


「あの大麻が、敬遠……」

「昔のチームメイトだ。斎村の実力をよくわかってるんだろう」

「それにしても、凄い奴なんだな、斎村って……」


 その雑談が耳に入ったか入らずか、大麻がニヤリと口元を歪ませる。


――そうだぜ。芯は本当に凄い奴なんだ。この試合で分かったろ、皆さん。こいつはここで終わる奴じゃない。だから……。


「五番キャッチャー、里見……君」


 152キロのクロスファイヤーが打たれたのだ。芯太郎を抑える術はもうない。そう大麻は判断した。


「だが、この里見なら消耗した今でも8:2で討ち取れる」

「何?」

「俺じゃない。大麻が言ったんだよ」


 丹羽の挑発に顔をしかめながらも、里見はグリップを握る。短く持てばまだ可愛げがあるが、高校に入ってからの里見は、グリップの位置を変えた事が無い。


――この里見に全力を尽くす。延長だって大丈夫。うちは二番手以降も優秀だからな……。


 一球目。外角低め、難しい球を里見は捨てる。


「ストライク!」


 ボールと思って見逃したが、審判もこの試合の熱さに感化されているのか、ストライクゾーンが心なしか広くなっている。そして、大麻は最後の力を振り絞ってそこにコントロールしている。


「だが、俺は打つ。打たなきゃならん理由がある」


 二球目。またも外角低め、今度は外れてボール。

 三球目。またも外角へチェンジアップ。文句なしのストライクゾーンへ投げ込んだ。


 カウント1-2。恐らく次が、勝負球。ここまでの伏線から言っても、来る球は一つしかない。


――あのクロスファイヤー、俺に打てる技術はないかもしれん。でもどんな形でもいい。テキサスでもなんでもいい。俺の打球はヒットになる、必ず。


 三球目。セットポジションから、左腕が隠れる。


――いくぞ丹羽。俺の最後のクロス!


「悔いのない一球って奴だ。来い、大麻!」


 丹羽の檄に触発されたか。後先考えず、思い切りインステップで投げる大麻。それが角度を生み、里見の待つ内角に食い込んで来る。この終盤に来ても一級品のクロスファイヤーだった。

 里見は臆せず体から向かっていき、バットスイングを始動させる。


――それでも打たなきゃならん。ここで決めなきゃ……。


 バットの根元に当たる。ミートしたとは言い難い、不格好なバッティング。それでも里見は、腕力がある。


「決めなきゃ、真柄が壊れちまうだろうがぁ!」


 恋女房の想いを載せた打球は三塁、遊撃、左翼手の真ん中に飛んだのであった。

 

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